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「鉄欠乏性貧血のニューノーマル」

令和6年3月15日
表題は広島大学産婦人科准教授の阪埜浩司氏の講演である。鉄欠乏による貧血は主に生理のある女性に起きやすく、我々産婦人科医にとっては日常的にみる症状である。経口の鉄剤を処方するが胃を刺激するので飲めない人もいて、造血剤を注射することもあるが、なかなか難しい。
最近我が国でも使われ始めたモノヴァーという治療剤は酸化第2鉄1000mgを点滴するだけで4カ月鉄剤を内服した時と同じ効果がでるという。特に1か月後に手術を予定していて早く貧血を回復しておきたいときなどは最適の方法だそうである。こんな製剤が出ていることは全く知らなかったので勉強になった。やはり講演や勉強会にはできるだけ出席して聞いておかないと浦島太郎になってしまう。
若い頃は高齢の先生たちの治療を古臭いなどと思ったこともあるが、今になっては若い人たちからは同じように思われているのだろう。歴史は繰り返す。

「免疫学夜話」

令和6年3月1日
表題は大阪公立大学の橋本求教授の著書で、自己免疫疾患がなぜ起きるようになったかを考察したものである。語り口がなめらかでわかりやすく、そうだったんだと納得することが満載で、近年稀な名著である。
帯に養老孟司氏の「人類はウイルス、細菌、寄生虫との戦いと共生の歴史。読むとやめられなくなる」とあるが、まさにその通りでこれほど的確な推薦文はない。
紀元10万年前に南アフリカで類人猿からヒトに移った「マラリア」は人類史上最も古い感染症で、現代でも年間2億人が罹患し、60万人が亡くなっている現在進行形の病である。マラリアはマラリア原虫という寄生虫を持つハマダラ蚊に刺されることによって起きる。マラリア原虫はかつて光合成をしていた藻類から葉緑素が失われて寄生虫になったことがわかってきたが、ヒトの赤血球はマラリア原虫が生きるのに最適な環境のためにそこで増殖し、赤血球を破壊して次の赤血球に移ることを繰り返して行く。
マラリアから逃れるために遺伝子変化して鎌状赤血球になったヒトは、マラリアにかかりにくい。また、マラリアに強い遺伝子変化をしたヒトはSLEに罹患しやすくなっているという事実があり、SLEはマラリヤと同じ症状の自己免疫疾患である。自己免疫疾患は感染症から逃れるために遺伝子変化してきた人類の宿痾のようなものではないだろうか。アレルギーもそのような一面があり、ヒトと感染症のかかわりはどこまでも続くのである。
シマウマの縞はなぜあるのか、など面白い話題満載のこの著書は座右の1冊にしたいと思う。

卵子が1つの精子とのみ受精する仕組みの解明

令和6年2月9日
群馬大学の佐藤健教授のグループと東京医科歯科大学の松田憲之教授との共同研究で、卵母細胞(卵子)がただ1つの精子とのみ受精する仕組みの一端を明らかにしたと発表した。
受精の際、卵子の周りには多数の精子が取り囲み、1つの精子のみが中に入って受精する仕組みがどうなっているのか不思議だった。哺乳類などの卵では受精数十分後には卵を覆う透明体が変化して他の精子を拒否することが知られていた。
精子は多数取り囲んでいるので、もっと素早く拒否しなければ多精子を受精してしまうことになる。
多精子を受精すると雄由来の余分なゲノムDNAが受精卵内に持ち込まれてしまい、適切に細胞分裂できず、異常な発生をしてしまう。これを拒否する仕組みがあるだろうとは思われていたが、実体はわかっていなかった。
研究グループは線虫C.elegansにおいて、受精後に卵子の表面で働いたタンパク質が受精後に細胞の中に取り込まれて選択的に分解されて、新たなタンパク質に置き換わっていく現象に着目し、この過程に働く因子としてMARC-3(ヒトではMARCH3)を見出した。この因子を欠損させた卵子では多精の状態になることがわかり、現在MARCH3遺伝子を欠いたマウスを作成中だという。
実に興味深い研究で生命の謎がまた一つ解明されていくことが楽しみである。

「不妊治療を考えたら読む本」

令和6年2月2日
表題は不妊治療専門の浅田レディースクリニックの浅田義正理事長と出産ジャーナリスト河合蘭女史の共著で、不妊治療についてわかりやすく解説すると同時に、最先端の技術について丁寧に説明していて、一般の人はもとより不妊を専門にしていない医師にとっても、世界の「今」の流れのわかる優れた著作である。
不妊症の治療として体外受精、顕微授精が行われるようになって、この分野はどんどん新しい技術が開発されてきた。さらに体外受精して胚になった状態を凍結保存する方法としてガラス化法が生まれ、凍結保存した胚の妊娠率が新鮮胚移植による率を上回ってきている。
我が国のARTによって生まれてきた子供の数は6万人を超え、13~14人に一人になっている。一方、興味深いことに体外受精の件数はアメリカより多いのに、採卵1回あたりの出産率は最低だという。これは世界のARTをモニタリングしている組織ICMARTによる60ヵ国の調査で報告され、日本の技術は決して低くないのに成功率が際立って低い事実がわかった。原因はARTを行う女性の年齢が他の国に比べて高いことだという。
これからもARTの技術は進んでいくだろうが、年齢についてはどうしようもないと思う。妊娠を希望したらできるだけ早く取り掛かることが大切である。

緊急避妊ピルについて

令和6年1月18日
今まで医師が処方しなければ手に入らなかった緊急避妊ピルが薬局で簡単に買えるようになるという。ユーザーにとっては便利になったと思うだろうが、ちょっと待ってもらいたい。
緊急避妊ピルはレボノルゲストレル(黄体ホルモン)を1.5mg飲むことで、排卵を遅らせるか少し抑制することで避妊をはかるものである。だから排卵後はもう飲む意味がないし、排卵が1週間以上先なら飲む必要がない。妊娠する可能性が一番高いのは排卵日、排卵の1日前、2日前でおよそ30%と言われている。3日前、4日前と次第に妊娠率は下がり、1週間前でほぼ0%、さらに排卵後数日で妊娠できなくなる。なので薬局で買えるようになると、飲む必要のない女性も飲むようになりムダが増える。
加えて緊急避妊ピルの避妊効果は一番危ない3日間の30%を10~20%程度に抑えるだけなので、失敗することも起きる。でもユーザーは緊急避妊ピルを飲めば大丈夫と思っている。
排卵が近いのかもう排卵してしまっているのかは、経腟超音波で見ればわかる。だから受診すればその判断をしてあげられるのにと思うわけである。

主要ながん検診に寿命延長効果はない

令和5年11月10日
オスロ大学(ノルウエー)健康社会研究所のMichael Bretthauer氏らは、マンモグラフィや大腸内視鏡検査などの代表的ながんスクリーニング検査(以下、がん検診)を受けても、大部分は寿命の延長に寄与しないとするメタアナリシスの結果を報告した。
Bretthauer氏らはMEDLINEとコクランライブラリーからがん検診に関する追跡期間が9年以上のRCTを18件(対象者211万人余り)抽出し検討した。がん検診は、乳がんのマンモグラフィ、大腸がんの全内視鏡検査・S状結腸内視鏡検査・便潜血検査、前立腺がんのPSA検査、現喫煙者または元喫煙者を対象とした肺がんの胸部CT検査の6種類についておこなった。
解析の結果、6種類のがん検診の中でS状結腸内視鏡検査以外のがん検診では、検診を受けた人と受けなかった人との間で寿命の延長に有意差が認められないことが明らかになった。また、有意差の認められたS状結腸内視鏡検査でも、その延長期間はわずか3か月程度に過ぎないことも示された。
こんな報告を見ると、がん検診が果たして有用なのだろうか思ってしまう。まさに故近藤誠医師の主張と重なる。やはり氏は素晴らしい人だった。

「がんの消滅」

令和5年11月2日
表題は芹澤健介著、小林久隆監修の著作で「天才医師が挑む光免疫療法」のサブタイトルがついた新潮新書の近刊である。「免疫」とか「がん消滅」などの文字を見るとなにやら胡散臭いと思っていたが、だまされたと思って購入、一読してこれは本物だと思った。たとえればペニシリンの発見やラジウムの発見をしのぐ治療法ではないだろうか。
小林医師は京都大学を卒業した後、米国国立衛生研究所(NIH)で研究をするようになり、現在終身の主任研究員である。そもそもはがん細胞に特異的なたんぱくに結合して光に反応する物質を使うことによる「がんのイメージング」の研究をしていたが、ある物質の場合、光(近赤外線)を当てるとがん細胞膜が壊れてしまうことがわかった。それがフタロシアニンを水溶化したIR700で正常細胞には侵襲を与えず壊れた細胞膜の中身を周囲のリンパ球などが攻撃し、がん細胞そのものも攻撃するようになることも確認した。実験を繰り返し論文をいくつも書き評価を受けていたが、臨床応用にはいくつもの関門があった。
それをかなえさせる力になったのが楽天グループの三木谷浩史をはじめとする様々な人たちで、光免疫療法は世界に先駆けて日本で承認された。FDAでは承認待ちであるがいずれ承認されるだろう。がん細胞の細胞膜だけが近赤外線を当てて壊れるという治療法は、まさにコロンブスの卵であり現在は頭頚部のがんのみの適応だが、一刻も早く他のがんにも適応されることを望む。再度言うが素晴らしい発見だと思う。

「世にも危険な医療の世界史」

令和5年10月13日
表題はアメリカの内科医リディア・ケインとジャーナリストのネイト・ピーターセンの共著で、昔から世界で行われた医療で今では信じられないような間違ったものをとりあげている。
秦の始皇帝にも使われた「水銀」これはずいぶん長い間使われていて、リンカーンも常用していたという。「ヒ素」も太古の昔から皮膚の潰瘍やいぼなどの治療に使われてきた。毒薬なので毒殺のためにも使われてきたが。「瀉血」は血液を抜く治療法で欧米では日常的に行われていた。あのモーツアルトは死ぬ前の1週間で2リットルもの血液を抜かれたという。マリー・アントワネットやジョージ・ワシントンも瀉血されたそうである。医師たちは大まじめにその治療を行い、死期を早めたのである。
翻って現代の医療にも後世では間違っていたとされるものもあるのではないか。抗がん剤は毒薬であり、白血病など1割ぐらいの病気に有効なだけであるという。それでも他に方法がないということで、高価な抗がん剤が競って作られている。そのことに警鐘を鳴らし続けた近藤誠医師も今はいない。いずれ真実は明らかになるだろうが、歴史を見るといろいろなことがわかってくる。あとになって間違ったとわかるようなことだけはしたくないと思う。

ARTによるお産の後の自然妊娠

令和5年8月24日
英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのAnnette Thwaites氏らの研究によると、体外受精以外では妊娠出来ないと言われてARTを行って妊娠・出産した後、自然妊娠するケースが5人に1人あるという。実際に6回の体外受精によって妊娠して子供を授かった女性(当時43歳)がその後に自然妊娠して「自然妊娠する可能性は1%以下だと言われていたから驚きだったが準備不足を感じ呆然とした」という。
Thwaites氏らによるとARTによる妊娠・出産の後に自然妊娠した女性の割合は、対象者5,180人で追跡期間は2~15年で調べたところ20%だったという。
我々の周りにもそういったケースを見かけるが、そもそも原因不明の不妊は50%あるということは、わかっていることのほうが少ないのである。医学・生物学はわからないことが多すぎて、現在行われている治療も「あれは間違っていました」ということが今までもあったしこれからもあるだろう。医療者はこのことを肝に銘じて日々の診療に当たらねばと心から思う。

母体保護法指定医研修会

令和5年6月7日
表題の研修会が医師会館で行われた。興味深い演題は最近承認された「経口中絶薬」についての説明だった。
以前にも書いたがこの薬は40年近く前にフランスの製薬会社ルセルが開発したRU486で、妊娠を維持するために必須の黄体ホルモン受容体に結合して妊娠の維持ができなくなり流産(中絶)してしまうものである。当時、大学のホルモングループに所属していたので、この薬を使って動物実験をしていた後輩の研究成果を見ていてすごい薬ができたものだと感心したものだ。マウスを使って実験するとほぼ100%流産させることができた。その後、欧米では普通に使われるようになったが我が国では認可されなかった。
我が国では今年の4月28日正式に承認され5月中旬より使われることになったが、問題がいろいろあることがわかった。まず、流産が始まると痛みと共に出血が多くなり、自宅では耐えられなくなって病院を受診したくなるが、深夜だと対応できなくなるので、入院設備のある医療施設で院内でのみ使用して院内で待機する。一日たっても流産しなければ手術になる。ちなみに10人に1人は手術になるという。今までなら朝手術をすれば昼には帰宅できるし、確実に中絶できるのでそのほうが楽ではないかと思ってしまう。値段も従来の中絶術と変わらないか少し高くなるという。これではわざわざ薬を承認する意味がないのではないだろうか。欧米では薬を使う場合と手術をする比率は半々だそうである。なぜ承認したのかわからない。