カテゴリー 日誌

昼食には肉を

平成20年8月5日(火)
暑い日が続くので、いささかばて気味である。
最近、肉が食べたくなることが多く、とんかつ、ステーキなどを結構食べている。ちょっと前までは魚ばかりだったのに、夏ばてのせいだろうか実に肉が旨く感じる。実は今日も昼とんかつを食べてしまった。お気に入りは「れんが亭」と「菊屋」だが、このところ「菊屋」の方へ足が向く。ここのとんかつは独自のソースとあいまって、後をひく味である。
大好きな「一楽章」のカレーにもビーフをダブルにしてもらっている。ビーフはサイコロステーキにして入れてくれるので、しっかりスパイスの効いた、深みのある味わいのカレーとあいまって、実にうまい。こんなことを書いていたら、また食べたくなった。

岡田正彦著「がん検診の大罪」

平成20年7月30日(水)
新潟大学医学部教授の岡田正彦氏による「がん検診の大罪」という著書がある。この中で氏は、がん、高血圧、糖尿病など死因の最も多い病気について、正しい統計的手法を用いて、現在行われている検診、治療がほとんど無意味であると提言している。
内容は正確で反論のしようがなく、逆にそれらの検診や治療を勧める側に分がないと思われる。これらのことは以前より慶応大学放射線科講師の近藤誠氏が縷々述べていることと一致しており、まじめに医療に取り組んでいる医師たちの中にも賛同者は増えていると感じられる。斯く言う私もその一人である。
医師の仕事は患者さんを癒すことであり、わずかに寿命が延びたとしても、それが耐え難い苦痛の末に得られるものであれば、すべてを患者さんに話して治療を受けるかどうか自分で選んでもらうべきものであろう。少なくとも自分について言えば、検診は受けたくないし、むだな治療もしたくない。
根拠のないメタボ健診についても言及しており、どうしてこんな無意味な、医療機関だけが利するようなことをするのか理解しかねる。間違いがないのは、医者にかかるのは体の調子が悪い時だけにして、薬もできるだけ使わないようにすることである。

国内産うなぎ?

平成20年7月25日(金)
昨日は土用の丑の日。例年なら暑い夏を乗り切るために、うなぎを食べることになるが、今年はその気になれない。
新聞によれば、国内産うなぎとして全国で昨年1年間に売られたうなぎの総トン数は、業者が申告した国内産うなぎの総トン数の倍近い量だという。つまり、「国内産うなぎ」と称して売られたうなぎの半数は中国その他からの輸入品なのだ。
「国内産」を名乗るには次のような取り決めがある。つまり、外国から輸入したうなぎでも、外国で育った日数以上に国内で育てられれば「国内産」を標榜できるのである。この取り決めすら守らない業者が多いのである。
「国内産」なら高く売れるから偽装するのだろうが、我々消費者が求めているのは、安全で質のよいものである。決して「国内産」にこだわっているわけではない。最近の中国産の食材に大いに問題があるのは報道でも明らかであり、中国の業者に質のいいものを提供してくれる誠実さがあるなら「中国産」のほうがより求められるだろうに。

連日の猛暑

平成20年7月19日(土)
連日の猛暑である。クリニックにいるとわからないが、患者さんや出入りの業者さんの暑そうな様子から、戸外の暑さが感じられる。クーラーがなければとても耐えられないだろう。
クーラーのない時代には、東京のお金持ちは軽井沢などに避暑に行っていたそうだが、確かに都会は田舎と違って緑も少ないし住宅も密集しているので特に暑い。以前、神戸市北区に1年だけ暮らしたことがあるが、そこは避暑地にふさわしい涼しさであった。裏六甲にあったその家にはそもそもクーラーがなかったし、別段それほど必要とも思わなかった。ただし、冬の寒さはこたえたので、ストーブを買い足したぐらいである。有料トンネルを使えば三宮まで10分ぐらいの立地なので、通勤できる避暑地として使っていた人も結構いたのではなかろうか。
広島で通勤もできる避暑地といえばどこだろう。今開発している西風新都は、立地と交通の便からは裏六甲に似ているように思う。

研修医制度の功罪

平成20年7月11日(金)
新聞によれば、小児科の研修医が大都市に集中し、地方には一人もいない県もあるという。現在の研修医制度が、厚労省の主導でできたときからこうなるのはあたりまえだと思っていた。
研修医は早く一人前の医師になりたい気持ちが強いので、最も勉強するし修練を積みたいと思っており、そのための最適の施設のある大都市の病院に集中するのは当然であろう。一体だれが、僻地の設備の少ない、充実していない施設を希望するだろうか。
今の研修制度ができるまでは、研修医の大多数は大学病院の自分の目指す科に入局してキャリアを積んでいた。歴史ある大学はいずれも研修制度が充実しており、何年間かかけてその人物に適した研修を行う。その大学が責任を持って派遣する病院が、大都市から地方までたくさんあり、それらの施設を過不足なくまわらせることによって、さまざまな経験をつませ、医師としてのバックボーンをつくるようにするのである。
明治以降、わが国に最も合うように長い時間をかけて作り上げられたこの大学医局制度を、厚労省は壊してしまった。小泉改革という名のもとに、アメリカの真似そのものの研修医制度を無理やり作ったのである。今になってあわてて医師を増やすとか、僻地に行くための医師を養成するとか、できもしないことを言っているが、もとの大学医局制度に戻せばいいのである。今ならまだ医局制度を経験した医師が大学にいるし、すぐに以前のようにできるだろう。でも、あと10年もすれば戻すことすらできなくなってしまう。厚労省は今こそ決断してほしい。

夏休み

平成20年7月4日(金)
今日は朝から晴れていて、梅雨明け宣言はまだ出てないが、すっかり夏の日差しである。いつもこの季節になると田舎で川や池、たまには海に泳ぎに行った記憶がよみがえり、もうその元気はなくなったがなんとなくそわそわしてくる。
特に中学時代は夏休みには部活がなければ、ほぼ毎日裏山のため池に泳ぎに行ったものである。帰りには、卓球台を使わせてくれるお寺に寄って卓球をして帰る事が多かった。今から思えば元気なもので、体力は中学高校時代が最もあったと思う。今では2時間もテニスをすれば、もう充分運動した気になって早く冷えたビールが飲みたくなるという、なんとも情けないていたらくである。とはいえ、適当に体を動かして、うまい酒・食事ができるうちが花なので、当分はこのままで行きたいものである。

メタボ健診

平成20年6月28日(土)
40~70歳の人に特定健診(メタボ健診)が義務付けられた。この健診が将来の医療費を抑制できるということで始めることになったようだが、まさに見切り発車である。健康診断(ドックも含む)そのものが生命予後を延ばすとの検証もいまだないにもかかわらず、(延ばさないという論文ならいくつもある)追い討ちをかけるようにはじめられたのである。医療機関にとってはいいかもしれないが、普通に生活している人には迷惑な話である。
病んだ人、病に苦しんでいる人をすこしでも癒すために我々は存在するのだから、今困っている人にこそ時間と人手をかけるべきである。医療機関の数も医師・スタッフの数も限られた中で、健診にそれらを使うのは本末転倒である。本当に困っている人の視点から考えればおのずと答えは決まっているように思う。「過ちては改むるに憚ることなかれ」「君子は豹変す」という論語や易経の言葉に従って、改めるべきであろう。

チキンガーリックステーキ

平成20年6月21日(土)
梅雨に入りうっとうしい日が続く。この時期は健康診断、ドックなどで異常を見つけられて来院する人が多い。ほとんどが取るに足りないことばかりで、心配して来られる患者さんが気の毒である。健診システムそのものの見直しと、健診の義務付けの法律改正が必要である。
「チキンガーリックステーキ」というふざけた名前の男声6人のコーラスグループのコンサートに行ってみた。マイナーなグループだがその歌唱力はすばらしく、思わず帰りにCDを2枚買ってしまった。なんでも結成18年になるそうで地道に活動を続けているらしいが、すばらしいハーモニーがあり実力充分と思われるのにメジャーにはなれないようだ。実力があるので、もっと知られるようになってほしいものである。

檜垣先生の講演

平成20年6月13日(金)
先日、広島で最も多くの乳癌の治療をされている同門の先輩、檜垣先生の講演があった。我々が医者になった頃と比べて、日本女性の乳癌による死亡数が格段に増えていて、特に40歳台の患者さんが増えている事を実感を込めて話された。それでも欧米と比べて、まだ1/3から1/4ぐらいではあるけれど。
なぜ増えているのかは定かではないが、食生活の欧米化が原因ではないかということである。実際、米国在住の日系人(外国人との混血のない日本人)の乳癌の発症率はほぼ米国人と同じとの統計がある。
今回、いちばん聞きたかったのは、いつも患者さんに「自己検診が大切です。お風呂で月に一度でいいから石鹸をつけて、直接胸を洗ってください。それだけで検診に行くのと同じ程度に発見できます」が本当に正しいのかということであったが、「そのとおりです。間違いありません」とのお墨付きをもらい、意を強くしたことであった。

和のゆたか姿

平成20年6月7日(土)
とうかさんのゆかた祭りなので、クリニックの近くをゆかた姿の若い女性が結構歩いている。うちわなど持って、なかなか風情がある。それに引き換え、男性のスーツなどはどうもいただけない。
高温多湿の日本では、やはり着物がいちばん合っていると思う。衣食住それぞれ、その土地・気候に合って発達してきたのだから、我々は木と紙の家に住んで着物を着て魚と米を食べるのが最も無理がないのかもしれない。明治以降、欧米の様々な生活習慣や文化が入ってはきたが、代々受け継がれてきたDNAが簡単に変わるはずもなく、たとえ若い頃は洋服を着てコンクリートの家に住み、肉を食べワインを飲んでいても、年をとれば自然に和の世界になじんでいくものと思われる。自分も着物を着てみたいと思うことがある。もちろん、いかの塩辛で日本酒を飲むのは大好きである。やはり和に還るのである。