健康診断の義務をなくせ!

平成18年10月2日(月)
職場の健康診断で検尿に異常があるので、医療機関でくわしく検査するようにいわれて来院された人が今日もいた。その健康診断が行われたのはじつに1ヶ月!前で、本人は自覚症状はなにもないという。調べたところ尿も正常で何も問題ない。
こういうケースは実に多く、たとえ軽い膀胱炎でも自然に治ることもあれば、悪化することもある。前者なら放置しておけばよいし後者ならすぐに抗生物質を処 方しないと腎盂炎になりかねない。健康診断の結果が本人に知らされるのはおよそ1ヶ月くらい後だろうから、急性の病気には意味がなく、治っているものには 更に意味がない。時間とお金のむだである。
そもそも健康診断(人間ドックを含めて)に意味があると思われたのは学校や職場での結核を防ぐという意味においてであり、現在のような健康診断が意味があ るという証拠はいまだにないのである。厚労省は健康診断には血圧の測定ぐらいしか意味がなく、健康の増進および病気の悪化を防ぐ証拠はないとの報告書を出 したというのに、いまだに職場の健康診断が法律で義務付けられているのはどういうことだろうか。全国で行われているこれらの健康診断に要する費用を介護に まわしたら、介護の内容がどれだけよくなることだろう。早く気付いてほしいものである。

今日も一杯

平成18年9月29日(金)
アルコールに弱いくせに好きでビール、ウイスキー、日本酒などを夕食時に飲んでいる。たくさんは飲めないので自分の適量で満足しているが、実にうまいので困ってしまう。アルコールに弱い人のほうが強い人より、アルコールの刺激による食道がんなどの発症率が高いそうなのだ。
そうは言っても健康に気をつけるあまり、好きなことをがまんしてさまざまな楽しみを味わうことなく少々長生きして何の人生かと思うと、まあいいかと飲んで しまうのである。体調がよくない時はアルコールが欲しくないしたとえ飲んでもうまくない。やはり美味しく飲めるのは健康な証拠なので健康に感謝して今日も 一杯やりたいものだ。

堀口大学「秋のピエロ」

平成18年9月26日(火)
朝夕は冷えるが日中は汗ばむほどで、今日は何を着て行こうかと迷う気候である。それでも確実に秋は深まっているようで、空の青さが深いと感じる。秋につい ての詩歌は他の季節より多いようで、やはりこの季節はこころの琴線に触れる事象が多いのだろう。秋の初めと中ごろ、晩秋はそれぞれ違ったおもむきがあり、 それぞれに味わい深いものがある。合唱曲にもなっている堀口大学の「秋のピエロ」はそもそも我が国にはいないピエロを主人公にして、その道化の奥にある悲 しみを晩秋のもの悲しさに重ねて表現している。
泣き笑いしてわがピエロ/秋じゃ!秋じゃ!と歌うなり。/O(オー)の形の口をして/秋じゃ!秋じゃ!と歌うなり。/月のようなる白粉(おしろい)の/顔 が涙をながすなり。/身すぎ世すぎの是非もなく/おどけたれどもわがピエロ、/秋はしみじみ身にしみて/真実涙をながすなり。

分娩施設の新規開業

平成18年9月20日(水)
9月から10月にかけては祝日が多く、日曜と祝日しか休めない当院にとっては珍しく!連休が続くことになる。今度の連休には最近四国で開業した同期の友人 の施設を見学がてら遊びに行こうかと思っている。彼の方がやや年下とはいえ50歳を過ぎてのお産の施設の開業は正直大変だろうと思うし、同時にすごいパ ワーだとうらやましくなる。かつて病院勤務の頃の2~3日に一度の産直は正直、つらかった。たいてい夜中にお産があり、翌日は通常勤務なので寝不足と生活 のリズムのくずれで、このままの生活を続けていってはたして体が持つだろうかと不安だった。
医師以外のスタッフは勤務時間が決まっていて、夜勤のあとは一日休みとか少なくとも16時間は勤務がないのに、なぜか医師だけは休みなしなのである。しか も寝てない翌朝に限って過密スケジュールのことが多い。当時はまだ若く元気がよかったからできたが、いつまでも無理がきくわけではない。そして医師一人で お産の施設を開業するということは、24時間いつでも一人で対応するということである。すごいことでまさに脱帽せざるを得ない。

もう秋だ

平成18年9月16日(土)
台風が近づいていて朝から雨が降っている。せっかくの連休で予定されていたスポーツの大会などがながれて、残念に思っている人も多いと思われる。
いつの間にか朝夕冷えてきて上着が必要になってきた。もう秋だ。食べ物は美味しいしアルコールがじつにうまい。先週ちょっと油断したらあっという間に体重 が増え、ベルトがきつくなってしまった。少し控えなければ○○になってしまう。というわけで今週は毎日昼はうどんである。それでもつい「鍋焼きうどん」な ど高カロリーのものを食べてしまうのがかなしい。

本末転倒の内診問題

平成18年9月12日(火)
看護協会が「内診は助産師に限ることを徹底する」との声明を出したとのことである。なぜそんなにかたくななのだろうか。看護職は医師の介助をするのではな く、看護計画に基づいた正しい看護をするのが仕事だというのだろうか、それなら看護師による血圧測定も採血もICUのモニターもできないことになる。
「内診」は特別なことではない。きちんと指導すればだれでも所見がとれる行為である。所見の判断は医師が責任を持ってすればよいのである。さらに現在の助産師の数では日本中のお産をカバーすることができないこともわかっているのに。なんのために医療を目指したのか考えてほしい。患者さんを良くしてあげた い、そのために医師も看護師も技師も薬剤師も協力し合っていくのではないのか。
看護職を専門化していってもミニドクターが増えるだけで、患者さんのそばにいて励ましたり話を聞いたり便の世話をするという最も大切なことを担う人がいな くなる。患者さんが本当に癒されるのは看護師のこれらの行為である。医療者はそれぞれの役割分担のなかでできることをやればよいのである。内診を看護師が したからといって医療の質が落ちるわけではない。はじめに戻って「患者さんのためにどうしたら一番いいのだろうか」と常に考えているなら、このようなこと にはなっていないのではないだろうか。

妊娠と薬

平成18年9月8日(金)
妊娠初期に内服した薬が気になるという人は実に多い。これはかつてサリドマイドによる薬害の記憶がもたらしたもので、皆さんすごく心配される。実際のとこ ろは薬の影響による奇形はほとんどなく、自然発生の奇形のみと考えてもいいのである。新生児の奇形率はあとからわかるものを含めれば3~4%あるといわれ ている。それを上回るにはよほど催奇形性の強い薬剤を多く使用しないとありえないと思われる。
サリドマイド薬害の原因は厚労省(旧厚生省)の無策である。なぜすばやい対応ができるような機構にしないのだろう。さらに薬害エイズ、血液製剤によるC型 肝炎の問題など何度でも同じ過ちをくりかえす。人は過ちをおかすのだという前提にたって、そうならないようなシステムを考えなければダメだろう。日本でも 優秀な人たちが集まっているのだからそういうシステムぐらいすぐにできそうなものだと思うが。
我々医師ができることは、むやみに薬を使わないことと、いつも海外も含めて新しい情報に注意して厚労省が認めた薬であれ検査・治療法であれ鵜呑みにしない ことであろう。あとになってあれは意味のない検査・治療だったとか効果のない薬だったので中止になったことは、数限りなくあったし今もあるのだから。

やっと尺八が

平成18年9月5日(火)
やっと尺八を吹ける環境になったのはありがたいことである。8月は看護師さんの問題などでそれどころではなかったが、このところ落ち着いてきたのでまたぼちぼち吹き始めた。やはり音を出すのは気持ちがいい。
尺八は音を出すことそのものが難しい楽器だが、それだけに修練すればいい音が出せるのである。和楽器は西洋楽器よりも音の出し方や高さにあいまいな部分が あり、そこが難しくまた日本的で面白いところである。たとえばピアノは誰が弾いても同じ高さの音が出せるし、大きさも自在である。フルートも指使いにより 音の高さはほぼ決まっている。尺八は半音階を出すためには息の吹き込み方を変えた上に穴をふさぐ面積を微妙に変えないと出ないので、正しい高さを出すこと は至難の技である。さらに、美しい音を出すのはいっそう難しい。まさに名人芸が要求されるし、実際そういう名人が昔から何人もいるのである。デジタルとア ナログの違いといったらいいのか、そこが面白いところでもあり、若い人には受け入れられにくいところなのかと思う。

朝夕は涼しくなった

平成18年9月1日(金)
日中は結構暑いが、朝夕は涼しくなってきた。早いものでもう9月である。この数日の気温の変化ほど季節の変わり目を実感させられることは珍しい。
我が国の四季のうつろいはまことに風情がある。暑い盛りの夏(青年期)が過ぎると秋(熟年期)が来る。この季節は豊穣の季節で、夏に精一杯頑張ってきたこ とが成果となって還ってくる。最も豊かな時である。けれどもこの時期も遠からぬうちにおわり、寒い冬(老年期)を迎えることになるのである。じつに日本の 四季は人の一生をあらわしているかのようで、「もののあはれ」という言葉があるのも頷けるのである。

なぜ警察が

平成18年8月26日(土)
一昨日、年間3千件もお産のある横浜の個人病院に警察が捜査に入ったとのニュースがあった。なんでも助産師以外の看護師、準看護師にお産の介助をさせてい たとのことである。お産の直接介助は助産師でなければならないので、もし直接介助させていたのなら改めるべきであるが、内診など経過観察をおこなっただけ なら医師の監督責任のもとであればなんら問題ない。そもそもこの程度の問題で見せしめの如く警察が介入することが信じられないことである。
考えればわかると思うが、人の体に針を刺して行う採血は看護師が行ってよいのに、内診はダメだというのは整合性を欠くことである。今まで何十年と行われて きたことが、数年前に厚労省の一役人(元助産師?)がダメだと言ったことから産婦人科全体を揺るがす問題になってしまったのである。本当に患者さんのこと を考えれば、何が一番よいことかわかりそうなものである。生半可な考えほど恐いものはない。このままではお産をする施設がなくなってしまうだろう。そう なって困るのは国民(妊婦)である。