月別記事一覧 2021年8月

非常事態宣言(再)

令和3年8月25日
またも非常事態宣言が出された。今までの世界のコロナの状況、日本での状況からみて、コロナウイルスの蔓延を防ぐ方法はないことがわかってきている。都市封鎖しても世界中に広がっているので、中等症・重症者のための治療施設の充実を図ることが最も大切であるが、同時に各人が免疫力が落ちないような生活を心がけて、より安全なワクチンの開発を待ち、2週間で変異するというウイルスの弱毒化を期待して日々を送るしかないのでは。
他国では、コロナを防ぐことはできないのだからウイズコロナに方針を転換して、人々の活動をできるだけ戻そうとしている指導者も出てきた。翻って我が国の各知事たちは相変わらず意味のないことがわかってきた「非常事態宣言」を出すように政府に働きかけている。経済も回らず人心は荒廃するのがわからないのだろうか。加えて「禁酒令」、これほど証明もされてない無意味なお達しを出し続けているようでは「無能」と言われても仕方がないのではないか。

「やはり死ぬのは、がんでよかった」

令和3年8月19日
表題は以前にも紹介したベストセラー「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の著者、中村仁一医師の近著である。氏は老人ホーム附属診療所所長を務め、100名以上のがんで死亡した人を診て、がんになっても何もしなければ痛みもなく大往生できることを実感し、上記の本を書いたのである。動物(人間)には自然死の仕組みが備わっているので、下手に治療しなければ安らかに逝けるのに、がんだからといって手術、抗がん剤、放射線治療などを行うとかえって苦しんで死ぬことが多くなる。
氏の考えに大いに共感していたが、氏は昨年の6月ごろから息切れ・咳などが起きてきて、胸部レントゲン(片肺が完全に潰れている)と腫瘍マーカーなどから肺がんⅣ期と診断された。9月に退職して訪問診療でかかりつけ医に診てもらいながら「死ぬならがんに限る」に加筆したものである。主張してきた通り一切治療はせず、今年の3月には近藤誠医師と中村氏の自宅で対談を行っている。それから3か月、食事も排泄も自力で行って6月あの世へ旅立たれたという。穏やかな大往生だったそうである。言行一致を貫いた上医というべき人だと思う。

全員集合(2)

令和3年8月11日
長女一家がアメリカから帰国し、2週間の待期が開けるのに合わせて信州から次女と孫たちが帰省し我が家は賑やかになった。隣市に住む長男夫婦も来て、久しぶりに全員集合になった。先週末から3日連続の夕食宴会である。毎日の参加人数は微妙に異なるけれど、ほぼ全員がいろいろな話をしながら食卓を囲むのは楽しいものだ。特に留学のために一家で米国に渡った後でコロナ禍に遭遇した長女一家が無事帰国できたことは、本当にありがたいことだと思う。5人の孫たちも元気いっぱいで、静かだった我が家は一変していた。信州から車で迎えに来てくれていた夫と共に昨日、次女一家は帰っていったので、今日からは今までの静かな日常に戻ったわけである。
こうして全員集合できることは今後そんなにはないだろう。それだけに今回の全員集合には感謝の気持ちで一杯である。

猛暑

令和3年8月6日
連日猛暑が続く。オリンピックもあとわずかになったけれど、昼間炎天下で競技する選手は本当に大変だろう。日本の夏、特にこの時期は一番暑いので秋に行うのならいいが、夏ならやるべきではなかったと思う。アトランタ五輪をルポした沢木耕太郎著「オリンピア1996冠コロナ(廃墟の光)」は2008年に出版された作品であるが、今読んでみると氏が予感したことが現実になって来ているのがわかる。氏はオリンピック発祥の地オリンピアにアテネからバスで訪れ、スタディオンと呼ばれる古代の競技場跡に立つ。氏のオリンピックへの思いはそこから始まるのである。古代オリンピックが1200年続いた後、一旦失われ近代オリンピックが1896年クーベルタン男爵の尽力によりアテネで始まったが、さまざまな問題が起きてくる。1984年のロサンゼルス大会がターニングポイントではないかと氏は語る。入場料、放送権料、スポンサード収入などにより利益を生むようになったからである。現在のオリンピックは開催時期も選手のためではなく欧米の放送権などで決められている。暑い日本の夏、しかもコロナ禍で開かれているのはどう考えてもおかしいのである。古代オリンピックが滅びたように近代オリンピックも滅びるのではないか。