カテゴリー 日誌

懲りない日々

平成31年4月19日
この季節になるといつも胃の具合が今一になって、アルコールを控えるようになる。何かの会合でつい飲み過ぎてしまって普段なら何日か控えれば回復するのに、飲む機会が増えると飲んでしまって回復に時間がかかるようになる。今までに何度も繰り返しているのに今また同じになっている。春になると桜も咲いて気分が浮かれてつい飲み過ぎてしまうのである。毎度懲りないことである。
胃の具合が今一の時の定番は、昼食をうどんにすることである。いつも利用しているのが「讃岐屋」で、カレーうどん・特えび天うどん・天ざるうどんのどれかを食べる。「太閤うどん」にも行くが、ここではカルボナーラうどんしか食べないので調子が悪い時には行かない。ちなみにこれはカルボナーラとうどんのコラボでしっかり旨い。ここ10年ぐらい、だいたい年に1~2回は同じことをくりかえしている。元来、胃が悪くなったことはなかったのにこうなるのはアルコールのせいだと思うが、食事をおいしくするために欠かせないのもアルコールである。困ったものだ。

枝雀十八番

平成31年4月12日
最近、しばらく遠ざかっていた桂枝雀の落語にはまっている。前にはまった時にそろえたDVD、CDがごっそりあるが、その中で表題の9枚組のDVDをあらためて見ていると実に面白い。これは枝雀の人気が絶頂を迎える頃の映像で、18話の落語を収録していて他のCDとかぶる内容もあるのだけれどユニークなのは、落語作家の小佐田定雄氏が枝雀の弟子と共に映像を見ながらおしゃべりしているバージョンがあることだ。小佐田氏はずっと上方落語に寄り添って生きてきた人で、枝雀のファンであり新作落語を提供したりで深くかかわってきただけに、弟子と共にいろいろなエピソードを紹介しているのが面白く、枝雀がいっそう身近に感じられる。
桂枝雀の落語のCD・DVDが氏の死後20年以上経つのにいまだに売れ続けているのは、すごいことである。上方古典落語を極めた氏の話芸は他の追随を許さないほどで、何度聞いても隅々まで気を配って作り上げた話には飽きが来ない。晩年近くになると一層凄みを増していて、鬱病さえなければ今も我々を楽しませてくれているに違いない。残念である。

「いらない保険」

平成31年4月4日
表題はオフィスバトン「保険相談室」代表の後田亨氏と長浜バイオ大学教授の永田宏氏の共著で、生命保険・健康保険・貯蓄保険などについてこれらの保険が必要なのか、契約者が損をしていないかなどを解説している。生命保険は子供が小さい頃や家のローンが残っているときには必要だが、その心配がなくなれば必要ないものがほとんであることが結論であるが、保険会社が薦める他の保険についても詳しく述べている。
これらの内容は、生命保険に関して自分が思っていたこととほぼ同じだった。著者の後田氏は日本生命で営業職を10年勤めた経験もあり説得力のある内容であった。生命保険は特約の付かない掛け捨てが良い、最強の医療保険は「健康保険」である、貯蓄・運用目的の保険はいらない、介護保険に勝る現実的方策、など不安をあおって売り上げを伸ばしている現在の保険業界への対処法をわかりやすく解説している。不安をあおるのは現代の医療と同じ部分があり、がん検診や健康診断などはまさにそうである。がんの死亡数はほとんど変わっていないのに検査したために発見が増えているのが男性では前立腺がん、女性では乳がんと子宮がんである。多く見つかるのなら死亡数が減るべきなのに変わらないとはどういうことか。医療の世界を念頭におきながら興味深く読ませてもらった。

花見日和

平成31年3月29日
すっかり暖かくなって桜も咲き始めた。昨日は午後から休診なので平和公園を望む元安川河畔のベンチでビール、弁当。桜は2~3部咲きといったところだろうか、日差しも頃合いでじつに気持ちがよかった。ハトが寄ってきたのでつまみにしていた枝豆をやると、どこからともなくいっぱい飛んできてハトだらけになった。これと同じ風景があったことを思い出して後で調べてみると、5年前の診療日誌に場所はやや違うが同じようなことを書いている。今回はスズメの方が多く集まってきた。ハトよりもエサを取るスピードが速い。だから生き残ってきたのだと納得。さらに白鷺が一羽降りてきて目の前をゆっくり歩いてしばらくたたずんでいた。通りがかった外国人観光客が喜んで写真を撮っていたが、のんびりした平和な風景である。このような気持ちのいい時間を過ごすことができたのは、本当にありがたいことだと思った次第である。

なつかしいもの

平成31年3月22日(金)
学生時代に一時所属していた男声合唱団で歌った「子どものうた」をふと思い出して、そのときの楽譜を探してみた。当時は謄写版で自分たちで刷って使ったもので、押入れの奥の段ボール箱に入れていたはずだと探してみた。小学生たちが書いた詩に曲を付けたもので、子供たちの本音が見えて定期演奏会の面白いステージになった。たとえば「たいそう」は「たいそうのじかん せんせいがシャツいちまいで むねをはりなさいというちゃった シャツにおちちがうつった ふくれたうえにもうひとつ ちっちゃこいまるこいもんがついとった」これをラジオ体操第1のピアノ演奏に合わせて歌うのである。「お金持ちのお客さん」では「お金持ちのお客さんがきやはった お母ちゃんはとっきゅうでええふくに着がえて そうでございますねえとすましたはる お母ちゃん京都べん使いよし むりして東京べんつこたらおかしいわ お客さんも京都の人やんか」他にもたくさんなつかしい楽譜がでてきて当時のことを思い出して、これらを捨てなくてよかったと思った次第である。

「孤独の価値」

平成31年3月8日
表題は工学博士で小説家の森博嗣氏の著書である。最近、本屋で立ち読みをしていて見つけた(2014年刊)。氏は名古屋大学で建築の研究と教育をする傍ら、96年「すべてがFになる」で作家デビュー、その後は着実に固定ファンを増やして2010年にはAmazon10周年記念の行事、国内でよく売れた作家20人の中に入りAmazon殿堂入りしている。現在は大学も辞めて山間の広い土地を購入して、趣味三昧の生活を送っているという。
ほぼ2年半電車には乗っていない、毎日ほとんどの時間一人で遊んでいる、家には家族も住んでいるが顔を合わせるのは食事の時と犬の散歩に出かける時ぐらい。仕事で人に会うこともめったになく、ほぼメールで済ませる。買い物は95%は通信販売、電話が鳴ってもでない(ほぼ間違い電話だから)、手紙も来ない(みんな住所を知らない)。年に数回は友人が訪ねてくるが、それはそれで楽しい。一人でする活動は、自分の庭で(林もある広大な庭でレールを敷いて、模型列車を走らせている)工事をしたり、ガレージで工作したり、書斎で読書をしたりで、日曜もなければ盆や正月もない。外泊、外食もせず徹夜もしない。
氏は時間をかけてこのような生活ができるようになり毎日楽しく過ごしているが、周りからは孤独にみえるだろう。でも実際は豊かな満足した生活を送っていることを、「絆」にとらわれてかえって不自由になっている人々に説いているユニークな著書である。

「山本七平の思想」

平成31年3月1日
表題は自分とほぼ同じ年代のフリージャーナリスト、東谷暁氏の著書である。山本七平といってもピンと来ないだろうが、1970年に「日本人とユダヤ人」という本がベストセラーとなり、そのユニークな内容に多くの知識人たちが賛同し、話題となった。その後も山本氏は、日本人独特の考え方はどこからきてどうなっていくのかをその著作を通じて表し、考えてきた。そしてその思想は死後25年以上経っていても人々に影響を与えている。山本氏のわずか20年の執筆活動がなぜこれほどインパクトがあったのかを東谷氏は検証し、時系列を追って確かめている。
実は自分も当時、山本七平氏の著作に惹かれ、出版されるとすぐ手当たり次第読んでいたので、同じ年代の東谷氏もきっと同じだったんだろうと想像するわけである。東谷氏は山本七平のユニークな考え方のルーツはどこにあるのかを考え、3代目キリスト教徒であったことが日本を客観視できた原因ではないかと記している。「空気の研究」は日本人は「空気」に流され判断を誤りやすいことを警告し、なぜそうなるのかを考えた名著である。東谷氏の著書により当時の熱狂が思い出されて懐かしいことであった。

計画分娩の論文

平成31年2月21日
医学雑誌を整理していたら「計画的日中分娩法開発への道程」と題した、防衛医大初代教授、加藤宏一氏の論文が出てきた。これは「産婦人科治療」2009年10月号から3回にわたって掲載された非常にユニークな優れた論文である。
産科医にとってお産を昼間に計画的にできることは、安全性の面からも肉体的な疲労の面からも望ましいことである。もちろん妊婦さんにとっても産む日がわかれば予定も立てやすいし、昼間に生まれれば安全で深夜料金などの加算もなくなる。いいことずくめなのだが問題は安全にちゃんとできるかである。従来から行われている方法では、時間がかかったりうまくいかないこともあり結局帝王切開になるなどいろいろ問題があった。
加藤教授は陣痛開始から分娩終了までのプロスタグランディン(PG)の子宮組織内の変化を調べた結果、子宮頸管を熟化させるのはPGE2でその後PGF2αが陣痛に関与することを突き止め、PGE2座薬→PGF2αによる分娩誘発を試み、分娩までに時間も短く、痛みも少なく安全に行うことができたことを論文にして、氏の在職中すべて計画分娩がうまくいったことを発表した。
PGE2については産科医の間では非公式であるが、局所的使用で非常に効果があることは知られていた。ただ、この薬を製品化する製薬会社がなくてせっかくの研究もお蔵入りになっているのは実に惜しいことである。薬として認められるためには煩雑な手続きが必要で、製薬会社も無理だと思っているのだろう。妊婦さんにとっても分娩施設にとっても素晴らしい方法なのに惜しいことである。

伊武雅刀のCD

平成31年2月14日
YMOスネークマンショーのCDを聴いていたら伊武雅刀のCDを聴きたくなった。「伊武のすべて」のタイトルの2枚組を持っているので久しぶりに聴いてみた。20代のころ初めて聞いたスネークマンショー「咲坂と桃内のごきげんいかが123」での小林克也との掛け合いの面白さに惹かれ伊武雅刀のファンになったが、氏は声優よりも俳優としての地位を固めていい味を出している。声優としては「宇宙戦艦ヤマト」のデスラー総統、「こち亀」では大原部長、テレビ番組の「空から日本を見てみよう」ではくもじいを担当しているが、声の良さと何とも言えない味はぴか一である。
CDのトップは1983年に発売された「子供たちを責めないで」で、サミー・デーヴィスJrの同名の曲を日本語に吹き替えたものであるが、そのままでは面白くないということで、当時の若手の放送作家に作詞してもらいラップ風にして評判を得たものである。冒頭の歌詞は「私は子供が嫌いです。子供は幼稚で礼儀知らずで気分屋で~甘やかすとつけあがり放ったらかすと悪のりする…」なので初めはシャレのわからない人たちから「本当に子供が嫌いなのか」と言われたらしいが、よく聞くとそうでないことがわかる。一度聞いたら忘れられない名ラップであるが、この若手放送作家の名前は秋元康だった。さすがであるが当時いろいろやって楽しんでいる空気が伝わってくる楽しいCDである。

向き不向き

平成31年2月7日(木)
何事にも向き不向きはある。スポーツでいえば概して運動神経のいい人はなんでもうまくできるけれど、どうしても苦手な分野もあるだろう。ボクシングでは国体に出られるくらいの能力があるのにゴルフは苦手な友人もいたし、他のスポーツはあまりできないのにゴルフはうまい人もいる。学問についても理数系は抜群でも人文系は苦手な人もいるしその逆もある。
楽器の演奏でも向き不向きは当然あるだろう。下手な尺八を吹いているが一向に納得する音が出ない。他の楽器はどれもこんなにとっつきにくいことはなかった。でも始めたからには「石の上にも三年」なのでもう少し頑張ろうと思いながらやってきたが、なかなか上達しない。向き不向きのせいにしたくないので努力してきたけれど最近、自分はこの楽器に向いてないのではと思い始めていることに驚いている。楽しむために始めた楽器であるが、楽しめないのは努力不足なのか向いていないのか。