3月30日(土)は木山泰之医師も診療します

3月30日(土)は木山泰之医師(中国労災病院)も診療します

邦楽の祭典

令和6年3月22日
日曜日に広島駅前地下広場で「邦楽の祭典」という演奏会が開かれた。最近は尺八から遠ざかっていたのだが、誘われていってみた。筝曲、尺八、和太鼓、三弦、民謡など「和」の世界が広がっていて久しぶりに楽しませてもらった。ただ、地下広場は寒くて長居できず、目当ての演奏を聞いてすぐに暖かい場所に避難した。
問題はその後のことで、午後になると体調が悪くなり、夕方には微熱、食欲はなく下痢など風邪症状が起きたので、早めに休んだらありがたいことに翌日の夕方には回復してきた。以前はこれくらいの寒さでは風邪などひかなかったのにやはり年のせいか。一昨年のコロナ感染も体力が落ちていたためと思われるし、年には勝てないのだろう。最近は散歩もしてないし足腰が衰えていると思われる。まだまだ復活の余地はあるので、このままにしてはおかないつもりである。

「鉄欠乏性貧血のニューノーマル」

令和6年3月15日
表題は広島大学産婦人科准教授の阪埜浩司氏の講演である。鉄欠乏による貧血は主に生理のある女性に起きやすく、我々産婦人科医にとっては日常的にみる症状である。経口の鉄剤を処方するが胃を刺激するので飲めない人もいて、造血剤を注射することもあるが、なかなか難しい。
最近我が国でも使われ始めたモノヴァーという治療剤は酸化第2鉄1000mgを点滴するだけで4カ月鉄剤を内服した時と同じ効果がでるという。特に1か月後に手術を予定していて早く貧血を回復しておきたいときなどは最適の方法だそうである。こんな製剤が出ていることは全く知らなかったので勉強になった。やはり講演や勉強会にはできるだけ出席して聞いておかないと浦島太郎になってしまう。
若い頃は高齢の先生たちの治療を古臭いなどと思ったこともあるが、今になっては若い人たちからは同じように思われているのだろう。歴史は繰り返す。

モネ展

令和6年3月8日
明石に用事があり土曜日に一泊、ついでに大阪中之島美術館で開催されている「モネ展」に行ってみた。さすがに光の芸術家と言われているだけあって、水面にきらめく光の絵が印象的だった。代表作の睡蓮の絵はモネの家の庭に作った池に咲く睡蓮を描いたもので、これなら出かけなくても描けるだろうと思ったものである。
毎度のことながら大阪のような都会に行くと人の多さとせわしない動きに疲れてしまう。地下鉄も人であふれかえっているし、阪急梅田百貨店のレストランでウナギを食べ、食材を仕入れようと地下に降りたが混雑は半端でなかった。広島のデパートに比べて規模と人の数が全然違う。新幹線で広島に帰って駅についてほっとして、やはり自分にはこれくらいの規模の街が落ち着くのだなと思ったことである。

「免疫学夜話」

令和6年3月1日
表題は大阪公立大学の橋本求教授の著書で、自己免疫疾患がなぜ起きるようになったかを考察したものである。語り口がなめらかでわかりやすく、そうだったんだと納得することが満載で、近年稀な名著である。
帯に養老孟司氏の「人類はウイルス、細菌、寄生虫との戦いと共生の歴史。読むとやめられなくなる」とあるが、まさにその通りでこれほど的確な推薦文はない。
紀元10万年前に南アフリカで類人猿からヒトに移った「マラリア」は人類史上最も古い感染症で、現代でも年間2億人が罹患し、60万人が亡くなっている現在進行形の病である。マラリアはマラリア原虫という寄生虫を持つハマダラ蚊に刺されることによって起きる。マラリア原虫はかつて光合成をしていた藻類から葉緑素が失われて寄生虫になったことがわかってきたが、ヒトの赤血球はマラリア原虫が生きるのに最適な環境のためにそこで増殖し、赤血球を破壊して次の赤血球に移ることを繰り返して行く。
マラリアから逃れるために遺伝子変化して鎌状赤血球になったヒトは、マラリアにかかりにくい。また、マラリアに強い遺伝子変化をしたヒトはSLEに罹患しやすくなっているという事実があり、SLEはマラリヤと同じ症状の自己免疫疾患である。自己免疫疾患は感染症から逃れるために遺伝子変化してきた人類の宿痾のようなものではないだろうか。アレルギーもそのような一面があり、ヒトと感染症のかかわりはどこまでも続くのである。
シマウマの縞はなぜあるのか、など面白い話題満載のこの著書は座右の1冊にしたいと思う。

「沢田研二」

令和6年2月22日
表題は音楽などの著書が多数ある作家・中川右介氏の著作である。522ページもある朝日新書からの労作で、本屋で偶然目に留まり購入した。沢田研二がグループサウンズ「タイガース」のリード・ヴォーカルとして活躍を始めたのは私の中学時代で、他にも様々なグループが活動していてまさにグループサウンズ全盛期だったが、あっという間にフォークグループに取って代わられ、さらにニューミュージックが主力になるなど音楽界の変遷があった。その中で沢田研二を中心にして当時の音楽事情を詳細に調べ、記述しているが、当時の歌手や作詞家・作曲家の名前が懐かしいものばかりで、あっという間にあの頃に戻ってしまった。
思春期から青年期にかけての多感な頃に聞いた曲たちは今でも鮮明に心に残っている。当時はレコード大賞があり紅白歌合戦は今では信じられない高視聴率の番組で、大みそかは家族全員が炬燵で見るのが普通だった。大学時代にアルバイトをしていた店に沢田研二が関係者に連れられてきたことがあったが、知らずに部屋に飲み物を運んだらそこにあのジュリーがいたのでびっくりしたものである。
この著書は資料としても一級品で、当時のことを知りたければこの本を紐解けばいい。久しぶりに懐かしい頃をふり返ることができた。

永遠の都ローマ展

零把6年2月15日
福岡市美術館で開催されている「ローマ展」に行ってきた。世界で最も古い美術館の一つ「カピトリーノ美術館」所蔵のコレクションが展示されていて興味深いものだった。
美術館は福岡市民の憩いの場所、大堀公園内にあり会場に入るとまず目にするのが「カピトリーノの牝狼」の複製像である。ローマの建国はトロイ戦争(紀元前1,250年ころ)まで遡るがギリシャのオデュッセウスによるトロイの木馬の計でトロイが陥落した際脱出したトロイの王族の子孫によるとされている。双子のロムルスとレムスは狼の乳で育てられ、ロムルスがローマ建国の祖と言われている。他にもカラバッジョの「洗礼者ヨハネ」も展示されていて見ごたえがあった。
昼は館内レストラン・プルヌス(ニューオータニ九州)でパスタセット、公園内の日本庭園などを散策、博多阪急デパートで食材を仕入れて帰宅、充分リフレッシュできた一日だった。

卵子が1つの精子とのみ受精する仕組みの解明

令和6年2月9日
群馬大学の佐藤健教授のグループと東京医科歯科大学の松田憲之教授との共同研究で、卵母細胞(卵子)がただ1つの精子とのみ受精する仕組みの一端を明らかにしたと発表した。
受精の際、卵子の周りには多数の精子が取り囲み、1つの精子のみが中に入って受精する仕組みがどうなっているのか不思議だった。哺乳類などの卵では受精数十分後には卵を覆う透明体が変化して他の精子を拒否することが知られていた。
精子は多数取り囲んでいるので、もっと素早く拒否しなければ多精子を受精してしまうことになる。
多精子を受精すると雄由来の余分なゲノムDNAが受精卵内に持ち込まれてしまい、適切に細胞分裂できず、異常な発生をしてしまう。これを拒否する仕組みがあるだろうとは思われていたが、実体はわかっていなかった。
研究グループは線虫C.elegansにおいて、受精後に卵子の表面で働いたタンパク質が受精後に細胞の中に取り込まれて選択的に分解されて、新たなタンパク質に置き換わっていく現象に着目し、この過程に働く因子としてMARC-3(ヒトではMARCH3)を見出した。この因子を欠損させた卵子では多精の状態になることがわかり、現在MARCH3遺伝子を欠いたマウスを作成中だという。
実に興味深い研究で生命の謎がまた一つ解明されていくことが楽しみである。

「不妊治療を考えたら読む本」

令和6年2月2日
表題は不妊治療専門の浅田レディースクリニックの浅田義正理事長と出産ジャーナリスト河合蘭女史の共著で、不妊治療についてわかりやすく解説すると同時に、最先端の技術について丁寧に説明していて、一般の人はもとより不妊を専門にしていない医師にとっても、世界の「今」の流れのわかる優れた著作である。
不妊症の治療として体外受精、顕微授精が行われるようになって、この分野はどんどん新しい技術が開発されてきた。さらに体外受精して胚になった状態を凍結保存する方法としてガラス化法が生まれ、凍結保存した胚の妊娠率が新鮮胚移植による率を上回ってきている。
我が国のARTによって生まれてきた子供の数は6万人を超え、13~14人に一人になっている。一方、興味深いことに体外受精の件数はアメリカより多いのに、採卵1回あたりの出産率は最低だという。これは世界のARTをモニタリングしている組織ICMARTによる60ヵ国の調査で報告され、日本の技術は決して低くないのに成功率が際立って低い事実がわかった。原因はARTを行う女性の年齢が他の国に比べて高いことだという。
これからもARTの技術は進んでいくだろうが、年齢についてはどうしようもないと思う。妊娠を希望したらできるだけ早く取り掛かることが大切である。

「自分は死なないと思っているヒトへ」

令和6年1月26日
表題は養老孟司氏が1994年から2,000年にかけておこなった7題の講演をまとめて掲載したものである。氏の物事の本質を捉え、わかりやすい言葉で伝える力は素晴らしく、いつも感心しながら読んでいる。
なぜ解剖学を選んだかから始まって、物事を深く考える習慣ができ、引っかかったことがあれば徹底的に考え続け、それまでの膨大な知識を使って納得する答えを出す。氏の書いたものを読むといつも納得させられることが多く、新しい本が出ればすぐ買って読むことにしている。
氏は考えるだけでなく身体を動かすことも同じように大切で、自然に触れることをいつもおこなっている。東南アジアに虫捕りに行くのも趣味であり氏にとっては大切な時間だろう。小学生たちと虫捕りに行って、子供たちに自然と触れ合う経験をさせることもしている。
世界の宗教の成り立ちとその意味についての考察では、都市化が進んだから宗教が必要になったのだいうが、なるほどと大いに納得した。
氏の名前は孟子から採ったそうだが、まさに多くの人々を啓蒙した孟子のように現代人に大いに影響を与える偉大な思想家だと思う。