平成29年7月7日(金)
表題は産婦人科医師で漫画家の茨木保氏が「日本医事新報」に連載している4コマ漫画である。この雑誌は開業医の多くが購入している週刊誌で、創刊は1921年、実に長く続いている医学雑誌である。勤務医だった頃、病院の図書室で医学誌を調べているとき偶然見つけて読んでみると、専門的なことから一般のことまで幅広い記事が載っているだけでなく、巻末に求人広告や求縁希望などの欄があり面白いので以後時々読んでいた。開業後は月刊の医学雑誌の購読はしていたが、廃刊したものや内容が今一なのでやめたものなどあるが、「日本医事新報」だけは止めずにずっと購読している。
「がんばれ!猫山先生」は産婦人科医の茨木氏自身が開業した後になかなか経営が軌道にのらない苦労などを漫画に託して描いていて、多くの読者の共感を得ているのである。さらに氏のやさしさとギャグの面白さが秀逸で、新規開業の前に読んでおくべき本の一冊に推薦されている。毎週1話が載っているが100話を超えるごとに1冊にまとめられて発売され、今回で第5巻がめでたく発売された。開業医をしながらよく毎週描けるものだと感心しているが、雑誌が届くと初めに読むのはこのマンガでいつもほっとする気持ちになる。ファンとして氏にはずっと掲載を続けてほしいものである。「がんばれ!茨木先生」
カテゴリー 本
「がんばれ!猫山先生」
日本地図2017年版
平成29年6月23日(金)
本屋で立ち読みしていたら成美堂出版の上記の地図本を見つけた。政治・経済・産業から文化・スポーツ、社会・交通などさまざまな分野の情報を都道府県ごとに分けて示していて、わかりやすいので思わず買ってしまった。
広島県は面積は11位、人口は12位であり総人口286万人のうち広島市に119万人が住んでいる。一人当たりの県民所得は306万円で10位、学力テストも10位だそうである。意外だったのは日本酒の生成量で1位は兵庫(灘、他)2位が京都(伏見、他)3位が新潟でわが広島(西条、他)は10位だったことである。先日も千葉から来られた教授との会食で「3大日本酒生産県の広島・西条の酒をどうぞ」と勧めていたが訂正しなければならない。
がん罹患率(死亡率ではない)では女性が全国4位、特に乳がんが4位なのは検診が他県よりもしっかり行われているからだろうか。大学等卒業者の就職率は広島は5位であるが耕作放棄地率は全国3位である。ちなみに1位は山梨、2位は長崎である。他にも高速道路のガソリンスタンド空白区間だとか最高速度引き上げ(110km~120km)の区間はどこかなど面白いことが満載である。
厚労省の出している「国民衛生の動向」はきちんとした緻密な資料であるが、この地図本のようなわかりやすいものもいいと思う。
新潮45特集「私の寿命と人生」
月刊誌新潮45は興味深い記事が結構見られるので注目しているが、6月号の特集「私の寿命と人生」は共感することが多かった。著名人たちの現在の状況や死生観などが述べられているが、医師で作家の久坂部羊氏による「実際の長生きは苦しい」は高齢者医療に携わっている氏の本音であり腑に落ちる内容である。元気のままで長生きできると思っている人が多いがそれは夢想であり、実際は体が弱り機能が衰え、生き物としてダメになっていくのを実感するのが長生きだという。がんにせよ心臓・脳血管障害にせよ老化によるものなので自然の寿命なのである。それをなまじ病院などに行けば無理やり死を遠ざけられ想定外の苦しみを味わうことになる。病院に1,2か月通っても良くならなければ医療は無力とあきらめたほうがいいという。作家で津田塾大学教授、三砂ちづる氏の「末期ガンの夫を家で看取る」も、昔から生まれるのも死ぬのもあたりまえのように家で行われていたことで、生も死も身近なものだったのだと実際に夫を家で看取ることで実感したという。夫は痩せてしまい食べられなくなっていたが、最後まで今日死ぬとは思っていなかったと思うし、亡くなるその日まで普通に話して心を通わせることができ、そしてふっと向こうに行くように死が訪れたという。
特集の最後に102歳で現役のフォトジャーナリスト笹本恒子氏を紹介している「100歳の肖像」という記事は、それまでの普通の人の老いの困惑、寿命についての記述と比べてあまりの違いに驚いた。笹本氏は100歳を超えても元気で仕事をしており、あの有名な現役医師、日野原氏と双璧をなす生命力があり、まさに持って生まれたものという他はない。寿命にはさからえないとあらためて思った次第である。
「文豪の素顔」
平成29年5月12日(金)
表題の本は写真をふんだんに使って明治・大正・昭和の文豪と言われる作家たちのエピソードを紹介したもので、既刊の「文豪の家」「文豪の風景」に続くシリーズ第3作である。樋口一葉から山本周五郎まで31名の作家について掲載しているが、見たことのない写真がたくさんあり結構楽しめる。芥川龍之介自身が気に入っていた若き日の写真はテニスの錦織圭選手にそっくりだったり、宮沢賢治と妹トシの幼い頃の写真とその妹が教師になったころの写真(その後すぐに亡くなるのだが)など興味深いものが満載である。
現在では「文豪」という言葉は使われなくなったのでこの言葉に違和感のある人は多いと思う。「文豪」という言葉にふさわしい作家の筆頭は夏目漱石だろうが、確かに当時の最高の頭脳を持ったオピニオンリーダーであり、人生を深く見つめ身を削るようにして作品を発表し49歳で亡くなったがいまだに根強い人気がある。掲載されている31名の作家で長命の人は少なく、樋口一葉は24歳、石川啄木は26歳、宮沢賢治でさえ37歳で亡くなっている。当時は結核で亡くなることが多かったとはいえやはり文章を書く仕事は健康にはよくないのだろう。
自分がかつてこの本に載っている作家たちの作品を読んだ頃のことを思い出しながら写真とその解説文を見ると、何とも言えない面白さがある。
鳥集徹著「がん検診を信じるな」
平成29年3月3日(金)
上記の著者・鳥集(とりだまり)氏は医療問題を中心に活動しているジャーナリストで、タミフル寄付問題やインプラント使い回し疑惑などをスクープしてきた。現在も週刊文春などに多数の記事を書いているが、20年近くがん医療の現場を取材し数多くの専門家の意見を聞き、諸外国のデータなども検討した結果、現在日本で行われているがん検診が有用ではなくむしろムダな検査や治療をしてしまう恐れがあることを訴えている。特に芸能人ががんになりがん検診が必要だと訴えると、多数の人が安易に健診を受けてしまいかえって不利益を被ると警鐘を鳴らしている。これは20年以上前から「患者よ、がんと闘うな」「健康診断は百害あって一利なし」と主張している近藤誠医師とほぼ同じ意見であるが、著書の中では近藤氏に対しては一部批判もしていて氏とは別の方向からこの結論に達したと述べている。
いずれにせよこれだけきちんとデータを出しての主張だと反論は難しく、欧米諸国の医療の流れから見てもがん検診や健康診断は止めて希望者のみの任意にするべきだろう。がん撲滅をめざして朝日新聞社が支援して設立された「日本対がん協会」などにも転換期が来ているのではないだろうか。
きたやまおさむ著「コブのない駱駝」
平成29年2月10日(金)
上記の著者は伝説のグループ、ザ・フォーク・クルセダーズで一世を風靡し、その後精神科医となり診療所を開業、九州大学の教授も務めた北山修氏が、専門の精神分析を駆使して著した自伝である。京都駅前の開業医の長男として生まれた著者の心の軌跡を余すところなく述べていて、フォーク全盛だった当時の空気を思い出して懐かしく、共感できる部分も多かったがそれ以上に北山氏の懐の深さに尊敬の念を覚えた。
自分より6歳年上の北山氏が大学生の時に結成したグループによる「帰って来たヨッパライ」が深夜放送を中心に若者に受け大ヒットしたのは自分が中学から高校生になる多感な頃であった。当時はラジオの深夜放送「ヤンリク」「ヤンタン」「パックインミュージック」などを聴くのが日常生活の一部になるほどで、自分たちの音楽を自分たちで作り演奏することが最高だと思っていた。北山氏の詩集は共感する内容が多く、いくつかの詩に勝手に曲を付けて歌っていた記憶がある。
北山氏と加藤氏は2002年に期間限定でフォークルを再結成、坂崎幸之助氏を加えて演奏会を開いたが、大阪での演奏会のチケットを手に入れることができ実に懐かしく十分楽しませてもらった。会場で売っていた二度と手に入れることができないこの演奏会のCD「新結成記念・解散音楽會」は私の宝物である。
「人はどうして老いるのか」
平成29年1月20日(金)
表題は京都大学教授などを歴任された動物行動学者、日高敏隆氏の著書である。副題が「遺伝子のたくらみ」でヒトがなぜ老いるのか、老いとはどういうことなのかを遺伝子を基にして考察している。氏は以前から興味深い著作を多数出されているが、どれも面白いものばかりである。「チョウはなぜ飛ぶか」、ローレンツ著「ソロモンの指輪」の翻訳など、すでに古典的名著となっているものも多い。
動物たちはそれぞれの個体が自分の遺伝子を持った個体を多く残すことを「目指して」生きている。ヒトも例外ではなく適応度が高いほど多くの子孫を残せるが、適応度が高いことは「多産」であっても長生きできることとは別であるという。遺伝子集団は自分たちが生き残れるように、進化の途上で周到なプログラムを組み立ててきた。それぞれの個体はプログラムどおりに成長し、子孫を残して死んでいくが、このプログラムは固定的なものではなく「選択」によって変化するため最終到達点までいかないこともある。これについて氏はロールプレイングゲームを例にとってわかりやすく説明している。ゲームはすべてプログラミングされていて、個々のプレーヤーの選択によっては最後まで進めないことがしばしばみられるが、遺伝子のプログラミングもこれと同じだという。
実にわかりやすい説明で、すべて遺伝子集団のプログラムどおりなら「老い」はどうしようもないことである。もっとも、難しく考えなくても昔から皆あたりまえのことと思っていることではあるが。
不妊治療の不都合な真実
平成28年12月16日(金)
表題の本は、こまえクリニック院長である内科医、放生勲氏の著書で、氏は自らの内科クリニックに「不妊ルーム」なるものを設け、16年間に8300人の不妊女性の相談を受けてきたそうである。氏は自分たち夫婦が不妊で悩んだ経験から、婦人科は専門ではなかったが猛勉強をして、不妊に悩む女性の側に立ったアドバイスをしてきたという。その中で、体外受精の数が世界で一番増えている我が国の現状とその問題点を述べているが、解決はなかなか難しいことが読み取れる。
不妊の最大の原因は、働く女性の増加と晩婚化とセックスレスだというが、今の社会情勢からこの流れを簡単に変えることは難しい。そうなると不妊治療の充実ということになるのだろうが、現在の体外受精の治療費は高額すぎて払える人が限られてくる。だからすべてを保険医療にしてしまえば、他の保険医療費と同じようにどんどん値段を下げてくるだろうから、最終的には法外に高くないリーゾナブルな値段になり治療を受けやすくなると思われる。最後のは自分の意見だが、専門とは少し離れた医師の視点も参考になることである。
がんは治療か、放置か究極対決
平成28年11月25日(金)
表題の本はかねてからがん放置療法を提唱している慶応大学医学部元講師、近藤誠氏と東京女子医大がんセンター長の林和彦氏との対談をまとめたものである。近藤氏は「患者よ、がんと闘うな」を著して以来、一貫して現代のがん治療に警鐘を鳴らし続けている。世界中の文献を毎日読み込み、がんの本質からみていかに今の標準とされている治療が患者さんに負担を与えているか、医学界から孤立しても訴え続けている医師である。じつは氏の意見に賛同している医師は結構いると思われるが、立場上賛意を示していない人が大半だと思われる。
一方、林氏は食道外科の名医として知られていたが、自らの意思でメスを捨て内視鏡医、化学療法医、緩和ケア医を経て現職にいるという経歴を持つ異端ともいうべき医師である。氏はセンター内に「化学療法・緩和ケア科」を立ち上げがん治療の第一線で活躍している。
対談を読んで感じたことは、林氏の医療は抗がん剤を使わなければ近藤氏の考えに近いけれど、今の医学界では抗がん剤を使わなければその地位にいられなくなるだろうということである。無論、林氏は抗がん剤を少しは信じているようであるが、近藤氏による世界中の信頼できる文献をもとにした抗がん剤は無効・有害であるという主張を論破できない。化学療法と緩和ケアは対立する概念であり併設は無理であると思うが、氏の立場も難しいところである。
オピオイドという麻薬系の薬は緩和医療にとって奇跡の薬である。痛みだけでなく息苦しさ、けだるさなど終末期のつらい症状をほとんどすべて和らげてくれる。我が国ではこれらの薬があまり使われていない。それに対しても近藤氏や以前に紹介した新潟大学・カリフォルニア大学名誉教授の中田力氏は、すべての人の旅立ちをやすらかなものにしたいと願い、米国ほどではないにしてもせめて欧州並みに使ってもらいたいと考えている。
「アメリカ臨床医物語」
平成28年10月7日(金)
著者の中田力氏は東大医学部を卒業した2年後に渡米し、カリフォルニアで臨床医の修練をしたのちカリフォルニア大学の大脳神経学の教授として活躍、2002年に新潟大学統合脳機能研究センター長に就任、米国と日本を往復しているMRIの世界的権威である。医事新報に「フィロソフィア・メディカ」と題した氏のエッセイの掲載が始まり、そのレベルの高さと面白さ、奥行きの深さに注目していたが、今月でもう4回目の掲載になり他の著書も読んでみたくなった。
アマゾンで調べたところいくつかの著作がヒットし、すぐに手に入れることができた。便利な世の中になったものである。表題の著書は、氏がアメリカに渡り臨床医としての修練を始めて様々なことを経験しながらキャリアを積んでいく様が淡々と語られている。医療は誰のためにあるのか、医療者のあるべき姿はどうなのか、日米の医療に対する考え方の違いを検証しながら、我が国の医療の足りない点や改善すべき点を提示している。アメリカの「ER」というドラマがかつて日本でも評判になったが、まさにあの世界と同じ経験をして教授にまでなったわけである。さらに氏の思索の深さはその臨床能力の高さと同格で、これほど能力のある人は稀だと思う。久しぶりにすごい人に出会ったような気がする。