平成25年1月31日(木)
わが母校、岡大の平松教授の講演「たかが子宮筋腫、されど子宮筋腫」が行われた。子宮筋腫の手術は産婦人科医にとっては基本中の基本で、だれでも習熟しているはずの手術である。しかしながら、どの手術もそうだと思うが、難しいものはいくらでもありだれも引き受けられないような症例もある。わが平松教授はこれらの困難な手術に挑み、その卓越した理論と技術で成功させていることを示してくれた。
子宮筋腫の手術といってもさまざまなヴァリエーションがあり、筋腫ごと子宮を取ってしまう手術から妊娠できるように筋腫のみを取る手術、肥厚した筋層を均等に切除する手術まであり、妊娠できる可能性を残す手術の方が難しい。これらにも果敢に挑み成功させておられる。また、巨大筋腫があって妊娠した症例の帝王切開、筋腫核出術も提示されたがこんな難しい、一つ間違えれば母児ともに命にかかわるような手術をいったいだれが引き受けてくれるだろう。それでも医療の最後の砦としての責任感から、自分が受けなければと他県の機関病院から紹介されたこの患者さんを受け入れ、きちんと成功させている姿勢に頭が下がる思いであった。
この時ほど我が母校の産婦人科教室を誇りに思ったことはなく、これからもこの姿勢で頑張ってもらいたいと心から思ったことである。
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平松教授の講演
1万時間
平成25年1月24日(木)
どんなことでも1万時間かけて努力すると一人前になるという。特別な能力を必要としない分野ではそうだと思う。でもスポーツや音楽、芸能の分野では、1万時間かければある程度はできるようになるだろうが、プロにはなれないと思う。
尺八を始めて10年になるが、上手い人の音を聞くたびに自分には才能がないのだろうかと思う。師匠は「いい音を出すための努力はずっと続けないといけない。指使いは訓練であり、筋肉が覚えるまで反復練習あるのみ。音楽性は持って生まれたもので変わらない」とおっしゃる。音楽性が生まれつきのもので変わらないのなら、音を出す能力も筋肉を上手く動かす能力も生まれつきのものではないかとつい、思ってしまう。ある人は「プロになっているような人は一時期、血を吐くような努力をしています」というが、確かにそうだとは思うがそのような心境になるのは、すでに高いレベルに達しているからではないか。そうでなければそのような心境になるはずがない。
いずれにせよこんなことを考えている間はレベルが上がるはずがない。1万時間かけてから考えよう。
曽野綾子著「この世に恋して」
平成25年1月17日(木)
作家・曽野綾子氏は本人はきっとそう思っていないだろうが、わが国で最も著名なオピニオンリーダーである。氏は産経新聞に執筆枠を持っていて、エッセイ風にさまざまな意見を述べておられ、その地に足のついた的確な内容に共感することが多い。夫君の作家、三浦朱門氏は曽野氏と結婚した頃いつも「妻をめとらば曽野綾子」と言っていたそうだが、なるほど氏ほど「才たけて、見目麗しく情けある」という言葉が当てはまる人はいないように思われる。日頃から氏のファンゆえ色々な著書を読んでいたので、だいたいは知っているつもりでいたが、今回、表題の著書を読んでみて一層その人となりが感じられファン度が上昇した。
読んでいて思ったことは、氏のバックボーンはカトリック教への信仰と母親からの深い愛情としつけではないだろうかということである。それに加えて氏の聡明さとまじめさ、他に頼らない自立心などが核となり、世に出た後さまざまな経験を経て、もちろん夫君の大きな愛情に恵まれて今があるのだろう。私などが言うのもおこがましいが、世の中には多くの優れた人がおられるが、なかでも氏は最右翼のおひとりであろう。
ウイスキーの水割り
平成25年1月10日(木)
いつも夕食が比較的早いので、寝る前の風呂上りにウイスキーの水割りを飲むのがいつものことだった。その時に乾きものを少しつまむけれど結構飲んでいたのだろう、1~2年前から朝、場合によれば昼ごろまで腹が減ったという感覚がなくなってきた。昔から朝はコーヒー1杯で充分、昼においしくご飯を食べるのが無上の楽しみだったのに。そこでウイスキーをやめてみたら夜は一度も目覚めずぐっすり眠れるし、朝から空腹感があり昼御飯が待ち遠しくなった。やはり歳のせいなのだろうか、鉄の胃とも言うべき頑丈な?我が胃腸もアルコールには勝てなくなってしまったのだ。それでもどうしてもウイスキーを飲みたくなることがあり、その場合は我慢せず飲むことにしている。頻度は週1ぐらいか。当分はこのペースで行こうと思っている。
謹賀新年(平成25年)
平成25年1月4日(金)
あけましておめでとうございます。
今年は娘たちはそれぞれの婚家で正月を過ごすので、大学生の長男と3人で元旦のお屠蘇と雑煮。31日に届いた古串屋のおせちをおいしく頂き、朝から日本酒。一年に一回のことだからいいだろう。おせちを注文したのは今度が初めてだが、思いの外よかった。丁寧に作ってあり、味もよく、つまみにちょうどよいので酒がすすむ。さすが古串屋である。来年も頼もう。昨年の初詣の時に買った次女の無事出産祈願破魔矢を持って護国神社へ初詣。さすがに人があふれていて、神様も皆の願いを聞き届けるのは至難の業だと思われた。だから今年は昨年のお礼だけにしておいた。
今日から診療開始。気を引き締めて一期一会の気持ちでやっていく所存です。今年もよろしくお願いします。
一年をふり返って
平成24年12月28日(金)
今年の診察日もあますところ今日と明日29日(土)の2日だけになった。早いものである。いまさらながら「光陰矢の如し」を実感している。この機会に一年をふり返ってみよう。
クリニックについては例年と同じペースであるが新患が増えているように感じる。以前からの患者さんも変わらず必要に応じて来院していただいているのはありがたいことである。スタッフが充実・安定してきたことが特に心強い。来年もこのままでいくことができればと思う。
健康に関しては特に問題はないが、腰痛には苦労した。そもそもゴルフを再開しようとしたのが間違いで、結局テニスも中止しているありさまである。もっとも軽いラリーぐらいならできるが、もっぱら散歩に集中している。毎日の晩酌は欠かさず、飲み会も今までと同じペースで行っているのも健康のおかげである。国内小旅行にも何回か行くことができたし新たな発見もあった。子や孫たちも元気でいるようでありがたいことである。尺八は自分の求めているところには全然達していないが、やる気十分でさらに研鑽を重ねるつもりである。
こうしてふり返ってみると、とりたてて変わったこともなく平穏な一年だったようだ。ありがたいことである。大いなるものに感謝。
ゲーマー
平成24年12月20日(木)
男の子は総じてゲーム類が好きである。恥ずかしながら自分も小さい頃から大好きであった。昔は今みたいにコンピューターゲームがなかったので、手作りも含めた対戦ゲームをしていた。将棋を使った遊びでは、はさみ将棋・(本)将棋・山崩し・歩から王将になる、すごろくみたいなものを工夫して遊んでいた。ダイヤモンドゲーム、釘立て、そのほかなにか遊べるものを見つけてゲームにしていた。エポック社の野球盤を友達の家で見た時の衝撃は大きく、買ってもらった友人が羨ましくてたまらなかった。当時は高価なもので買ってくれとも言えず、段ボール箱を利用して自分で作ったりしたものだ。
学生時代はマージャンにはまり、パチンコ・雀球・スマートボール・ドボン・花札などもやったが、30代の初めごろから爆発的に普及したのがファミコンゲームで、これには大いに時間を費やした。そのころ囲碁にも目覚め、ヘボ碁を打ちスター棋士の棋譜を並べて喜んでいたものである。ゴルフもいわばゲームであるから面白かったが、体を使うので向き不向きがあり腰痛のため止めざるを得なかった。現在はさすがにソリティアぐらいしかやっていないが、時にNHKの囲碁・将棋の対戦を見たり、名人戦の棋譜などを見て楽しむことはある。
こうしてふり返ってみれば、山上憶良の「遊びをせんとや生まれけむ…」は真実であり、特に男の子は一生ゲーム類を含め遊びが好きなように生まれついているのではなかろうか。
総選挙
平成24年12月14日(金)
いよいよ衆議院総選挙が行われる。今ぐらい政治家に対する尊敬の気持ちがなくなっている時代はないのではあるまいか。あれだけ大見得を切って政権についた民主党のていたらくを見て、国民は完全に失望していると思われる。かといってそれに替わる政党もどんぐりの背比べのようだ。わずかに自民党や維新の会のほうがましで、ここに希望を託すしかないのだろうか。
民主主義の弱点はポピュリズム、あえて言えば衆愚政治になりやすいことだと思う。だれでも20歳になれば社会人としての責任・義務を果たしていなくても自動的に選挙権が得られる。ここが問題である。ポピュリズムに流されないためにはどうしたら良いか。やはり制限選挙にするのがいいと思う。たとえば18歳になれば誰でも選挙権を請求できるが審査があり、条件を満たさなければ選挙権は得られないようにする。曰く、国民の義務を果たしているか、ちゃんと社会生活をしているか、反社会的なことをしていないか、さまざまな判断ができるか、人のためになることをしているかなど、総合的に審査し(審査委員をどうするかという問題はあるが)、選挙権を持てる人を数十人に一人ぐらいに絞り込む。
そうなると立候補する人も、今までのように口当たりのいいことや、実行もできない口約束・親の七光などは使えなくなり、国や人々のことを本当に思う人たちが実現可能な政策を掲げ、それを冷静に判断して投票するのでポピュリズムの弊害はかなり防げるのではないか。また一度は選挙権を持った人でも、条件が満たされなければ権利が失われるようにすれば公平を保てるだろう。
どうせ死ぬなら「がん」がいい
平成24年12月5日(水)
表題は以前紹介した中村仁一医師と近藤誠医師の対談である。二人とも医師として全く違った道を歩んできたけれどもほぼ同じ考えになっていることがわかる。いわく、「死ぬのはがんにかぎる、ただし治療しないで」「がんの9割に抗がん剤は無効」「老化は治療できないのだから医療機関に近づくな」「ワクチンやってもインフルエンザにかかる」「高血圧の基準値の変更で薬の売り上げが6倍になった」「検診はムダだ」など、様々な点で意見が一致している。
思うにお二人とも経験と理論から「がん」「老化による変化」は治せないと確信し、患者に苦しみしか与えない治療を受けないように警鐘を鳴らしているのだろう。そして「こういうことを言えば医療界では村八分になる」とわかっていても言わずにいられない情熱と勇気がある。
1800年代のヨーロッパにセンメルヴェイスというハンガリー人の産科医がいた。彼はウイーン総合病院の産科に勤務していたが、自宅分娩や助産婦が行う分娩と医師が行う分娩では産褥熱の発生率が10倍も違う(助産婦では死亡率3%に対して医師では30%!の死亡率)ことに疑問を持ち調べた結果、医師が手指消毒すればよいことに気づきそのようにしたところ産褥熱は激減した。これを当時の医学会で発表し医師たちに消毒の大切さを説いたが、学会では受け入れられなかった。ウイーン総合病院の任期が切れ除籍した後、妊産婦の死亡率が3%から30%に増えたのを見たセンメルヴェイスは、各病院をまわり消毒の大切さを説いたが相手にされず悲惨な最期を遂げた。のちに彼の説の正しさが追証され「院内感染予防の父」と呼ばれるようになった。
近藤医師、中村医師とセンメルヴェイスは同じように思える。
バリウムは重い?
平成24年11月30日(金)
当院の患者さん用のトイレは和式と洋式に分かれている。洋式の方は構造上重いものは一旦底に沈んでから流れるようになっている。いつも診療終了後、汚れなどがないか確認することにしているが、その日は便槽の底に白っぽいどうみてもアレのようなものがあるではないか。すぐに水を流してみたが流れてくれない。こんなことは15年間で初めてのことで、スタッフと一緒にそれを除こうと試みたがボロボロとくだけてとれない。何度もくり返し流すが一部残ったままである。理由がわからず専門家に頼むしかないかとあきらめかけたが、人間ドックの子宮がん検診の人が来ていたことを思い出した。ドックの人は消化管の検査でバリウムを飲むことをがあり、色からもバリウム入りの便に違いないと気付いた。ならば重いはずで、もっと勢いをつけて流せば流れるはずだと思い、洗面器に一杯水をいれ試してみたら2回で流れてくれた。やれやれである。
長くやっていれば色々な経験をさせてもらえるものだと思ったことであった。