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「クマの生態とは」

月刊保団連の特集「クマ出没と私たちの社会」で北海道大学名誉教授の坪田敏男氏による「冬眠と繁殖に見る独特な生理機構」にクマの生態がわかりやすく書かれていて、興味深かった。
世界にクマは8種類現存していて日本には北海道にヒグマ、本州・四国にはツキノワグマが生息している。ともに食肉類だが食性は草食に偏った雑食である。そのため餌の少ない冬は冬眠するようになった。クマ類の冬眠は、体温の降下度が小さい・中途覚醒がない・筋肉や骨の退行がない、などの特徴を有する。メスでは、初夏の交尾後に着床遅延が見られ、冬眠導入期(11月下旬~12月上旬)に着床する。その2か月後(1月下旬~2月上旬に出産する。出産数はおおむね2頭、メスクマは冬眠したままで、子熊は乳を吸って大きくなる。4月下旬~5月上旬には母グマについて歩けるまでに成長している。
冬眠中には排便も排尿も一切なく、代謝を落としているが出産はでき、子は勝手に乳を吸い成長する。よくまあこんなことができるように適応したものだと思う。生物は適応しないものは途絶えるというが、クマは環境に適応して生き残ったのである。以前、動物学者の畑正憲氏が北海道の島でヒグマと暮らした著作を読んだが、確かにクマは魅力的な動物だと思う。ただし、ヒトの領域にはいってこなければであるが。

「酒好きの記」

令和8年7月3日
表題は大竹聡(おおたけ さとし)氏の著作で、酒を愛し酒をとことん飲んできた一生をふり返りながら記したまさに「酒好きの記」である。
以前、ちくま書房から氏の「酒呑まれ」が刊行されたときに目について読んでみたが、肩に力の入ってない読みやすい文章で、面白く読ませてもらったが、「酒好きの記」は氏が酒を飲むようになった初めの頃から現在までの足跡を淡々と綴ったものである。コロナ禍になる前に書き始め、コロナ禍の時中断せざるを得なくなり、その後再度書いて今回出版となった。氏は早稲田大学を卒業後、出版社・広告代理店・編集プロダクションなどを経てフリーライターになった。ミニコミ誌「酒とつまみ」を創刊、酒や酒場にまつわるエッセイ・レポート・小説など執筆している。同じ酒好きのなぎら健壱氏から「酒吞まれ」と言われたことから上記のエッセイを書いているが、本当に酒好きなのだろう。現在63歳だというが毎日美味しく酒を呑んでいるらしい。どんな肝臓をしているんだと思うが大丈夫なようだ。自分もほぼ毎日嗜んでいるが、アルコールに弱い家系なのでいつも眠ってしまって家内に怒られている。氏は毎日酒を呑み、それを職業にしているのである。達人としか言いようがない。

男声合唱組曲「雨」

令和8年6月25日
今日は朝から雨が降っている。台風も近づいてきているようで、しばらくは梅雨の天気が続くのだろう。学生時代に一時所属していた男声合唱団で知った男声合唱組曲「雨」は、作曲者多田武彦氏の優れた詩を選ぶセンスと巧みな作曲により現在でも演奏されているし、なにより一度知ってしまったらいつまでも心に残る作品である。
組曲は6曲からなり、伊藤整「雨の来る前」大木敦夫「武蔵野の雨」「雨の日の遊動円木」「雨の日に見る」堀口大學「十一月に降る雨は」八木重吉「雨」のそれぞれの詩と曲が合っていて聴いているとそのころの様々が思い出されてなつかしさを覚える。この曲は多田氏が1,967年2月に作曲し、5月に明治大学グリークラブによって初演された。
多田武彦氏には他にも雨に関する曲が多い。北原白秋「梅雨の晴れ間」草野心平「雨」など心に残る。八木重吉の「雨」は多田氏が自身のレクイエムにして欲しいと言ったとか。

「雨」八木重吉

雨のおとがきこえる
雨がふってきたのだ。

あのおとのように そっと世のために
はたらいていよう。

雨があがるように しずかに死んでゆこう。

「更年期女性に多い手の不調」

令和8年6月19日
表題は産婦人科医会研修会の講演で「メノポハンドと向き合う」の副題で、広島手の外科・微小外科研究所の蜂須賀裕己所長の話を聞くことができた。更年期の頃から「朝、手が握りにくい」という声をよく聞くが、ばね指、ヘバーデン結節、ブシャール結節など手指に関する不調を訴える人は多い。それらの治療を専門におこなっている所長の話は、我々にとっては専門外だけに興味深かった。
これらの不調の原因は老化だが、女性にとっては更年期に一気に来る女性ホルモンの減少は大きな問題だ。仕方ないこととは言え、体内で起きていることにどうしようもなかったが、現在はホルモン補充療法が確立されている。女性にとって女性ホルモンは絶対に必要だと思っているが、平均寿命が50歳の頃は関係なかったかもしれないが現在は80歳以上になっている。30年間女性ホルモンの少ない期間があることになる。その間はホルモンを補充して元気に生きられればこれほどいいことはない。いろんな問題はあるが、ホルモン補充はいいものだとあらためて思った。

母体保護法指定医研修会

令和8年6月12日
今年も県医師会主催の研修会が開かれた。WEB参加もあるが、医師会の仕事もあって医師会館で研修を受けた。講演は医療安全・救急処置に関するもの、生命倫理に関するもの、母体保護法に関するものの3題を4人の講師が講演してくれるもので、講演を最後まで聞かないと指定医から外される。講習は2年に1回受ければいいのだが、自分は毎年出席している。
医師会の仕事があるからだが、やはり出席すると日ごろ顔を合わせない先生と話ができるので、これもいいなと思ってしまう。
今回興味深かったのは減胎手術に関する講演で、大阪大学の遠藤誠之教授による「本邦での多胎妊娠における減胎(減数)手術に関する臨床研究」は、多胎妊娠は3胎以上になると母児共に危険なので、2胎に減らすことの議論と母体保護法との兼ね合いなど難しい問題があり、苦労してきた過程を話された。母体内で胎児を減らすテクニックと、どの胎児を減らすかの選別の問題もあり難しいだろうと思った。特に体外受精が始まったころは、一度に複数の受精卵を子宮内に戻していたので多胎が多かった。それで戻すのは原則1つのみになってよかったが、排卵誘発剤を使った場合、多胎ができやすいのが問題である。いろいろ考えさせられる講演であった。

国宝姫路城

令和8年6月5日
先日、岡山に住む大学時代の友人夫妻と姫路で落ち合って姫路城を見学、その後はゆっくり酒飯することにした。友人夫妻に会うのは数年ぶりだったが元気そうで、体形も変わらず、わが身の肥満が情けなかった。加えて城の中は急な階段が多く、命の危険を感じて天守閣までは登らずカミさんと友人夫婦が登るのを見送る始末だった。わが身の不健康を思い知ったわけである。
友人は昔から体形は変わらず、元気そうであるが自分は昔から隙さえあれば太る体質である。大学時代に太り、小豆島の病院勤務時代に太り、頑張って10㎏痩せたがいつの間にかもとにもどった。コロナで入院した時に10㎏痩せたが、退院して2か月もしたら元に戻った。ここ数カ月は今までで最大の体重になっている。理由はわかっているがなかなかやめられないのが現状である。困ったものである。

第78回日本産婦人科学会

令和8年5月29日
今年の学会は札幌で5月15日から18日まで行われた。自分は今回もWEB参加にしたので講演の内容を見たのは5月27日の配信からである。配信が始まったので、早速診療の合間や昼休み、診療後に見ているが、本当に便利になったものだとしみじみ思った。以前は学会はすべて現地に行って参加するのが当たり前で、それ以外は考えられなかった。それがコロナ禍というとんでもないことが起き、人が集まるのがよくないということで、WEB配信という方法が行われるようになった。コロナ禍は去ったがWEB配信は残った。さらにWEB配信が当たり前になったので当然皆会場に行かなくなった。参加するのは講演者、関係者、学会に特に行きたい人だけである。
視聴する側からいえば、同時に講演が重なっていても順番に聴くことができるのでありがたい。学会は同じ時間に10か所以上で行われるので、聞きたい講演が複数あると1か所以外は聴けなくなるので困っていたわけである。コロナ禍という大きなマイナスはあったがWEB配信はコロナのおかげだと思う。「禍福はあざなえる縄の如し」とはよく言ったものでその通りだと思った次第である。

「こうして日本人だけが騙される」

令和8年5月22日
表題はアルファ・リード株式会社の代表取締役、丸谷元人(まるたにはじめ)氏の著書である。実はこの作品は元外交官で現在外交評論家として活躍している山上信吾氏の絶賛する著作で、その言葉に惹かれておもわず取り寄せたのである。山上信吾氏は外交官時代には中国ともひるむことなくしっかり外交を行ってきた人物で、その気迫が伝わってくる著書「中国戦狼外交と闘う」を読むと、我が国にはこんな立派な外交官がいたのかと誇りに思える内容である。いつも中国に対しておもねったり、利益優先の土下座外交ばかり見ていると、このような人物がいるのがうれしい。
丸谷氏はオーストラリア国立大学を卒業後、パプア・ニューギニア・中東・アフリカで駐在員やVIPの身辺警護、テロ対策、地域の治安対策などを行い、その後アメリカ海兵隊での訓練、その他多彩にわたる訓練を終了してインストラクター資格を取得、米IT大手企業のセキュリティー・マネージャーなど歴任、現在は「月刊インテリジェンス・レポート」で海外で起きる事件や紛争の背景について分析状況を配信している。
内容は「利用される日本人」「日本は独立国でない」「「ウクライナの支援物質は闇に流される」「テレビで見かける良い人たちの正体」「金持ちがクーデターを繰る?」「アフリカで行われる代理戦争」「パンデミックは偶然おこらない」「移民をコントロールする者」「ワクチンがパンデミックを作る?」など刺激的な内容だが資料・データを挙げて納得できる説明をしている。やはり日本人は性善説でお花畑の住人だと思った次第である。世界はいかに「すれっからし」ばかりかと目から何枚もうろこが落ちたようだった。

「黒人霊歌」ロバート・ショウ合唱団

令和8年5月14日
連休明けの日曜日、5月10日(日)は広島市の当番医のため開院していた。1日の来院数はわずか6人、いつも言っているように産婦人科の当番はいらないと思った。なぜなら最も必要な妊娠中の異変は分娩予定の医院がみてくれるし、手術が必要な緊急の場合は救急病院が担当するからだ。そうはいっても28年間、年に2~3回は当番医を務めてきたのだがもうあきらめている。産婦人科以外の科は当番では数十人以上来院していて、普段患者さんの少ない医院もやりがいがあるだろう。
その暇な時間は読書か音楽鑑賞である。今回は懐かしいロバート・ショウ合唱団の「黒人霊歌」を聞いた。この合唱団は1,948年指揮者ロバート・ショウによって組織されたアメリカの合唱団で、短期間で素晴らしい合唱団になり1,966年に解散するまで世界各地で数々の名演奏を行った。その頃の音源がいまでも多くの人の心を打つ。「ディープ・リバー」「ドライ・ボーンズ」「誰も知らない私の悩み」「静まれ、人々」など何度聞いてもその魅力に取り込まれる。大学時代に初めて聴いて早速レコードを買って何度聞いたことだろう。その後CDが発売されてそれもそろえた。今まで聞いた中では一番だと思う。いいものは時代を超えるのだと思った。

八天堂でバーベキュー

令和7年5月9日
連休に松本に嫁いでいる次女が子供を連れて帰ってきたので、息子夫婦、長女夫婦とその子供たち全員で広島空港のそばにある八天堂でバーべキューをすることにした。飲みもの以外は全部そろえてくれるので楽であるが、野菜を切ったり肉を焼いたり切り分けたり結構大変である。総勢14人で行ったが予約できたのは午後1時30分だったので、それまで八天堂のパン作りを孫たちに体験させた。自分で焼いたパンを喜んで食べるのを見るのはうれしいものだ。牛肉の塊3個、鶏肉の塊沢山、ソーセージ、野菜色々を焼きながら飲み食いするのは楽しいものだ。孫たちが一堂に会することはめったのないことなので、このような機会の恵まれたのは実に幸運なことだった。
次女たちは2泊して松本に帰っていったが、長女の子供たちも我が家へ来て次女の子供たちと遊んでくれた。まことに仲良きことはいいことだとしみじみ思った。思い出に残るいい連休になった。