最近の外食

令和6年7月25日
暑い日が続くが外食は週に1~2回で以前と比べると少なくなっている。行く店はほぼ固定しているが、新しい店も見つけたいと思っていた。最近、友人に連れて行ってもらった店がよかったので紹介したい。
鷹野橋商店街の入り口近くの店名「ゆすら」は日本最古の酒蔵の酒「山桜桃(ゆすら)」からのものらしい。リーゾナブルで美味しい料理をあてにうまい酒を飲むというコンセプトの日本酒バーで、美人の女性二人がやっている。客は若い人から高齢の女性まで様々だが、皆気持ちよさそうに飲み、料理を楽しみ喋っている。まだ2回しか訪れていないが、定番の店になりそうな予感がある。
料理はおばんざい風で酒のあてにぴったりのものが多く、値段も張らないので若い人も通いやすいと思われる。こういう店が家の近くにあればいいのに。
ちなみに、家の近くにあればいいと思う店は多く、今の定番の店たちはたとえ遠くても通いたくなる店ばかりである。望みは自分が行くことができる間は、営業していて欲しい。店主が高齢で止めたり、病気で無くなったりする店が結構あるから。

「藤井聡太の鬼手」

令和6年7月19日
表題は今を時めく藤井聡太棋士の令和元年から5年までの棋譜から、プロの棋士も驚くような指し手を特集した本である。令和元年から2年までと、3年から5年までとの2冊に分かれ、日本棋士連盟・書籍編集部編である。
彗星のごとく現れてあっという間に八段に上り詰め、タイトル全冠制覇を果たした若き天才棋士・藤井聡太氏の「鬼手」を解説付きで紹介している。終盤の詰めを読むスピードと正確さはぴか一で、途中の指し手の発想もすごいものがある。最近はコンピュータによる形勢判断がある意味でプロの棋士よりも的確になっていて、プロの棋士も参考にしているというが、その読みをさらに上回った発想を示した1局もある。
一時、プロ棋士がコンピュータの将棋ソフトと対戦して負け越したことが話題になったが、藤井聡太棋士のような天才が現れると「まだまだ人間はすばらしいな」と思わずにはいられない。願わくばこのままずっと第一人者で進んでいってもらいたいものである。

ブログ20年!

令和6年7月12日
早いものでブログを始めて20年になる。2,004年4月から始めたので20年と少しである。最近はネタがなくなって本の紹介などを増やしているが、活動力も落ちているようだ。なにしろテニスは足腰が追い付かず、ずっと前にやめてしまったし、散歩もコロナ入院以来週に1~2回、尺八もやめてフルートも中断している。
何より食べる量が減っているが体重は増え気味で、アルコールは毎日おいしくいただいている。新しい店の開拓も以前ほどの情熱はなくなっているが、行きつけの店はいくつか確保している。近場の温泉や西日本の旅も回数が減っている。やはり活動力が落ちると話題も減るということがよくわかる。まあ、年相応の日常生活なんだろうとは思う。自転車通勤も相変わらずだけれど、腹の出た体形が恥ずかしい。それでもこれからジムに通うなんてことはしたくない。日常生活が普通に送れればいいと思っている。
なんだか投げやりな文章になってしまった。

「がん闘病日記」森永卓郎著

令和6年7月5日
表題は経済アナリスト森永卓郎氏の新刊で、近刊の「ザイム真理教」「書いてはいけない」に続く3部作である。現在氏は原発不明のがんを患っていて、抗がん剤の副作用で死にかけ、要介護3の状態になっているが「死んではいいと思ってはいないものの、延命にはこだわっていない」という。それは、いつ死んでも悔いのないように生きてきたし、今もそうして生きているからだ。それを伝えることをメインテーマにしている。
東大の経済学部を出てJTに入社、財務省の奴隷だった経験をもとに書いたのが「ザイム真理教」でベストセラーになった。職場はいくつか変わったが、いずれも面白くて頑張ってやりたいことをやっているうちにコメンテイターとしてテレビに出るようになり、いつのまにかテレビ・ラジオで番組を持つようになった。経済関係の本も多数出版し、獨協大学経済学部教授、農業の経験、60年近く集めてきたおもちゃなどのコレクションを展示する「B宝館」という私設博物館をオープンするなど、やりたいことをやってきた。童話作家にもなりたくて書いた童話もこの本に載せている。
肩ひじ張らず思うままに生きてきた氏の来し方が語られていて、興味深く読ませてもらった。

「検証・コロナワクチン」

令和6年6月28日
表題は名古屋大学名誉教授、名古屋小児がん基金理事長の小島勢二氏の著作である。副題は「実際の効果、副反応、そして超過死亡」で、先端医療の最前線を行くがん専門委である著者が、リアルタイムで追い続けたコロナワクチンの詳細を時系列で語っている。
コロナワクチンの接種を目前に控えた2,021年2月に医療系雑誌に「私がコロナワクチンの接種に慎重な理由」という論文を載せたのを皮切りに、「コロナワクチンにおける情報公開」「コロナ禍が我が国にもたらした財政負担」「コロナワクチンの効果」「子どもへのワクチン接種」「コロナワクチン接種後の死亡事例の報告と救済制度」「コロナワクチン接種による中・長期副反応」「超過死亡」などの論文を2,023年まで相次いで発表している。
すべて公的に発表された資料をもとに、国内・国外のデータ、論文を読み、さまざまな提言をしてきた経過が記されている。
一冊にまとまった著作を丸善で見つけ、早速購入し読んでみた。小島氏は常に真摯に偏ることなくコロナワクチンの功罪を綴り、是は是、非は非と実際のデータをもとに詳細に分析して提言している。実に説得力のある論文で、実にまっとうな内容である。
今になって我が国のコロナに対する対処がいかに間違っていて、当時から的を射た提言をしていたまじめな学者を無視してコロナワクチン(遺伝子治療薬)を打ちまくっていたかがはっきりしてきている。
当時、ワクチンを薦めまくって莫大な金額の損失を出し、多くの超過死亡をを出したというワクチン行政の総括を、政治家も専門家(と称する人々)もマスコミもせず、知らん顔を決め込んでいる。恥を知れ!と言いたい。

WEB講演会

令和6年6月20日
今日は午後7時からWEB講演会があるので、診療終了後準備して講演を聞くことにしている。本来は医師会館まで行かなければならないのだが、コロナ以降WEB講演会がまだ続けられていて、じつに便利である。今回の講演は金沢大学名誉教授の藤原浩氏が演者で、「胚シグナルの解明とその臨床応用~生殖医学から腫瘍学へ~」と題したもので、興味深いと思われる。
講演会場で実際に聞くのは臨場感があっていいのだが、スライドの細かい数字などがよく見えないことなどがあり、WEBの方がはっきりわかる気がする。どちらも一長一短ありどちらにするか選べるのはいいことだと思う。特に、東京や東北、北海道などで学会があると、出席するだけで時間がかかり往復の旅費、宿代も入れると結構な負担になる。WEBだと移動の時間もいらないし、何より聞きたい講演を好きなだけ聞ける。日本産婦人科学会もWEBのおかげで参加できるようになった。ありがたいことである。そろそろ講演が始まる。じっくり聞くことにしよう。

「美しい日本の言霊」

令和6年6月14日
表題は数学者藤原正彦氏の著作である。氏は日本人にとって日本語は最も大切なもので、情緒を育てるのも優しさやあわれを感じるのも、美しい日本語あってのものだと以前から述べている。そのなかで、氏の好きな日本の歌を紹介しながら自らの生い立ち、体験を織り交ぜて解説している。私にとって氏は自分より9歳年上なので、共通する好きな歌は一部しかないけれど、どれも気持ちが伝わってきて共感させられる。
「ぞうさん」「たきび」など自身の幼少の頃の思い出と共にその歌を味わっている。「花の街」江間章子作詞・團伊玖磨作曲の歌は私が高1の時、音楽の時間に習った曲で、非常に好きな歌であるが藤原氏もお好きなようである。さらに「琵琶湖周航の歌」「別れの一本杉」「22才の別れ」「なごり雪」「ふれあい」「踊子」「月の砂漠」「秋桜」「学生街の喫茶店」なども共通の好きな歌である。これらは歌詞を見るだけで当時を思い出して懐かしくなる歌たちである。

指定医研修会

令和6年6月7日
先日、広島県医師会館で母体保護法指定医研修会があった。県医師会が主催する指定医には必須の研修会で、出席しないと指定医を外される研修会である。4人の講師(一人は教授)が講演したがどれも興味深いものだった。とりわけ大阪大学医学部から医師になり、弁護士の免許もとって弁護士事務所を開きながら医師も続けている、長谷部佳司氏の講演は面白かった。「産婦人科領域における医療倫理と法令順守」と題して1時間の講演で、法律に疎い自分には新鮮であった。医師の応召義務も令和元年12月に変更になり、以前は「診察治療の求めがあった場合には、正統な事由がなければ、これを拒んではならない」とあり、それは今もそのままなのだが「正当な事由」がかなり限定されていた。それがだいぶ緩和され、時間外の診療も断ることができるようになった(すべてではないが)。また信頼関係の喪失した場合も新たな診療を行わないことが正当化された。
その前に行われた産婦人科医会の理事会・総会と合わせるとほぼ1日かかり疲れたが、役員はもっと大変だったと思う。お疲れさまでした。

「俺は100歳まで生きると決めた」

令和6年5月31日
表題は歌手で俳優の加山雄三氏の著作である。現代の健康ブームにまさにぴったりの作品で、思わず手に取ってみた。氏はもうすぐ87歳になるというが心身ともに健康で意欲も充分あり、やりたいこと(作曲・ラジオ出演・油絵・飛鳥の名誉船長など)もたくさんあるそうだ。自前の歯も27本あり毎朝スクワットをしているという。タバコは52歳で止め、酒は63歳で止めた。奥さんの松本めぐみと「エレキの若大将」で共演し結婚、ずっとおしどり夫婦を続けている。80歳になった時に脳梗塞で入院、幸い後遺症なく退院したがその後小脳出血も経験、それでも生活に不自由はない。また、80歳の時に持ち船の「光進丸」が原因不明の炎上し、沈没させたが「船の維持に相当な費用がかかるのでかえって良かった」と気持ちを切り替えている。
加山氏のすごさは身体が丈夫なこともあるが気持ちが常に前向きでへこたれないことだと思う。33歳の時におじが経営していたパシフィックホテル茅ケ崎が倒産、おじは姿をくらましたので、書類上の共同経営者の加山氏が23億円の負債を抱えてしまった。それでも気を取り直して返していこうと決め、コツコツ頑張っていたらホテルが17億円で売れてずいぶん楽になったという。気の持ちようが一番大切なことを教えてくれる著作である。

久しぶりの枝雀

令和6年5月24日
このところ桂枝雀のDVDを見ている。以前、はまっていた時に集めたCD、DVDなどが沢山あるがここ5~6年は一切見ていなかった。最近、ふと枝雀を見ようと思って再見するとやはり面白い。今見ているのは「枝雀落語大全」でDVD40枚あり1枚に2席の落語が収録されているので約80席の話が鑑賞できる。どれも熱演で1席語るだけで疲れるだろうと思ってしまうが、お客さんに笑ってもらおうと必死になっているのが伝わってくる。普段の会話やマクラの部分は自然で面白いのだが、古典落語のなると制約があるのでその中で笑いをとるのは難しいのだろう。もちろん枝雀の落語は抜群に面白いのだが、先達から教わったとおりに演じたものを自分の解釈で変えていった部分も多い。いつも落語のことを考え、稽古し新作落語もつくり(これがまた面白い)まさに落語一筋だった。
枝雀は20代の時に「鬱」になりその時は短時間で回復したのだが50代後半に再び「鬱」になり回復し始めた時に不幸なことがおこりこの世を去った。師である桂米朝は50代の枝雀をほめていたというが、落ち着いてきていい感じになっていたと思う。今生きていたらどんな落語を語っていたか見てみたいものである。