令和8年5月9日
当院は日曜日と祝日が休診なので、5月7日から診療開始である。さすがに患者さんは多くこの3日間は疲れた。明日5月10日は日曜日なのだが、休日当番医として一日開院しなければならない。
この連休は旅行ではなく、自宅からその日で行って帰れる場所に行くことにした。29日は前から行きたかった京都大学博物館に行き、時間が余ったので金閣寺に行った。うれしいことに「菱岩」の弁当が予約できたので、家に帰って冷酒と共に味わうことができた。ここの弁当は日曜日は手に入らないので久しぶりだった。3日は雨だったので山陽線で西へ、岩国で降りて錦川清流線錦駅からとことこトレインできらら夢トンネルを通って雙津峡まで行ってきた。なかなか面白い旅だった。5日は山陽線で東へ、尾道へ行くつもりで「白市行」に乗ったら、白市で一旦降りて三原行きか糸崎行きに乗り換えて、さらに乗り換えて尾道に行く方法しかないことがわかった。尾道では以前から通っていた小料理屋「まん作」が営業していたので寄ってみた。若かった大将も営業19年目とのことで、貫禄がついていて味も昔通り美味しかった。
翌日、白市駅で仕入れた情報で、重要文化財「旧木原家住宅」を訪れてみた。歴史研究会の人がいて、詳しく解説してくれるたので大変興味深く聞かせてもらった。こんな連休もいいものだと思ったことである。
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連休明け
鉛筆画 大森浩平展
令和8年4月28日
島根県江津市の「今井美術館」で鉛筆画の大森浩平展が開かれていることをテレビで知り、鉛筆だけで描かれた作品の精巧さに驚いて出かけてみた。初めての場所だったが、車で1時間半くらいの距離で結構人が来ていたが、その作品のすばらしさに驚いた。ケント紙に鉛筆で作画する様をビデオで流していたが、ほぼフリーハンドで描いたものは、写真で写したのかと思われるほどに形・質感が伝わってくる。腕時計、コカコーラ、ボルトとナット、缶ビール、食べかけの板チョコ、人物像などが展示されていたがどれも完成度が高く、よくぞここまでと驚いた。
大森氏は岡山市生まれで現在31歳、20歳のときに瀬戸内市立美術館でセラミックデザイン原画とデッサン展を開いている。おそらく小さい頃から絵が好きで上手だったのだろう。アートは才能が一番で、その上でたゆまぬ努力によって花開くのだと改めて思ったことである。
最近の昼食
令和8年4月23日
28年、この地でクリニックをやっているが、昼食をどこにするかは大切である。何しろ周りには店がいっぱいあり、それも新しくできたり無くなってしまったりが激しい場所である。また、自分の年齢や好みの変化もあり通う店は大いに様変わりしてきた。28年間変わらずに営業を続けている店も少数ながらあり、そこへは今も通っている。最近、裏袋に新しい居酒屋などが何軒かできたが、若い人たちが夢を抱いて頑張っているのだろう。
このところ「広島ラーメン」「太閤うどん」「浜けん食堂」「ガリバー」「王将」「袋町食堂」「栄屋」「とくみ鮨」「こけもも」「夕凪うなぎ」「天甲」「焼肉」「平和園」などに行くが、28年前からあった店は数軒だけである。
それにしてもよく行ったものである。毎日のことだから面倒だけれど、楽しんで通っている。今はなくなったてしまった店の○○を食べてみたいと思うことはあるが、詮無いことである。また新しい店を探そうかな。
中区第4支部「春の会」
令和8年4月17日
リーガで中区第4支部の親睦会が行われた。毎回できるだけ出席するようにしているが開業28年にもなれば同時代の会員も少なくなってきている。
自分と同じ年代のH先生は後継者に譲って辞めるそうだ。「今までは患者さんのためと家族のために頑張ってきたけれど、これからは自分のために残りの人生を過ごしていきたい」とのことだった。
確かに我々の年代になればそう思う人が多いというより、ほぼ全員がそうなのだろう。やはり同年代のS先生は「辞めるつもりはない」とのことで、それぞれの人生の考え方がある。要はそれぞれが満足し、全うして生きられるのが一番であるが、なかなか思うようにいかないのが人の世なのだろう。
第4支部には若い(と言っても中年だが)先生方が増えて、新陳代謝が盛んだが、時代が移っていくのを感じさせられる「春の会」であった。
足の痛み
令和8年4月10日
先週、右股関節から大腿骨後部に痛みが起こり、歩くのが困難になった。座っているのはいいのだが、立って歩くと痛む。びっこを引くようになったのである。思い当たるのは、2日前に少し高いところから飛び降りた際に、足の力が弱くて支えきれず、危うく転びそうになったことである。その時は何もなかったが、遅れて症状が出たのかと思った。バス通勤が難しくタクシーが必須になった。それでも3日くらいたつと痛みも引いてきてゆっくりだが歩けるようになった。まだ少し痛みがあるが、日常生活に支障はない。
NHKの番組で「下肢梗塞」「下肢静脈瘤」の特集をしていたが、加齢による血管の変化はどうしようもないと思った。様々なことに気を付けて行けば少しはましなのだろうが、完全に防ぐことはできない。なるようになると思ったことであった。
春はあけぼの
令和8年4月2日
暖かい春の日差しが降りそそぐ季節になった。朝の目覚めはボーっとまどろんでいつまでも布団の中に居りたい。街を歩けばいかにも新人と思われる男女が新しいスーツ姿で歩いているのが見られる。「君たちには無限の可能性があるんだ。それと若さが」そう思いながら眺めている。彼ら・彼女らにはこれから様々な困難なことが待ち受けているだろう。楽しいことや達成感、恋愛なども経験するだろう。社会に出て自分で稼ぐようになって始めて自立できるのである。大切なのは自己肯定感で、自分は大丈夫なんだと常に思うようにしないと長い人生を過ごしていくのは難しいだろう。幸多かれと願うばかりである。
昨日は雨だったが今日は薄曇りだけれど暖かい一日になりそうである。この季節を充分味わいたいものである。
「詰将棋の誕生」
令和8年3月27日
表題は京都大学名誉教授でチェス、詰将棋のプロである若島正氏の著作である。紀伊国屋の将棋・囲碁コーナーで目に留まり、思わず買ってしまった。
著者の名前を知ったのははるか昔、高校3年の時のことである。田舎の高校生だった自分に同級生が「Z会」を教えてくれて、受験に役立つと思ったので入会した。「Z会」は東大生とそのOBが始めた通信添削の会であり、多くの東大・京大受験生が入会しているという。旬報と共に10日毎に問題が送られてきて、それを解いて送り返すと点数と添削した答案が送り返される。辞書を使おうが何をしようがかまわないけれど、何しろ問題が難しいのでなかなかいい点が取れない。成績優秀者は筆名と共に点数が公表される。上位40分の1を4回取ると初級(初段)さらに60分の1を4回取れば中級(2段)さらに90分の1を4回取れば上級(3段)になって表彰される。そこでよく目にした成績上位者に若島氏の名前があったのである。確か3科目3段というおそるべきレベルだったのではないか。ちなみに自分は3科目3級どまりだったけれど。
その後、詰将棋の世界で時に名前を見る機会があったが、やはりあの時の驚異的な頭脳の持ち主だったのである。チェスも将棋も氏の頭脳ならむべなるかな。じっくり読むつもりである。
春が来た
令和8年3月19日
日差しも日に日に暖かさを増し、早咲きの桜も咲いて春の訪れを感じる。毎年、この頃になるとほっこりとした気持ちになる。以前にも書いたが詩人、伊藤整の詩集「雪明りの路」の中の「春を待つ」が自然に思い出される。手元にある詩集は偶然古本屋で見つけたものだが、復刊は昭和47年であるが、元の初版本はなんと!大正15年12月である。100年前の詩が現在も人の心を打つのは素晴らしいことである。
「春を待つ」
ふんわりと雪の積もった山かげから 冬空がきれいに晴れ渡ってゐる。 うっすら寒く 日が暖かい。 日向ぼっこするまつ毛の先に ぽっと春の日の夢が咲く。 しみじみと日の暖かさは身にしむけれど ま白い雪の山超ゑて 春の来るのはまだ遠い。
桜が咲けば弁当を用意して花見に行くのが楽しみである。
「読むこと考えること」
令和8年3月13日(金)
表題は養老孟司氏の著作で、小説推理に連載された「ミステリー中毒」から抜粋加筆したものである。氏の読書を通じて日ごろからの考え方や行動、生活などをエッセイ風に記していてじつに面白い。読みやすく、しかも深い内容がサラッと書いてあり、その魅力が余すところなく感じられる。まさに現代の「孟子」である。なんでも氏の母親が「孟子」にちなんで「孟司」と名付けたという。まさにその通りで、氏の著書はどれもよく売れているらしい。自分を始め多くのファンがいて、新しい著書が発売されると購入するのだろう。氏は昆虫が好きで虫捕りに台湾や東南アジアに行く。もちろん国内でも時間があれば虫捕りに行き、採取した虫の標本をつくる。その合間に講演をしたり、いろんな会の会長をさせられたり、もちろん本も書く。まさに融通無碍の生き方をしているようだ。ご高齢なので、一日でも長く活躍していただきたいものである。
八天堂でバーベキュー
令和7年5月9日
連休に松本に嫁いでいる次女が子供を連れて帰ってきたので、息子夫婦、長女夫婦とその子供たち全員で広島空港のそばにある八天堂でバーべキューをすることにした。飲みもの以外は全部そろえてくれるので楽であるが、野菜を切ったり肉を焼いたり切り分けたり結構大変である。総勢14人で行ったが予約できたのは午後1時30分だったので、それまで八天堂のパン作りを孫たちに体験させた。自分で焼いたパンを喜んで食べるのを見るのはうれしいものだ。牛肉の塊3個、鶏肉の塊沢山、ソーセージ、野菜色々を焼きながら飲み食いするのは楽しいものだ。孫たちが一堂に会することはめったのないことなので、このような機会の恵まれたのは実に幸運なことだった。
次女たちは2泊して松本に帰っていったが、長女の子供たちも我が家へ来て次女の子供たちと遊んでくれた。まことに仲良きことはいいことだとしみじみ思った。思い出に残るいい連休になった。



