カテゴリー 本

「建築家のすまいぶり」

平成28年7月14日(木)
表題は主に住宅建築を手掛けている建築家、中村好文氏の著作で、6年間に24軒の建築家の住宅を訪ねて家と住まいぶりを紹介したいわば住宅見学記である。氏は幾多の住宅の設計をしてきたが、50歳を前にして学生時代に憧れた20世紀の住宅を訪ねてみたいと思っていたところ、それを聞きつけた住宅雑誌の編集者が中村氏に「住宅巡礼」と題したルポを連載したらと勧められ、6年にわたって世界各地に現存する氏の意中の住宅を訪れこの本が完成したわけである。
それぞれの家の正確でわかりやすい設計図(イラスト)と外観・内部の写真・住まいぶりがきちんとまとめられていて、活字を追っているとその家にいるような気持ちになるすぐれもので、住んでいる人の暮らしぶりも垣間見える非常に濃い内容の本である。これらの家の多くは建築家自身が設計し自分で住んでいるもので、建築家の自邸には傑作が多いことがわかる。自宅であれば依頼者の顔色をうかがうことなく自分の思い通りに設計でき、自分の全知識・思想・センスなどを表明できるからだろうとのことである。文章の中に今は亡き住宅建築の星、宮脇檀氏の名前が出てきたりして、ファンとしてはうれしいことであった。

平松洋子著「食べる私」

平成28年5月28日(土)
著者は料理や食、生活文化などの執筆活動を行っているエッセイストで、表題の本は2012年から足かけ3年かけて29人の著名人に「食」を中心にした話を聞いてまとめたものである。
まず、ひきつけられたのは、それぞれの人に食べ物を語ってもらうことを通して、いつの間にかその人の真実に触れてしまうようになる著者の力量である。もちろん話を聞く前にはその人のことを著書も含め詳しく調べているけれど、本音を引き出す力は著者のこれまで生きてきた総合力だと読みながら納得している。映画「かぞくのくに」で数々の賞を受賞したヤン・ヨンヒ映画監督の章では、一家の過酷な運命に驚き涙しそうになるが「疲れたときは、オモニ手製の鶏のスープを飲むと元気が出て、ほっとします」という言葉に救われた気持ちになる。マラソンの高橋尚子氏の章では、「食は私の命そのもの」と言い切る氏のこれまでの選手生活と今のスポーツキャスターとしての生活が、食を通して語られマラソンに対する思いが伝わってくる。圧巻は芥川賞作家でのちにポルノ小説家に転じた宇能鴻一郎氏の章で、著者が話を聞いた時70代後半だった宇能氏のこれまで公表されていない少年時代の「食」と「官能」の一体化の記憶が語られていて、息をのむ思いがした。
著者の作品は本屋ではよく目にしていたが、読んだのは初めてだった。これを契機に他の作品も読んでみたいと思う。

「過剰診断」

平成28年2月26日(金)
表題は米国ダートマス大学医学部教授、H・ギルバート・ウェルチ氏他2名の著書で、副題は「健康診断があなたを病気にする」である。健康診断や人間ドックが当たり前になっているのは日本だけかと思っていたが、アメリカ人も早期診断が好きらしい。もちろん我が国のように職場で強制的に健康診断を受けさせられる制度はないようだが、個人的に健康に気を使って早期診断を望む人は結構いるようである。アメリカでは危険因子の発見、疾患啓発キャンペーン、がんのスクリーニング、遺伝子検査などが行われていてそれをありがたがる人が多いという。
以前は具合の悪い人だけが医者にかかっていたが、高血圧の薬を処方する基準を下げた頃から「将来具合が悪くならないように」という理由で現在なんにも異常を感じない人にも検査を行い、あらかじめ薬を出すようになった。医療パラダイムの変化である。そしてこの流れは、医療経済の拡大と並行して異常の定義そのものが徐々に拡大しているためいっそう悪化しているという。なぜこのようなことが起きるのか、多くの人にとって診断を受け薬を処方されるメリットがない現実を、データを示して説明している。
我が国にもきちんとしたデータに基づいて健康診断のデメリットを示している医師たちもいるが、「健康診断は必要だ」の声にかき消されている現実がある。アメリカにもこのような誠実な医師たちがいることに安堵したことである。

看取り先生の遺言

平成28年2月5日(金)
表題はフリージャーナリスト奥野修司氏が、末期がん患者のための在宅ケアに邁進していた岡部健医師が進行した胃がんで亡くなるまでの9か月間にわたる聞き取りを、岡部医師の遺言として著したものである。
1950年生まれの岡部医師は宮城県立がんセンター呼吸器科医長、肺がんの専門医として腕を振るっていたが、治すことのできない多くの患者に出会い病院での治療に限界を感じたため1997年に岡部医院を設立、がんや難病患者のための在宅緩和ケアを始めた。設立時は数名のスッタフだった医院も、岡部医師が亡くなる2012年には医師や看護師、ソーシャルワーカー、鍼灸師、ケアマネージャーなど95名のスタッフが宮城県名取市、仙台市などを中心に年間300名以上を看取るようになって、国内でもトップクラスの在宅緩和ケア専門の診療所に育っている。
肺がんの専門家でありながら在宅緩和ケアのパイオニアとして2000人以上を看取った岡部医師が自ら「死の準備」をするかのように9か月間語った内容は非常に重くて深い。死を覚悟せざるを得なくなったときに、死という闇へ降りて行く「道しるべ」がないことに気づき愕然としたという。医療者だけでなく宗教者と共に「道しるべ」を示そうと臨床宗教師を創ろうとした。末期の患者の多くが「お迎え」という不思議な現象を体験することに興味を持ち、グループと専門家で調査をして論文として表している。氏の遺書ともいうべきこの著書は、志を同じくする医療者のためだけでなく、一人ひとりがいずれあの世に旅立つときの道しるべになると思われる。

「談志が死んだ」

平成28年1月30日(土)
表題は立川談志の初期からの弟子、立川談四楼の著書で、著者の惚れぬいた談志師匠が平成23年、75歳で亡くなるまでのあれこれを小説の形で書いたもので、このたび文庫本になったので早速買い求め読んでみた。
立川談志は参議院議員を務めたこともあり、落語界だけでなく政界財界芸能界など幅広い人脈を持った、芸人として魅力的な人物である。売り出し中の頃、紀伊国屋書店主の田辺茂一氏や作家吉行淳之介氏たちとの交友は、中公文庫の「酒中日記」に何度も出てきて、当時の文壇サロンの状況が見て取れる。談志が落語協会を飛び出して「立川流家元」になる前からの弟子である著者は、談志を最も長く見つめてきた弟子であり、ある意味では親子のような関係であった。その「親」である談志の行状の良いところや思い切り理不尽なところなどは、小説の形でなければ書けないだろう。談志についての本はたくさん出版されているが、小説の形で書いたこの本は読後感の良い優れた作品だと思う。

¥1円の古本

平成27年12月4日(金)
突然、半村良の「妖星伝」を読みたくなったので家の書棚を探してみたが、全6巻(後で第7巻が追加された)揃えていたはずなのに第1巻しか見当たらない。そうなると第2巻以降をいっそう読みたくなりブックオフで探してみた。20年~30年前頃ベストセラー作家だった半村良の作品は当時、本屋の文庫本の棚に一杯並んでいたが、今では古本屋でも探すことが難しいことがわかった。アカデミー書店他、数か所回ってみたけれどせいぜい1冊ぐらいしかなかった。ついでに西村寿行、高木彬光の本も探してみたがほとんどなかった。確か西村寿行は作家の長者番付で1位になったぐらいの流行作家だったはずである。
アマゾンで調べてみると、古書で出ているので注文してみた。なんと!1冊1円で出品されていた(中には91円というのもあった)が、信じられない値段である。ただし送料が257円かかるという。月曜日に注文したら木曜日には1冊だけは届いた。トレッシングペーパーのカバーがかけてあり、出品者「いちょう企画」の仕事には好感が持てた。それにしても便利になったものであるが、流行作家の賞味期間はなんと短いことかと思ったことである。

立川談春著「赤めだか」

平成27年11月19日(木)
本屋に行った時にたいてい寄るコーナーの一つに、落語関係の本が収められている棚がある。以前、上田文世著「笑わせて笑わせて桂枝雀」を見つけたのもその棚で、たまに名著・珍著に出会うので見逃せない。
「赤めだか」は、著者が高校卒業直前の17歳で立川談志に入門して、前座から二つ目になるまでのあれこれを書いた、立川談春の青春記である。昔から「青春記」が好きで、いろいろな人の著書を読んだが、この本は著者の素直な気持ちを淡々と表した文章が心地よく、一気に読み終えた。立川談志に関する書籍、落語のCD、DVDなどは多数出版されていて結構持っているが、この本は弟子の立場から書いた出色の著書である。
「赤めだか」とは、その頃談志の家で飼っていた金魚のことを、弟子たちが餌をやってもちっとも大きくならないのでそう呼んでいたところから、一人前になろうとしてもなかなかなれない自分たちになぞらえての題名だろうが、的を射た言葉である。まだ何者にもなれない、なれるかどうかもわからない世に出る前の不安と、一方では漠然とした根拠ない自信の間で揺れ動く心境こそが青春時代なのだろう。

久坂部羊著「人間の死に方」

平成27年10月29日(木)
表題は医師で作家の久坂部氏が、自身の父親を在宅で看取った顛末を記した新刊書である。氏の父親も医師であったが医療を信用していないので病院にかかることはほとんどなく、自由気ままに生きた。息子である著者との関係はすこぶる良好で、家族関係が良いことがやすらかな在宅死を可能にしたのだろう。
著者の久坂部氏は大阪大学医学部を卒業後、外科専攻したけれど思うことがあって外務省に入り、日本大使館の医務官となって9年間の海外勤務をした後、現在は高齢者医療にかかわりながら作家活動をしている。筆名は父親の姓と母親の旧姓からとったもの(久家+坂部)だと思われるが、著者の両親とくに父親に対する思いが文章から感じられて本当にいい家族だと想像させられる。氏の祖父母、曽祖父母も(父方も母方とも)病院ではなく自宅で亡くなったそうで、珍しいことである。きっとそのような星のもとに生まれた一族なのだろう。
内容に共感する部分が多く、一気に読んでしまった。

ええ加減でいきまっせ!

平成27年9月5日(土)
タイトルは医学雑誌「日本医事新報」に大阪大学病理学教授の仲野徹氏が連載しているエッセイの題名である。「日本医事新報」の歴史は古く、大正10年(1921年)発刊以来、今日まで続く息の長い雑誌で、中電病院に勤務していた頃から読んでいるので、もう20年以上親しんでいることになる。ずっと旬刊だったのが少し前から週刊になっているが、仲野氏が毎週エッセイを載せるようになってもう60回を超えた。毎回、興味深い話や日常感じたこと、氏の専門の世界でのトピックスなどが絶妙の筆致で描かれていて、いつも楽しみにしている。
興味深い本の紹介もあり、最近で最も面白かったのは「病の皇帝「がん」に挑む」で、氏が「これまで読んだ医学・生物学の本の中でベスト3に入る」とまで絶賛していたので早速アマゾンで取り寄せて読んでみた。著者のシッダールタ・ムカジー氏はインド出身の腫瘍内科医で、スタンフォードからオックスフォードを経てハーバードからコロンビアとすばらしいキャリアがあり、この本でピューリッツァー賞を受賞している。これまでに人類がどのように「がん」に挑んできたかあますところなく書かれていて、実に興味深く読んだ。もし仲野氏のエッセイ(仲野氏の尽力で我が国でも翻訳・発売された)を読んでいなければ知らなかったので感謝である。

永井忠孝著「英語の害毒」

平成26年8月18日(火)
盆休みも終わり月曜日から診療の再開である。休みの間読んだ本のうちの一冊が表題の青山大学経営学部准教授の永井忠孝氏(専門は言語学)の著書である。我が国の英語重視と英語教育の低年齢化に対する疑問をデータに基づいて指摘している。現在、英語が世界公用語になっていてどの国も英語ができなければどうしようもないことになっている。実際のところ、英語を日本語と同じように使えるようになるのは至難の業で、そのためにどのくらいの時間と努力が必要かと考えると気が遠くなる。英語を母国語とする米国と英国はその時間と努力が必要ないので有利この上ない。コミュニケーションさえできればネイティヴのように話せなくても問題ないし、機械翻訳でも十分用が足せるので過剰なまでの英語教育はいかがなものかという。
我が国の白人に対する羨望意識がなくならない限り、英語がカッコいいという意識がなくならない限、り英米の優位は続くことだろう。ケント・ギルバート氏の新刊「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」にももっと日本人は自国の歴史と現状に自信を持つべきだとの指摘があり、まさに的を射た内容だと思ったことである。