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やせ過ぎはよくない

平成17年9月16日(金)
最近生まれる赤ちゃんの体重が減ってきている。この20年間で平均200グラム減っているそうだ。胎児の体重が減るということは胎内環境がよくないことであり、その原因の多くは最近とみに激しくなっている「ダイエット」だそうである。我が国では女性の「やせ願望」が強く、BMIで「やせ」の範疇の20代の女性の割合は20年前の2倍になっている。30代の女性も同様にほぼ2倍になっている。加えて我々産婦人科医のなかにも妊婦健診の際に、体重が増えると怒りまくる医師もいると聞く。
成人病胎児期発症説といって、高血圧・糖尿病などの成人病は胎児期にその素因がつくられるのだという説が提唱されており、世界中で注目されているそうである。それが正しいかどうかはこれからのことだが最近の「やせていれば美しい」という風潮はなんとも不自然である。せめて我々はやせすぎに対して警鐘を鳴らしていかなければならないと思う。

医師は本当のことを言え

平成17年9月13日(火)
「胃がん(スキルス)の発見が3ヶ月遅れたために適切な治療を受ける機会が遅れた」との訴えに対して最高裁は「相当な理由がある」と判断したという。こういった判断が出るのは、医師が長年にわたって「早期発見、早期治療ががん死を減らす」ということを言い続けてきたからだ。
ところががん検診により早期がんは多く見つかるようになっても死亡数はあまり減っていないという現実があり、ことは単純ではないとわかってきた。特に肺がんでは検診の有効性は否定されており、他のがんもおそらく同様になるのではないだろうか。つまりホスト(宿主)側の遺伝子の問題で「治る人は治るが、治らない人は治らない」という、検診を推進する医療側にはきびしい現実が見られるのである。さらに昔から医師は、治るかもしれないからという理由で大きなダメージをあたえる手術、抗がん剤治療を行ってきた。医師も患者も共に、治らないかもしれないということは認めたくないので何とかしようとする。でも実際には治る人は治るがそうでない人は、きびしい治療のダメージだけ残り苦しむのは本人である。
ではどうすればいいのだろうか。一つは治療の有効性、治療に伴う副作用、治療をしてもしなくても予後が変わらないのであればそのことをはっきり公開する、などをすべてきちんとおこなうことである。そのうえで、痛みや不快感など不自由に対する対症療法をいっそうきちんと行えるようにして、同時に精神的な支援を充実させることが必要だと思う。

思いがけない薬の効用

平成17年9月6日(火)
高脂血症の薬が肝細胞がんに有効であるとの論文が報道された。最も有効だったのはシンバスタチンだという。もし各研究者による追試で正しいことが証明されればすばらしいことである。元来、高脂血症薬は本当に必要な人以外に使われすぎていると思っていたのである。ブームとは恐ろしいもので、コレステロール悪玉論はずいぶん長く通用していてコレステロールの値に一喜一憂している人が多かったが、最近ではあまりいわなくなった。いいことである。
薬については当初の目的とは違った疾患に有効なことがわかって使われだしたものも結構ある。かつては喘息の治療薬が早産防止に使われた。この時は早産には経験的に有効とわかっていてもたてまえでは使えなかったのは、その薬が喘息治療薬としてしか保険適応になっていなかったからである。ずいぶん後になって現在使われている薬が保険適応になったが、その成分は喘息治療薬の兄弟分のようなものである。また、我が国の妊婦さんが薬を恐がるようになった大きな原因のサリドマイドは、骨髄腫に効くことがわかり再評価されている。このように薬でも長い目で見なければ評価が定まらないことがあるが、人間ではそれ以上だろう。
本日は台風接近のため午後3時にクリニックを閉めた。次第に風雨が強くなっている。明日は大丈夫だろうか。

健康診断は無効(厚労省研究班)

平成17年8月26日(金)
先日のニュースで、「厚労省の研究班によれば、健康診断にはほとんど意味がないので見直しが必要である」との報道があった。現在行われている健康診断24項目のうち有効なのはなんと!血圧測定と飲酒・喫煙の問診だけだそうである(有効というのはその検査によって本人の寿命が延びる可能性があるという意味である)。飲酒と喫煙は本人の自覚の問題であるからせいぜい「アルコールはほどほどに、タバコはやめましょう」と言うだけであれば本人がその気にならないかぎり意味がない。そうすると「血圧」だけが意味があることになり、血圧は今は簡単に家でも測れるようになっているので「健康診断は必要ない」といっていることになる。
欧米では健康診断などはやってないようで我が国だけの慣例のようである。以前から、この類のことはあまり意味がないからその時間とお金があれば信頼できるかかりつけの医療機関を決めておいて、なにかあればそこに相談して意見を聞いたほうがはるかにいいといつも言っていたのだが、世の中がその方向へ向かうのであれば実にいいことである。そもそも毎日を元気で過ごしている人は医療機関には行かなくて良いのである。どこか具合が悪ければそこで初めて行けばいいのだ。そして信頼できる医師に相談してその人にとって最もいいと思われる医療機関・医師を紹介してもらうか、医師が自分のところで治療した方がその人のために良いと判断したらそうするだろうし無駄なくフォローしてもらえる。かくして患者ーかかりつけ医院ー信頼できる他の医療機関という「良性サイクル」ができあがる。これが逆の方向へ行けばその人にとっては悲惨なことになるだろう。
問題はそのような医者をどうやって見つけるかだが、こればかりは評判を聞いたりして自分で行ってみるしかない。相性もあるのですぐには見つからないかもしれないが、そのつもりでいればいつかは必ず見つかると思う。

HPV(ヒトパピローマウイルス)への対処

平成17年8月9日(火)
細胞診で軽度の疑陽性の場合は、1~3ヵ月後に再検することが多い。ほとんどの場合、同じ疑陽性の状態が続き、精密検査をしても軽度の異型上皮という悪性ではないが正常でもないという結果が多い。特に若い人の場合はHPVというウイルスの感染による細胞・組織の変化のせいであることがわかってきた。そのままにしておくと、ほとんどの場合は疑陽性のままでそのうち正常にもどることも多いが、一部では悪性に進むこともあるので一定の期間ごとに細胞診をしなければならない。これは本人にとっては不安な気持ちになることに加えて、通院の負担も結構大変だろう。異常を見つけても経過を見る以外には方法がないというのは、どう考えても医療側の責任でなんとかしなければならない問題である。
そこで、HPVに効果のある薬を塗ることによりウイルスを殺し、感染細胞が修復されれば細胞診も正常に戻るのではないかと考えた。ちょうど、いくつかの大学で同じ方法の治療をした論文が発表されていたので、軽度の異型性の続く患者さんにインフォームドコンセントの上治療を試みた。細胞診の異常の認められた部位に1~数回薬を塗るだけであるが、副作用はなく患者さんには何の問題もなかった。
その結果は、現在までのところ32例中14例は正常にもどり、13例は変わらず、1例は進行し、4例は脱落例(来院せず)であった。全くの無治療で経過をみた場合と比較しなければならないが、副作用がないことを考えるとなかなか良好な結果だと思う。もう少しこのまま続けてみるつもりである。

ピル普及のためのセミナー

平成17年7月26日(火)
先日医療従事者を対象にしたピル普及のためのセミナーに参加してみた。ピルの会社がスポンサーになっていて、産婦人科の医師とスタッフをターゲットにしてピルを普及させるように啓蒙する試みで、全国各地で何回か行われているようである。会場には結構参加者がいたが、惜しむらくは医師の参加が少なくその大部分はすでにピルを積極的に処方している人ばかりで、頼まれて参加している人たちがほとんどのようであった。私はピルの会社からはいっさい頼まれていなかったが、興味があったので参加したのである。そこで思ったことは、ピルの有効性を認めて処方している医師ばかり集めてもあまり意味はなく、処方していない医師に話をしないとセミナーの目的は果たせないだろうが、興味のない医師はそもそも集まらないから難しいということだ。またいくらピルがいいからとすすめてもユーザーが必要を感じなければこれまた意味がない。なんでも日本は先進国のなかではピルの普及率が最も低く、1,8%で(ちなみに欧米では20~40%だそうである)もっと普及させようということである。
広島で多くのピルを処方している医療機関の一つである当院の感触では、日本でのピルの普及はそのメンタリティゆえに難しいだろうと感じる。最近は若い世代が結構使うようになっているが、ピルは自然に反するとの気持ちの強い世代には論外のようだ。私としては、必要な人には勧めているがこちらから大々的に宣伝してまで出そうとは思わない。

アスベストによる中皮腫

平成17年7月23日(土)
暑い日が続く。午前中は患者さんが多くフル回転で診療する。でも午後は結構ヒマだった。
アスベストによる中皮腫の被害が毎日報道されている。恥ずかしながらここまで危険なこととは知らなかった。学生時代に内科で「アスベストーシス」については習った覚えはあるのだが、塵肺などと同じようなものとしか認識していなかった。アスベストを吸って20年以上経って腫瘍が発生するとは大変なことである。現在は大丈夫と思われていても将来禁止されるものはきっとあるだろう。昔は肝細胞がんの原因の多くがC型肝炎ウイルスであることや、HPVウイルスが子宮がんの原因だとはわからなかった。だから予防接種の注射器の使い回しはあたりまえのことだったのである。小学時代に日本脳炎の予防注射をクラスでならんでうけていたが、一本の注射器で4~5人ぶんの量があった。今は注射針の使いまわしはなくなったが、これに類したことはいつおきるかわからない。

お産は結果

平成17年7月6日(水)
最近は医療ミスについての新聞記事がよくみられるようになっている。増えたわけではなく、情報公開の観点から知られるようになったのだろうが、実際我々も気をつけているが何が起きるかわからないという心配は何時でもある。たとえばある薬を処方した場合、1万人には何も問題なくても1万1人目の人には重大な副作用が発生するかもしれない。こういうのを医療ミスと呼んでもいいかは疑問だが、おしなべて医療は結果を問われるので当事者には医療ミスと感じられるかもしれない。
産婦人科、特に「お産」は結果責任を問われることが最も多い分野の一つである。熟練した医師とスタッフがどんなに慎重に対処してもうまくいかないことがある。一方、何もしなくても問題なく生まれることも多い。以前修学旅行の新幹線のトイレで赤ちゃんを生んだ女子高生がいたが、妊娠は本来何もしなくても順調にいくものである。ただし、一定の比率で重大なことが起こるため昔から新生児死亡率だけでなく妊産婦死亡率も高かったのである。我が国でも昭和20年代までは「産(三)で死んでも苦しゅうない(ばくち場の言い回しー阿佐田哲也、麻雀放浪記より)」というような言葉があったぐらい、妊産婦死亡は多かったのである。経済の発達と医療環境の充実により現在は世界でも最高レベルまでよくなっているのだが、皮肉なことにお産関連の医療裁判は増えているのである。なかにはきちんとやっていたけれど結果的にうまくいかなくて訴えられている場合もあるし、逆にけっこうでたらめでも結果がよくて感謝される場合もあるようだ。前者は気の毒だが後者は今は良くてもいずれ事故をおこすだろう。
我々も日々慎重にやっていきたいと思っている。

医事紛争の本

平成17年6月3日(金)
今日から「とうかさん」である。去年もこの欄に書いたのでもう一年経ったことになる。はやいものだ。天気もいいし人出が多いことだろう。こんな時は流川周辺には飲みに出ない方が無難だろう。
最近手に入れた産婦人科の医事紛争の本によると、大阪府の例であるが半分はお産と新生児にまつわることだそうである。お産は多くは普通に進行して無事に生 まれるが、同時に何が起こるかわからないのも事実である。以前お産をしていた時は、何度も怖い思いを経験した。最初からハイリスクとわかっている場合はそのつもりで準備して対処するが、何も問題なく順調に進行している時は、安心して経過を見ている。そういう時に限って突然危険なことが起こるのだ。一旦危険 なことが起きると母体と胎児の両者の命がかかっている。すばやく的確に対処することが求められる。
中絶に関しての紛争は15%とのこと。いつも注意深く行っているが、危険は常にあると思っている。どんなに安全だといわれている薬でも100%確かものは ないのだ。たとえ百万分の一の確率でも危険が起きる可能性はあるのである。そうは言ってもあまり気にすると何もできなくなるので、今までどおり丁寧にやっ ていくしかないと思う。

治療は慎重に

平成17年4月15日(金)
妊娠中期に子宮の頚管が1,5cm以下の場合早産になる確率が高いことは、以前からわかっていた。それに対して、安静と頚管を縛る手術をすることが行われてきた。ところが最近手術をした場合とせずに経過をみた場合と、早産になる確率は変わらなかったとの論文が発表された。この論文は信頼できる内容であり、 以前に同様の検証をした別のグループの論文と同じ結果となっている。じつは以前に発表された、頚管を縛る手術が早産を防ぐのに有効であるという論文は、症例も少なくたまたまそうなったに過ぎないという意見の方が強くなっているようである。
昔から、その時代時代に流行の治療法や手術が行われてきたが、後になって有効でないとわかって廃れたものはたくさんある。問題なのはその治療や手術が患者さんに苦痛をあたえたり取り返しのつかないようになることである。たとえば切り取った臓器はもう新しくはできず失われたままである。産婦人科でかつて盛んに行われていたが今では全く行われなくなった手術にアレキサンダーの手術というのがある。今から30年以上前まで行われていたが、我々の世代より下の医師はその名前すら知らないはずである。アレキサンダーの手術とは子宮後屈矯正のための手術で、昔は女性の腰痛や生理痛の原因は子宮後屈のせいだと言われていたから、それを治すためと称して行われていたのである。無論当時の医師たちは心からその治療法を信じて、一生懸命治してあげようと努力したのは事実であるが。この治療は有効でないだけで、不都合が生じるわけではないのでまだよいが、そうでない治療はいくらでもある。
我々が子供の頃は一本の注射器で針を換えずに何人もの子供が予防接種を受けていたことを思い出す。ウイルス性の肝炎などの概念のない時代であり、注射針から血液を介してそれらの病気が感染するなどわからなかったのであろう。それよりも子供たちの日本脳炎や結核を防ぐために行っていたのである。血液製剤や輸 血による感染などもそうである。どんな治療法もある程度年月を経ないと、真偽のほどはわからない部分がある。だから一層治療をする時は本当にこれでいいのか何度も考えながら行うべきである。怖れるあまり何もできなくなっても困るが、極力むだなことは検査も含めてしないようにすべきだろう。一生懸命やったからとか、心から相手のことを思ってやったからといって許されるわけではないのである。