カテゴリー 日誌

暑い日でもしっかり食べる

平成16年8月9日(月)
暑い日が続く。こう暑いと食欲も減退するが、こういう時こそしっかり栄養補給して乗り切らねばならない。今まで食欲がないと感じたことはほとんどないが、嗜好は少しずつ変わってきた。つまり、肉大好き人間から、魚好きになってきたのだ。焼肉やステーキもいいが、鮨や魚料理もさらにいいと思うようになってき たのである。加えて野菜のうまさにも目覚めてきた。
うなぎも好物であるが、こってりした焼き方よりも上品な感じの方がうまく感じる。そごうの10階の「伊勢定」が好きだったのだが、今年正月過ぎて行ったらなくなっていた。また、立町に持ち帰り専用の美味しいうなぎ屋があったのだが、これも最近なくなってしまった。さびしい限りである。好みはあるだろうが、美味しいものは誰でもそう思うようで、これらの店がなくなって残念に思っている人が何人もいることがわかった。
食べられるうちが花なので、体重オーバーもなんのその、しっかり食べていくつもりである。

かわいい「まろ」

平成16年8月7日(土)
我が家には「まろ」という名のラブラドールが1/4入った雑種の犬がいる。今3歳だが、人なつっこくて少し抜けているところが大いに受けていて、皆にかわいがられている。ちょっと目には怖そうだがいたって友好的で、すぐにすり寄ってきてなでてやるとゴロンと横になり前足をまげて後ろ足を開く。「おいおい、お前はメスなんだから足を開くのはやめなさい」と言っても聞く耳を持たない。なでるのをやめると前足をのばしてもっとなでてくれと要求する。甘えきっているのだ。
玄関の近くにつないでいるので、夜遅く帰って来る時はあいそをしてくれる。口からアルコールのにおいがするからか、前に座ると両前足を私の肩にかけて私を動けないようにして、顔中をペロペロと舐めまわしてくる。しっぽはちぎれるほど振っている。酔っている時は思わずこちらも舐め返してやるといやそうな顔をする。充分舐めまわしたからもういいだろうと家へ入ると、「ガブッガブッ」と水を飲む音がする。いつもそうする。きっと私の顔が塩辛いのだろう。塩分補給の意味もあるのかもしれない。
私が「まろ」をかまうのは主にこの時だけであるが、うちでは家族全員大いに「まろ」に癒されているのである。

久しぶりの患者さん

平成16年8月4日(水)
今日は何年も来院していなかった人が多かった。久しぶりでも来院してくれるのはありがたい。思わず「その後お変わりありませんでしたか」と聞いてしまう。いつでも、いつまでも相談してもらえるような存在になりたいと思っている。だから、久しぶりでも来院して相談されるとうれしいのである。困った時にあそこへ行って相談すればなんとかなる、と思ってもらえればこれにまさることはない。

日々のあれこれ

平成16年8月2日(月)
雨が続くとこの間までの暑さがうそのようで、まさに干天の慈雨であるが、あまり続くとこれも困る。一昨日の夜は台風が広島に上陸したそうであるが、ちょう ど飲みに出ていた。こんな日は客が少ないだろうと思っていたが、あにはからんや、どの店も結構繁盛していた。わからないものである。
今日は朝から待合室のエアコンの調子がよくない。時々アラームが表示されるので、また点検が必要である。暑い日でなくてよかった。
若い女性の生理不順はよくみられるが、治療が必要なケースは少ない。多くは排卵障害によるものであるが、もともと排卵が不規則なケースと、ストレスなどによる一時的なものなどが大半で、前者ならそれこそなにもしなくてよいし、後者なら待っておれば回復する。ただ、早く妊娠したい場合は、排卵誘発剤を使って排卵を促す。排卵は妊娠の時は必要であるが、それ以外のときはそれほど問題になるわけではない。排卵がなくても必要なホルモン量が分泌されていれば大丈夫なのである。

医療事故の多い産婦人科

平成16年7月31日(土)
医療事故が多い科は産婦人科であるという。実数では内科、外科、整形外科なども多いようだが、割合でいうと産婦人科が多いのである。そしてその多くは妊娠、出産時の母と子に関することである。
当院はお産をしてないので、事故の起こる可能性は低いのであるが、お産をしている医療機関は万全の注意を払っているにもかかわらずいろんな事がおこる可能性があるのである。これはそもそもお産がそういうものだからだ。妊娠ー出産のどの時でも、何が起こってもおかしくないという危険を秘めている。これは産科に携わった者であれば肝に銘じていることと思う。ところが多くの場合、なにもしなくても無事に生まれる。だから、世間ではお産は無事に生まれてあたりまえと思っていることだろう。そのために、何かが起こった時に産科医の責任といわれるのである。
実際はどれだけ注意していてもどうしようもない、不可抗力によるものも多いのがお産である。産科は妊娠ー出産というめでたいことを扱う科であるが、24時間待機しておかなければならない科でもある。これらの所為なのだろうか、産婦人科医はじりじりと減っている。もっと増えていかないとお産ができなくなってしまわないだろうか。

エアコンの故障

平成16年7月29日(木)
暑い日が続き、エアコンがなければ一日も過ごせそうにない。以前クリニックのエアコンが故障したことがあり、困ったことがあった。クリニックのエアコンは全部で7台あり、2系統に分かれているのだが、そのうちの1系統が故障したのである。幸い待合室の方の系統は大丈夫だったのだが、かなり不便であった。それにしても今年の夏の暑さは異常である。これが天変地異や政情不安の前触れでなければよいが。
言葉の問題。以前この日誌に「正鵠を得る」と書いたことがある。あとで、「?」と思って辞書を調べてみたら「正鵠を射る」が正しく、「正鵠を得る」も併記 してあった。とりあえず誤用ではないらしいが、汗顔の至りであった。言葉は難しいが、私は昔の漢文調の言葉が次第に好きになっている。年の所為か。

字が下手で困る

平成16年7月27日(火)
最近の紹介状や返事はワープロによるものが多くなった。確かに読みやすく、バックアップもし易い。ただ、診察中に書くのはどうしても時間がかかり手書きになってしまう。手書きだと字の拙さがわかってしまう上に読み取りにくい個所もあるかもしれない。
以前病院に勤めていた頃は、他の医療機関からのたくさんの紹介状とともに院内の他科からの紹介状もあり、またワープロの紹介状は少なくほとんどが手書き だったこともあって、色々な字を見ることができた。ある先生はうまくはないが丁寧だったり、ある先生はまさに達筆で日頃の印象が5割方アップするように感 じたり、あの優雅な先生がこんな字をと思ったりさまざまであった。
あるえらい先生はとんでもない悪筆で、紹介状の内容がほとんど読めないのである。縦にしたり横にしたり、ためつすがめつ眺めてみるがさっぱりわからない。仕方がないので患者さんに全部くわしく聞いてみるのだが、肝腎の検査の結果などは本人もよくわかってないし、第一どんな検査をしたかがとぎれとぎれにしかわからない。その先生は開業医であったが、院内のスタッフはカルテの字が読めたのだろうかと思っていた。同僚の医師に聞いてもやはりその先生の紹介状は読めないようで、困っている様子だった。
このようなこともあり、字は下手でも読めるのが一番と思っているが、礼状などを書く時はさすがに字の練習をしておけばよかったと後悔するが、いざ練習をするとなると面倒でやらない。かくして何時までたっても字が下手なままなのである。

今日も一日お疲れ様

平成16年7月24日(土)
もう1週間が終わろうとしている。なんと早いことか。光陰矢のごとし。盛年重ねては来たらず、一日再びあした成り難し、時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず。
小学生時代の1日は今の1週間以上の感覚である。このままぼやっとしているうちに年老いてしまうのだろうか。それもいいか、無理してもしょうがないし、という気持ちと、なにをいってるのだ、これからではないかという気持ちが半々である。後者の気持ちが強いのが若い時で、前者の気持ちが強いのが老いた時だろうか。なにはともあれ今日も一日お疲れ様でした。

柳原和子著「がん患者学Ⅱ・Ⅲ」

平成16年7月22日(木)
「がん患者学Ⅱ・Ⅲ」を読了。作者の柳原和子氏は医療にも深い関心を持ってきたジャーナリストであるが、自ら母親が発症したのと同じ年(47歳)に母親と同じ卵巣がんになり、それも腹水や胸水がたまりほとんど絶望的な状態からよみがえり、渾身の力をこめて書き上げた作品である。
がんと宣告された時の気持ち、治療を始めてその苦しさと治療効果に一喜一憂する時、また医師との気持ちのつながり、代替医療にはしる思い、他の患者との交流、アメリカではどうなのかなど克明に記している。そしてその時々の心の動きを包み隠さず書いていて、読んでいると患者さんの思いは自分が想像していたのとは違うと感じることが多かった。みんな死と実際に向き合うまでは、そのことを考えずに生きていてそれが自然で健康なのであるが、一旦死が現実のものとなるとうろたえじたばたする。でも、死はすべての人に例外なく訪れる。今までに死んでいったすべての人は、一人一人さまざまな思いを抱えながら逝ったのだろう。
人は病気になった時に治してもらおうと医師にかかる。でも治らない病気もいっぱいある。特にがんは人を絶望的にする病気である。治らない、治る可能性がきわめて低いとわかった時、我々はどうしたらいいのだろうか。この著書で思ったことは、人は希望無しには生きられないということである。たとえ明日死ぬとわかっていても希望がなければならない。絶望的な病気の人に対して、おざなりでない希望を示すことができるのは、強さと深い人間愛がなければならないだろう。本当に難しいことである。著者は最近がんが再発したとあとがきに書いていた。私はただ祈るだけである。

横浜へ行ってきた

平成16年7月20日(火)
18.19日と連休だったので横浜へ行ってきた。こういう時でないとなかなか出かけられない。実は土曜日に妊婦健診をしていた患者さんが中期で破水したという連絡が救急よりあり、急遽市民病院にお願いして入院治療をしてもらうようにしたので、行くのを中止しようかと思っていたのである。夕方外来が終わって様子を見るために病院に行ってみたが、今回はもう難しいようで病院におまかせするしかないようだった。前回診察した時は異常なかったのに、感染によるもの らしい。こういう時は前回の診察に見逃しはなかっただろうかと考えて、もう一度内容をカルテを見ながら検討する。どう考えても見逃しはない。では事前に予 想する方法があっただろうかと思ってみるが、なかなか難しい。結局、気が重かったが予定通り出かけることにしたのである。ちょうど山下公園で花火大会があり、どこからあらわれたのかと思うぐらいの人の波であった。すべての予定を終えて日曜の夜新幹線で帰宅。4時間でも座りっぱなしは結構疲れる。
今日は非常に暑い日だったようだが、新患が多かった。また一週間が始まる。