平成21年6月10日(水)
サイモンとガーファンクルが来日して大阪でコンサートをするそうだ。同世代の友人知人が何人も行くそうである。高校時代にはじめて聞いた「サウンドオブサイレンス」は衝撃的であった。以来、彼らの創り出すメッセージを含めた高い音楽性の曲たちは、我々を魅了し続けた。そういう人たちでコンサート会場は埋め尽くされることだろう。
青春期に影響を受けた音楽は、いつまでもその人にとって魅力を持ち続けるものである。最近よしだたくろうが復活しているし、矢沢栄吉も健在である。一方、かつてファンだった歌手が年をとって衰え、声が思うように出なくなったのにテレビのリバイバル番組で歌うのを見るのは無残である。大切にしていた思い出が壊されるようで、きっとその歌手も自分の衰えがわかっていると思われ、お互いにつらいことだ。サイモンとガーファンクルはどうなのだろうか。
カテゴリー 好きなもの
サイモンとガーファンクル
田中一村展
平成20年11月29日(土)
時間がとれたので、連休を利用して奈良、京都へ行ってきた。目的は、奈良明日香村の万葉文化館で開催されている「生誕百年記念 田中一村展」を見るためだったが、紅葉の季節だしついでに京都をまわってくればいいと思って、急遽計画したのだった。さすがにこの時期は宿がとれず、はじめは大阪のビジネスホテルしかあいてなかったが、出発5日前に奈良公園入り口にあるホテルがキャンセルでうまくとれて幸運だった。奈良は大混雑で、申し込んでおいた奈良観光バスツアーが大幅に遅れたが、おかげで若草山からのすばらしい奈良の夜景を見ることができた。
翌日の京都も大変な人で、清水寺などの有名なところは大混雑なので避けて、午前中に紅葉のきれいな穴場、金福寺、詩仙堂を巡ったが、ゆっくりと紅葉を堪能できた。昼前に雨が降ってきたので、少し早めに予約しておいたレストラン「おくむら」でランチ、秋を満喫できた二日間であった。
チキンガーリックステーキ
平成20年6月21日(土)
梅雨に入りうっとうしい日が続く。この時期は健康診断、ドックなどで異常を見つけられて来院する人が多い。ほとんどが取るに足りないことばかりで、心配して来られる患者さんが気の毒である。健診システムそのものの見直しと、健診の義務付けの法律改正が必要である。
「チキンガーリックステーキ」というふざけた名前の男声6人のコーラスグループのコンサートに行ってみた。マイナーなグループだがその歌唱力はすばらしく、思わず帰りにCDを2枚買ってしまった。なんでも結成18年になるそうで地道に活動を続けているらしいが、すばらしいハーモニーがあり実力充分と思われるのにメジャーにはなれないようだ。実力があるので、もっと知られるようになってほしいものである。
野田弘志展
平成19年10月3日(水)
先日、ひろしま美術館で開催されている「野田弘志展-写実の彼方に-」に行ってきた。リアリズムを追求したその作品群は、一つひとつが思わず足を止めていつまでもじっくり見たくなる作品ばかりである。まともに鑑賞したら一日ではすまなそうである。以前、田中一村の作品集を見たとき以上の驚きがあった。この作品展は全国5箇所で行われてきたそうだが、その最後の開催地が広島だったことは、野田氏の本籍が広島県でありさらに広島市立大学の教授をしていた関係だろうが、ありがたいことである。これだけの作品を一堂に集めることはなかなか難しいのではないだろうか。今度はいつ見られるかわからないので、開催最終日10月21日までにもう一度行ってみようと思っている。
父親へのレクイエム
平成19年7月26日(木)
久しぶりに中島みゆきのCDを聞いてみた。初期のアルバム「臨月」の中に「雪」というとても美しい曲がある。「雪 気がつけばいつしか/なぜこんな夜に降るの/いまあのひとの命が/永い別れ私に告げました…」これは彼女が24歳のときに亡くなった父親へのレクイエムだということを最近知ったので、もう一度聞いてみようと思ったのである。ちなみに中島みゆきの父親は北海道帯広の産婦人科開業医であった。発表した当時この曲を聴いた時には、慕っていた恋人を想って作った空想の中の作品だとばかり思っていたが、父親へのレクイエムとわかって聞くと改めてしみじみといい。
昔、ラジオの深夜放送を聴いていた頃、吉田拓郎がパーソナリティをしていた番組で「昨日親父が亡くなりました。歌を作ったので聞いてください」と言ってギターを弾きながら唄ったのが「おやじの唄」で、感動的であった。同じ頃、森本レオの「親父にさようなら」というモノローグの曲も、父親に対する深い愛情が感じられてよかった。津村信夫の詩集「父のいる庭」も読みかえしてみると本人が35歳で亡くなっていることを考えると、いっそうなんともいえないあじわいがある。
旅行は国内
平成19年2月9日(金)
若い頃は旅行といえば、まだ行ったことのない所を訪れることが第一の動機だった。だから珍しいところならどこでも行ってみたいと思っていた。子供が小さい頃は、子供の喜びそうなところを考えて旅先を決めたものだった。
今は、なんといっても「美味しいものがあること」と「歴史を感じることのできる名所・旧跡があること」さらに「時間を取られずに行けるところ」が大切である。だから、行ってみたくなるのはその条件を満たす所ということになる。そうでなければわざわざ行かなくてよいのである。だから海外にはあまり行きたいと思わない。ヨーロッパは歴史もあり条件は合っているがなにしろ遠すぎる。行きと帰りにあの狭い飛行機の中でそれぞれ半日以上費やすのは、なんともうんざりする。それだけ時間をかけて往復するのなら、ある程度長く滞在しなければもったいない。せめてアジアぐらいの距離なら行ってみたいが、まとまった休みがとれない。結局、国内旅行ということになるのである。さらに、今は和食がいちばんおいしいと思うし、世界中の食を取り入れた日本の食文化はすばらしく、いながらにしてなんでも食べられるのでわざわざ時間とお金をかけて海外へ行く必要がないのである。
臥竜山の紅葉
平成18年11月4日(土)
今年は例年になく暖かいが、さすがに今月に入ってからは朝夕の冷え込みが感じられるようになった。
昨日の文化の日は県北の「臥竜山」へ紅葉を見に出かけた。これから一ヶ月ぐらいが見ごろだろう。途中一面すすきの原があってなかなか風情があった。秋は収 穫と豊穣の季節であるが、他方では紅葉に見られるように冬に向かう前の炎のゆらめきの季節でもあり、消えてゆくはかなさを感じさせられるのである。とはい えまだまだ仙人の境地にはなれず、三越の地下で仕入れた「たこつぼ」のうな重に舌づつみをうったのは愛嬌であった。
ブランデンブルグ
平成18年10月25日(水)
秋も深まってきて、東北地方ではもう紅葉が見られるという。今年は近場でもいいからぜひ紅葉を見たいものだ。紅葉というとなぜか思い出す詩のフレーズがあ る。高村光太郎の「ブランデンブルグ」の「金茶白緑雌黄の黄」という一節である。彼の日本語をざっくりと削ったような表現は強く心に残るものである。
「ブランデンブルグ」の底鳴りする/岩手の山におれは棲む。/山口山は雑木山。/雑木が一度にもみぢして、/金茶白緑雌黄の黄、/夜明けの霜から夕もや青く淀むまで、/おれは三間四方の小屋にいて、/伐木丁々の音を聞く。
堀口大学「秋のピエロ」
平成18年9月26日(火)
朝夕は冷えるが日中は汗ばむほどで、今日は何を着て行こうかと迷う気候である。それでも確実に秋は深まっているようで、空の青さが深いと感じる。秋につい ての詩歌は他の季節より多いようで、やはりこの季節はこころの琴線に触れる事象が多いのだろう。秋の初めと中ごろ、晩秋はそれぞれ違ったおもむきがあり、 それぞれに味わい深いものがある。合唱曲にもなっている堀口大学の「秋のピエロ」はそもそも我が国にはいないピエロを主人公にして、その道化の奥にある悲 しみを晩秋のもの悲しさに重ねて表現している。
泣き笑いしてわがピエロ/秋じゃ!秋じゃ!と歌うなり。/O(オー)の形の口をして/秋じゃ!秋じゃ!と歌うなり。/月のようなる白粉(おしろい)の/顔 が涙をながすなり。/身すぎ世すぎの是非もなく/おどけたれどもわがピエロ、/秋はしみじみ身にしみて/真実涙をながすなり。
藤沢周平と鮨
平成18年8月19日(土)
時代小説には秀逸なものが多く、最近は藤沢周平の作品を読んでいる。文章は簡潔でリズムがよくすっきりしている。たとえれば、「とくみ鮨」の鮨を食べたよ うな味わいがある。「とくみ鮨」はクリニックの近くにある小さな鮨屋であるが、透明でいて芳醇な鮨を食べさせてくれる店である。時代小説も鮨も日本独特の 文化であるが、いずれもすばらしいもので日本に生まれたことを感謝しながら味わって行きたいものである。



