令和7年3月28日
以前から何度も書いているが、緊急避妊ピルを求めて来院される人が多い。ほとんどの人は「性交後48時間以内あるいは72時間以内」なら効果があると思っているようである。なぜ効果があるか説明を受けていない人がほとんどである。それは、排卵前に飲むことによって排卵を遅らせるか抑制することで妊娠を防ぐのである。性交後1時間もすれば精子は卵管に到達している。そこで卵子が出てくるのを待つわけである。そこへ卵子が来れば精子は卵子を取り巻いて入ろうとするわけである。卵子は排卵して1日以上たてば受精できなくなるので、精子が待っていないと妊娠できないわけである。
性交時に排卵が終わって1日以上たっていれば内服する意味はないし、排卵が1週間以上先なら妊娠しないので飲む必要はない。排卵前の1週間の間に性交した場合だけが有効なのである。
排卵日でも妊娠率は25%なので4人に1人しか妊娠しない。緊急避妊ピルを飲むことで妊娠率が10~15%になるに過ぎないのである。なかなかいい方法はないのだ。その割に値段が高い。通信販売もあるようだが利用者に聞いてみると高い値付けをしている。薬局で売ることにする話もあるが、飲む必要のない人も買うだろうから賛成できない。避妊に最もいいのはやはり毎日飲む低用量ピルである。
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緊急避妊ピルについて
「透析を止めた日」
令和7年1月14日
表題は広島生まれのノンフィクション作家、広島大学特別招聘教授、堀川恵子氏の近著である。氏は当時、広島のテレビ局でディレクターとして活躍しており、その頃から夫となったNHK渋谷放送局のプロデューサー、林新氏を知っていた。番組で賞をもらうたびに林氏は1等、自分は2等のことが多く、悔しい思いをしていたが、堀川氏がフリーのディレクターとして上京し最初に書いた番組企画書「ヒロシマ・戦禍の恋文~女優森下顕子の被爆」をNHKに提案し制作することになったプロデューサーが林新氏だった。仕事を通じて林氏の能力に惹かれ、尊敬し一緒に生活することになったが、林氏は多嚢胞腎のため腎不全になりすでに血液透析をしていた。
透析は週3回、4時間ずつかかり、その間は腕を動かせないし苦痛が強く、何より施設までの往復の時間も必要だ。でも透析をしなければ生きて行けない。毎日の生活も水分制限や食物の制限もありつらい耐える日々が続く。堀川氏は夫を全身全霊で支えながら生活、作家としての執筆を行う。夫は次第に弱っていき透析を受ける力もなくなっていく。足にできた壊疽の耐えがたい痛みに苦しみながら「透析患者には緩和医療が受けられない」との言葉に絶望的になる。最期を看取ってしばらく茫然自失の日が続くが、編集者の勧めもあり我が国の腎不全の患者、透析の実態など調べていくうちに、日本には腎不全に対してよい医療を提供している施設・医師がいることがわかってきて希望を持つようになった。その一つが腹膜透析である。介護施設・医療スタッフと力を合わせ患者は自宅で安らかに逝くことができるようになった地域・施設を取材し、紹介している。素晴らしい著作に巡り合ったと思う。
久しぶりのWEB講演会
令和6年11月22日
愛知医大産婦人科の篠原康一特任教授による講演があった。広島市臨床産婦人科医会の講演会は今回で306回になる。年に5回として60年近く続く講演会である。コロナ禍までは20年くらい世話係をさせていただいていたが、コロナ感染を機会に役職を引かせてもらったので気楽に講演だけを聴けるようになった。
今回は、「子宮筋腫・内膜症患者の術前・術後におけるレルゴリスクの立ち位置」と題して、手術前後の薬の使い分けについて、篠原氏が治療した症例を基にしての講演だった。興味深い話が次々に出て、退屈することなく聞けて良かった。篠原氏は高知出身で高知医大に40歳までいて、愛知に行き今活躍しているそうだが、高知と言えば初めて一人医長で県立安芸病院に赴任したころを思い出す。研修病院ではたくさんの手術は行っていたが、必ず上級医師がいたが単独で帝王切開をしたことはなかった。
高知県の安芸市にある県立病院は産婦人科の定員は3人なのに一人で行かされた。前医と引継ぎが済み、前医が岡山へ帰った翌日の日曜日、病棟へ行ったら妊婦さんの胎児心音が下がっている。帝王切開するしかないが、知り合いの医師はいない。たまたま居合わせた他科の若い医師に前立ち頼み、自分で脊椎麻酔をして無事に帝王切開を終えることができたが、非常に緊張していたことを思い出す。お産の多い病院で、年間480のお産があったが産婦人科医師は自分ひとり、おまけに小児科はなく、週1回だけ高知県立中央病院から小児科医師が健診に来るだけという状況だった。1年半勤務したが前置胎盤を含め無事に勤めることができたことは、その後の大きな宝になったと思う。高知というとそのことを思い出す。
「プレコンセプションケアと葉酸」
令和6年8月31日
台風一過、暑い夏が戻ってきた。表題は山口県総合医療センターの佐世正勝周産期母子医療センター長の講演である。台風接近の夜に行われたが、WEB参加だったので、ゆっくり聞くことができた。佐世医師は「私は赤ちゃんが大好きで、赤ちゃんをみる医師になりたいと思っていました。でも病気の赤ちゃんはつらくて見られないので産婦人科の医師になりました」と言われ、丈夫な赤ちゃんを産むためには妊娠前から準備が必要で、特に「葉酸」の大切さを強調されていた。以前から欧米では二分脊椎などの先天異常が多かったが、我が国では少なかったので、葉酸を無理に摂らなくてもいいと思っていたが、それは過去の話で、食生活が変わってきたのか近年では欧米並みに増えているという。
佐世医師は「葉酸」を自治体を通じて無料提供するよう働きかけ、山口県の半分くらいの市で葉酸を無料提供することに成功し、その運動を全国的に広げようとしている。「葉酸」のサプリの値段は僅かなので自分で買っても負担にならない。妊娠前の2~3か月から内服すればよく、妊娠3カ月まででよいとのことである。
「プレコンセプションケア」は若い世代(女性と夫)のためのヘルスケアで現在の身体の状態を把握し、将来の妊娠や体の変化に備えていくことであるが、知識があるとないとでは大いに異なるだろう。これからは葉酸を薦めたいと思った。
指定医研修会
令和6年6月7日
先日、広島県医師会館で母体保護法指定医研修会があった。県医師会が主催する指定医には必須の研修会で、出席しないと指定医を外される研修会である。4人の講師(一人は教授)が講演したがどれも興味深いものだった。とりわけ大阪大学医学部から医師になり、弁護士の免許もとって弁護士事務所を開きながら医師も続けている、長谷部佳司氏の講演は面白かった。「産婦人科領域における医療倫理と法令順守」と題して1時間の講演で、法律に疎い自分には新鮮であった。医師の応召義務も令和元年12月に変更になり、以前は「診察治療の求めがあった場合には、正統な事由がなければ、これを拒んではならない」とあり、それは今もそのままなのだが「正当な事由」がかなり限定されていた。それがだいぶ緩和され、時間外の診療も断ることができるようになった(すべてではないが)。また信頼関係の喪失した場合も新たな診療を行わないことが正当化された。
その前に行われた産婦人科医会の理事会・総会と合わせるとほぼ1日かかり疲れたが、役員はもっと大変だったと思う。お疲れさまでした。
「鉄欠乏性貧血のニューノーマル」
令和6年3月15日
表題は広島大学産婦人科准教授の阪埜浩司氏の講演である。鉄欠乏による貧血は主に生理のある女性に起きやすく、我々産婦人科医にとっては日常的にみる症状である。経口の鉄剤を処方するが胃を刺激するので飲めない人もいて、造血剤を注射することもあるが、なかなか難しい。
最近我が国でも使われ始めたモノヴァーという治療剤は酸化第2鉄1000mgを点滴するだけで4カ月鉄剤を内服した時と同じ効果がでるという。特に1か月後に手術を予定していて早く貧血を回復しておきたいときなどは最適の方法だそうである。こんな製剤が出ていることは全く知らなかったので勉強になった。やはり講演や勉強会にはできるだけ出席して聞いておかないと浦島太郎になってしまう。
若い頃は高齢の先生たちの治療を古臭いなどと思ったこともあるが、今になっては若い人たちからは同じように思われているのだろう。歴史は繰り返す。
「免疫学夜話」
令和6年3月1日
表題は大阪公立大学の橋本求教授の著書で、自己免疫疾患がなぜ起きるようになったかを考察したものである。語り口がなめらかでわかりやすく、そうだったんだと納得することが満載で、近年稀な名著である。
帯に養老孟司氏の「人類はウイルス、細菌、寄生虫との戦いと共生の歴史。読むとやめられなくなる」とあるが、まさにその通りでこれほど的確な推薦文はない。
紀元10万年前に南アフリカで類人猿からヒトに移った「マラリア」は人類史上最も古い感染症で、現代でも年間2億人が罹患し、60万人が亡くなっている現在進行形の病である。マラリアはマラリア原虫という寄生虫を持つハマダラ蚊に刺されることによって起きる。マラリア原虫はかつて光合成をしていた藻類から葉緑素が失われて寄生虫になったことがわかってきたが、ヒトの赤血球はマラリア原虫が生きるのに最適な環境のためにそこで増殖し、赤血球を破壊して次の赤血球に移ることを繰り返して行く。
マラリアから逃れるために遺伝子変化して鎌状赤血球になったヒトは、マラリアにかかりにくい。また、マラリアに強い遺伝子変化をしたヒトはSLEに罹患しやすくなっているという事実があり、SLEはマラリヤと同じ症状の自己免疫疾患である。自己免疫疾患は感染症から逃れるために遺伝子変化してきた人類の宿痾のようなものではないだろうか。アレルギーもそのような一面があり、ヒトと感染症のかかわりはどこまでも続くのである。
シマウマの縞はなぜあるのか、など面白い話題満載のこの著書は座右の1冊にしたいと思う。
卵子が1つの精子とのみ受精する仕組みの解明
令和6年2月9日
群馬大学の佐藤健教授のグループと東京医科歯科大学の松田憲之教授との共同研究で、卵母細胞(卵子)がただ1つの精子とのみ受精する仕組みの一端を明らかにしたと発表した。
受精の際、卵子の周りには多数の精子が取り囲み、1つの精子のみが中に入って受精する仕組みがどうなっているのか不思議だった。哺乳類などの卵では受精数十分後には卵を覆う透明体が変化して他の精子を拒否することが知られていた。
精子は多数取り囲んでいるので、もっと素早く拒否しなければ多精子を受精してしまうことになる。
多精子を受精すると雄由来の余分なゲノムDNAが受精卵内に持ち込まれてしまい、適切に細胞分裂できず、異常な発生をしてしまう。これを拒否する仕組みがあるだろうとは思われていたが、実体はわかっていなかった。
研究グループは線虫C.elegansにおいて、受精後に卵子の表面で働いたタンパク質が受精後に細胞の中に取り込まれて選択的に分解されて、新たなタンパク質に置き換わっていく現象に着目し、この過程に働く因子としてMARC-3(ヒトではMARCH3)を見出した。この因子を欠損させた卵子では多精の状態になることがわかり、現在MARCH3遺伝子を欠いたマウスを作成中だという。
実に興味深い研究で生命の謎がまた一つ解明されていくことが楽しみである。
「不妊治療を考えたら読む本」
令和6年2月2日
表題は不妊治療専門の浅田レディースクリニックの浅田義正理事長と出産ジャーナリスト河合蘭女史の共著で、不妊治療についてわかりやすく解説すると同時に、最先端の技術について丁寧に説明していて、一般の人はもとより不妊を専門にしていない医師にとっても、世界の「今」の流れのわかる優れた著作である。
不妊症の治療として体外受精、顕微授精が行われるようになって、この分野はどんどん新しい技術が開発されてきた。さらに体外受精して胚になった状態を凍結保存する方法としてガラス化法が生まれ、凍結保存した胚の妊娠率が新鮮胚移植による率を上回ってきている。
我が国のARTによって生まれてきた子供の数は6万人を超え、13~14人に一人になっている。一方、興味深いことに体外受精の件数はアメリカより多いのに、採卵1回あたりの出産率は最低だという。これは世界のARTをモニタリングしている組織ICMARTによる60ヵ国の調査で報告され、日本の技術は決して低くないのに成功率が際立って低い事実がわかった。原因はARTを行う女性の年齢が他の国に比べて高いことだという。
これからもARTの技術は進んでいくだろうが、年齢についてはどうしようもないと思う。妊娠を希望したらできるだけ早く取り掛かることが大切である。
緊急避妊ピルについて
令和6年1月18日
今まで医師が処方しなければ手に入らなかった緊急避妊ピルが薬局で簡単に買えるようになるという。ユーザーにとっては便利になったと思うだろうが、ちょっと待ってもらいたい。
緊急避妊ピルはレボノルゲストレル(黄体ホルモン)を1.5mg飲むことで、排卵を遅らせるか少し抑制することで避妊をはかるものである。だから排卵後はもう飲む意味がないし、排卵が1週間以上先なら飲む必要がない。妊娠する可能性が一番高いのは排卵日、排卵の1日前、2日前でおよそ30%と言われている。3日前、4日前と次第に妊娠率は下がり、1週間前でほぼ0%、さらに排卵後数日で妊娠できなくなる。なので薬局で買えるようになると、飲む必要のない女性も飲むようになりムダが増える。
加えて緊急避妊ピルの避妊効果は一番危ない3日間の30%を10~20%程度に抑えるだけなので、失敗することも起きる。でもユーザーは緊急避妊ピルを飲めば大丈夫と思っている。
排卵が近いのかもう排卵してしまっているのかは、経腟超音波で見ればわかる。だから受診すればその判断をしてあげられるのにと思うわけである。