平成27年10月2日(金)
先日、いま最も多く処方されている産婦人科の薬のベスト10を知る機会があり驚いた。私が使っていない薬ばかりである。ベスト1は子宮収縮抑制剤(流早産防止の薬)で注射ではプラセンタ製剤だったのである。
つい最近にも書いたが、30数年前に産婦人科教室に入局した時に「切迫流産には止血剤と子宮収縮抑制剤を処方する」という決まりがあった。まだ超音波検査がない時代で、それらの薬が効果があるかもしれないと思われていた時代である。その後、流産の原因は妊卵の細胞分裂の異常によることがわかってきたので、これらの薬の有効性に疑問を持つようになった。流早産は自然の流れで起きるので、薬でどうなるものではない。まして外来で内服薬を出したぐらいでは止められないし副作用もあるので、患者さんが「何か薬を飲んだ方が精神的に落ち着くので出してくれ」と言わない限り処方していない。またプラセンタも薬として認可されてはいるが、生物製剤だし効果については?なので使わない。
他にも突っ込みどころ満載の薬がいっぱいあり、逆に面白かった。厚労省は薬の使用量を減らそうとしているようだが、私みたいな医者ばかりになると薬の使用量は激減して薬屋さんはあがったりになるだろう。
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産婦人科の薬
金山教授の講演
平成27年9月26日(土)
浜松医科大学産婦人科・金山尚裕教授の「羊水塞栓症の救命法と予知・予防」と題した講演があった。現在、我が国の妊産婦死亡原因で1番多いのが羊水塞栓症だそうである。とは言っても妊産婦死亡率は、世界で最も低い国の中に入っているので一般医師が経験することはまれだろう。分娩(お産)は実に大変なことで、分娩の際はもちろんだが妊娠中・産後を通じて何が起きるかわからない。近代医学が広まるまでは、数百のお産で1人は亡くなっていたので、文字通り命がけだった。現在は2万~2万5千のお産で1人である。それでも大変なことに変わりはない。実は帝王切開も羊水塞栓症の大きなリスクになっているので、安易な帝王切開は控えるべきだろう。
講演では、酸素飽和度を調べるセンサーを指先に装着して内診し、生まれる直前の胎児の頭部に当てて測定する装置を考案してPRしておられたが、発想としては面白いと思う。胎児の状態が数字として簡単にわかる方法が新たに増えるのは有用だろう。お産をしている施設はこの装置を採用するのではないだろうか。
石原教授の講演
平成27年9月18日(金)
「月経困難症治療は何が変わったか?」という演題で、埼玉医科大学産婦人科教授の講演があった。月経困難症(生理痛)は鎮痛剤による対症療法が主体であったが、低用量ピルが我が国で承認されてからは非常に対処しやすくなった。子宮内膜症や子宮筋腫に対しても、ピルのおかげで症状は緩和され、手術しないでもよくなったケースは多い。
今回の講演では低用量ピルより更にエストロゲンの少ないピルとの比較や、最近の考え方などわかりやすく説明していただき大いに参考になった。ピルの連続内服による月経サイクルの延長についても何の問題もないという考えであり、当院での考え方と同じである。懇親会では日本でピルの承認が10年以上放置されていたことへの不満も話しておられ、共感をおぼえたことである。
ええ加減でいきまっせ!
平成27年9月5日(土)
タイトルは医学雑誌「日本医事新報」に大阪大学病理学教授の仲野徹氏が連載しているエッセイの題名である。「日本医事新報」の歴史は古く、大正10年(1921年)発刊以来、今日まで続く息の長い雑誌で、中電病院に勤務していた頃から読んでいるので、もう20年以上親しんでいることになる。ずっと旬刊だったのが少し前から週刊になっているが、仲野氏が毎週エッセイを載せるようになってもう60回を超えた。毎回、興味深い話や日常感じたこと、氏の専門の世界でのトピックスなどが絶妙の筆致で描かれていて、いつも楽しみにしている。
興味深い本の紹介もあり、最近で最も面白かったのは「病の皇帝「がん」に挑む」で、氏が「これまで読んだ医学・生物学の本の中でベスト3に入る」とまで絶賛していたので早速アマゾンで取り寄せて読んでみた。著者のシッダールタ・ムカジー氏はインド出身の腫瘍内科医で、スタンフォードからオックスフォードを経てハーバードからコロンビアとすばらしいキャリアがあり、この本でピューリッツァー賞を受賞している。これまでに人類がどのように「がん」に挑んできたかあますところなく書かれていて、実に興味深く読んだ。もし仲野氏のエッセイ(仲野氏の尽力で我が国でも翻訳・発売された)を読んでいなければ知らなかったので感謝である。
原点にかえる不妊症治療
平成27年7月24日(金)
表題は秋田大学産婦人科教授、寺田幸弘氏の講演である。内容は、福岡伸一氏の著書「生物と無生物のあいだ」を引用しての生殖の本質の問題から始まって、現在行われている生殖医療(ART)の安全性についての考察、妊娠について原点にかえって考えるなど新しい切り口の興味深い話であった。最後に、秋田大学での不妊症診療の実績と現在試みている新たな研究を紹介された。
確かに現在行われているARTは本当に安全なのか、あるいは50歳過ぎた女性に他の女性の受精した卵子を戻して妊娠・出産させることが正しいことなのか、など考えさせられることは多い。でもそれを言うと、そもそも医学は本質的に必要なのかというところまで議論しなければならなくなる。つまり、「自然」が最もいいのなら人間も生物であるから、他の動物のように病気やけがに対してもなにもせず様子を見るだけでいいということになる。結局、自然に対してどこまで医学が介入することが最適なのかを見極めることが最も重要なのだと思う。
薬はできるだけ使わない
平成27年7月3日(金)
同じ症状に対して医師によって薬の使い方はずいぶん違う。たとえば妊娠初期に出血があった場合、「切迫流産」という病名がついて止血剤、子宮収縮抑制剤が処方されることが多い。かつてまだ超音波検査装置がなかったころは、入院・安静・上記の薬の点滴が治療の定番だった。研修医のときにはそのような患者さんが、大学病院でも個人病院でもいっぱい入院していた。今は流産は細胞分裂のミスによることがわかってきたので意味のない入院・治療はしなくなった。母親の妊娠時の年齢が上がるほど流産率は上昇する。私の場合、ずいぶん前から薬は出さないで経過を見守るだけにしている。
ウイルスによる感染症、ヘルペスなどに対しても一定の期間で必ず治るので副作用のことを考えれば内服薬を出そうとは思わない。痛みなどを緩和するための軟膏を出すぐらいである。そもそもウイルスに効く薬などないと思っている。
一事が万事で、当院では実際に処方する薬は実に少なくなっており、厚労省が薬剤費を抑えるために行っている姑息な政策に逆の意味で心ならずも貢献している。でも、長く診療にかかわっていると、薬はできるだけ使わない方がいいと改めて思う。
子宮内膜症の手術
平成27年5月15日(金)
倉敷成人病センターの太田啓明医師による子宮内膜症の腹腔鏡手術に関する講演があった。腹腔鏡手術の名手、安藤正明医師のもとで子宮内膜症をはじめ、様々な手術を精力的に行っている氏の講演はなかなか面白かった。今は腹腔鏡手術はマストの時代となり、器具もずいぶんよくなっていて細かいところは直視下の手術よりもよく見えるしうまくできる。自分が手術をしていた頃はちょうど開腹術から腹腔鏡の手術への過渡期で、ずいぶんまどろっこしい手術だなと思ったものであるが。
お腹を開いて手術するよりも小さな穴から器具を入れ、内視鏡で画面に大きく映しながら手術した方が術後の回復が早いのは確かなことであるが、何か不測のことが起きた場合すぐに対応できるのはやはり直視下で手の出せる従来の方法だろう。だから術者は直視下の技術と腹腔鏡手術の技術と両方とも習熟しなければならない。大変な時代になったものである。
経膣超音波検査
平成27年4月10日(金)
産婦人科診療の上でこの数十年最も有用だった検査法は超音波検査、特に経膣超音波検査である。超音波検査の利点は、レントゲンやCT検査とは異なりコンパクトで手軽に使用でき、X線被ばくもなく、リアルタイムに検査できることである。特に産科においては胎児を見るのにこれほどピッタリの検査法はない。
超音波検査法が開発された30年以上前は画像も荒く解読が難しかったが、コンピューターの進歩とともに性能は向上し、解像度もCTやMRIにひけをとらなくなってきた。特に経膣超音波検査法は検査法そのものの弱点を経膣プローブを使うことによって克服しており、産婦人科医にとってはなくてはならぬ検査法である。子宮外妊娠の診断、排卵の有無、妊娠初期の胎児の状態、卵巣腫瘍や子宮筋腫などすべてカバーできるすぐれものである。いい時代に生まれたことを感謝している毎日である。
京 哲 教授の講演
平成27年3月13日(金)
島根大学教授による子宮頸癌手術についての講演があった。以前はこの手術は大きく開腹して行っていたが、最近では腹腔鏡手術で行うことも多くなっており侵襲が以前に比べて格段に少なくなっているようである。リンパ節の郭清に伴う膀胱麻痺や下肢のむくみもかなり改善しているという。技術の進歩と研鑽を積むことは大切なことである。ただ欧米では子宮がんの治療は初期のケース以外は原則として放射線で治療しているという。
放射線治療の方が後遺症は少ないと思われるが、治療成績が同じなら後遺症は少ない方がいい。ただ、手術の技術を磨いておかないと、いざというときに何もできないことになる。わが国は以前から高い技術で子宮癌手術を行ってきた。世界の中でもトップレベルである。ただこれからは縮小手術、放射線治療と、侵襲の少ない治療が主体になっていくと思われる。なかなか難しい問題である。
産婦人科の新しい診療領域
平成26年11月28日(金)
弘前大学産婦人科の水沼英樹教授による表題の講演があった。少子高齢化による女性の疾病構成の変化に伴って、従来の更年期を中心にした産婦人科医のかかわりをもっとトータルに広げる必要がある、という内容である。
わが国の女性の総患者数では圧倒的に多いのが高血圧で、ずっと離れて脂質異常である。そして妊娠時の高血圧は将来の高血圧症になるリスクがあり、PCOタイプの卵巣は将来の脂質異常のリスクがあるので、妊娠にかかわっている産婦人科医が予測しフォローするのが理にかなっている。また、骨粗鬆症は骨折につながり、高齢者の骨折は死亡リスクを上昇させる。骨量の減少は更年期に入った時から始まり急激に進行し、更年期が過ぎたところで緩やかな減少へと移行する。つまり、更年期をホルモン補充療法でうまくやり過ごせば骨がもろくなるのを防ぐことができ、高齢になってからの骨折も防ぐことができる。
このように女性の一生にトータルにかかわることが産婦人科医のこれからの方向である、という興味深い話であった。