「信じてはいけない健康診断」

令和6年11月1日
表題は雑誌「PRESIDENT」の特集記事である。冒頭に養老孟司氏と池田清彦氏の対談があり、今の医療の問題点を語り合っているが、おおむね納得できる内容である。今の健診システムを無くすと困る医療従事者が増えるし、病気になった時救えなくなることになる。でも医療費はこの30年で2倍の43兆円になっている。だから老人は健康に気を付けて病気にならないようにしなさい、ということである。
東大医学部卒の医師大脇幸志郎氏によれば、「健康診断にメリットがないエビデンス」として、2019年に過去の研究データをすべてまとめた論文が発表され、その中で、健康診断を行った人と行わなかった人で、病気による死亡率に差がつくかどうかの検証がなされ、結論は「全体的な健康チェックが有益である可能性は低い」だった。さらに「人間ドックは健康診断よりハイリスク」「メタボ健診を受けても寿命は延びない」「大腸がん検診を受けても99%以上の人には意味なし」「肺がん検診は非喫煙者なら受ける必要なし」「乳がん検診は日本人には効果が小さい」「ピロリ菌感染率の低下で胃がん健診もいまや必要なし」「子宮がんは死亡者数が少なく検査の効果が薄い」「CT検査やMRI検査は優秀とは限らない」「血圧を下げる薬を飲んでも99%の人には効果なし」など現在の医療に否定的な言葉が並んでいる。でも、今のシステムを変えることはできないのだから、一人一人が考えて納得できる医療を選ぶしかないだろう。難しいことではあるが。

多感な頃

令和6年10月25日
先日、休診の午後クリニックにいたら電話がかかってきた。年配の男性の声なので「どなたですか?」と問うと、なんと学生時代の先輩からだった。当時、男声合唱団コールロータスに所属していて、実力もないのに指揮をやらされていた。S先輩はセカンドテナーで素晴らしい声のソリストであった。先輩たちには伝説のソリストや指揮者、部長がいて、体育会系のような合唱団だった。全国コンクールで銅賞をとったこともあったらしい。
その当時、週3~4回夕方広い部室に集まり2時間くらい練習をしていた。練習の後、S先輩の下宿(4畳半)に集まり麻雀するのが楽しみだった。夜12時になると一服するために湯を沸かしてカップヌードル(当時新発売だった)を食べてコーヒーを飲む。部屋はタバコの煙が充満しているが、当時はそれが普通だった。その後は朝まで麻雀をすることもあったが、実に学生らしい日々であった。一瞬で当時の頃のことがよみがえってきて、懐かしさが溢れてきた。でも、もし当時の頃に帰るか?と聞かれたら「滅相もありません」と答えるだろう。若さはあっても恥ずかしいことばかりで二度と帰りたいとは思わないからだ。それにしてもS先輩との50年ぶりの会話は、多感な頃を思い出してありがたいことだった。

食中毒後遺症(?)

令和6年10月17日
食中毒が回復し、やれやれと思っていたら今度は便秘である。もっとも下痢のために大腸ファイバー検査の前に処置をした後のように、腸は空っぽになっていたと思われるのだけれど、気になる。今回しみじみ思ったことは、ヒトは生理的なことから離れることはできないということである。空腹なら食べないといけないし、トイレも必要、睡眠もなくてはならない。快眠・快食・快便は生きる基本であるが、それがうまくいかないと大いに困る。普段は何の心配もなかったが、今は不快である。まあ、自然に任せて経過を見ていくしかないと思う。
今年の夏は暑すぎて長引いたために紅葉が遅れているという。例年なら日光は絶好の紅葉シーズンなのにまだなので、外国から紅葉を見に来た観光客ががっかりしているというニュースを見た。確かに近年の異常気象は、この国の行方を暗示しているようで心配である。こんな時に南海トラフ地震が起きたら我が国は壊滅するだろう。そうならないことを祈るしかない。

食中毒

令和6年10月11日
生まれて初めて食中毒になった。
先週の金曜日、昼食に市内某店で「冷やし中華」を食べたところ、夕方からお腹の調子が悪くなり下痢が続いた。夜は微熱があり、はじめはウイルス性の腸炎かと思ったが、熱は収まり下痢のみ続く。土曜日は何とか外来をこなして午後から安静、食事は粥やうどんを少し、日曜日は一日安静にしていたら徐々に回復してきた。水曜日にほぼ回復、元通りになった。
発症とその後の経過からサルモネラではないかと推測するが、調べてないのでわからない。食中毒は初めての経験で、この年になってもこんなことがあるのかと驚いたわけである。よかったことは体重が2~3キロ減ったことである。最近体重が一層増えてきて、何とかせんといかんと思っていたが、ちょうどよかった。せっかく減った体重をそのまま維持しなければ、と思っている今日この頃である(桂枝雀のパクリ)。

休日当番医

令和6年10月4日
日曜日は広島市の休日当番なので、一日クリニックを開けていた。毎度のことながら産婦人科に来る患者さんは少ない。これは開業した27年前から同じで、産婦人科だけが目立って少ないのである。広島市全体で1日平均10人くらい。これでは休日がつぶれるだけでなく、何とも言えない疲労感があり「産婦人科だけは休日当番は無くてもいいのでは」と思ってしまう。必要があるのなら忙しくても、せっかくの休日をつぶしても頑張ろうと思うのだが、9月21日(日)の患者さんは6人!うち1人は当院の患者さんだった。
あまりの少なさに広島市医師会への報告に「産婦人科の当番医の患者さんの数が少なすぎるので、当番医を無くしてもいいのでは」と書いたら、医師会の事務局から電話があった。「最も急を要するのは妊婦さんだが、それはかかりつけの分娩施設が24時間対処している。必要とされているなら協力するのはやぶさかではないが、貴重な休日をつぶしてまで当番医をする必要があるのか」と言うと「当番医制度は広島市から委託されているので、その旨報告しておきます」とのことだった。
おそらくこのまま当番医制度は続くだろうし、産婦人科医は休日当番のヒマさを我慢していくことだろう。まったくかなわないと思う。

やっと秋が来た

令和6年9月27日
今年は9月になっても猛暑日が続き、昼間は35℃を超える日が多かった。秋の気配が感じられたのは秋分の日が初めてだった。山口県のときわ公園までドライブし、弁当を仕入れて園内の屋根のあるベンチで食べたが、風もあり結構快適だった。それまでは日中暑すぎて、外で食べようとは決して思わなかったから、やはり秋が来たのだろう。それにしても遅い秋である。今週も昼間は30℃以上になっているが、さすがに朝夕は涼しくなってきた。夜もクーラーなしで過ごせる。今年は春も短かったが秋も短いのではないだろうか。「豊穣の秋」「天高く馬肥ゆる秋」という言葉があるが、これらが死語にならないか心配である。
地球温暖化がいわれているが、自然の前には人間なんて弱いものだ。恐竜の栄えた時代や氷河期など地球の環境はどう変わるかわからない。地震、台風、洪水などには何もできないのが人間である。だからいっそう短い秋を慈しみたいものである。

「投資依存症」

令和6年9月19日
表題は経済アナリストの森永卓郎氏の近刊(9月16日発行)である。今、我が国は新NISAなど、税府が推奨して老後のための資金を増やすような政策をしているが、森永氏は「投資の本質はギャンブルだ。必ずバブルは崩壊する。せっかく貯めた預貯金が紙くずになってはいけないから、投資に回さず、投資に回している人は早くひきあげなさい」と語っていて、17世紀から現在までの世界中のバブルがどうなったかを例に出して説明している。現在の日本を含めた世界中の株式投資はバブルになっているので手を出さないように、と説いている。
氏はすい臓がんの末期と診断され、身辺整理を済ませ本音の著作を発表してベストセラーとなり、この本が4冊目である。以前にも紹介したが「ザイム真理教」「書いてはいけない」「がん闘病日記」はいずれも面白く、こんな人にはもっと生きて我々を啓蒙してもらいたいものだと思った。
私事であるがずっと昔、勤務医だったころ一度だけ株に手を出して損をしたことがあり、自分は株式には向かないので2度と手を出すまいと決めていた。1度だけ東電の株が大下がりした時、信頼していた日垣隆氏のメルマガで「東電を買うのは今しかない」の言葉にグラッと来たが止めといた。もしあの時買っておけば…と思わないでもないが。今では何もしないでよかったと思っている。

開院27周年

令和6年9月13日
平成9年の9月10日に開院して27年周年、28年目に入った。一日、一日を繰り返しているうちにあっという間に過ぎてしまったというのが実感である。初めの頃はまだ若いし元気だったので、できることは何でもやってみたが、次第に一番有用で合理的な診断・治療法に落ち着いてくる。患者さんの負担をできるだけ少なくするように考えて、必要な検査のみ行い、検査結果などは電話で済ませるようにしている。結果だけを聞くためにわざわざ来院されるのは気の毒だからである。異常がある場合は来院するようにお話しするが。また、予約制にせず、困ったらいつでも来院できるようにしている。手術など予定しなければならないものは別であるが。
この27年で変わってきたことは、まずピルが解禁されたことである。それまでは副作用がやや多い中用量のピルしかなかったが、副作用の少ない低用量のピル(海外ではずっと前から使われていた)のおかげで多くの女性が生理痛の緩和、避妊、生理周期の安定などが可能になった。さらに超低用量ピルも使えるようになり、この分野がやっと欧米なみになった。
次に診断機器、経腟超音波の解像度も進み、産婦人科診療には必須となっている。また、無床診療所でも人工妊娠中絶が行えるようになったことも大きなことであった。それまでは入院施設のある病院でしか行えなかったので、資格を持っていても患者さんに頼まれても行えなかったのである。
これからも変わって行くことはあるだろうが、日々真剣に診療していくことだけは変わらないと思う。老いていくのは仕方ないが頑張っていきたいと思う。

最近の読書

令和6年9月6日
以前は本屋で興味を引く本を見つけたらすぐに買って2~3日のうちに読んでいたが、最近ではすぐには読まないで「積んでおく、つんどく」が増えてきた。新聞や週刊誌の書評欄で見て取り寄せることもあるし、先日は養老孟司氏の「虫展」で陳列されていた「虫は人の鏡」も買ったし、「ホキ美術館展」で見つけた画家・野田弘氏の「写実を生きる」も買ったがまだどちらも読んでいない。こうして「つんどく・積読」が増えていくのである。
嵐山光三郎氏の「老人は荒野をめざす」も三分の一くらいしか読んでないし、青山透子氏の「日航123便墜落の新事実」も読みかけである。昼休みに一人で食事に出るときは、たいてい本持参であるがそんなに読めるものではない。でも手持無沙汰の時は活字がないと落ち着かないので、何かしら読んでいる。たとえマンションの広告でも目で追うのである。忙しい時ほど読みたくなるもので、以前はすごいスピードで次々と読んでいたものだ。本屋へ行くと、つい買ってしまうのでこれからも積読が増えていくんだろうな。

「プレコンセプションケアと葉酸」

令和6年8月31日
台風一過、暑い夏が戻ってきた。表題は山口県総合医療センターの佐世正勝周産期母子医療センター長の講演である。台風接近の夜に行われたが、WEB参加だったので、ゆっくり聞くことができた。佐世医師は「私は赤ちゃんが大好きで、赤ちゃんをみる医師になりたいと思っていました。でも病気の赤ちゃんはつらくて見られないので産婦人科の医師になりました」と言われ、丈夫な赤ちゃんを産むためには妊娠前から準備が必要で、特に「葉酸」の大切さを強調されていた。以前から欧米では二分脊椎などの先天異常が多かったが、我が国では少なかったので、葉酸を無理に摂らなくてもいいと思っていたが、それは過去の話で、食生活が変わってきたのか近年では欧米並みに増えているという。
佐世医師は「葉酸」を自治体を通じて無料提供するよう働きかけ、山口県の半分くらいの市で葉酸を無料提供することに成功し、その運動を全国的に広げようとしている。「葉酸」のサプリの値段は僅かなので自分で買っても負担にならない。妊娠前の2~3か月から内服すればよく、妊娠3カ月まででよいとのことである。
「プレコンセプションケア」は若い世代(女性と夫)のためのヘルスケアで現在の身体の状態を把握し、将来の妊娠や体の変化に備えていくことであるが、知識があるとないとでは大いに異なるだろう。これからは葉酸を薦めたいと思った。