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週刊誌の反医療キャンペーン

平成29年9月22日(金)
今から20年以上前に当時慶応大学医学部講師だった近藤誠氏が「がん」の治療についての目から鱗が落ちるような論文を発表して以来、多くの医師たちが現在の医療の矛盾した部分や過剰な検査・治療などについて声をあげるようになった。医療には限界があるのに治そうと頑張るあまり、知らず知らずのうちに患者さんに不利益しか与えないような検査・治療を行ってしまうことに対する警鐘を鳴らすという意味で大切なことである。なにしろ西洋ではかつて麻酔のない時代に乳がんの治療のために、両手足を押さえつけて患部を切り取り焼きごてを押し付けて止血している絵が当時の教科書に載っているのである。当時は遅れていたからだと笑って済ませられることではない。今も形を変えて同じようなことが行われていないとはいえない。
そのような医学の陥りやすい行為に対して最近では週刊現代や週刊ポストなどが反医療キャンペーンを行っている。言い過ぎの部分もあるが納得するところもありいいことではないかと思っている。今月に入って週刊新潮が漢方薬、製薬会社ツムラに対するキャンペーン「漢方の大嘘」を始めた。漢方薬については医学部で講義が一切なかったのにいつの間にか保険薬になってしまったので、医師になってすぐに自分で勉強してみたが、今の漢方は本来の漢方ではなく漢方薬を処方するためのものになってしまっていると思った。我が国では漢方は女性に人気があるが、この先どうなるか注目している。

子宮内膜症の講演

平成29年9月15日(金)
子宮内膜症についての講演が2日続けてあった。倉敷平成病院の太田郁子先生と東大産婦人科准教授の甲賀かをり先生である。それぞれ別の切り口からの話で興味深い内容であった。子宮内膜症については診断、治療法の変遷に長い歴史があり、その積み重ねによってかなり克服できるようになったがまだまだ難しいところも多く、さらに努力が続けられている。特に子宮腺筋症は難しい部分があるので、最近東大の大学病院に「子宮腺筋症外来」を開設して難しい症例をフォローしているそうである。
子宮内膜症に最も有効なのはピルだと言われているが、実際に内膜症の有無にかかわらず多くの女性の生理痛の緩和に役立っている。それでもピルを使っているにもかかわらず症状が進行する人もいて、それに対して新しく開発された薬や新たな手術が試みられている。妊娠できる状態を維持することが究極の目的であるが、実はこれが最も難しいのである。
子宮内膜症は子宮内膜が月経時に腹腔内に逆流する、あるいは子宮筋層内に入り込むことが原因といわれているが、妊娠するためには排卵、月経が必須である。月経そのものが内膜症を引き起こし増悪させるわけだから、排卵を止めない限り難しいわけである。早いうちに妊娠、出産を終えてしまえば不妊症のために高い治療費を払わなくてもいいし、内膜症に対する治療も難しくない。そもそも内膜症になる率も減るし一番いいのだけれどなかなかそうはいかないのだろう。難しいところである。

男女の妊娠適齢期と生殖補助医療

平成29年7月28日(金)
国立成育医療研究センターの斎藤英和副センター長による表題の講演があった。女性の結婚年齢は20代前半の場合が最も子供を持ちやすく、結婚年齢が高くなるほど難しくなる。20代前半の生涯不妊率は5%であるが、30~34歳で15%、35~39歳で30%、40~44歳で64%にもなる。また、女性の妊娠しやすさは22歳を1とすると30歳で0,9、35歳で0,6、41歳で0,2である。さらに妊娠に至るまでの期間も20代で6か月、30代で10ヶ月かかり、挙児を希望した時点での男性の年齢も若い方が早い。ヒトは男女とも加齢に伴い妊娠する能力が減弱し、また妊娠中や分娩時のリスク、出生時のリスクが増加するので、妊娠・出産・育児は20代が適している。
日本は不妊大国で体外受精などの治療が急増しており、人口比で米国の4倍の数になっている。また治療の高齢化が著しく進んでいて40歳以上の患者さんが半数近くを占めている。さらに1児を出生するためにかかる不妊治療の費用も高額になり1治療30万円として40歳で370万円、45歳で3780万円、47歳で2億3千万円かかるという。卵子や卵巣の保存であるが、母体の生理的老化・病気のため無駄になる可能性があること、初期採卵・凍結で100万円かかり卵1個の年間管理料1万円で多数の卵の保存が必要なための経済的負担が大きいこと、子育てが高齢までかかり老後破産の心配があることなどの問題があることを話された。
いずれにせよ早く結婚するしかないのだが実はこれが一番難しいのである。我が国には昔から「お見合い」というすばらしい制度があり、年頃になれば自然に見合いして結婚していたが今はほとんどなくなってしまった。少子化を防ぐにはこの制度を復活させるのが最良ではないだろうか。

「更年期障害治療を極める」

平成29年6月16日(金)
東京歯科大学市川総合病院産婦人科教授、高松潔氏の表題の講演があった。最近は更年期障害に関する講演はあまりなかったので興味を持って聞いたが、そもそも更年期障害に対してホルモン補充療法(HRT)が欧米で推奨され我が国でも普及が始まった矢先、WHIが推奨しないという発表をして以来、HRTは下火になっていた。それでも実際に効果があるので広がりはしないけれど確実に行われてきた。
最近、「HRTは乳がんに関与する頻度は低い」という知見が欧米で発表され再びHRTの普及が始まっているという。閉経以後、女性ホルモンは急激に低下するがそれに伴う全身の変化は一口で言えば「老化が進む」ということである。生物はおしなべて生殖期間が過ぎれば命が終わるけれど、ヒトは1900年頃から寿命が延びてきて閉経後の期間が長くなってきた。日本人女性の平均寿命は85歳なので、30年以上女性ホルモンの枯渇した時期が続くことになるがその間ずっと女性の脳下垂体からは、卵巣から女性ホルモンを出せという指示が出続けるのである。女性ホルモンの不足は生命には直接関係しないが、生活の質にはおおいにかかわる。ホルモンが不足すると骨がもろくなる、肌の潤いがなくなる、性交痛がおきる、コレステロール値が増えるなどの変化がおきる。さらに、ボケやすくなるとか血管のしなやかさが失われやすいという指摘もある。
面白かったのはHRTは止め時を考えなくてよいということだった。以前は閉経後10年位は使えるということだったが死ぬまで使えるとはありがたい。また、漢方薬が本当に有効なのかと調べた研究ではプラセボも漢方薬も症状改善率は同じだったということで、思わず笑ってしまった。漢方薬信仰の人には悔しい結果だろうが事実は曲げられない。いずれにせよ興味深い講演であった。

「性差からみたうつ病」

平成29年3月24日(金)
順天堂大学医学部メンタルクリニック教授、鈴木利人氏による表題の講演があった。うつ病は女性の方が男性の2倍なりやすいがその結果自殺してしまうのは逆に男性は女性の2倍で、理由は男性の場合は気持ちの落ち込みは強くても自殺を遂行してしまう意欲が女性より強いからだという。女性は周囲の人、母娘関係や家族他人との関係がうつ病の原因となることが多く、男性は仕事関係が原因となることが多いそうである。お産の後に起きる「マタニティーブルーズ」は多くの場合一過性であるので精神科では精神疾患の範疇に入らないが、自殺をしてしまう緊急に対処を要するケースが含まれているので注意深い観察が必要である。我が国は妊産婦死亡の原因の1位が自殺だそうで、せっかく産婦人科医が妊産婦死亡を減らすべく頑張ってきたが、精神的なフォローの方が大切だとは目から鱗が落ちた。
「夫が家にいる症候群」というのがあって定年を迎えた夫が家にいるようになり、7~8月ごろ妻が鬱っぽくなって病院に来るそうである。夫が一日中家にいるようになり自分が今までしていたことができなくなるうえに、「飯はまだか」としか言わない夫に我慢できなくなるという。思わず笑ってしまったが、妻の立場では自分のペースで生活していた空間に邪魔な侵入者がいると困るだろう。まさに「亭主元気で留守がいい」である。鈴木教授の話は緩急自在で説得力があり、いつもなら眠ってしまう人も多い講演会もあるが今回は皆が聞きほれるいい講演であった。

産婦人科医に必要な性同一性障害の基礎知識

平成29年3月10日(金)
岡山大学の中塚幹也教授による上記の演題の講演があった。中塚教授はわが母校岡大の後輩で、入局時から優秀で人望も厚くちょっとおちゃめなところもあるが俳優の伊吹吾郎似のナイスガイである。1998年から岡大にジェンダークリニックを立ち上げ、今や我が国のこの分野では第一人者である。初めに公的に性転換手術を行ったのは埼玉医大であり、現在もこの2つの大学が中心になって診療をおこなっている。
性同一性障害は特にデリケートな対処が必要で、1997年に開業した頃は精神科の医師の診断を得たうえで治療を開始するようにしていた。治療といっても性ホルモンを注射するぐらいであるが、SRS(性転換手術)は我が国では当時は埼玉医大のみで、患者さんの多くは東南アジアで行っていたようである。岡大が診療を始めてくれたのでまず岡大に行くように勧め、その後ホルモン注射のみ当院で行うようになりずいぶん楽になった。ただSRSにしても性ホルモン注射にしても保険がきかないので全額実費である。「性同一性障害」という病名があり、診療については保険がきくのにホルモン薬は適応外という理由で保険外になるのはおかしい。薬剤の保険適応病名を増やせばいいだけなのであるが、適応病名を増やすためには大変な時間とお金がかかるので、製薬会社も簡単には申請できないようである。中塚教授もSRSを保険適応にするよう申請しているがなかなか許可されないとのことである。
性の問題は生物・ヒトにとって非常に大切なことで、日常の診療で関わりの深い産婦人科は特に心してかからねばならないと改めて思った。

鳥集徹著「がん検診を信じるな」

平成29年3月3日(金)
上記の著者・鳥集(とりだまり)氏は医療問題を中心に活動しているジャーナリストで、タミフル寄付問題やインプラント使い回し疑惑などをスクープしてきた。現在も週刊文春などに多数の記事を書いているが、20年近くがん医療の現場を取材し数多くの専門家の意見を聞き、諸外国のデータなども検討した結果、現在日本で行われているがん検診が有用ではなくむしろムダな検査や治療をしてしまう恐れがあることを訴えている。特に芸能人ががんになりがん検診が必要だと訴えると、多数の人が安易に健診を受けてしまいかえって不利益を被ると警鐘を鳴らしている。これは20年以上前から「患者よ、がんと闘うな」「健康診断は百害あって一利なし」と主張している近藤誠医師とほぼ同じ意見であるが、著書の中では近藤氏に対しては一部批判もしていて氏とは別の方向からこの結論に達したと述べている。
いずれにせよこれだけきちんとデータを出しての主張だと反論は難しく、欧米諸国の医療の流れから見てもがん検診や健康診断は止めて希望者のみの任意にするべきだろう。がん撲滅をめざして朝日新聞社が支援して設立された「日本対がん協会」などにも転換期が来ているのではないだろうか。

不妊治療の不都合な真実

平成28年12月16日(金)
表題の本は、こまえクリニック院長である内科医、放生勲氏の著書で、氏は自らの内科クリニックに「不妊ルーム」なるものを設け、16年間に8300人の不妊女性の相談を受けてきたそうである。氏は自分たち夫婦が不妊で悩んだ経験から、婦人科は専門ではなかったが猛勉強をして、不妊に悩む女性の側に立ったアドバイスをしてきたという。その中で、体外受精の数が世界で一番増えている我が国の現状とその問題点を述べているが、解決はなかなか難しいことが読み取れる。
不妊の最大の原因は、働く女性の増加と晩婚化とセックスレスだというが、今の社会情勢からこの流れを簡単に変えることは難しい。そうなると不妊治療の充実ということになるのだろうが、現在の体外受精の治療費は高額すぎて払える人が限られてくる。だからすべてを保険医療にしてしまえば、他の保険医療費と同じようにどんどん値段を下げてくるだろうから、最終的には法外に高くないリーゾナブルな値段になり治療を受けやすくなると思われる。最後のは自分の意見だが、専門とは少し離れた医師の視点も参考になることである。

がんは治療か、放置か究極対決

平成28年11月25日(金)
表題の本はかねてからがん放置療法を提唱している慶応大学医学部元講師、近藤誠氏と東京女子医大がんセンター長の林和彦氏との対談をまとめたものである。近藤氏は「患者よ、がんと闘うな」を著して以来、一貫して現代のがん治療に警鐘を鳴らし続けている。世界中の文献を毎日読み込み、がんの本質からみていかに今の標準とされている治療が患者さんに負担を与えているか、医学界から孤立しても訴え続けている医師である。じつは氏の意見に賛同している医師は結構いると思われるが、立場上賛意を示していない人が大半だと思われる。
一方、林氏は食道外科の名医として知られていたが、自らの意思でメスを捨て内視鏡医、化学療法医、緩和ケア医を経て現職にいるという経歴を持つ異端ともいうべき医師である。氏はセンター内に「化学療法・緩和ケア科」を立ち上げがん治療の第一線で活躍している。
対談を読んで感じたことは、林氏の医療は抗がん剤を使わなければ近藤氏の考えに近いけれど、今の医学界では抗がん剤を使わなければその地位にいられなくなるだろうということである。無論、林氏は抗がん剤を少しは信じているようであるが、近藤氏による世界中の信頼できる文献をもとにした抗がん剤は無効・有害であるという主張を論破できない。化学療法と緩和ケアは対立する概念であり併設は無理であると思うが、氏の立場も難しいところである。
オピオイドという麻薬系の薬は緩和医療にとって奇跡の薬である。痛みだけでなく息苦しさ、けだるさなど終末期のつらい症状をほとんどすべて和らげてくれる。我が国ではこれらの薬があまり使われていない。それに対しても近藤氏や以前に紹介した新潟大学・カリフォルニア大学名誉教授の中田力氏は、すべての人の旅立ちをやすらかなものにしたいと願い、米国ほどではないにしてもせめて欧州並みに使ってもらいたいと考えている。

小児外科教授の講演

平成28年11月18日(金)
九州大学の田口智章教授による「新生児外科における出生前診断の役割と産科医の連携」と題した講演があった。小児外科専門医は外科専門医の5年以上の研修から2年間の初期臨床研修を引いた期間に加えて小児外科専従研修3年以上が必要だという。小児外科学会は、私が所属している日本産婦人科学会の68年に近い53年の歴史があるそうで、この分野のことをあまり知らなかったが、そうなのかと思った次第である。産婦人科と関連のある新生児の疾患は出生前に診断できるものも多く、胎児超音波検査のレベルが上がった現在では小児外科医と連携して、生まれる前から準備して時を移さず手術を行うこともある。
それにしても生まれると同時に手術しなければならないような異常があるとは、なんと過酷な運命を背負っていることだろう。受精して1つの細胞が分裂し60兆の細胞からなるヒトになっていく過程では、細かいことを含めれば何らかのミスが起きて当たり前である。むしろ無事に生まれてくることが奇跡だと思わなければならないのではないだろうか。
明るい話題としては、自然に抜けてしまう乳歯から幹細胞が採取できることがわかり、臨床応用に向けて研究しているということであった。臍帯血移植は実用化されているが、捨ててしまう乳歯がまさか役に立つとは驚くと同時によくぞ見つけたと思ったことである。研究成果に大いに期待したいものである。