2026年7月31日
表題は嵐山光三郎氏の著作で、2,025年2月初版発行である。氏は2,025年11月に亡くなっているので最晩年の著書の一つである。
嵐山氏の本名は祐乗坊英昭で父親は朝日新聞社から多摩美術大学教授を務めたデザイナー、母親は107歳で大往生、家族のことはあまり公にしなかったが、氏の著書には母親の「ヨシ子」さんのことがよく出てくる。長男である氏は、両親の住む敷地に家を建てて住むことになったので、父親が87歳で亡くなった後は母親のことをずっと見守っていた。
氏は「素人包丁記」「文人悪食」「頬っぺた落としう、うまい」など食にまつわる著作が多く、また松尾芭蕉の足跡をたどった「芭蕉の誘惑」や「悪党芭蕉」などの作品もあり年の半分は旅先にいる生活だった。
この作品では前半は家族の老いと自身の老いを日常目線で描き、老いていく心構えを説いている。後半では北原白秋の晩年、谷崎潤一郎のこと、陶淵明のことなどを紹介している。最後は自身の老いを楽しんでいるようであるが、なかなか深いことをあっさりと笑い飛ばしているようで面白い。テレビ画面で見ていた氏の顔を思い浮かべながら読んだ。
月別記事一覧 2026年7月
「爺の流儀」
猛暑が続く
令和8年7月24日
先週から暑い日が続き、他県では40℃越えの所も散見されるほどである。35℃で猛暑、40℃を酷暑と呼ぶのだそうだ。
水曜日の午後は休診なので、市内各場所で用事を済ませるために歩き回ったが、その暑いこと。熱中症になってもおかしくないような猛暑である。本通りは屋根があるし、店からの冷気があるので少しはしのげるが、電車通りに出るとダメである。昔、祖母が「今年の夏は越せるだろうか」と言っていたが、それを実感する暑さである。昼食は外に出て好みの店に行くのが通常だが、歩く時間を減らすためにごく近くの店にしか行かない。
我が国は昔から四季があり春と秋は一番過ごしやすい季節とされていたが、このところ春・秋は一瞬で、酷暑の夏と寒い冬が長く続く。外国からの観光客は多いが、この暑さには閉口しているだろう。日本は安全で、人々は親切、食べ物は安くて美味しい、観光名所も多いので人気の国になっているが、この暑さは異常である。地球、大丈夫かと言いたくなる。
ダイヤモンドプリンセス
令和8年7月16日
水曜日の午後は休診なのでいろんな用事を済ませることができる。昨日は用事を済ませた後、時間が余ったのでポケモンをやりに宇品海岸に行った。ここにはポケモンのジムも多く、ポケストップもたくさんあり、公園になっているので犬の散歩に来る人や、釣りに来る人も多い。駐車場も1時間は無料だし、ブルーライブ広島や店・飲食店などがあり人気の場所である。1万トンバースにはクルーズ船が寄港することがあって、夕方には市内観光を終えた乗客が船に帰って来るので、バスやタクシーがひっきりなしにやって来ることがある。
駐車場に入ると今までにない大きさの船が停まっていたので、近づいてスマホに写したが、大型客船「ダイヤモンドプリンセス」であった。マンションより大きな船が1万トンバースに停泊していた。この船は長崎の三菱重工で建造された1万1千トンの豪華客船で定員2700人、夕方だったのでバスやタクシーがずっと観光を終えた乗員を載せて帰ってきていた。欧米の人がほとんどで日本人はほとんどいないようだったが、この暑い日本にやってきて大変だろうと思った次第である。
「クマの生態とは」
月刊保団連の特集「クマ出没と私たちの社会」で北海道大学名誉教授の坪田敏男氏による「冬眠と繁殖に見る独特な生理機構」にクマの生態がわかりやすく書かれていて、興味深かった。
世界にクマは8種類現存していて日本には北海道にヒグマ、本州・四国にはツキノワグマが生息している。ともに食肉類だが食性は草食に偏った雑食である。そのため餌の少ない冬は冬眠するようになった。クマ類の冬眠は、体温の降下度が小さい・中途覚醒がない・筋肉や骨の退行がない、などの特徴を有する。メスでは、初夏の交尾後に着床遅延が見られ、冬眠導入期(11月下旬~12月上旬)に着床する。その2か月後(1月下旬~2月上旬に出産する。出産数はおおむね2頭、メスクマは冬眠したままで、子熊は乳を吸って大きくなる。4月下旬~5月上旬には母グマについて歩けるまでに成長している。
冬眠中には排便も排尿も一切なく、代謝を落としているが出産はでき、子は勝手に乳を吸い成長する。よくまあこんなことができるように適応したものだと思う。生物は適応しないものは途絶えるというが、クマは環境に適応して生き残ったのである。以前、動物学者の畑正憲氏が北海道の島でヒグマと暮らした著作を読んだが、確かにクマは魅力的な動物だと思う。ただし、ヒトの領域にはいってこなければであるが。
「酒好きの記」
令和8年7月3日
表題は大竹聡(おおたけ さとし)氏の著作で、酒を愛し酒をとことん飲んできた一生をふり返りながら記したまさに「酒好きの記」である。
以前、ちくま書房から氏の「酒呑まれ」が刊行されたときに目について読んでみたが、肩に力の入ってない読みやすい文章で、面白く読ませてもらったが、「酒好きの記」は氏が酒を飲むようになった初めの頃から現在までの足跡を淡々と綴ったものである。コロナ禍になる前に書き始め、コロナ禍の時中断せざるを得なくなり、その後再度書いて今回出版となった。氏は早稲田大学を卒業後、出版社・広告代理店・編集プロダクションなどを経てフリーライターになった。ミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊、酒や酒場にまつわるエッセイ・レポート・小説など執筆している。同じ酒好きのなぎら健壱氏から「酒吞まれ」と言われたことから上記のエッセイを書いているが、本当に酒好きなのだろう。現在63歳だというが毎日美味しく酒を呑んでいるらしい。どんな肝臓をしているんだと思うが大丈夫なようだ。自分もほぼ毎日嗜んでいるが、アルコールに弱い家系なのでいつも眠ってしまって家内に怒られている。氏は毎日酒を呑み、それを職業にしているのである。達人としか言いようがない。



