令和8年4月28日
島根県江津市の「今井美術館」で鉛筆画の大森浩平展が開かれていることをテレビで知り、鉛筆だけで描かれた作品の精巧さに驚いて出かけてみた。初めての場所だったが、車で1時間半くらいの距離で結構人が来ていたが、その作品のすばらしさに驚いた。ケント紙に鉛筆で作画する様をビデオで流していたが、ほぼフリーハンドで描いたものは、写真で写したのかと思われるほどに形・質感が伝わってくる。腕時計、コカコーラ、ボルトとナット、缶ビール、食べかけの板チョコ、人物像などが展示されていたがどれも完成度が高く、よくぞここまでと驚いた。
大森氏は岡山市生まれで現在31歳、20歳のときに瀬戸内市立美術館でセラミックデザイン原画とデッサン展を開いている。おそらく小さい頃から絵が好きで上手だったのだろう。アートは才能が一番で、その上でたゆまぬ努力によって花開くのだと改めて思ったことである。
カテゴリー 日々是好日
鉛筆画 大森浩平展
最近の昼食
令和8年4月23日
28年、この地でクリニックをやっているが、昼食をどこにするかは大切である。何しろ周りには店がいっぱいあり、それも新しくできたり無くなってしまったりが激しい場所である。また、自分の年齢や好みの変化もあり通う店は大いに様変わりしてきた。28年間変わらずに営業を続けている店も少数ながらあり、そこへは今も通っている。最近、裏袋に新しい居酒屋などが何軒かできたが、若い人たちが夢を抱いて頑張っているのだろう。
このところ「広島ラーメン」「太閤うどん」「浜けん食堂」「ガリバー」「王将」「袋町食堂」「栄屋」「とくみ鮨」「こけもも」「夕凪うなぎ」「天甲」「焼肉」「平和園」などに行くが、28年前からあった店は数軒だけである。
それにしてもよく行ったものである。毎日のことだから面倒だけれど、楽しんで通っている。今はなくなったてしまった店の○○を食べてみたいと思うことはあるが、詮無いことである。また新しい店を探そうかな。
中区第4支部「春の会」
令和8年4月17日
リーガで中区第4支部の親睦会が行われた。毎回できるだけ出席するようにしているが開業28年にもなれば同時代の会員も少なくなってきている。
自分と同じ年代のH先生は後継者に譲って辞めるそうだ。「今までは患者さんのためと家族のために頑張ってきたけれど、これからは自分のために残りの人生を過ごしていきたい」とのことだった。
確かに我々の年代になればそう思う人が多いというより、ほぼ全員がそうなのだろう。やはり同年代のS先生は「辞めるつもりはない」とのことで、それぞれの人生の考え方がある。要はそれぞれが満足し、全うして生きられるのが一番であるが、なかなか思うようにいかないのが人の世なのだろう。
第4支部には若い(と言っても中年だが)先生方が増えて、新陳代謝が盛んだが、時代が移っていくのを感じさせられる「春の会」であった。
足の痛み
令和8年4月10日
先週、右股関節から大腿骨後部に痛みが起こり、歩くのが困難になった。座っているのはいいのだが、立って歩くと痛む。びっこを引くようになったのである。思い当たるのは、2日前に少し高いところから飛び降りた際に、足の力が弱くて支えきれず、危うく転びそうになったことである。その時は何もなかったが、遅れて症状が出たのかと思った。バス通勤が難しくタクシーが必須になった。それでも3日くらいたつと痛みも引いてきてゆっくりだが歩けるようになった。まだ少し痛みがあるが、日常生活に支障はない。
NHKの番組で「下肢梗塞」「下肢静脈瘤」の特集をしていたが、加齢による血管の変化はどうしようもないと思った。様々なことに気を付けて行けば少しはましなのだろうが、完全に防ぐことはできない。なるようになると思ったことであった。
春はあけぼの
令和8年4月2日
暖かい春の日差しが降りそそぐ季節になった。朝の目覚めはボーっとまどろんでいつまでも布団の中に居りたい。街を歩けばいかにも新人と思われる男女が新しいスーツ姿で歩いているのが見られる。「君たちには無限の可能性があるんだ。それと若さが」そう思いながら眺めている。彼ら・彼女らにはこれから様々な困難なことが待ち受けているだろう。楽しいことや達成感、恋愛なども経験するだろう。社会に出て自分で稼ぐようになって始めて自立できるのである。大切なのは自己肯定感で、自分は大丈夫なんだと常に思うようにしないと長い人生を過ごしていくのは難しいだろう。幸多かれと願うばかりである。
昨日は雨だったが今日は薄曇りだけれど暖かい一日になりそうである。この季節を充分味わいたいものである。
春が来た
令和8年3月19日
日差しも日に日に暖かさを増し、早咲きの桜も咲いて春の訪れを感じる。毎年、この頃になるとほっこりとした気持ちになる。以前にも書いたが詩人、伊藤整の詩集「雪明りの路」の中の「春を待つ」が自然に思い出される。手元にある詩集は偶然古本屋で見つけたものだが、復刊は昭和47年であるが、元の初版本はなんと!大正15年12月である。100年前の詩が現在も人の心を打つのは素晴らしいことである。
「春を待つ」
ふんわりと雪の積もった山かげから 冬空がきれいに晴れ渡ってゐる。 うっすら寒く 日が暖かい。 日向ぼっこするまつ毛の先に ぽっと春の日の夢が咲く。 しみじみと日の暖かさは身にしむけれど ま白い雪の山超ゑて 春の来るのはまだ遠い。
桜が咲けば弁当を用意して花見に行くのが楽しみである。
梅が見ごろ
令和8年2月20日
毎年この季節になると梅が咲くのが楽しみになる。先々週くらいから咲き始めて、この前の日曜日は満開を過ぎて散り始めている。穴場は山口県の蜂が峰総合公園、奥の駐車場わきのあずまやのまわりの紅梅・白梅だ。あまり知られていないようなので、人も少ない。簡単な弁当持参で梅見をするのも風情がある。幸いあまり寒くなかったのでゆっくり楽しめた。あずまやで弁当を食べていると、何組かの年配の夫婦らしき人や親子などが訪れて散策していた。
蜂が峰公園にはソーナイタリアがあり、パスタやピザが食べられる。しかもポケモンをする絶好の場所の一つである。ポケモンは2,020年3月に始めてもう6年近くになる。初めは次女が教えてくれて面白そうなのでカミさんと一緒に始めたのだが、うろうろ歩き回る必要があるので散歩していることになる。運動代わりになるしステージをあげるというモチベーションもあって、結構ハマった。ジムにポケモンを置いておくとポケコインがもらえるので、比治山にあるジムまで夜中に自転車で行ったこともある。
今回の梅見の後もポケモンをしたのは言うまでもないことである。
建国記念日
令和8年2月13日
2月11日(水)は建国記念日で休み。月・火と働いて水曜日が休みだと実にいいリズムである。日曜以外週に1度休診にしている医療機関も多く見かけるが、確かにいいと思い始めている。若い頃は考えたこともなかったが、年を取るにつれて休みも必要だと思うようになった。
建国記念日と言えば、4年前のこの日にコロナ感染のために県病院に入院し、重症化したが懸命の治療をしていただき、一命をとりとめたことを思い出す。ちょうどその頃に孫が生まれたので、あのまま亡くなっていたら「生まれ変わり」と言われたことだろう。回復をきっかけに水曜日の午後と土曜日の午後を休診にしたわけである。以前は木曜日の午後のみ休診だったので、実に楽になった。リズムも最高である。しばらくはこのままでいこうと思っているが、水曜日休診もチラッと頭に浮かんだ今年の建国記念日、いい休日だった。
同門会
令和8年1月23日
岡山大学医局の広島東部地区現地同門会が教授ご出席のもと、開かれた。現在の在籍数は27名、ほとんどが広島市民病院の医師であるが、現在の最長老はD先生で、なんと「白寿」を迎えられた。ご自分で歩いて出席されて乾杯の音頭を取られた。しかも現在も某病院の名誉院長で出勤されているとか。こんな先輩がおられるとまだまだ自分も頑張らねばと思う。このところテニスもできなくなったし尺八もフルートも吹いていない。毎日気持ちよく過ごしているが、体重を減らしアルコールを控え、もっと体を動かさなければ、と思うがなかなか心底から思わなければできそうにない。それにしても出席された方々はみな元気そうで、日々の生活態度が大切だと思った次第である。
謹賀新年(令和8年)
令和8年1月5日
新年おめでとうございます。
今年の正月休みはカレンダーの関係で8連休になった。こんなに長い休みなら海外にでも行けばいいのだろうが、疲れるだけなので毎日ごろごろしていた。院長室の本の整理をして段ボール箱2箱をブックオフに持っていったら11,100円になった。勢いで自宅の本も整理したらまたもや段ボール箱で3箱の不要な本が出た。それでも愛着のある本は残しておきたいのでぎりぎりの選択である。
元旦には長女一家と長男一家が来て昼から宴会、行きつけの料理屋から取り寄せたおせちとバラ鮨で乾杯、長男の子供の初めてのお泊り、近場の神社にお参りとごく普通の正月風景だった。
今日から普段通りの診療開始である。たくさんの患者さんが来院され、正月休み気分はあっという間になくなって鉢巻を締めなおしているところである。今年もよろしくお願いします。



