令和7年3月21日
昨日は春分の日、暖かさが少しずつ増してきて今日はもう春のようである。梅は満開でもう散り始め、桜の開花が待ち遠しい。
先日、チケットを頂いたので崇徳中学高等学校グリークラブの定期演奏会に行ってみた。崇徳高校の男声合唱団は以前から有名で、素晴らしい演奏を聞かせてくれていた。以前にも一度聴きに行ったことがあるが、今回は女声も入っているのに驚いた。女声があるほうが音の広がりはいいのだが、男声だけの荒々しさ、繊細さはわからなくなる。でも、女声だけのステージ、生徒企画ステージ、広島オルフェン賛助ステージなど盛りだくさんの企画で充分楽しませてもらった。圧巻は卒業生合同ステージ(男声合唱)の組曲「月光とピエロ」だった。この曲を初めて知ったのは40年以上前の大学合唱団に所属していた時で、セカンドテナーで歌ったのである。作曲者清水修氏の重厚なハーモニーは学生たちの心を捉え、今でもステージに載せられている。
久しぶりに生の男声合唱を聞き、春のいいひと時を過ごせた。
カテゴリー 日々是好日
春が来た
三寒四温
令和7年3月13日
3月に入るとさすがに暖かくなってきて梅のつぼみもほころんできた。日曜日、某所にむさしの弁当を携え梅見に行った。天気が良かったので寒くなく、7分咲きの紅梅・白梅を楽しむことができた。梅見の場所はいくつかチェックしていて、時に応じて楽しむわけである。梅が終わると桜の季節で今から楽しみである。
2月は寒かったので自転車通勤がおっくうになり、カミさんに送ってもらうことが多かった。自転車に比べると実に楽で、帰りはバスを使うが自宅近くに停留所があるので快適だ。中央通りから乗るのだが、自分の乗るバス以外は混んでいて大変そうだが、大学病院行きはいつも座れるのがありがたい。このところ自転車通勤は週1~2回になっているが、暖かくなったらまた復活したいと思っている。毎日歩数計をチェックしているが最近は3千~5千歩くらいしか歩いていない。休日はできるだけ歩くようにしているが、なかなかはかどらない。困ったものだ。
料理の話
令和7年2月20日
学生時代は簡単な自炊をしていたけれど今は全く料理をしなくなっている。でも、やはり料理をすることも必要だと思って土井善晴「土井家の一生もん2品献立」を買って作り始めた。初めは「豚肉の生姜焼きと落とし卵の味噌汁」で、材料の買い出しから始めて何とか作ることができた。次はビーフステーキ、いんげんとキャベツの蒸しサラダを添えて、マグロのカルパッチョ、ピザ、スパークリングワイン、次は親子丼とわかめの味噌汁、初めてにしてはまあまあだったが、料理を作るのは結構面白いことに気付いた。しばらくはいろいろ作ってみようと思っている。以前、近藤文夫の天ぷらの本を買って天ぷらに挑戦したことがあったが、面倒なうえに揚げてすぐ食べないと美味しくないのに自分が食べられないのがイヤでやめてしまったことがある。それらも含めて改めて始めてみようと思っているが果たしてどうなるか。結構ハマったりして。
ウオーキング
令和7年1月28日
令和4年2月、コロナ感染で入院した後から脚力が落ちたように感じるので、できるだけ歩くようにしている。仕事があるのでなかなか歩数が稼げないが、毎日スマホの歩数計を見て少しでも増やそうと思っている。休日は比治山を歩いたり、買い物も市内中心まで歩いたりしている。部屋に踏み台を置き、昇り降り運動もする。いろいろやっていると少しずつ脚力が回復してくるのを感じることがあり、素直にうれしい。退院してパスタの店の掘りごたつ風のテーブルで、立ち上がるのが難しかったことがあった。市内電車に乗るときに足に力が入らず転んだこともある。今は大丈夫だが回復には時間がかかるものだと思った。
休日は1万歩以上、普段は6千歩以上歩きたいと思っているが天気によっては無理なこともある。父親は92歳になる直前に亡くなったが、90歳の頃から杖を突いてそろそろとしか歩けなくなっていた。足から衰えるというが、ウオーキングは脚力維持のためにも大切なことである。
週刊新潮
令和7年1月21日
毎週買って読むのは週刊新潮である。連載しているエッセイ・コラムも面白いものが多く、一通り読んで「うまいな!」と思うことがよくある。たとえば五木寛之氏の「生き抜くヒント」であるが毎週よく話があるなと思うが、レベルが保たれていて御年を考えればすごいことだ。今回は「川柳的正月風景」と題して面白い話を展開している。最後に金沢で目にした一句を披露している。「気に入らぬ風もあろうに柳かな」確かに名作だ。
里見清一氏の「井の中の蛙」もいい。緻密な頭脳とやさしさが感じられる医学を中心としたエッセイで、考えさせられることが多い。佐藤優氏の連載もいいし、燃え殻氏のエッセイも思わず読んでしまい「うまいな」と思う。渡辺明棋士と吉原由香里棋士の「気になる一手」もいつも棋譜を目で追って考え、回答を見る。坂上忍氏の「スジ論」は氏の硬質な意志と動物への愛情が感じられて必ず読む。桜井よしこ氏の「日本ルネッサンス」高山正之氏の「変見自在」も実に面白い。週刊新潮が好きだ。毎週読むのが楽しみである。
新年おめでとうございます
令和7年1月6日
今年もよろしくお願いします。
1月4日から診療を開始したが、休み明けのせいか忙しい半日だった。今年も今までと同じ姿勢で診療をするつもりである。今年は院内の内装の手入れと電子カルテの導入を考えている。タイピングが指一本でしかできないので、果たして電子カルテが使えるか心配だけれど、厚労省が2,030年からは紙カルテ廃止を言っているので仕方ないことだろう。従来の保険証も使えなくなりマイナンバーカードに紐づけされた保険証になるのだから、マイナカードを導入していない医療機関は診療できなくなるのである。
今は当院は現金だけを扱っているが将来はカードやペイペイを使えるようにしないとだめなんだろうと思っている。今まで何の問題もなくおこなってきたことが変わってしまうのも時代の流れなのだろう。今はほぼ全員がスマホを持つ時代だが、こんな時代が来るなんて子供の頃は考えたこともなかった。電話、メール、カメラ、動画、ゲームなどほとんど何でもできるコンピュータを子供まで持つようになるとは!これから先どうなっていくのか予測がつかないというのが正直な気持ちである。
令和6年をふり返って
令和6年12月26日
令和6年はあっという間に過ぎた。文字通り矢のように過ぎた一年だった。年を重ねるごとに時の過ぎるのが早いとはいえ、ついこの前新年を寿(ことほ)いでいたのに、もう大晦日かと思う。
今年も今まで通りの診療ができてよかったが、周辺では閉院する施設がふえてきて、「もうやめる」という声も聴くようになった。開院して28年目に入ったが、自分ではまだまだやりたいと思っている。一貫しているのは予約診療をせず、今困っている人を診ることを第一にしていることと、検査の結果は電話で済ませることで、患者さんがわざわざ結果を聴きに来なくていいようにしていることである。薬も必要最小限にして、余計な検査はしないことも今まで通りである。この姿勢でこれからもやっていくつもりなので、来年もよろしくお願いします。
広島市長公室
令和6年11月29日
先日、市役所の市長公室で広島市公衆衛生事業功労者の表彰式が行われ、どういうわけか私も選ばれて出席した。広島市の医師7名、歯科医師3名、薬剤師2名の12人(欠席2名)が集まった。市長公室は秘書室に続く広い部屋で調度もしっかりしていて、思わずスマホに写したがさすがだと思った。松井市長の挨拶に続いて一人一人に表彰状と記念品が授与され、市議会の母谷議長より祝辞があり閉会、記念撮影が行われて表彰式は終了した。
医師会の仕事で市役所に通ったことはあったが、市長公室のある階に行ったのは初めてだし公室も初めてで、さすがに政令指定市は立派なものだと思った。松井市長には毎年、平和祈念式典であいさつをされる姿をテレビで伺っているが直にお会いするのは初めてで、人をそらさぬ優れた人物だと感じた。いずれにしてもこのような機会は二度とないだろうから、貴重な体験をさせてもらったと思ったことだった。
現地同門会
令和6年11月15日
昨日、岡山大学医学部産婦人科広島支部現地同門会(長い名称だ)が開かれた。30数年前に中電病院に赴任してきて以来、毎年参加しているが顔ぶれも年齢構成も変わってきた。以前は岡山から医師を派遣していた病院(ジッツという)は、広島市民病院・赤十字原爆病院・中電病院・逓信病院だったが、今では広島市民病院だけになっている。それに伴って部長クラスの医師がいなくなって、退職したり高齢で出席しなくなった人たちが増えてきて市民病院の若い医師たちと、我々年寄の2極の年齢構成になってしまった。会員数は28名、出席者は18名、最長年齢医師は97歳でお元気、乾杯の音頭をとられた。
自分は名簿の10番目(卒業年度で決まるので本当は7番目くらいであるが)なので、まだまだ上の人がいる。出席者は皆元気で、そうでなければ出席できないだろうがたいしたものである。これからもこの会は続いていくだろうが、縮小していくのは免れないだろう。そう思わせられるひと時であった。
秋深き
令和6年11月8日
このところ朝夕が冷えてきた。自転車通勤のため冷えないようにしているが、昼間は結構暖かい(暑い)ので服装選びに困っている。今年は富士山頂の積雪が観測史上最も遅いそうだが、地球温暖化の影響だろうか。いつまでも暑いと思っていたが急に寒くなって、秋を味わう暇がない。
秋深き 隣は何を する人ぞ 芭蕉の句が思わず浮かんでくるような秋の日になったが、一瞬のことだろう。すぐに冬の季節になってしまうに違いない。豊穣の秋を寿ぐ暇もないだろう。でもこの短い秋を味わい尽くしたいものである。先日、高梁市の吹矢ふるさと村に行き、広兼邸を見学した。1800年頃に小泉銅山と硫酸鉄の製造を営み、大きな富を築いた庄屋、広兼氏の邸宅は、城郭のような石垣と大きな屋敷が残っていて、当時の富裕ぶりを今に伝えている。こういうのを見るのが大好きなので、訪れたかいがあったと思った次第である。神辺のうなぎの店「竹馬」もよかった。また行ってみたいものだ。