カテゴリー 日々是好日

梅雨入り前

令和元年6月14日
例年、「とうかさん」が終われば梅雨入りするが今年は晴天が続く。自転車通勤していると季節の移り変わりが肌で感じられていいものである。困るのは雨の日で、その時はさすがに自転車は使わない。この場所に開業して初めから自動車通勤は考えたことがなかった。クリニックの近くには駐車場が少なく、値段がとびきり高いうえにバスを使っても時間はあまり変わらない。病院勤務の時は病院の駐車場があるし、お産で何時呼ばれるかわからないので自動車通勤していたが、開業後はバス→自転車を使い特にアシストを使うようになってからはこれ以外は考えられなくなった。
歩道の広い平和大通りを自転車でゆっくり走るのは実に気持ちが良く、思わず口笛を吹きたくなる。今は暑くもなく寒くもなくちょうどよい気候で毎日快適に往復している。梅雨入りはできるだけ遅く梅雨明けは早くなってほしいものだが、それでは作物が育たない。農家出身の自分としては複雑な気分だけれど。

「めまい」の1週間

令和元年6月1日
今週はしんどい1週間だった。月曜日の夕方からフラフラ感があり血圧は上昇、寝ていればいいけれど起きるとめまいがする。果ては嘔吐、火曜日にビル内の内科と耳鼻科受診、高血圧を指摘され、めまいは「良性発作性頭位めまい」とのこと。数日で回復するだろうということであったが、念のため頭部MRIも撮った。幸いMRIでは特に異常はなかったが、血圧のフォローは必要だろう。この際だということでMRIに写っていた鼻ポリープも切除してもらった。ガタが来ていた体の点検・修理をしてもらったようでスッキリしている。めまいの起きた原因も実はわかっているが、久しぶりに会った友人と飲み過ぎてそれが原因の転倒による発症である。こんなことはいい歳をして恥ずかしくて言えないが事実だから仕方ない。
今までめまいを経験したことはなかったが、結構しんどいものである。周りがぐるぐる回るのは不快で気分が悪くなる。大型連休初日の尿管結石の痛みといい、このところ初めて経験する不調が多い。健康にはそこはかとない自信があったがやはり歳には勝てないことを実感した次第である。

令和元年

令和元年5月10日
連休が終わり「令和」の元号になっての診療が始まったが、つい「平成31年」と書いてしまいそうになる。訂正印をハンコ屋さんに注文しているが、「平成」と印刷してある書類もまだたくさんあるので当分の間は一々訂正しなければならない。
一番長く続いた元号は「昭和」、二番が「明治」だそうであるが、「平成」は四番目とのことで、こんなに長く元号を使った歴史のある国は世界中でもまれなことだという。学生の頃は西暦の方が各国との比較で使いやすいと思っていたが、歳をとるにつれて元号を使う方がしっくりすると感じられるようになった。ただ年齢を計算するには元号は難しく、一度元号を西暦に直して計算しなければならないので少々面倒である。今年は昭和94年、平成31年と記憶しておき、昭和40年生まれの人であれば誕生日に94-40で50歳、平成5年生まれの人なら誕生日で31-5で26歳ということになる。令和2年になれば、昭和95年、平成32年ということになる。当院ではさすがに「大正」生まれの人は来られないので「昭和」「平成」だけ覚えて置けばいいけれど。

「尿管結石」体験記

令和元年5月3日
大型連休の4月28日から、次女が住むことになった松本へ出発、家に2泊して長野に1泊、金沢に1拍することにしていた。家に着いて軽食直後から胃部不快感あり徐々に増悪、背部痛も起き耐え切れず当番医を受診、原因がはっきりせず夜間救急病院を確かめて帰宅した。横になったが痛みに耐えきれず、聞いていた「あいざわ病院」を受診した。ここはスピードスケートの小平奈緒選手をバックアップしている病院で、松本市内で3次救急を受けている地元で頼りになる病院だそうである。医師・スタッフ共に丁寧な対応で、CT,血液検査等スムーズに行い、結果待ちの間も次々に患者さんが来てまさにERの様相を呈していた。院内トリアージも行われているので、重症患者が待たされることもないようだ。
待つ間も痛みは一向に治まらず、「なんでもいいから痛みを取ってくれ」と叫びたくなっていた。待つこと暫しようやく呼ばれ「尿管結石」の診断を聞く。CTには5㎜ぐらいの石がはっきりと写っており尿管下部まで下りていた。あと少しで自然に膀胱まで下りるだろうからそれまで痛み止めで様子を見ることに。帰りの途中、突然背部痛が薄らいできた。まさにこの病気の経過通りで、なぜ初めからこれを疑わなかったのか恥ずかしい限りである。尤も当番医の内科のDr.も疑わなかったので典型例ではないのだろう。
翌日からは完全回復、スケジュール通りに旅ができたのは幸運だった。

懲りない日々

平成31年4月19日
この季節になるといつも胃の具合が今一になって、アルコールを控えるようになる。何かの会合でつい飲み過ぎてしまって普段なら何日か控えれば回復するのに、飲む機会が増えると飲んでしまって回復に時間がかかるようになる。今までに何度も繰り返しているのに今また同じになっている。春になると桜も咲いて気分が浮かれてつい飲み過ぎてしまうのである。毎度懲りないことである。
胃の具合が今一の時の定番は、昼食をうどんにすることである。いつも利用しているのが「讃岐屋」で、カレーうどん・特えび天うどん・天ざるうどんのどれかを食べる。「太閤うどん」にも行くが、ここではカルボナーラうどんしか食べないので調子が悪い時には行かない。ちなみにこれはカルボナーラとうどんのコラボでしっかり旨い。ここ10年ぐらい、だいたい年に1~2回は同じことをくりかえしている。元来、胃が悪くなったことはなかったのにこうなるのはアルコールのせいだと思うが、食事をおいしくするために欠かせないのもアルコールである。困ったものだ。

花見日和

平成31年3月29日
すっかり暖かくなって桜も咲き始めた。昨日は午後から休診なので平和公園を望む元安川河畔のベンチでビール、弁当。桜は2~3部咲きといったところだろうか、日差しも頃合いでじつに気持ちがよかった。ハトが寄ってきたのでつまみにしていた枝豆をやると、どこからともなくいっぱい飛んできてハトだらけになった。これと同じ風景があったことを思い出して後で調べてみると、5年前の診療日誌に場所はやや違うが同じようなことを書いている。今回はスズメの方が多く集まってきた。ハトよりもエサを取るスピードが速い。だから生き残ってきたのだと納得。さらに白鷺が一羽降りてきて目の前をゆっくり歩いてしばらくたたずんでいた。通りがかった外国人観光客が喜んで写真を撮っていたが、のんびりした平和な風景である。このような気持ちのいい時間を過ごすことができたのは、本当にありがたいことだと思った次第である。

なつかしいもの

平成31年3月22日(金)
学生時代に一時所属していた男声合唱団で歌った「子どものうた」をふと思い出して、そのときの楽譜を探してみた。当時は謄写版で自分たちで刷って使ったもので、押入れの奥の段ボール箱に入れていたはずだと探してみた。小学生たちが書いた詩に曲を付けたもので、子供たちの本音が見えて定期演奏会の面白いステージになった。たとえば「たいそう」は「たいそうのじかん せんせいがシャツいちまいで むねをはりなさいというちゃった シャツにおちちがうつった ふくれたうえにもうひとつ ちっちゃこいまるこいもんがついとった」これをラジオ体操第1のピアノ演奏に合わせて歌うのである。「お金持ちのお客さん」では「お金持ちのお客さんがきやはった お母ちゃんはとっきゅうでええふくに着がえて そうでございますねえとすましたはる お母ちゃん京都べん使いよし むりして東京べんつこたらおかしいわ お客さんも京都の人やんか」他にもたくさんなつかしい楽譜がでてきて当時のことを思い出して、これらを捨てなくてよかったと思った次第である。

「産前産後のメンタルケア」

平成31年3月15日
医療法人愛育会福田病院、河上祥一院長による表題の講演があった。福田病院は熊本市にあるお産を中心にした病院で、100年以上の歴史を誇る。平成30年のお産の数は3900を超えているという。中四国で一番多い施設でも2000ぐらいだろうから、おそらく日本で一番多い病院ではないだろうか。産婦人科の医師は18人、当直の翌日は休めるようにしているそうである。外来は6診まであり、大勢の妊婦さんの診察ができるようにしている。外国にはこのようなメガ施設がたくさんあるけれど、我が国では多いところでも1000ぐらいで、個人の施設ではもっと少ないところも多いがその分、それぞれきめ細やかな対応をしている。ちょうど大きなホテルと旅館のようなものだろうか。
産前産後のメンタルケアであるが、我が国では妊産婦死亡の第1位は自殺である。それだけ産科医療が成熟してきたわけである。つまり、お産が原因で亡くなるのは全国で年間50人ぐらいまでで自殺の方が多くなったのである。つい100年ぐらい前までは300お産があれば1人の母体死亡があったことを思えば隔世の感がある。世界の中ではまだそのような国もあると聞くが、我が国はメンタルケアが最も大切になるほど産科医療は良くなっているということである。その分、産科医に重い責任がかかり、昼夜の別なく働くストレスから、産科志望の医師が減っている現状がある。妊産婦だけでなく産科医のメンタルケアも必要ではなかろうか。

伊武雅刀のCD

平成31年2月14日
YMOスネークマンショーのCDを聴いていたら伊武雅刀のCDを聴きたくなった。「伊武のすべて」のタイトルの2枚組を持っているので久しぶりに聴いてみた。20代のころ初めて聞いたスネークマンショー「咲坂と桃内のごきげんいかが123」での小林克也との掛け合いの面白さに惹かれ伊武雅刀のファンになったが、氏は声優よりも俳優としての地位を固めていい味を出している。声優としては「宇宙戦艦ヤマト」のデスラー総統、「こち亀」では大原部長、テレビ番組の「空から日本を見てみよう」ではくもじいを担当しているが、声の良さと何とも言えない味はぴか一である。
CDのトップは1983年に発売された「子供たちを責めないで」で、サミー・デーヴィスJrの同名の曲を日本語に吹き替えたものであるが、そのままでは面白くないということで、当時の若手の放送作家に作詞してもらいラップ風にして評判を得たものである。冒頭の歌詞は「私は子供が嫌いです。子供は幼稚で礼儀知らずで気分屋で~甘やかすとつけあがり放ったらかすと悪のりする…」なので初めはシャレのわからない人たちから「本当に子供が嫌いなのか」と言われたらしいが、よく聞くとそうでないことがわかる。一度聞いたら忘れられない名ラップであるが、この若手放送作家の名前は秋元康だった。さすがであるが当時いろいろやって楽しんでいる空気が伝わってくる楽しいCDである。

運動不足

平成31年1月25日
このところ体を動かすことが少なくなっていて運動不足を痛感している。元来、体を動かすことは好きでいつも何かやっていたけれど、腰痛のためにゴルフもテニスもやめてしまい、今は毎日の自転車通勤と3キロの散歩だけである。時々無性に体を動かしたくなるが、なかなか思うようにいかない。スポーツはつい無理をしてしまうので、いまさら新しく始める気はないしスポーツクラブも人工的で嫌だ。今考えているのは農作業のようなことで、野菜作りなどは適度な運動と収穫など結構楽しめそうである。農家の子なので幼い頃から田植え、稲刈り、畑仕事などはあたりまえのようにやってきた。体が覚えているので始めればできるに違いないが、問題は場所である。比較的近いところに手ごろな土地があればいいのだが、こればかりは簡単には手に入りそうにない。農家出身の自分としてはそれぞれの土地は先祖代々受け継いで管理してきたものだから、めったなことでは人に渡さない(売らない)ことがわかる。借りるという方法もあるが、なにかしっくりしない。困ったものである。