令和6年9月27日
今年は9月になっても猛暑日が続き、昼間は35℃を超える日が多かった。秋の気配が感じられたのは秋分の日が初めてだった。山口県のときわ公園までドライブし、弁当を仕入れて園内の屋根のあるベンチで食べたが、風もあり結構快適だった。それまでは日中暑すぎて、外で食べようとは決して思わなかったから、やはり秋が来たのだろう。それにしても遅い秋である。今週も昼間は30℃以上になっているが、さすがに朝夕は涼しくなってきた。夜もクーラーなしで過ごせる。今年は春も短かったが秋も短いのではないだろうか。「豊穣の秋」「天高く馬肥ゆる秋」という言葉があるが、これらが死語にならないか心配である。
地球温暖化がいわれているが、自然の前には人間なんて弱いものだ。恐竜の栄えた時代や氷河期など地球の環境はどう変わるかわからない。地震、台風、洪水などには何もできないのが人間である。だからいっそう短い秋を慈しみたいものである。
カテゴリー 日々是好日
やっと秋が来た
開院27周年
令和6年9月13日
平成9年の9月10日に開院して27年周年、28年目に入った。一日、一日を繰り返しているうちにあっという間に過ぎてしまったというのが実感である。初めの頃はまだ若いし元気だったので、できることは何でもやってみたが、次第に一番有用で合理的な診断・治療法に落ち着いてくる。患者さんの負担をできるだけ少なくするように考えて、必要な検査のみ行い、検査結果などは電話で済ませるようにしている。結果だけを聞くためにわざわざ来院されるのは気の毒だからである。異常がある場合は来院するようにお話しするが。また、予約制にせず、困ったらいつでも来院できるようにしている。手術など予定しなければならないものは別であるが。
この27年で変わってきたことは、まずピルが解禁されたことである。それまでは副作用がやや多い中用量のピルしかなかったが、副作用の少ない低用量のピル(海外ではずっと前から使われていた)のおかげで多くの女性が生理痛の緩和、避妊、生理周期の安定などが可能になった。さらに超低用量ピルも使えるようになり、この分野がやっと欧米なみになった。
次に診断機器、経腟超音波の解像度も進み、産婦人科診療には必須となっている。また、無床診療所でも人工妊娠中絶が行えるようになったことも大きなことであった。それまでは入院施設のある病院でしか行えなかったので、資格を持っていても患者さんに頼まれても行えなかったのである。
これからも変わって行くことはあるだろうが、日々真剣に診療していくことだけは変わらないと思う。老いていくのは仕方ないが頑張っていきたいと思う。
最近の読書
令和6年9月6日
以前は本屋で興味を引く本を見つけたらすぐに買って2~3日のうちに読んでいたが、最近ではすぐには読まないで「積んでおく、つんどく」が増えてきた。新聞や週刊誌の書評欄で見て取り寄せることもあるし、先日は養老孟司氏の「虫展」で陳列されていた「虫は人の鏡」も買ったし、「ホキ美術館展」で見つけた画家・野田弘氏の「写実を生きる」も買ったがまだどちらも読んでいない。こうして「つんどく・積読」が増えていくのである。
嵐山光三郎氏の「老人は荒野をめざす」も三分の一くらいしか読んでないし、青山透子氏の「日航123便墜落の新事実」も読みかけである。昼休みに一人で食事に出るときは、たいてい本持参であるがそんなに読めるものではない。でも手持無沙汰の時は活字がないと落ち着かないので、何かしら読んでいる。たとえマンションの広告でも目で追うのである。忙しい時ほど読みたくなるもので、以前はすごいスピードで次々と読んでいたものだ。本屋へ行くと、つい買ってしまうのでこれからも積読が増えていくんだろうな。
月光とピエロ
令和6年8月2日
猛暑が続くが相変わらず自転車通勤をしている。尤もアシスト自転車なので楽であるが。片道15分の間、大抵はその時に浮かんだ曲が脳内を流れている。今日は「月光とピエロ」が流れていた。この曲は、フランス文学者で詩人の堀口大学の処女詩集で、ギョーム・アポリネールと婚約者マリー・ローランサンの悲恋をえがいた詩を、作曲者・清水修が合唱曲にしたものである。「秋のピエロ」は第1回全日本合唱コンクールの課題曲に採用され、後に全5曲の男声合唱組曲として演奏されるようになった。
学生時代に一時所属していた合唱団でこれらの曲を知り、歌っていたので知らずに出てきたのだろう。
「月夜」
月の光の照る辻に ピエロさびしく立ちにけり
ピエロの姿白ければ 月の光に濡れにけり
あたりしみじみ見まはせど コロンビイヌの影もなし
あまりに事のかなしさに ピエロは涙ながしけり
この曲を東京混声合唱団のレコード(古い!)で聞いたときは、その音の重厚さにしびれた。それが頭の中で鳴っていたわけである。
コロナで入院していた時は太田裕美の「木綿のハンカチーフ」がずっと頭の中で鳴っていたから、自分はそういう体質なのだろう。その日によって変わるけれど大抵は何かの曲が鳴っているのである。
最近の外食
令和6年7月25日
暑い日が続くが外食は週に1~2回で以前と比べると少なくなっている。行く店はほぼ固定しているが、新しい店も見つけたいと思っていた。最近、友人に連れて行ってもらった店がよかったので紹介したい。
鷹野橋商店街の入り口近くの店名「ゆすら」は日本最古の酒蔵の酒「山桜桃(ゆすら)」からのものらしい。リーゾナブルで美味しい料理をあてにうまい酒を飲むというコンセプトの日本酒バーで、美人の女性二人がやっている。客は若い人から高齢の女性まで様々だが、皆気持ちよさそうに飲み、料理を楽しみ喋っている。まだ2回しか訪れていないが、定番の店になりそうな予感がある。
料理はおばんざい風で酒のあてにぴったりのものが多く、値段も張らないので若い人も通いやすいと思われる。こういう店が家の近くにあればいいのに。
ちなみに、家の近くにあればいいと思う店は多く、今の定番の店たちはたとえ遠くても通いたくなる店ばかりである。望みは自分が行くことができる間は、営業していて欲しい。店主が高齢で止めたり、病気で無くなったりする店が結構あるから。
ブログ20年!
令和6年7月12日
早いものでブログを始めて20年になる。2,004年4月から始めたので20年と少しである。最近はネタがなくなって本の紹介などを増やしているが、活動力も落ちているようだ。なにしろテニスは足腰が追い付かず、ずっと前にやめてしまったし、散歩もコロナ入院以来週に1~2回、尺八もやめてフルートも中断している。
何より食べる量が減っているが体重は増え気味で、アルコールは毎日おいしくいただいている。新しい店の開拓も以前ほどの情熱はなくなっているが、行きつけの店はいくつか確保している。近場の温泉や西日本の旅も回数が減っている。やはり活動力が落ちると話題も減るということがよくわかる。まあ、年相応の日常生活なんだろうとは思う。自転車通勤も相変わらずだけれど、腹の出た体形が恥ずかしい。それでもこれからジムに通うなんてことはしたくない。日常生活が普通に送れればいいと思っている。
なんだか投げやりな文章になってしまった。
WEB講演会
令和6年6月20日
今日は午後7時からWEB講演会があるので、診療終了後準備して講演を聞くことにしている。本来は医師会館まで行かなければならないのだが、コロナ以降WEB講演会がまだ続けられていて、じつに便利である。今回の講演は金沢大学名誉教授の藤原浩氏が演者で、「胚シグナルの解明とその臨床応用~生殖医学から腫瘍学へ~」と題したもので、興味深いと思われる。
講演会場で実際に聞くのは臨場感があっていいのだが、スライドの細かい数字などがよく見えないことなどがあり、WEBの方がはっきりわかる気がする。どちらも一長一短ありどちらにするか選べるのはいいことだと思う。特に、東京や東北、北海道などで学会があると、出席するだけで時間がかかり往復の旅費、宿代も入れると結構な負担になる。WEBだと移動の時間もいらないし、何より聞きたい講演を好きなだけ聞ける。日本産婦人科学会もWEBのおかげで参加できるようになった。ありがたいことである。そろそろ講演が始まる。じっくり聞くことにしよう。
久しぶりの枝雀
令和6年5月24日
このところ桂枝雀のDVDを見ている。以前、はまっていた時に集めたCD、DVDなどが沢山あるがここ5~6年は一切見ていなかった。最近、ふと枝雀を見ようと思って再見するとやはり面白い。今見ているのは「枝雀落語大全」でDVD40枚あり1枚に2席の落語が収録されているので約80席の話が鑑賞できる。どれも熱演で1席語るだけで疲れるだろうと思ってしまうが、お客さんに笑ってもらおうと必死になっているのが伝わってくる。普段の会話やマクラの部分は自然で面白いのだが、古典落語のなると制約があるのでその中で笑いをとるのは難しいのだろう。もちろん枝雀の落語は抜群に面白いのだが、先達から教わったとおりに演じたものを自分の解釈で変えていった部分も多い。いつも落語のことを考え、稽古し新作落語もつくり(これがまた面白い)まさに落語一筋だった。
枝雀は20代の時に「鬱」になりその時は短時間で回復したのだが50代後半に再び「鬱」になり回復し始めた時に不幸なことがおこりこの世を去った。師である桂米朝は50代の枝雀をほめていたというが、落ち着いてきていい感じになっていたと思う。今生きていたらどんな落語を語っていたか見てみたいものである。
本の整理
令和6年5月17日
自宅の部屋の本棚もクリニックの部屋も本が溢れて置く場所がなくなっている。本棚にはもちろん入りきらず床に積み重ねているが、どうしようもなくなってきた。先日、自宅のマンガや本を段ボール2箱に詰めてBOOK OFFへ持ち込んだら4,000円くらいになった。あと20箱くらいは整理しないと本棚がきれいにならない。昔からこれは!と思って読んだ本は残しておきたいし、少しでも心に残る部分のある本も残しておきたい。もちろんマンガもいいものは残しておきたい。今一番余っているのは(故)さいとうかをのマンガで、ゴルゴ13シリーズ、仕掛け人藤枝梅安シリーズ、雲盗り暫平シリーズで10箱ぐらいあるかも。
古い本でもその当時は琴線に触れ熱心に読んだものは捨てることができない。実際に読み返すと、その頃のことが思い出されて何とも言えない気持ちになる。やはり本とはいいものだと思うが問題は置き場所である。困ったものだ。
休日診療
令和6年5月12日
今日は広島市の休日当番医として産婦人科の診療にあたる日である。年に2~3回まわってくるが、最近は休日が増えたのと施設が減っているため回数が増えてきた。日曜日はゆっくり休みたいがそうもいかない。順番なので連休の中日に当たることもあるし、外せない用事のある日に当たることもある。何回か頼まれて替わってあげたこともあるが、替わってもらったこともある。数か月前に医師会から都合を確認する文書が届くので、予定が決まっている場合はあらかじめ連絡すれば替えてくれる。問題は急な変更で一昨年コロナで入院した時は、知り合いの医師に代わってもらって事なきを得たが、ありがたいことであった。
ただ休日当番に来院する患者さんの数は、産婦人科が最も少なく内科や耳鼻科の患者数と比べると五分の一ぐらいで、果たして必要なのだろうかと思うこともある。最も診療が必要になる妊婦さんは、お産する予定の病院にいつでも相談できるので休日診療の産婦人科には来ないからだ。結構ヒマであるが替わりに日頃できない雑用などができるので、まあいいかと思う。