平成20年6月28日(土)
40~70歳の人に特定健診(メタボ健診)が義務付けられた。この健診が将来の医療費を抑制できるということで始めることになったようだが、まさに見切り発車である。健康診断(ドックも含む)そのものが生命予後を延ばすとの検証もいまだないにもかかわらず、(延ばさないという論文ならいくつもある)追い討ちをかけるようにはじめられたのである。医療機関にとってはいいかもしれないが、普通に生活している人には迷惑な話である。
病んだ人、病に苦しんでいる人をすこしでも癒すために我々は存在するのだから、今困っている人にこそ時間と人手をかけるべきである。医療機関の数も医師・スタッフの数も限られた中で、健診にそれらを使うのは本末転倒である。本当に困っている人の視点から考えればおのずと答えは決まっているように思う。「過ちては改むるに憚ることなかれ」「君子は豹変す」という論語や易経の言葉に従って、改めるべきであろう。
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メタボ健診
檜垣先生の講演
平成20年6月13日(金)
先日、広島で最も多くの乳癌の治療をされている同門の先輩、檜垣先生の講演があった。我々が医者になった頃と比べて、日本女性の乳癌による死亡数が格段に増えていて、特に40歳台の患者さんが増えている事を実感を込めて話された。それでも欧米と比べて、まだ1/3から1/4ぐらいではあるけれど。
なぜ増えているのかは定かではないが、食生活の欧米化が原因ではないかということである。実際、米国在住の日系人(外国人との混血のない日本人)の乳癌の発症率はほぼ米国人と同じとの統計がある。
今回、いちばん聞きたかったのは、いつも患者さんに「自己検診が大切です。お風呂で月に一度でいいから石鹸をつけて、直接胸を洗ってください。それだけで検診に行くのと同じ程度に発見できます」が本当に正しいのかということであったが、「そのとおりです。間違いありません」とのお墨付きをもらい、意を強くしたことであった。
緊急避妊ピル
平成20年3月29日(土)
当院にはモーニングアフターピルを求めて来る人が結構いる。避妊に失敗したと思った場合に飲むと、90%台(成書によれば97~98%)で妊娠が防げるとの情報を知っているのだろう。実際のところ、一度に中用量のピルを2錠飲み、12時間後に同じく2錠飲むのだが、人によっては吐き気などの副作用がある。低用量のピルでも同様の効果が得られるが、この場合は種類により3~4錠飲むことになる。
どうせなら低用量ピルを毎日1錠飲むほうが避妊は確実にできて副作用もほとんどなく、生理痛や貧血も改善していいのにと思う。妊娠した場合に中絶して傷つくのは女性である。だから、自分の体は自分で守ってもらうためにも低用量ピルを飲むように一生懸命薦めている。
Bakerの仮説
平成20年3月10日(月)
昨日は、広島医師会館で県の産婦人科医会総会がおこなわれた。
講演は医会本部理事による無過失保証制度についての話と広島大学産婦人科の工藤教授による胎児と成人病にまつわる興味深い話であった。
この30年の間に先進国の中でわが国が最もSFDとよばれる小さな赤ちゃんを産む比率が高くなり、満期で生まれる赤ちゃんの体重が平均300g小さくなった。やせた女性が妊娠して、その後体重があまり増えないとSFD児が生まれる比率が増すという。今のわが国ではダイエットがブームとなっていて、欧米の女性から見たらむしろやせているのに、ダイエットをしている女性が多い。これがわが国にSFD児が増えた原因ではないだろうか。問題なのは、SFD児が後に糖尿病などの成人病を発症する比率が高いというBakerの仮説があり、この仮説が正しければ将来わが国は成人病が最も多い国になるかもしれないこと。
やはり、行き過ぎたダイエットは自分だけでなく、子供の将来にまで悪い影響を与えるのではということである。
健診は不要?
平成20年2月15日(金)
子宮がん検診で異常が認められたためいくつかの病院で複数回検査をしたところ、いずれも異常なしの結果が出たものの心配でたまらず当院を受診された人がおられる。
現在のがん検診システムをはじめ、健康診断システムがある限りこのようなことは起こり続けるだろう。第一に、がんの早期発見は本当にがん死亡数を減らせるのか。第二に健康診断によって本当に寿命は延びているのか。今の医療体制がすべて合理的・科学的であるのか。
医学を学び医師になって多くの経験を積むまでは、考えもしなかったことが見えてくるのはある意味つらいことである。やはり我々の仕事は眼の前の病んだ人を癒すために全力をあげることしかないのだと思う。
将来病気になるかもしれないからと、コレステロールだ、血圧だ、糖尿だ、メタボだと常に脅し続けて、現在どこにも不自由を感じていない人たちを受診させることが本当に正しいのか?正しいというデータがあるのか。以前にも紹介したように、医師が介入してもしなくても寿命は変わらないというデータはあるが…健康診断で少し異常値が出たと知らされて死ぬほど心配して受診される人を見るたびに、意味のないむしろ有害なことはせず、本当に役に立つことだけをするようにしないと医学を学んだ甲斐がないと思うのである。
いい薬なのに
平成19年12月26日(水)
分娩誘発について、英米ではPGE2を子宮頚管内に入れることにより、安全でスムーズにお産ができることから、そのように使うことが認められている。
この薬は初めは内服薬として開発され、1時間ごとに1錠内服することで陣痛が起こり、お産がはじまるというものであり20年以上前からわが国でも使われている。ただし、実際に使ってみてあまり有効ではないという印象であったが、頚管内に入れることで熟化を促し分娩の誘発には最適であることがわかってきた。そのため、米英では頚管内に入れることが承認され使われている。現在わが国で承認されている分娩誘発法よりも、はるかに優れていると思われる。
防衛医大の初代産婦人科教授の加藤先生が、この方法の安全性・優位性を基礎からきちんと研究され、データを発表されているにもかかわらず、わが国では頚管内投与の承認どころかその議論さえ起きていない。分娩誘発自体がタブー視されている現状では無理ないかもしれないが、いいものは認めないと結局は患者さんの不利益になると思う。「羹に懲りて膾を吹く」という愚は避けたいものである。
世界最下位
平成19年12月15日(土)
世界のコンドーム市場で20%のシェアを持つ英国のデュレックス社が、41カ国35万人以上の男女を対象に行った2004年の各国セックス比較調査では、フランスが2年連続世界1で1年間に平均137回セックスを行っていたという。それに対してわが国は中国や韓国にも及ばず、連続世界最下位の46回だそうである。
これを見てわが国でエイズの蔓延が世界でも稀なほど少ない理由がわかった。やはり日本人は性的におとなしいのである。こういった客観的な数字をみれば、若者に性教育を!とことさらに言う必要はないのではと思ってしまう。それでもこの狭い日本に1億人以上の人が住んでいるのだから、生殖という意味では問題ないのだろう。なかなか興味深い調査結果ではある。
混合診療の是非
平成19年11月9日(金)
混合診療は違法だとの厚労省の判断に対して違法ではないという司法の判断がでた。
混合診療禁止というのは、保険診療しているときに健康保険で認められていない検査や薬を使ったら、それまで行ってきた診療の費用がすべて保険外になり全額負担しなければならない、という従来の厚労省の解釈である。今回訴えた男性は、がんの治療のため保険診療に加えてほんの少しだけ保険外の薬を使ったために、すべてを自己負担とされてしまった。そこで弁護士に相談したところ国に勝てるはずがないと断られ、自分だけで書類を作成して訴えて勝訴したものである。これはすばらしいことだ。
国民皆保険制度は世界に誇れる制度で、わが国の医療がWHOで世界一と評価される大きな要因である。だからルールは必要であり厚労省と医師会の混合診療禁止の考えはわかるが、制度を守ろうとするあまり硬直化してはダメである。国民の健康を守るための制度が、逆に国民に過度の負担を与えてどうするのか。ものごとはシンプルに考えればよい。その人の健康を守るためにいちばん良いことは何かと考えて、もし混合診療が必要ならそうすればいい。そして、それを悪用する者に対してはきびしく対処すればいいのである。
どんなに完璧な制度を作っても、制度を悪用するの者はかならずあらわれる。今の制度でも、保険上認められているからとの理由で、必要以上の検査や投薬をしているケースもあるのだ。
根津医師のヒューマニズム
平成19年11月5日(月)
諏訪マタニティークリニックの根津八紘医師は、病気などで子宮を失った女性の借り腹出産の手助けをしたと公表した。それに対して、産婦人科学会と弁護士会から非難の決議が出された。その理由は生まれてくる子供の福祉に責任が持てないことと、替わりに産む女性の健康不安があるからだという。
笑止の沙汰である。
医師の使命は目の前の苦しんでいる人を癒すことである。病気などで子宮を失ったが本人の卵子はあり、替わりに出産してもいいという女性がいて医学的にその技術があるなら、いったい誰がその希望を止められるというのか。今も生まれている子供たちすべての福祉を保証できる人などいないし、妊婦さんが100%安全などとだれも保証できないけれど、日々出産は行われている。医療はなべて個人的なことであり、犯罪でない限り納得しあって良識に基づいて行うべきである。当事者でもないのにえらそうに非難の決議を出すべきではない。その点、根津医師の真のヒューマニズムに裏打ちされた勇気ある行動には、心から敬意を表するし、こういう人がいるということはまだまだ人間も捨てたものではないという意を強くする。
無論、産まないという選択をするのも自由であるが、産みたいと思う人の希望を妨げるべきでない。もし、その過程でなんらかの不備がおこったらその時点で検討すればよいのである。親子関係にしてもDNAによる親子鑑定ができる世の中になったのだから、法律もそれに合わせて変えるべきでいつまでも過去の判例にしがみついてはいけない。司法の目的は人々の幸福のためではなかったのか。
がん検診は無効?
平成19年10月12日(金)
症状のない人に行う「がん検診」の有効性についてはさまざまな議論がなされてきたが、検診によりがんは見つかっても寿命はのびないという結論になる可能性が高いようである。
平成17年のわが国の前立腺がんによる死亡数は9千人超で、男性のがんの部位別死亡死因の7番目である。このため前立腺がんの検診にPSA検査を行うようになったが、厚労省の「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究班」は、綿密な調査と研究により「PSA検査は有効でない」と結論づけた。検診による死亡率の減少と、検診で発生する不利益とのバランスを考慮したわけである。当然のように泌尿器科学会からは強い反発が起こった。これと同じようなことは他の臓器のがんについても当てはまると思われ、それぞれの学会から反発が起こることは必至であろう。
それでもきちんとしたデータと研究による論文は、正しく受け入れねばならない。たとえその内容が、医療者や関連企業(製薬会社、医療機器の会社他)にとって不利益をもたらすことであっても否定してはならない。総合的にみて「がん検診」を含めた健診や医療行為が受診者に不利益をもたらすことが明らかになったなら、そのことを広く知らしめたうえで、それでも「がん検診」をするかどうかを一般の人たちや患者さんに決めてもらうべきである。