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桜のない夜桜花見

令和2年3月27日
武漢コロナウイルスの報道が連日行われていて、この世の終わりのような雰囲気であるが、広島県を始め中国地方のウイルス感染数はほとんど増えていない。鳥取県、島根県はゼロである。
全国で桜の開花前言がされるようになったが、今週の木曜日から日曜日にかけて雨とのことで、今しかないと思い水曜日の夜、近くの公園で夜桜花見をすることにした。たまたま次女が孫3人を連れて帰っていたので、鮨などを用意して出かけた。少し肌寒かったがいつもの公園で敷物を敷いてビール、冷酒、子供はお茶、美味しくいただいたが肝心の桜は2分咲きくらいかほとんど花見とは言えない状態だった。比治山下の公園は自宅から近く桜もきれいで、そのわりに人が少なく穴場なので、毎年花見と称して酒を飲むのだが、今年は早すぎたのかもしれない。街灯が一つ切れていたので少し暗かったのは残念だったが、今年も花見ができたのはありがたいことだった。

なくなった店

令和2年3月13日
開業して20年以上袋町周辺で昼食を食べていると、気にいっていたけれどなくなった店も多い。まずそごう10階にあった「伊勢定」、東京にあるうなぎの名店であるが広島から撤退してしまった。ここのうなぎは焼きかげんもたれの味も絶妙で、毎月1回は行っていたが突然なくなった。国際ホテル東側にあった「千成」、小料理屋で主人は大正生まれで高齢のため店を閉めたが、ここのうな重は値段も手ごろでたれが好みだったので、毎週通っていた。クリニックすぐそばにあった「れんが亭」、とんかつの店で気にいって通っていたが、ある時から「菊屋」に行くようになって足が遠のいた頃閉店した。理由はわからない。旧広テレビル近くにあった「五津味」、ここのステーキ丼はちょうどよい焼き加減なので通っていたが健康上の理由(?)で閉店した。備長炭串焼きの店「小太郎」、この店のシソ巻き定食は実に旨いので、亭主のキャラと相まって20年間ほぼ毎週通っていたが、残念ながら昨年12月末で閉店した。
流川周辺では和食の「栄助」、いつ行っても満足できる料理屋であったが平成23年3月に閉店した。もっと通っておけばよかったと後悔。洋ラウンジ風の店「マンハッタン」、医会の会合などでよく行っていたが、リーゾナブルで使い勝手がいいので個人的にもよく行っていた。ここも突然無くなった。ふぐ料理の「かねまさ本館」、新天地駐輪場の南側にあり、あの名店「かねまさ別館」の親戚筋(こちらが本家?)の経営らしく、別館と違って養殖のふぐなので値段もリーゾナブルでよく行っていた。ここは「キヨ・マサ」と店名をかえて高級料理店になった。他にもあるがここに書いた店はどれも記憶に残る自分にとっての名店であった。

新型コロナウイルス

令和2年3月7日
新型コロナウイルスの蔓延が止まらない。広島県でもついに感染者が確認された。世界中の国がパンデミックになるのを防ぐ対策を講じているが、そばにいるだけで感染するウイルスを防ぐことは難しいだろう。社会生活をしていれば、電車やバスに乗ることは必要だし、買い物にも行かなければならない。会合は必ずあるし自粛するにも限度があるだろう。かつてスペイン風邪が全世界に蔓延して多数の死者を出したが、今回の場合はそうなることはないし、ワクチンも作られるだろう。インフルエンザは毎年流行して亡くなる人も必ずいるけれど、それほど騒がなくなっている。新型コロナウイルスもそうなっていくことと思われる。
生物はウイルスと共に生きてきた。ウイルスを取り入れることによって環境に適応してきた。適応できない個体・種族は滅び、生き残ったものが今存在しているわけである。かつては恐竜が君臨していたが現代ではヒトが環境に適応して全世界にはびこり、君臨している。ヒトは道具を作り環境を自分たちに合うように作り変え、快適に生きられるようにした。その歴史から考えれば、新型コロナウイルスはヒトにとって猫パンチにすぎない。

久しぶりの京都

令和2年2月28日
前から予定していたので連休に久しぶりに京都へ行った。いつもなら人があふれかえっているのに、20年以上前の京都のように普通に動くことができた。新型コロナウイルスのため中国・韓国からの旅行者がいないうえに国内旅行者も少ないからだろうか、どこも空いていてゆったり観光することができた。
市バス・地下鉄・嵐山鉄道などすべて座れたし、食事する店や居酒屋などの予約もすんなりできて、こうでなければと思った次第である。二条城もゆっくり見られたし渡月橋を渡って天龍寺の拝観から竹林を抜ける散策も楽しめた。いつもなら渡月橋の前の横断歩道を渡ることさえ人が多すぎて時間がかかるというので、竹林の小路散策などもう二度とできないと思っていた。前回行って気にいった先斗町の「酒亭ばんから」は団体が入っていて残念ながら予約できなかったが、食べログでほぼ同じ点数の「味どころしん」で旨い肴に舌鼓を打った。
新幹線の往復切符についている京都駅近くの「水族館」「鉄道博物館」も行くことができたし、「辻留」の弁当は帰宅して美味しくいただけたし、久しぶりの快適な京都旅だった。

フルートの練習

令和2年2月7日
最近フルートにはまっている。練習する時間がなかなか取れないのが難点であるが、少しでもヒマがあれば吹くようにしている。今は高音域の練習をしているが、指使いを覚えるのが大変で、さらに音楽にするにはどれだけの修練が必要だろうか。それでも少しずつでも進んでいるという手ごたえが快く、練習していても飽きない。小学時代のリコーダー、中学時代のギター、いずれもすぐにものにして飽きなかったがフルートもそうなってほしいと思う。
大学では軽音楽部に入ってフルートを吹こうと思っていたのだが、部室にいつ行っても誰もいない。きっと活動していないのだと思って友人のいた男声合唱団へ参加することになった。それはそれで面白かったし、いまだに合唱曲を聴いているが、フルートをやってみたいという思いはずっと胸の底にあったのだろう。五十の手習いで尺八をやってみたが、結局ものにならなかったのは残念であるけれど、遅ればせながらフルートを始めてよかったと思っている。

フルートの演奏会

令和2年1月24日
エリザベト音楽大学のセシリアホールでフルートの演奏会があった。フルートの演奏会に行くのは初めてである。広島を中心に活躍している16人のフルート奏者(主に女性)が中心になって演奏会を開いていることを初めて知ったのだが、今回はゲストにNHK交響楽団の首席フルート奏者で桐朋学園大学教授の神田寛明氏を招いての演奏会であった。
初めて聴いたがフルートだけでこれほど素晴らしい音を作り出すことができることに驚いた。圧巻は神田寛明氏のミニリサイタルで、一音もゆるがせにせずそれでいて流れるような演奏はただただ聞き入るのみだった。パガニーニの「カプリス第24番」は重音を駆使しての超絶技巧的な曲で、フルートで重音を使うことを初めて知った。最後のステージは16人のフルーティストと神田氏のコラボでグリーグの「ペール・ギュント第1組曲」、この曲は中学校の音楽の授業でレコード鑑賞で聴いたのが初めてで、好きな曲であったがフルートだけで(ピッコロ、バスフルートも含む)オーケストラに匹敵するような演奏ができることに感銘した。ソルヴェイグの歌のソロメロディを神田氏が吹くのを聴いていると、自分はこの歌が好きだったことを思い出して感慨深いものがあった。いい演奏会だった。

読書について

令和2年1月17日
読書についての初めての記憶は小学校へ上がる前、6歳と4歳上の兄たちが学校へ行ったあとヒマにまかせて兄たちが購読していた小学5年生とか6年生などの雑誌を読んでいたことである。その中で「弓鳴り為朝」という物語が好きで、弓のうまい主人公の少年がイノシシを仕留めその肉を焼いて食べるシーンは実に旨そうで、思わず喉が鳴ったものである。その時にイノシシのことを「山クジラ」というのだと知った。小学校へ上がってからは図書室の本を借りまくっていたので、特別にまとめて借りられる特権を得ていた。それ以来活字中毒というか、読書は空気や水と同じで当たり前のもので、特に意識して読書をするのではなく知らぬ間に読んでいるという状態であった。
ところが最近、本屋で面白そうな本を買っても読んでしまう前にどんどん新しいものを見つけて買ってしまうので積読(つんどく)が増えてきている。漫画も読まねばならないし週刊誌も月刊誌もDanchuなどの食べ物の雑誌も読みたいので正直、時間がないのである。TVも見たいしゲームもやりたい、フルートも吹きたい、アルコールも欠かせない、どうしたらいいのだろう。

謹賀新年(令和2年)

令和2年1月4日
新年おめでとうございます。
本日より診療開始、例年通りの来院数であるがやはりピル希望の人が多い。休み明けといっても大きな変化はなく、少し長めの休みがあっただけで通常の診療になっている。ただ、クリニックの入っているビルで今日から診療しているのは当院だけのようで、それはそれでうれしい気持ちである。
今年の抱負は①体重を減らす(いつも思ってはいるのだがうまく行かない)②アルコールを控える(これもなかなかうまく行かない)③フルートをうまく吹けるようになりたい(これは努力次第だが今からでは…)ということで、初詣のときに家内安全などのメインのお願いに加えてひそかに追加お願いしておいたのだけれど、たぶんダメだろう。一年の計は元旦にありというが、本気でそう思っていないのでうまくいかないのかもしれない。ともあれ今年もよろしくお願いします。

一年を振り返って

令和元年12月28日
今年はなんといっても平成から令和に改元されたことが一番の出来事である。天皇制という世界で唯一、悠久の伝統の継続を経験することができたのは、ありがたいことである。これで昭和から平成に移るときと合わせて2回の改元を経験したことになる。
クリニックは今までと変わらず、①的確な診療②わかりやすい説明③本当に必要な検査以外はしない④来院回数をできるだけ少なくする⑤意味のない薬は出さない⑥来院してよかったと思ってもらえるように努める、の方針で行っているのでストレスがないし、これからもこの姿勢は変わらない。
もう一つの出来事は尺八を中止したことである。10年以上頑張ってきたが、心にかなった美しい音を出すという肝心な技術が自分にはないことを思い知ったため、これ以上努力する気持ちがなくなった。それに代わるものを検討しているが来年は手ごたえを感じるものをつかみたいものである。

歯の治療

令和元年12月13日
歯磨きの際に歯ブラシの毛が刺さりどうしても抜けないので同じビル内の歯科を受診した。同じビル内に施設があるのは実にありがたいことで、同じく耳鼻科・内科にもことあるごとにお世話になっている。特に耳鼻科は大いにお世話になっていて、最近でもポリープを取ってもらった。いい施設が同じところにあるのはありがたいことではあるが、どの科にしても受診するのはおっくうなもので、特に歯科受診はどんよりする。
刺さった毛を抜いてもらった際に虫歯を指摘され治療することになった。幸い2回の治療で終了したが、歯の具合が悪いのは日中いつも意識されてまことに落ち着かないものである。どの科にしてもこれからますます受診する機会が増えてくるだろうが、自分が受診する時の気持ちを忘れずに、当院を受診する人達に接していこうと改めて思ったことである。
実は先週の診療日誌はどういうわけか完全に忘れていて、今日になって気が付いた次第である。ボケが始まったか。