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どうせ死ぬなら「がん」がいい

平成24年12月5日(水)
表題は以前紹介した中村仁一医師と近藤誠医師の対談である。二人とも医師として全く違った道を歩んできたけれどもほぼ同じ考えになっていることがわかる。いわく、「死ぬのはがんにかぎる、ただし治療しないで」「がんの9割に抗がん剤は無効」「老化は治療できないのだから医療機関に近づくな」「ワクチンやってもインフルエンザにかかる」「高血圧の基準値の変更で薬の売り上げが6倍になった」「検診はムダだ」など、様々な点で意見が一致している。
思うにお二人とも経験と理論から「がん」「老化による変化」は治せないと確信し、患者に苦しみしか与えない治療を受けないように警鐘を鳴らしているのだろう。そして「こういうことを言えば医療界では村八分になる」とわかっていても言わずにいられない情熱と勇気がある。
1800年代のヨーロッパにセンメルヴェイスというハンガリー人の産科医がいた。彼はウイーン総合病院の産科に勤務していたが、自宅分娩や助産婦が行う分娩と医師が行う分娩では産褥熱の発生率が10倍も違う(助産婦では死亡率3%に対して医師では30%!の死亡率)ことに疑問を持ち調べた結果、医師が手指消毒すればよいことに気づきそのようにしたところ産褥熱は激減した。これを当時の医学会で発表し医師たちに消毒の大切さを説いたが、学会では受け入れられなかった。ウイーン総合病院の任期が切れ除籍した後、妊産婦の死亡率が3%から30%に増えたのを見たセンメルヴェイスは、各病院をまわり消毒の大切さを説いたが相手にされず悲惨な最期を遂げた。のちに彼の説の正しさが追証され「院内感染予防の父」と呼ばれるようになった。
近藤医師、中村医師とセンメルヴェイスは同じように思える。

漢方治療について

平成24年11月16日(金)
大分大学の漢方治療に熱意を持っている先生の講演があった。産婦人科の講師で周産期部門の責任者であるが、10年ぐらい前から漢方にはまっているとのことである。漢方の講演はいつものことであるが、効果のあった症例を提示されるので、漢方は良く効くんだと思ってしまう。雑誌などで「私はこのエキスを飲んだら癌が治った」という記事を見ることがあるが、その人にとっては本当のことかもしれないが再現性がないことが問題である。その先生も全面的に効くとは言われないが、西洋医学で効果のない場合に使うとのことで結構信頼しておられるようであった。
そこで「何例中何例に効いたのですか」と質問してみたが、その答えはあいまいであった。漢方薬は遥か昔から使われているので効果があるのは確かだと思う。問題はどの程度効くのか、副作用はどうかであるがいまだにはっきり示されていない。そのため欧米では「ローカルドラッグ」ということで使われていない。使っているのは日本だけではなかろうか。中国で使われているかどうか知らないが。西洋医学がすべて良いとは言わないが再現性において勝っていると思う。

男性不妊の最近の話題

平成24年10月26日(木)
いぐち腎泌尿器クリニックの井口裕樹先生の上記表題の講演会があった。男性不妊の治療を行っている専門医は少ないので、貴重な話が聞けて興味深いことであった。内容はおおむね理解していたことであったが、実際に男性の精巣から精子を取り出す手術の手技の話など面白い話題がたくさんあった。
不妊の男性にはED(勃起不全)が多いというのはうなずける話で、その対策としてバイアグラなどの薬の詳しい説明があったが、その話になると会場の多くの医師たちの目が輝いたように見えたのは気のせいか。EDの原因は多くの場合が心因的なものだそうである。もともと性的に活発でない男性が、うまく勃起せずセックスできなかった場合いっそうひどくなるという。そういう場合にこれらの薬が有効であるが、それなしにはできなくなる男性が多いらしい。まことに男性は繊細であると思ったが、それに関連してタイミング法という排卵日に合わせてセックスをするよう指導するのは、男性にとっては難しいのではないかと思っていたが、井口氏もそのように話しておられた。アメリカではタイミング法はもうやっていなくて、2日ごとにセックスするよう指導しているそうである。その方が妊娠率が上がるという。私はかねてより3日ごとにするよう指導してきたが、実際、性的に活発でない男性にはそれでも難しいのではないかと危惧しているところである。

健康診断に替わる制度を!

平成24年10月20日(土)
職場などの健康診断で婦人科の異常(?)を指摘されて来院される人がおられる。これらの人たちで本当に問題のある人は少ない。これは無理もないことで、検診医は異常を見落としてあとで問題になってはいけないので、必要以上にささいなことでも異常を指摘する。もし、普通に保険証を出して診察に来られた人であれば、異常があればその場で検査・治療ができるし、そうでなければ経過を見て何か不都合なことがあれば来院するようお話ししてそれで終わるので、患者さんも無駄な受診をしなくてすむ。
今から10年前に厚労省の研究班が「健康診断の項目の大半が無意味である」との結論を出しているが、職場検診・自治体の検診はあいかわらず盛んである。むしろ新聞などでキャンペーンをやって検診を増やそうとしている。これは医療経済のパラダイムからは当然のことで、経済が縮小するようにはならないものだ。そこで、実質もよくなり経済も変わらない方法として次のように法律を改正したらどうだろう。企業の検診は中止するが、その費用を社員の医療機関の受診に充てる。もちろん受診理由がある場合のみであるが。
このようにすればすべてが良くなり、私自身のイライラも解消されると思われる。

うつ病の回復とは

平成24年9月14日(金)
最近読んだうつ病に関する最も納得できた論文を紹介する。著者は沖縄協同病院心療内科部長の蟻塚亮二医師で、弘前大学を卒業し青森県で精神科医を務めていたが、加重労働からうつ病が再発し2004年から沖縄に移住し診療・講演を行っている。氏によれば「うつ病が治る」ということは、病気になる前の自分に戻ることではないという。
うつ病の回復戦略とは①環境要因に無理があったらそれを是正すること、②環境要因にどうしても適応できなければ環境を変えること、③本人の価値観の相対化・対人スキルアップをはかることであるという。さらに従来の内因性うつ病とは異なる「適応障害に伴ううつ病(特に若者のうつ病)」については発達課題への支援が必要だと説く。
「治る」とは病気になる前の自分に戻ることではない。病気になる前の自分に戻るなら、また病気になる。生きることのどこかに無理があったから病気になったのだ。だから「治る」とはもっと楽な生き方に変わることである。仮に生きることを惑星の軌道にたとえるなら、「生きる軌道を変えること」こそがうつ病の回復目標である。
また、「この世に絶対的な価値があるとすればそれは生きることだけであり、その他の価値は相対的なものでしかない」と伝えて、世間で良しとされる価値観の相対化を繰り返すことにしているという。
他にも色々書いてあったが、うつ病に関する腑に落ちるわかりやすい論文だった。

インフルエンザワクチンはいらない

平成24年7月27日(金)
表題は元国立公衆衛生院疫学部感症室長の母里啓子氏の著書の題名である。氏は医学部卒業後ウイルス学を修め、感染症の対策に一貫して携わってきた人である。現在B型肝炎の垂直感染を防ぐことができるようになったのは、母里氏たちの功績によるところが大きい。いわばワクチンのプロである。
氏によると、インフルエンザウイルスは変異が激しく流行に合わせたワクチンをつくることが難しいそうである。そもそも不活化ワクチンの外部に通ずる粘膜感染予防の効果は疑問視されているが、インフルエンザワクチンは不活化ワクチンである。一方、インフルエンザは高熱が出るとはいえただの「風邪」である。暖かくして安静にしておけば治る。一度かかると強力な抗体ができ、少々違う型のウイルスにも効果があり、流行があってもブースター効果でかえって抗体価が高くなる。インフルエンザのワクチンを打つ意味はない。まして副作用があるのである。母里氏は専門家として正しいことを発言しないのはよくないとの信念のもとに、逆風覚悟で発言しておられる。
日ごろからインフルエンザワクチンについて思っていたことと一致して、わが意を得たりという気持である。さらに氏は子宮頸がんワクチンについても、このワクチンは不活化ワクチンであり粘膜感染予防効果には疑問が残るとしている。もともとHPVは感染してもほとんどは消えてしまうウイルスであり、たとえ感染が持続して異形成となってもなんら害はなく、その後がん化しても早期発見すれば治療できるものなので、わざわざ高価なワクチンを打つ意味があるのかと述べられている。まさに的を射た提言で、医療者は傾聴すべきである。

精神科医師の本

平成24年7月6日(金)
精神科セカンドオピニオン活動に携わり、自身でもクリニックをたちあげ薬を使わない治療に努めている医師、内海聡氏の近著「精神科は今日も、やりたい放題」は、精神科についての内部告発ともいうべき話が語られていて実に興味深い。
近年、精神科のクリニックが増え抗うつ薬が大量に処方されるようになったが、本当の意味での「うつ病」「そううつ病」「統合失調症(精神分裂病)」などが、こんなに高頻度に発病するはずがないと思っていたが、やはり欧米の巨大製薬会社の抗うつ薬、抗精神病薬の販売拡大との関連があったのかと納得した。抗うつ薬SSRIが国内で承認されて以来、売り上げはうなぎ昇りで同時に副作用も増えている。内海医師によると、これらの薬は効かないうえに副作用・依存性が強く、患者のためにならず製薬会社を利するだけだという。やや過激な発言であるが腑に落ちる部分もある。
そもそも精神疾患を薬で治すことが可能なのだろうか?先ごろ亡くなった北杜夫氏は自身の「そううつ病」を公表していたが、その状態になったらどうしようもなくなることがプロの作家の筆でくわしく描かれている。私も同様の病気の人を知っているが、一旦「そう状態」あるいは「うつ状態」になったらお手上げで、ひたすら普通の状態に戻るのを待つしかないことを痛感していた。本物の病気でもそうなのである。安易に薬を使わないようにするべきであろう。

月経血の逆流

平成24年6月29日(金)
昨日の講演会で高知大学の深谷教授が子宮内膜症について面白い話をされた。生理の時月経血が卵管を通って腹腔内に逆流することは以前から言われていたが、なんと全員に逆流が見られるという。子宮内膜症の原因はこの月経血の逆流にあると言われているが、逆流が全員に起きているにもかかわらず子宮内膜症になるのは10%なので、その違いはなぜなのか。また全員に逆流があるということは、逆流そのものになにか大切な意味があるのではないかと話された。
妊娠しにくい人に検査として卵管造営を行う際、造影剤を卵管に流すことが妊娠につながることは経験上良く知られている。おそらく月経血が毎回逆流するのは、卵管をきれいにして精子が通りやすく卵子が子宮内に行きやすくするために、つまり受精・妊娠するために必要なことなのだろう。生物・種が現在生き残っているのは環境に適応しているからで、適応できず滅びた種は数限りなくあるという。生き残るためにはなにひとつ無駄なものはない、きびしいのである。現在体内・対外で起きていることは、たとえそれが不合理に見えても必要なことなのだろう。不必要なことを許容できる余裕はないはずだから。
生物は生き延びるために色々な仕組みを作っていると改めて思ったことである。

流産について(2)

平成24年5月21日(月)
自然流産は妊娠の15%起きるといわれているが、検査精度の増した現在ではどこからを流産というのか悩ましい。一般的には子宮内に胎嚢という袋が超音波検査で確認できる時点で妊娠と診断するが、妊娠検査薬が陽性になるのはそれより1週間以上前である。では、検査薬が陽性になった時を妊娠としたとして、胎嚢が見えるまでに出血が起こり流産してしまうことは結構多いのであるが、これを流産にカウントするべきかどうか。
もし、妊娠検査薬で調べていなければいつもより生理が遅れてきたということで、そのまま普通に生活していることだろう。
胎嚢が見えた1週間後に胎児の心拍が確認できるようになるが、この時にダメになるのを「稽流流産」といって流産の中では最も多い。これをなにもせず経過をみていると数週間後に自然に流産してしまうことが多い。だから、こういう場合、流産手術をせずに自然に経過をみるのも選択肢の一つである。問題はときに組織の一部が子宮内に残ったままでいつまでも出血する「不全流産」になることである。その場合に感染を起こすと厄介なことになるので、そのことを話して手術をするかどうか決めていただく。
もっと大きくなって胎児が確認されるようになった後、胎児の心拍が止まった場合は流産手術を勧める。この場合、自然に経過を見ていても出血も多くなり痛みも強く、なにより不全流産の頻度が増すからである。流産は一定の割合で起きるが、どう対処するかは必ずしも同じではないのである。

妊婦健診昨今(2)

平成24年4月28日(土)
世間は大型連休に入ったが、当方は暦通りで朝から救急車2台来て忙しい。
妊婦健診の続き。妊娠初期に必要なのは正確な予定日を決めることと、各種血液検査を行うことである。体重、腹囲、子宮底長、検尿、血圧測定は毎回母子手帳に記載する。妊娠23週までは4週間毎、妊娠24週から35週までは2週間毎、妊娠36週からは1週間毎の健診となる。妊娠24週~28週にクラミジア・GBSなど感染症の検査と貧血・血糖値を測定する。
超音波検査は毎回行い胎児の成長、胎盤の位置、羊水の量、子宮頸管の長さなどを測定する。日本以外の国では、超音波検査を毎回していないようであるが、わが国では妊婦さんへのサービスとしてほとんどの施設が毎回行っている。人気のある分娩施設では健診に時間がかかり、待つのが大変だと聞くが、超音波検査の回数を欧米のように減らせば待ち時間は短縮されると思う。胎児の心拍の確認はドップラーで十分である。
妊婦さんの8割ぐらいは何もしなくても問題なく出産できる。もっと言うと、健診しなくても大丈夫である。でも残りの2割ぐらいの人は何が起きてもおかしくない。早めに気付いて軌道修正できればスムーズにいくものが、機会を逃したためにひどいことになることがある。そしてそれはいつ起きるかわからないのである。妊娠は予測がつかないことが起きるのである。