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超音波検査の安全性

平成25年6月21日(金)
慶応大学客員教授、名取道也氏による上記表題の講演があった。超音波検査は産婦人科、特に産科にとっては必要不可欠のもので、これがなかったら日本中の産科医療はストップしてしまう。自分が医者になった頃、非常に原始的な装置が開発されたが、当時の装置は使い物にならないくらい解像度が低いものだった。でもX線検査やCT検査のような被爆の心配もなく、大がかりな設備も不要で使いやすいことから特に産科領域で爆発的に発展してきた。
超音波の安全性に関しては今までなにも心配したことはなかった。以前と比べて最近の装置は非常にクリアに見えるようになっていて、技術の進歩は素晴らしいと感じていたがその分音波のエネルギーが増しているという。通常の使い方では全く問題はないが、パルスドップラー法は一点に圧が集中するのでかかりすぎないように注意した方がよいとのことである。確かに泌尿器科で使う結石の破砕装置は超音波を使うが、それぐらい強いエネルギーがあるということだ。最近の診断装置がよくなったのは圧を強くしているからだろう。もちろんそのために圧を示す表示があり、それを確認しておけば問題ないようになっているとのことであるが。
自分の所ではパルスドップラーを使っていないのでほっとしたが、新しい視点から超音波検査を考えるきっかけになった。

子宮がん検診のサイクル

平成25年5月30日(木)
米国では子宮がん検診は3年に1回を推奨し、子宮がんの原因となるウイルスがいなければ5年に1回でよいとのガイドラインを発表した。このことは従来の常識から考えると重大な意味を示している。
今まで「がん」は早期発見早期治療が最良であるとの強い思いがあり、そのために検診が推奨され症状のない「がん」が発見され治療されてきた。それで生命予後が伸びれば確かにいいことに違いないだろう。ところがいくら早く発見・治療しても、総死亡率が改善したという証明は世界中になく、むしろ治療によるダメージや後遺症などに苦しめられる人が多くみられることに気付かされるようになった。そのことに対して10数年前から近藤誠医師は「むだな検査・治療をすべきではない」という医学会から総スカンを食うような孤高の戦いをしてきたが、がんを切除すれば切除しないよりも長生きできる根拠がないという彼の主張は実証レベルでは結論が出ているのである。
今回の米国のガイドラインはこの主張の正しさを認めることになっていて、今後世界的には近藤氏の主張の方向に進むと思われる。天動説が正しいと信じられていた時代にガリレオが「それでも地球が太陽の周りをまわっている」とつぶやいたように。

おならについての考察

平成25年5月10日(金)
広大感染症科、大毛宏喜教授の「腸内細菌との上手な付き合い方」というタイトルのユニークな講演があった。ヒトは飲食の際、同時に空気を飲み込みその一部が腸を経ておならとなる。教授が米国に留学していた時に、腸内細菌とおならの関係、においの原因、においの消臭法など研究したことを面白おかしく講演された。
一日のおならの量は男女共に約700ml、なぜ臭いかというと、食物に含まれるイオウと腸内細菌が関係している水素により産生される硫化水素が原因で、同時に出るメタンガスなどは無臭だとのこと。硫化水素はシアン化合物と同じくらい猛毒でほんの少量でも強烈な悪臭がするという。
大毛教授のユニークなところは、この強烈なにおいを消すためにさまざまな実験をした結果、活性炭をブリーフ型パンツにつけるとほぼ完全に消臭できることを発見し、商品化を考えたことである。帰国後、国内のメーカー50社以上にあたったところ、活性炭を織り込んだ布は技術的に作れないと言われた。それでもあきらめずに調べていたら、活性炭より効果は落ちるけれど消臭できる特殊な樹脂を作っているメーカーがあり、試行錯誤の末めでたく消臭パンツが誕生した。その応用で消臭靴下、消臭カバー布、介護の消臭グッズなどが全国に出回っているが、教授は公務員なので1円もお金は入らないという。でもアイデアを出すのが好きなので色々なことを考えているそうで、柔軟な考えの人の話は面白い。

保険の審査

平成25年4月19日(金)
国民健康保険(国保)の審査員を命じられて2期4年、来月でやっと任期が終了となる。うれしいというよりほっとしている。県内の医療機関より提出されるレセプトを毎月専門の係員が点検し、病名に適応のない治療・薬剤などが使用されていると減点するが、これらが適正に行われているかまた医療機関が適正な医療を行っているか審査する仕事である。広島県の産婦人科では国保の審査員は2名である。レセプト枚数は社会保険より少ないとはいえ、わずか2名で県内全医療機関の外来・入院の国保のレセプトを点検するわけで、正直しんどい仕事である。
それぞれの医療施設の医師が真剣に行っている治療に対して、自分ごときが審査することなどできるはずもないが、だれかがやらねばならないので仕方なく引き受けたわけであるが、毎月この数日は気が重かった。この4年間は毎月、レセプトの審査が終わるとほっとするけれど、あっという間に次の月の審査が巡ってくる。それも終わると思うと本当にせいせいしているのが本音である。
審査員をしていると、それぞれの医療機関の方針や医師の治療に対する考え方、治療の姿勢などがレセプトを通じて伝わってくる。さまざまなことを考えさせてくれた貴重な4年間であった。

「解剖学はじめの一歩」

平成25年4月3日(水)
表題は東大医学部の超人気講座をそのまま本にしたもので、13章で構成されており実にわかりやすく簡潔にまとめられたすぐれものである。たまたま見つけて読んでみたがその面白さと内容の深さに脱帽した。
著者は坂井建雄教授で、あの養老孟司教授のあとを引きついで東大医学部健康総合科学科で解剖学を教えて18年、他学部の学生まで聴きに来る超人気講義となり、請われて講義を録音してそのまま本にしたものである。人体の仕組みを簡潔にまとめているが、その背景には膨大な知識と研究成果が感じられ、優れた人は難しいことをわかりやすく説明できるものだと思ったことである。遥か昔、学生時代の解剖学の講義にこのような講座があったら、ちっとも面白くなかった解剖学が好きになっていただろう。人体の関するさまざまな知識の断片がみごとにつながり、人体が動き出すようなそんな気持ちになったに違いない。医療職をめざす人だけでなくそれ以外の人でも必携の書物である。

増崎教授の講演

平成25年3月22日(金)
長崎大学の増崎教授による「いのちの起こりー発生・遺伝・倫理ー」と題した講演があった。ダーウインの進化論から始まって「いのち」についての考えと研究、山中教授のiPS細胞へとつづく流れを説いて面白かった。通常の講演は病気についての治療法が中心で、それはそれで有用なのだが同じような話が多いので食傷気味になる。今回の増崎教授の話は、科学の歴史を追いつつ自身の考えを加えたユニークなもので、ほとんど居眠りせず聞くことができた。
それぞれの時代での生命に関する新たな発見の話を紹介されたが、妊娠中の胎児のDNAが胎盤を介して母胎の血中に入り、母体に影響を与えるという話には驚いた。科学者にとっては常識なのだろうが、知らなかった自分としては生命の流れの不思議さを感じたものである。まだまだわからないことは一杯あるのだろうが、生き物は実にうまくできているものだと思う。何一つムダなものがない。研究すればするほど、巧妙なしくみが解明されることだろう。われわれ産婦人科医は、妊娠という生命の流れにかかわることができて幸せである。

平松教授の講演

平成25年1月31日(木)
わが母校、岡大の平松教授の講演「たかが子宮筋腫、されど子宮筋腫」が行われた。子宮筋腫の手術は産婦人科医にとっては基本中の基本で、だれでも習熟しているはずの手術である。しかしながら、どの手術もそうだと思うが、難しいものはいくらでもありだれも引き受けられないような症例もある。わが平松教授はこれらの困難な手術に挑み、その卓越した理論と技術で成功させていることを示してくれた。
子宮筋腫の手術といってもさまざまなヴァリエーションがあり、筋腫ごと子宮を取ってしまう手術から妊娠できるように筋腫のみを取る手術、肥厚した筋層を均等に切除する手術まであり、妊娠できる可能性を残す手術の方が難しい。これらにも果敢に挑み成功させておられる。また、巨大筋腫があって妊娠した症例の帝王切開、筋腫核出術も提示されたがこんな難しい、一つ間違えれば母児ともに命にかかわるような手術をいったいだれが引き受けてくれるだろう。それでも医療の最後の砦としての責任感から、自分が受けなければと他県の機関病院から紹介されたこの患者さんを受け入れ、きちんと成功させている姿勢に頭が下がる思いであった。
この時ほど我が母校の産婦人科教室を誇りに思ったことはなく、これからもこの姿勢で頑張ってもらいたいと心から思ったことである。

どうせ死ぬなら「がん」がいい

平成24年12月5日(水)
表題は以前紹介した中村仁一医師と近藤誠医師の対談である。二人とも医師として全く違った道を歩んできたけれどもほぼ同じ考えになっていることがわかる。いわく、「死ぬのはがんにかぎる、ただし治療しないで」「がんの9割に抗がん剤は無効」「老化は治療できないのだから医療機関に近づくな」「ワクチンやってもインフルエンザにかかる」「高血圧の基準値の変更で薬の売り上げが6倍になった」「検診はムダだ」など、様々な点で意見が一致している。
思うにお二人とも経験と理論から「がん」「老化による変化」は治せないと確信し、患者に苦しみしか与えない治療を受けないように警鐘を鳴らしているのだろう。そして「こういうことを言えば医療界では村八分になる」とわかっていても言わずにいられない情熱と勇気がある。
1800年代のヨーロッパにセンメルヴェイスというハンガリー人の産科医がいた。彼はウイーン総合病院の産科に勤務していたが、自宅分娩や助産婦が行う分娩と医師が行う分娩では産褥熱の発生率が10倍も違う(助産婦では死亡率3%に対して医師では30%!の死亡率)ことに疑問を持ち調べた結果、医師が手指消毒すればよいことに気づきそのようにしたところ産褥熱は激減した。これを当時の医学会で発表し医師たちに消毒の大切さを説いたが、学会では受け入れられなかった。ウイーン総合病院の任期が切れ除籍した後、妊産婦の死亡率が3%から30%に増えたのを見たセンメルヴェイスは、各病院をまわり消毒の大切さを説いたが相手にされず悲惨な最期を遂げた。のちに彼の説の正しさが追証され「院内感染予防の父」と呼ばれるようになった。
近藤医師、中村医師とセンメルヴェイスは同じように思える。

漢方治療について

平成24年11月16日(金)
大分大学の漢方治療に熱意を持っている先生の講演があった。産婦人科の講師で周産期部門の責任者であるが、10年ぐらい前から漢方にはまっているとのことである。漢方の講演はいつものことであるが、効果のあった症例を提示されるので、漢方は良く効くんだと思ってしまう。雑誌などで「私はこのエキスを飲んだら癌が治った」という記事を見ることがあるが、その人にとっては本当のことかもしれないが再現性がないことが問題である。その先生も全面的に効くとは言われないが、西洋医学で効果のない場合に使うとのことで結構信頼しておられるようであった。
そこで「何例中何例に効いたのですか」と質問してみたが、その答えはあいまいであった。漢方薬は遥か昔から使われているので効果があるのは確かだと思う。問題はどの程度効くのか、副作用はどうかであるがいまだにはっきり示されていない。そのため欧米では「ローカルドラッグ」ということで使われていない。使っているのは日本だけではなかろうか。中国で使われているかどうか知らないが。西洋医学がすべて良いとは言わないが再現性において勝っていると思う。

男性不妊の最近の話題

平成24年10月26日(木)
いぐち腎泌尿器クリニックの井口裕樹先生の上記表題の講演会があった。男性不妊の治療を行っている専門医は少ないので、貴重な話が聞けて興味深いことであった。内容はおおむね理解していたことであったが、実際に男性の精巣から精子を取り出す手術の手技の話など面白い話題がたくさんあった。
不妊の男性にはED(勃起不全)が多いというのはうなずける話で、その対策としてバイアグラなどの薬の詳しい説明があったが、その話になると会場の多くの医師たちの目が輝いたように見えたのは気のせいか。EDの原因は多くの場合が心因的なものだそうである。もともと性的に活発でない男性が、うまく勃起せずセックスできなかった場合いっそうひどくなるという。そういう場合にこれらの薬が有効であるが、それなしにはできなくなる男性が多いらしい。まことに男性は繊細であると思ったが、それに関連してタイミング法という排卵日に合わせてセックスをするよう指導するのは、男性にとっては難しいのではないかと思っていたが、井口氏もそのように話しておられた。アメリカではタイミング法はもうやっていなくて、2日ごとにセックスするよう指導しているそうである。その方が妊娠率が上がるという。私はかねてより3日ごとにするよう指導してきたが、実際、性的に活発でない男性にはそれでも難しいのではないかと危惧しているところである。