令和2年7月10日
生理の日をずらしてほしいという訴えは多い。方法は2つ、生理を早めるか遅らせるかだ。①遅らせる場合は予定月経の3日前からプラノバール(中用量ピル)を毎日1錠ずつ、延ばしたい日まで飲むこと。そうすればその2~3日後に生理が始まる。②早めたい場合(これは少し難しい)は、生理中から低用量ピルを1日1錠飲み、生理になってほしくない日までに終わるように調節する。
①の方が確実でわかりやすいけれど、問題は人によっては吐き気があって飲めないことと、長くは止められないのことである。②は吐き気はほとんどないけれど、やや確実性が劣ることである。ただし、低用量ピルは数か月使えばある程度自由に調節できるようになるし避妊もできる利点がある。
生理は排卵の2週間後に始まるので、生理が始まってはじめていつ排卵が起きたかわかる。以前は基礎体温で排卵日を予想していたが、非常にわかりにくく実用的ではなかった。現在は、経膣超音波検査で子宮の内膜の厚みと卵胞の大きさを調べることでかなり正確に排卵日を予測できるようになった。それにしても急に生理日の調節を頼まれても難しいことがあるので、できるだけ早めに受診してもらえればより確実に調節できるのである。
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生理日の移動
不妊症について
令和2年4月10日
初婚年齢が上がったので不妊の率もやや増えているが、今のような不妊治療のない時代からカップルの1~2割は不妊であった。原因は男性の場合は精子の数や運動率が悪いこと、女性の場合は最も多いのは卵管の通過障害と卵のピックアップがうまくいかないことである。排卵障害もあるけれど、ポイントは卵管である。さらに年齢が上がるほど妊娠しにくくなる。他にもいろいろな要素はあるが、まず卵管を調べることが大切である。
以前は卵管通過障害に対しては、卵管通気と卵管通水が行われていた。卵管通気とは子宮口よりCO2などの気体を送りこんでふさがった卵管を通そうとすることで、卵管通水は生理的食塩水を使う。通気法は今では行われなくなったが、通水は有効なので行われている。当院でも行っているが、できるだけ痛みを少なく素早くできるようにしている。それでも通過障害が改善しなければ体外受精(IVF)のできる施設に紹介することになる。
生物学はまだまだ不明なことが多く、不妊に関しても原因不明が5割もあるといわれている。不妊専門クリニックで行われているIVFは本来は卵管通過障害の場合に、卵を採りだして体外で授精させ、子宮に戻すことによって妊娠を期待する、いわば卵管の替わりを人工的に行うことである。卵や精子を扱って授精させることは神の領域と考え、IVF黎明期には院内で倫理委員会を開いて体外受精の適応かどうかを判断したうえで行っていた。現在は卵管に異常がなくても妊娠しない場合にはIVFを行っているようであるが、今から思えば隔世の感がある。
第22回オープンカンファランス
令和2年2月14日
広島市民病院産婦人科主催の勉強会が行われた。若い医師から部長まで6人の演者が広島市民病院の産婦人科手術の現況を紹介した。今回は腹腔鏡手術からロボット支援下手術までの低侵襲手術を中心に情報開示された。
昨年の手術件数は1509件でそのうち婦人科手術は1039件、さらに婦人科手術のうち腹腔鏡手術は552件、53%に増えている。手術器具や方法の改良などでより安全で侵襲の少ない手術ができるようになっている。なによりうれしかったのは児玉部長の「広島市民病院は24時間対応しているので、緊急手術が若い医師にもできるように研鑽を積ませている。特に腹腔鏡の手術はどの分野に進もうが覚えておくべき技術なので、積極的にやらせるようにしている。」という言葉であった。
振り返って自分が岩国国立病院(現・岩国医療センター)に研修医でいた頃、上司の部長はどんどん手術をやらせてくれた。部長は手術が上手かったがわざと手術室に入らず、控室にいて時々見に来て難しそうならすぐに対処できるようにしてくれていた。おかげで安心して手術することができて、1年間でたくさん症例を重ねることができた。
広島市民病院の児玉部長のこの姿勢は母校の医局の伝統である。この良き伝統が続くことを切に願っている。
産婦人科研修会
令和2年1月31日
広大医学部広仁会館で広島県産婦人科医会研修会が行われた。今回は東京慈恵医大の岡本愛光教授による「卵巣癌治療における最近の話題」と、岡山大学の増山寿教授による「PIHからHDPへ~妊娠高血圧症候群 up to date~」と題した講演が行われた。どちらも今現在の医療水準を教えてくれるすばらしい内容だった。
産婦人科は研修会や講演会が多く、全部出席するとかなりの回数になる。そこでなるべく勉強になりそうな、興味深そうな会を選んで聴きに行くようにしている。この数十年の産婦人科の流れで大きな変化は、なんといっても超音波検査装置ができたことだろう。昭和55年ころから各大学で試験的に使われ出して、機械の改良と相まってみるみる普及した。さらに経膣超音波装置の出現はまさにエポックメーキングだったと思う。ほぼMRIと同等の診断ができ、何より簡便でリアルタイムに動きが観察できる。CTのように被爆することもないので子宮内の胎児の観察には最適である。それまでは胎児の発育の状態は推定するしかなく、子宮の大きさを内診で判断して妊娠3ヶ月(手拳大)妊娠4ヶ月(新生児頭大)などと教えられていたが、その必要はなくなった。不妊治療の採卵も経膣超音波装置が無ければ不可能である。我々はちょうどいい時代に生まれてありがたいことだと思う。
「患者よ、医者から逃げろ」
令和元年11月1日
表題はキズや熱傷(やけど)湿潤療法の創始者、形成外科医夏井睦(なついまこと)氏の近著である。氏は植皮手術が必要とされる熱傷の患者でもほぼその必要がなく、傷跡も痛みも少なくキレイに治療できることを、湿潤療法を通して実践し公開してきた。だが大学病院や総合病院の形成外科や皮膚科では今も変わらずひどい治療が行われているという。氏は一人でもそのような患者が減るようにとこの本を書いた。
「なつい式湿潤療法」とは①創面は水道水で洗うのみ(消毒・洗剤などは一切使わない)②創面は乾燥させない被覆材で覆い、毎日とりかえ、水道水で軽く洗う。外用剤は白色ワセリンのみ。さらに被覆材もメーカーと協力して開発し、安く取り寄せられるようにしている。また、「素人でもできる熱傷治療」としてやり方をくわしく説明、インターネットに公開しているのでだれでも実践できる。熱傷の痛みは人類最大のストレスと言われているが、湿潤療法ではほぼ痛みはなくなる。なぜそうなるかも詳しく説明しているので納得できる。氏は他にも「傷はぜったい消毒するな」などの著書があり、「なついキズとやけどのクリニック」院長として治療を行っている。すばらしい医師だと思う。
「硫酸マグネシウムの児脳保護作用」
令和元年9月20日
表題は宮崎大学医学部附属病院院長の鮫島浩産婦人科教授の講演である。硫酸マグネシウムは以前は子癇発作の治療に使われていたが、近年では早産治療に使われるようになっていて、未熟児の脳を保護する作用があるらしいことがわかってきたという。ただ確実な証拠はなく過去のデータを分析してそれらしいことが示唆されたということである。現在早産予防に使われている塩酸リトドリン(ウテメリン)は脳保護作用はないし早産予防も難しいらしく、いい方法はないということである。妊娠・出産は自然の営みであり、人為的にどうこうできることではない。これはがんと老化にも言えることで、医療が関与できるのはこの自然の営みをできるだけ楽に支えることである。治そうとするから無理があり、かえって苦しめることになるのである。早産も止めることはできないのでその経過を支え、生まれる赤ちゃんを安全に育つようにするだけである。その意味でこの講演を興味深く聞かせてもらった。
「緊急時の対応と母体安全への取り組み」
令和元年9月13日
表題は長いので省略したが正式には「周産期における緊急時(災害を含む)の対応と母体安全へ向けた取り組み」で、岡山大学産婦人科の早田桂講師の講演である。早田講師は10年ぐらい前に広島市民病院に勤めていてその頃はまだ初々しかったけれど、こんな立派な講演をするようになったのかと括目した。周産期の緊急対応はまさに分単位で、少しでも遅れると救える命も救えなくなる。岡山県は岡山大学を中心にいかに素早く確実に対処できるかに取り組んでおり、一定の成果をあげていることをデータで示した。
他施設から母体搬送の連絡があったら3次施設は母体の状態に応じて緊急帝王切開や他の処置の準備をするのだが、大学病院ともなると手術室の準備、麻酔を含め他科の医師の応援の依頼、看護師をはじめスッタフを集めることなど、連絡だけでも時間を要する。これらをいかに正確かつすばやく対処するかを考え、シュミレーションをくりかえし精度を高める工夫を行っている。必要十分な情報を各部署・他科の医師も瞬時に共有できるシステムを作り県内の各施設に連絡周知している。
これらのノウハウは災害時にも応用されるので、他県とも同様な対応ができるように全国的な準備を始めているという。南海トラフ地震は近いうちに確実に起きるらしいが、その際の被害は太平洋側の各県で想像を絶するという。そのことを考えると心底恐ろしい。
「病院で死ぬということ」
令和元年8月30日
表題は外科医からホスピス医になり、現在はケアタウン小平クリニックを開設している山崎章郎氏の著書である。実はこの本は1990年に発売され、終末医療のあり方を考えさせる名著だったのだが、恥ずかしながら読んだことがなくて今回本屋で文庫本を手に取って初めて知ったわけである。
1970年代の初め頃に医師になった著者は、消化器外科医として研鑽を積んでいく過程で、癌のために病院で亡くなっていく人たちを見ていて思うことがたくさんあり、それが貯まってきて1990年に一般の人に考えてもらうためにこの本を書いたのである。当時は癌の告知はせず、最後までだまし通して病院で死ぬのが普通だった。それが患者にとってどんなに過酷で尊厳を傷つけることかを実話に基づいた物語によって著した。そういえば自分が医師になったばかりの頃、どの病院だったか末期の肺癌の患者さんが息をひきとろうとするときに、医師が昇圧剤を打って心マッサージをするのを見て「なんてひどいことをするのだろう、静かに逝かせてあげればいいのに」と思ったことがある。山崎氏は院内外の人々とターミナル研究会立ち上げ、末期ガン患者の延命・ガン告知・ホスピスの問題を提起、ホスピスに深くかかわり現在も続けている。
一方、現在もガン患者に対する過酷な治療は変わらず続いていて、手術・放射線・抗がん剤が通常である。これらはホスピスの考え方と真逆で、人は昔から病んで自然に亡くなっていくのがあたりまえであったのを、無理やり人工的に引き戻すようなものである。安らかに最後を迎えられるとは思えない。ガンと老化は治すことはできないと考えて、少しでも楽なように支えていくことが望まれる。
健康診断はいらない
令和元年8月23日
職場の婦人科健診で異常を指摘され受診する人が後を絶たない。調べてみても多くは検査する必要のない状態ばかりである。検診する側は、どんな些細なことでも指摘しておかないと後で訴えられたら困ると思うから様子を見ておいてもよいことでも指摘するのだろうし、受ける側は検診するよう職場から言われるので仕方なしに受けてその結果異常を指摘されて受診されるのだと思う。以前にも書いたが健康診断が役に立つという証拠はないにもかかわらず、厚労省の通達1本でいまだに検診が続けられているのが我が国の現状である。
職場検診が行われているのは世界中で日本だけだという。よその国が健診をしない理由は、健診が命を長引かせるかどうか調べた結果、意味がないことがわかったので各国は健診をやめたそうである。我が国も2005年に厚労省が研究班(班長:福井次矢・聖路加国際病院長)を作って健康診断の有効性を調べて報告書を出した。結果は、健康診断の大半の項目に有効性の証拠は薄い、ということであった。しかもマイナス面として①放射線による発がんの増加②病気の見落としによる治療の遅れ③治療不要な病気の発見による不要な検査・治療の副作用④膨大な費用などが指摘された。これで、健康診断を薦める通達はなくなるかと思ったがどういうわけか握りつぶされてしまった。そしていまだに厚労省の通達のために職場検診が行われて意味のない受診させらている人たちがいる。本当に気の毒なことである。
診療報酬の話
令和元年6月7日
健康保険を使って診療所・病院を受診すると必要な検査・治療を受けることができる。その場合、かかった金額の3割を支払うだけでよく、残りの7割は健康保険より医療機関に支払われる。この時に医療機関が行った検査・治療(薬も含む)はレセプトに記載され、健康保険(協会・組合)に毎月集められ、その内容が正当なものだと判断されれば残りの7割が支払われる。そして正当でないと判断されれば支払われない。その場合、医療機関は赤字になるので、再審査を要求することができる。
検査・治療をしていいかどうかは病名によって決まっているので、極端に言えば病名さえあればどんなにたくさん検査してもかまわないことになる。腕のいい医者ほど少ない検査で的確に診断して、薬も最小限で治すので治療費も安く済むが、医療機関の収入も少なくなる。逆に、たくさん検査・治療した方が収入が増えるのでそうする医療機関もあるだろうが、それが正当かどうかはだれにもわからない。全く同じ状態の人が同時に別の医療機関を受診して同じように治った時の検査・治療の違いはどうかを比較しないかぎりわからないのである。
レセプト審査委員をしていた時に山ほど病名が付いていっぱい検査をしている医療機関もあり、そこが結構流行っていたりするとなんだかなあと思っていた。検査をたくさんしてもらう方がいいという人や、薬も多い方を喜ぶ人がいるのも事実である。でも自分としては必要最小限の検査で診断して、薬も必要最小限にするのが当たり前だと思うし、患者さんの負担を少なくしてあげたい気持ちは変わらない。いくら検査しようが治療しようがその人がすこしでも良くならなければ意味がない。医療は「癒し」だと思うからである。