令和2年2月28日
前から予定していたので連休に久しぶりに京都へ行った。いつもなら人があふれかえっているのに、20年以上前の京都のように普通に動くことができた。新型コロナウイルスのため中国・韓国からの旅行者がいないうえに国内旅行者も少ないからだろうか、どこも空いていてゆったり観光することができた。
市バス・地下鉄・嵐山鉄道などすべて座れたし、食事する店や居酒屋などの予約もすんなりできて、こうでなければと思った次第である。二条城もゆっくり見られたし渡月橋を渡って天龍寺の拝観から竹林を抜ける散策も楽しめた。いつもなら渡月橋の前の横断歩道を渡ることさえ人が多すぎて時間がかかるというので、竹林の小路散策などもう二度とできないと思っていた。前回行って気にいった先斗町の「酒亭ばんから」は団体が入っていて残念ながら予約できなかったが、食べログでほぼ同じ点数の「味どころしん」で旨い肴に舌鼓を打った。
新幹線の往復切符についている京都駅近くの「水族館」「鉄道博物館」も行くことができたし、「辻留」の弁当は帰宅して美味しくいただけたし、久しぶりの快適な京都旅だった。
月別記事一覧 2020年2月
久しぶりの京都
文芸春秋のオヤジ欄
令和2年2月21日
月刊誌文芸春秋のオヤジとオフクロ欄は、著名人のそれぞれの親に対する思い出が語られていて毎号面白く読んでいる。最新号に医師で作家の久坂部羊氏の父親に対する思いが描かれていて思わず引き込まれてしまうと共に笑ってしまった。氏の父親は「父は医者のくせに医療が嫌いで、こむずかしい医学の知識を信用していなかった」とあるように医療の限界を知ったうえで麻酔科の医療を行っていたようである。若い頃の父親は糖尿病で厳密な食事療法を行っていたが一向に良くならないため、業を煮やして食事制限は一切止めて血糖値も測らないことにした。そのせいでのちに血糖値が700を超え、インシュリンの自己注射をせざるを得なくなったが、甘いものは食べ放題、タバコも吸い放題になった。
モットーは「無為自然」と「足るを知る」で65歳の定年以後は一切仕事をせず自由気ままな毎日を送っていた。父親は超高齢まで生きた場合の悲惨さを熟知していたので、長生きし過ぎたら困ると思っていたらしい。85歳の時に前立腺がんの診断を受けたとき、治療さえしなければ2~3年で死ねるので「これで長生きせんですみますな」と真顔で喜び、診断した医師を唖然とさせた。そして言葉どおりに病院にもいかず87歳で天寿を全うした。久坂部氏のサポートがあればこそだろうが、実に納得できる生き方を身を持って示していて、今のオーバーな医療を笑っているようで面白かった。
第22回オープンカンファランス
令和2年2月14日
広島市民病院産婦人科主催の勉強会が行われた。若い医師から部長まで6人の演者が広島市民病院の産婦人科手術の現況を紹介した。今回は腹腔鏡手術からロボット支援下手術までの低侵襲手術を中心に情報開示された。
昨年の手術件数は1509件でそのうち婦人科手術は1039件、さらに婦人科手術のうち腹腔鏡手術は552件、53%に増えている。手術器具や方法の改良などでより安全で侵襲の少ない手術ができるようになっている。なによりうれしかったのは児玉部長の「広島市民病院は24時間対応しているので、緊急手術が若い医師にもできるように研鑽を積ませている。特に腹腔鏡の手術はどの分野に進もうが覚えておくべき技術なので、積極的にやらせるようにしている。」という言葉であった。
振り返って自分が岩国国立病院(現・岩国医療センター)に研修医でいた頃、上司の部長はどんどん手術をやらせてくれた。部長は手術が上手かったがわざと手術室に入らず、控室にいて時々見に来て難しそうならすぐに対処できるようにしてくれていた。おかげで安心して手術することができて、1年間でたくさん症例を重ねることができた。
広島市民病院の児玉部長のこの姿勢は母校の医局の伝統である。この良き伝統が続くことを切に願っている。
フルートの練習
令和2年2月7日
最近フルートにはまっている。練習する時間がなかなか取れないのが難点であるが、少しでもヒマがあれば吹くようにしている。今は高音域の練習をしているが、指使いを覚えるのが大変で、さらに音楽にするにはどれだけの修練が必要だろうか。それでも少しずつでも進んでいるという手ごたえが快く、練習していても飽きない。小学時代のリコーダー、中学時代のギター、いずれもすぐにものにして飽きなかったがフルートもそうなってほしいと思う。
大学では軽音楽部に入ってフルートを吹こうと思っていたのだが、部室にいつ行っても誰もいない。きっと活動していないのだと思って友人のいた男声合唱団へ参加することになった。それはそれで面白かったし、いまだに合唱曲を聴いているが、フルートをやってみたいという思いはずっと胸の底にあったのだろう。五十の手習いで尺八をやってみたが、結局ものにならなかったのは残念であるけれど、遅ればせながらフルートを始めてよかったと思っている。