令和8年5月22日
表題はアルファ・リード株式会社の代表取締役、丸谷元人(まるたにはじめ)氏の著書である。実はこの作品は元外交官で現在外交評論家として活躍している山上信吾氏の絶賛する著作で、その言葉に惹かれておもわず取り寄せたのである。山上信吾氏は外交官時代には中国ともひるむことなくしっかり外交を行ってきた人物で、その気迫が伝わってくる著書「中国戦狼外交と闘う」を読むと、我が国にはこんな立派な外交官がいたのかと誇りに思える内容である。いつも中国に対しておもねったり、利益優先の土下座外交ばかり見ていると、このような人物がいるのがうれしい。
丸谷氏はオーストラリア国立大学を卒業後、パプア・ニューギニア・中東・アフリカで駐在員やVIPの身辺警護、テロ対策、地域の治安対策などを行い、その後アメリカ海兵隊での訓練、その他多彩にわたる訓練を終了してインストラクター資格を取得、米IT大手企業のセキュリティー・マネージャーなど歴任、現在は「月刊インテリジェンス・レポート」で海外で起きる事件や紛争の背景について分析状況を配信している。
内容は「利用される日本人」「日本は独立国でない」「「ウクライナの支援物質は闇に流される」「テレビで見かける良い人たちの正体」「金持ちがクーデターを繰る?」「アフリカで行われる代理戦争」「パンデミックは偶然おこらない」「移民をコントロールする者」「ワクチンがパンデミックを作る?」など刺激的な内容だが資料・データを挙げて納得できる説明をしている。やはり日本人は性善説でお花畑の住人だと思った次第である。世界はいかに「すれっからし」ばかりかと目から何枚もうろこが落ちたようだった。
カテゴリー 本
「こうして日本人だけが騙される」
「詰将棋の誕生」
令和8年3月27日
表題は京都大学名誉教授でチェス、詰将棋のプロである若島正氏の著作である。紀伊国屋の将棋・囲碁コーナーで目に留まり、思わず買ってしまった。
著者の名前を知ったのははるか昔、高校3年の時のことである。田舎の高校生だった自分に同級生が「Z会」を教えてくれて、受験に役立つと思ったので入会した。「Z会」は東大生とそのOBが始めた通信添削の会であり、多くの東大・京大受験生が入会しているという。旬報と共に10日毎に問題が送られてきて、それを解いて送り返すと点数と添削した答案が送り返される。辞書を使おうが何をしようがかまわないけれど、何しろ問題が難しいのでなかなかいい点が取れない。成績優秀者は筆名と共に点数が公表される。上位40分の1を4回取ると初級(初段)さらに60分の1を4回取れば中級(2段)さらに90分の1を4回取れば上級(3段)になって表彰される。そこでよく目にした成績上位者に若島氏の名前があったのである。確か3科目3段というおそるべきレベルだったのではないか。ちなみに自分は3科目3級どまりだったけれど。
その後、詰将棋の世界で時に名前を見る機会があったが、やはりあの時の驚異的な頭脳の持ち主だったのである。チェスも将棋も氏の頭脳ならむべなるかな。じっくり読むつもりである。
春が来た
令和8年3月19日
日差しも日に日に暖かさを増し、早咲きの桜も咲いて春の訪れを感じる。毎年、この頃になるとほっこりとした気持ちになる。以前にも書いたが詩人、伊藤整の詩集「雪明りの路」の中の「春を待つ」が自然に思い出される。手元にある詩集は偶然古本屋で見つけたものだが、復刊は昭和47年であるが、元の初版本はなんと!大正15年12月である。100年前の詩が現在も人の心を打つのは素晴らしいことである。
「春を待つ」
ふんわりと雪の積もった山かげから 冬空がきれいに晴れ渡ってゐる。 うっすら寒く 日が暖かい。 日向ぼっこするまつ毛の先に ぽっと春の日の夢が咲く。 しみじみと日の暖かさは身にしむけれど ま白い雪の山超ゑて 春の来るのはまだ遠い。
桜が咲けば弁当を用意して花見に行くのが楽しみである。
「読むこと考えること」
令和8年3月13日(金)
表題は養老孟司氏の著作で、小説推理に連載された「ミステリー中毒」から抜粋加筆したものである。氏の読書を通じて日ごろからの考え方や行動、生活などをエッセイ風に記していてじつに面白い。読みやすく、しかも深い内容がサラッと書いてあり、その魅力が余すところなく感じられる。まさに現代の「孟子」である。なんでも氏の母親が「孟子」にちなんで「孟司」と名付けたという。まさにその通りで、氏の著書はどれもよく売れているらしい。自分を始め多くのファンがいて、新しい著書が発売されると購入するのだろう。氏は昆虫が好きで虫捕りに台湾や東南アジアに行く。もちろん国内でも時間があれば虫捕りに行き、採取した虫の標本をつくる。その合間に講演をしたり、いろんな会の会長をさせられたり、もちろん本も書く。まさに融通無碍の生き方をしているようだ。ご高齢なので、一日でも長く活躍していただきたいものである。
週刊新潮70周年
令和8年2月27日
いつも読んでいる週刊新潮が発刊70周年を迎えた。週刊誌と言えば「ポスト」「文春」「平凡パンチ」「実話」他、あまたの雑誌が刊行されたが、結局愛読しているのは「新潮」だけである。「新潮」を愛読している9人の著名人が寄稿しているがすべてお年寄りばかりである。一番若いのが石原良純氏(61歳)である。自分を含め年寄の好む雑誌なのだろう。
面白いのはコラムで櫻井よしこ、五木寛之、佐藤優、坂上忍、和田秀樹、里見清一、燃え殻、池谷裕二、横尾忠則、古市憲寿、片山杜秀、タブレット純、将棋囲碁コーナー、私の週間食卓日記など、毎号飽きさせない内容が続いている。
今回の衆議院選挙についても、他の週刊誌は高市自民党のあらさがしばかりしているが、新潮は比較的まともである。連載小説も面白い。「室町大愚」は思わず読んでしまう。読みたい本は一杯あるのに、「新潮」を買うと記事を読んでしまうので、他に割く時間が減って困るのである。
「医者が言わないこと」
令和7年12月19日
表題は故・近藤誠氏の著書である。偶然本屋で見つけたので読んでみた。内容は氏が一貫して説いていたことなので、特に目新しいものはなかったが、発行日は2,022年7月5日である。氏が仕事場に出勤途中に心筋梗塞のために亡くなったのは、その年の8月13日である。最後まで氏は医療による患者の不利益を無くすことに身をささげているように思われたが、氏を慕って集まってくる患者のために残された人が、H.P.を更新して患者さんの命を支えるよすがとなっている。
氏と共著も出している和田秀樹医師もほぼ同じスタンスで、多くの出版とネット配信をしている。週刊新潮にコラムを連載している里見清一氏は腫瘍内科医師で、氏のコラムは面白いのでいつも読ませてもらっているが、近藤氏へのスタンスは「初めの頃はよかったが、支持者に祭り上げられて現代医療の否定者になってしまった」「現実との乖離が見られるようになった」と否定的である。
現代の医療を俯瞰すると、がんの治療と老化への治療は本質的に難しいので、ベースの考え方は近藤理論であるが、必要な対処は有効なものは行ったほうがいいと思う。これは永遠の課題なのかもしれない。
「日本史を暴く」
令和7年11月27日
表題は歴史学者の磯田道史氏が読売新聞に連載した「古今をちこち」をまとめたもので、歴史オタクを自認する氏が新たに見つけた古文書を紹介したり、地震・コロナ騒動などその時々に起きたこともふまえて、かつて同じことが起きた時、人々はどう対処していたかなど記していて、面白く読ませてもらった。
広島に講演に来た時に終了後「お好み焼きでも食べようか」と思って平和公園から本通りの方に歩いていた時に見つけた骨董屋で、店番の奥さんが出してきた古い文書はなんと「浅野内匠頭長矩」の出した年賀状だった。頂いたばかりの講演料で買い求め、赤穂市に問い合わせ本人の筆跡と一致したという。思わぬところで貴重な史料が見つかったのである。
他にも吉良上野介の首を打ち取った四十七士が、墓前で行った儀式の様子が新たに発見された史料から初めて分かった。今後は忠臣蔵のドラマの最後も変わることになるだろう。さらに「孝明天皇の病床記録」の古文書を手に入れた。孝明天皇は1,867年に疱瘡で亡くなられたというが、毒殺説もささやかれていた。もし孝明天皇が生きていれば大政奉還はなかったと言われているためである。史料によると天皇がお召しになった食べ物のすべてと、排泄物すべてが克明に書かれていて、それによれば症状は山を越えて快方に向かう様子が見て取れる。それが突然おかしくなりそのまま崩御された様子が書いてある。これも新たな発見である。
興味深い記述が多く、充分楽しませてもらった。
「昭和の夢は夜ひらく」
令和7年11月21日
表題は五木寛之氏の新刊である。氏は昭和7年生まれで現在93歳、週刊新潮にエッセイを連載しているが、毎回よくタネが尽きないと思う。内容は読者を飽きさせない人生の達人をおもわせる文章である。この度の新潮新書は連載中の「生き抜くヒント」から抜粋したもので、「昭和」について言及した文章を集めたものである。氏は平壌で終戦を迎えた。父親が平壌師範学校の教師をしていたからであるが、その後日本へ引き上げるのは大変だったようで、母親はその時に亡くなり、父と弟妹の4人で命からがらの帰国だったようだ。父親の実家でしばらく暮らし、苦労もあったようだが、それらを含めて氏のその後の作家としての立ち位置が決まったのではないか。それにしても今も現役で文章を連載しているとは凄いことである。田舎の風呂が五右衛門風呂で鉄の窯に直接入ると熱いので、丸い板を湯船に浮かべてその上に乗って湯船に入ったというくだりは、自分も経験しているのでそうだったなと思い出した。それらを含めて面白く読ませてもらった。
「犬と自然は生涯の友」
令和7年11月8日
表題は内科医院を営む傍ら、愛犬を愛し、自然を愛し、人生を深く楽しんで生きてきた永山巌医師が80歳を迎え、医院を息子に譲り(週1回の診察もやめて)完全隠居となったのを期に、自分の来し方をふり返った自伝である。偶然本屋で見つけ、面白そうなので購入して読んでみた。
著者は6人兄弟の5番目で、弟が1人と兄が3人、姉が1人いて弟と特に仲が良く兄も弟も優秀で羨ましく思っていた。著者が高校2年生の時、公務員の父が居眠りトラックにはねられて亡くなった。1浪して東北大学法学部に入学したが肺結核になり2年間休学、治ってから復学したあとは特別奨学金と家庭教師で仕送りなしの学生生活を送った。この時が人生で最も苦しかったそうだが、卒業後全日空に就職して仕事が面白くなった頃、知人の紹介で見合いをして最愛の妻を得る。子供たちも生まれ順風だったころ、医学生だった妻の兄が病気になり回復の難しい状態になった。栃木県で内科医院を営んでいる妻の親は、跡継ぎになってほしいと頼んできた。一度は断ったものの、熱意に負けて医学部に入学して医師になり、学位を取り義父と一緒に仕事を始めた。このころ養子になって永山家を継承することにした。
結婚して大好きだった犬を飼い始め、全日空時代に誘われて始めた山登りも再開した。また結核で入院していたころに本で始めた囲碁も頑張った。休日は渓流釣りに情熱を燃やし、山小屋を建てて渓流釣りの拠点にしたり、アウトドアと囲碁でバランスよく楽しんだ。猛禽類を撮影することにも情熱を傾けた。
75歳の時、永山医院を次男に継承して週1回だけ診察していたが、80歳になり完全引退、山登りと渓流釣りと囲碁は現役で続けている。素晴らしい人生で読んでいるだけで楽しい。まさに人生の達人である。
「石原家の兄弟」
令和7年10月31日
表題は石原慎太郎氏の4人の息子が両親の思い出をテーマを決めてそれぞれが綴った新刊書である。慎太郎氏は好きな作家で、大抵の著書は読んでいる。最後まで創作意欲は衰えていなくて感心していた。氏の息子たちもそれぞれが世に出てそれなりの地位を築いている。大人物の子供であってもひとかどの人物になるのは難しいと思うが、4人ともそれぞれちゃんとしていて凄いとしか言いようがない。
作品は11章からなり「母典子によせて」「父慎太郎が逝った日」「叔父裕次郎の思い出」「家」「海」「お正月」「教育」「仕事」「結婚」「介護」「相続」これらのテーマを伸晃・良純・宏高・延啓の4人の兄弟がそれぞれ3000字の原稿を書いていて、家族の貴重な写真も載せていて興味深い。自分が想像していたとおりのように感じたのは、慎太郎氏の著書やエッセイに親しんでいたからだろう。この本をもって慎太郎氏の幕は降りたのだと思う。



