「STAP細胞」はどうなるのか

平成26年3月13日(木)

生物学の常識をくつがえす発見「STAP細胞」の論文の真偽が問われ始めている。世界中の他の研究者たちが論文に基づいて再現しようとしてもうまくいかないらしい。論文の中の不適切な部分も指摘されて、共同研究者から論文の取り下げが提案されている。さらに著者の小保方氏の3年前の博士論文の一部が米国の雑誌からのパクリであることまでマスコミで話題になっている。小保方氏もきちんと説明すべきだろう。

科学の世界で再現性のない論文が認められないのは常識であるが、マスコミも記事にするのはその後にすべきであった。ネイチャーに掲載されただけなのにあれだけ持ち上げておいて、一転罪人のごとく追及する姿勢はいただけない。マスコミはこのような報道姿勢を反省してほしい。いずれにせよ残念というしかない。

免疫システムと妊娠

平成26年3月7日(金)
生物のしくみは実にうまくできているが、その中でも免疫システムの精密さは驚異的である。我々の体に異物(細菌、ウイルス等)が侵入したら、即座に「貪食細胞」や「NK細胞」が反応する。これらは前線部隊で、後に控えた「B細胞」「T細胞」が救援に向かう準備を始める。「B細胞」は抗体を作り異物を無力化し「T細胞」はウイルスや病原体が入り込んだ細胞を攻撃する。準備には数日かかるがほぼどんな異物にも対応できるようになっている。
問題はこのシステムが精密すぎると「自己」を攻撃するようになることである。成人の細胞は変異遺伝子が貯まってくるので「変異ペプチド」ができて、これらのシステムに攻撃される可能性が起きる。そうなれば自分で自分を滅ぼすことになるので、寛容さも必要である。その代表的なものとして「制御型T細胞」があり免疫反応を抑制する。これらの絶妙のバランスで免疫システムは成り立っているのである。
妊娠するためには、精子という異物が免疫システムに攻撃されず体内に入り、卵子と結合(受精)しなければならず、その後も半分の遺伝子は異物なのに子宮内で胎児として育たなければならない。胎児を攻撃しないようにするために「制御型T細胞」が大きな役割を果たしているらしいが実にうまくできている。生命のしくみはまことに興味深いものである。

最近の尺八事情

平成26年2月28日(金)
昨年アステールプラザで行われた演奏会での「夕顔」の演奏を最後に、所属していた「吹康会」が活動を休止しているので、このところ尺八は気ままに吹いている。吹いていていつも思うのは、古典の曲は味わい深いことである。さすがに時代を超えて残っているものはすばらしい。
琴尺八の音楽で日頃から耳にしていたのは「春の海」ぐらいで、地唄などはその存在すら知らなかった。実際に聴いても吹いてみても、初めはちっともいいと思わなかった。ところが、何度も何度も吹いているうちに味わいが感じられるようになってきた。ちょうどビールは最初は苦いだけでおいしくないし、タバコも煙いばかりなのだがこれがいつのまにかおいしくなるのと同様である。
そういうわけで今は古典から現代曲まで気にいった曲を吹いている。時々師匠に修正してもらいながら、楽しく吹いている。レベルを上げるための訓練はしんどいし、いくら頑張ってもうまくならないのがつらいけれど、ある日突然進歩の実感があることがあり素直にうれしい。もっと早くから始めていたらと思うが、その頃は全く興味がなかったのだから仕方ない。いっそう精進したいものである。

読書について

平成25年2月21日(金)
養老孟司氏によれば、氏にとって「読書」とは常に何かをしながらする行為で、「読書」自体が目的ですることはない。たとえば電車に乗って目的地に行くという行為がある時に、車内で読書するとか、教授会に出席しなければならないという目的があるときに、退屈しのぎに読書するとか、まさに「ながら族」だという。
これを読んだ時、自分の「読書」もまさにその通りだと思った。何か目的のある行為をしている時に読書できる状況なら、いつもなにか読んでいる。ついでに言えば、試験のために「本」の内容を覚えなければならないという、いわば「読書」自体が目的の時は全く読みたくなくなる。
クリニックでも自宅でも、いつの間にか山のように本が(マンガ・雑誌も含む)たまってしまうのでブックオフに持っていくが、残しておきたい本が少数ながらあるのでそれらの本が次第に増えていく。読書自体を目的としない「読書」は楽しいものである。

メタボな日々

平成26年2月13日(木)
寒い日が続くが今がピークで一進一退しながら暖かくなっていくだろう。早く暖かくなってほしいものだ。腰痛が再発してからはほとんど運動をしていない。もっぱら歩くだけである。それでも昼の食事も夜の晩酌量も変わらないので、体重こそ増えてはいないが筋肉が脂肪に置き換わっているように感じる。まさにメタボである。
メタボ、高血圧といえば、東海大学医学部元教授の大櫛陽一氏による日本全国70万人の健診結果の分析から、血圧は年齢と共に上昇するのが正常であり、160/100mmHgまでの人は死亡率が最も低く、現在の基準値140/90mmHgまで下げると逆にリスクが上がる。治療が必要なのは180/110mmHgを超える場合で、それ以下で降圧剤を使うと脳梗塞のリスクが上がるので高齢者には原則として降圧剤を投与してはいけないそうである。
また、高脂血症でコレステロールを下げる必要があるのは、男性の家族性高脂血症の人(0.1%)だけで、それ以外の人は治療の必要がないとのことである。男性でも女性でも悪玉コレステロールと呼ばれるLDL-Cが高い方が脳卒中が減少し、死亡率が下がっている。さらに統計上、日本人はやせているより太っている人の方が長生きをしているという。このデータを知ればメタボも捨てたものではないと思うが、腹が出ているのはみっともないので少しでも減らしたいと思うものである。

緊急避妊ピルについて

平成26年2月7日(金)
当院には緊急避妊ピルを求めて来る人が結構いるが、いつも説明することは、緊急避妊ピルの妊娠阻止率はそれほど高くないことである。従来行われていたヤツペ法は、中用量ピル(プラノバール)を性交後72時間以内にまず2錠内服し、12時間後にさらに2錠飲むことにより妊娠を阻止するというものである。実際の阻止率は文献によってかなりの違いがあり、それほど高いものではない。最近ではLNG法といって、黄体ホルモン(レボノルゲストレル)を2錠内服するだけでヤツペ法より阻止率がやや高く、副作用(吐き気)の少ない方法が承認された。
どちらの方法も機序は不明であるが、排卵を遅らせるか抑制するということなので、排卵後に内服しても効力はきわめて低下する。ヤツペ法で使うピルは値段が安いので負担が少なくてすむのだが、LNG法で使う薬はあまりに値段が高いので当院では扱っていない。いずれにしても確実な緊急避妊法はないということである。一方、低用量ピルを普段から内服していると非常に高い確率で避妊ができる。副作用も少なく副効用(生理痛の改善、生理の量の減少、生理の時期のコントロールなど)も多いので薦めている。

すばらしい発見「STAP細胞」

平成26年1月31日(金)
理化学研究所の若き研究員、小保方晴子氏による研究は世界中に衝撃を与えた。一旦分化した細胞が外からの刺激で初期化するということは、哺乳類ではあり得ないとされてきた。ところが小保方氏は、マウスのリンパ球を弱酸性の溶液に浸すだけで細胞の初期化が起こることを発見したのである。たしかに植物では挿し木や接ぎ木でも見られるように、切断という刺激により細胞が初期化する。動物であれ植物であれ細胞という「命」ということには変わりないので、刺激により初期化する可能性はあるのだろうが、柔軟な思考がなければ思いつかないだろうし確かめようとも思わないだろう。若き研究者の小保方氏は、世界の常識を覆して哺乳類での初期化を証明してみせた。素晴らしいことである。
医学も含め、生物学は未知なことだらけである。暗闇の中でゾウのしっぽを触るようなもので、生命の神秘は深くて大きい。

不思議なこと

平成26年1月24日(金)
長いこと診療していると、どう考えていいのか不思議なことが起きることがある。患者さんを診る場合、症状に対してその原因を見つけ治療するが、ストーリーが納得できるのが普通であり、そうでなければ診断も治療もできない。妊娠に関して言えば、排卵があり受精し着床すればHCGというホルモンが分泌され、このホルモンに反応するように作られた妊娠検査薬が陽性になる。正常妊娠ならHCGの分泌量は日ごとに増えていき、受精後3週間経てば子宮内に直径1センチ弱の胎嚢とよばれる袋が見えてくる。4週間経てば心拍が確認できるようになる。一方、受精卵の細胞分裂がうまくいかなくなったらその時点で妊娠の進行が止まり、一定の期間を経て流産が始まる。だから正常妊娠でも子宮外妊娠や流産でもその一連の流れが理解できるように進行するものである。
最近この流れがどうしても理解できないケースがあり、一体どう解釈したらいいのかわからないことがあった。30年以上診療していて初めてのことである。もう少し時間がたてばわかってくることもあるかもしれないが、現時点ではストーリーが納得できない進行である。いつも思うのだけれど生物のしくみはうまくできているが、わからないことだらけである。

二水会の講演

平成26年1月16日(木)
広島市を中心とした産婦人科医師の勉強会「二水会」で高知大学形成外科講師、栗山元根氏の講演があった。帝王切開などの手術の創部をきれいに縫合する技術の講演で、実際に豚の皮を使っての実演があり興味深く聞いた。
「二水会」は母校の大先輩が広島市民病院勤務の時に始めた勉強会で、毎月第2水曜日(第3水曜日のこともある)いくつかの病院が順番に当番幹事になって行われてきた。最近は2カ月に1回になっているが、今回で319回!という非常に長く続いてきた会である。興味深い話も聞けるし、講演の後の懇親会が情報交換、親睦を兼ねているのでできるだけ出席するようにしている。この会に参加してもう23年になるが、初めの頃は年上の医師が多かったのがいつの間にか自分が結構年配になってしまっている現実がある。まことに月日が経つのは早いものだと感じた次第である。

沢木耕太郎著「無名」

平成26年1月10日(金)
著者は20代の頃からノンフィクションの分野で佳作をいくつも著し、当時から注目し愛読していたライターである。「若き実力者たち」「敗れざる者たち」「人の砂漠」「テロルの決算」など夢中で読んだものである。最も面白かったのは「深夜特急」で、著者が書くという仕事を始めて4年目にユーラシアからパリへの長い旅に出た時の体験を書いたものだった。特に旅を始めたばかりの香港、マカオ、インドなどでの体験は、当時の自分も若かったのでまるで自分がそこにいるかのように感じられ興味深く読んだ。
その後、著者のエッセイなどを時々読んでいたが、デビューの頃の鮮烈さは薄れていた。そうしているうちに壇一雄未亡人の一人称話法に徹した作品「壇」を発表し、改めて注目するようになった。そして2003年にこの作品「無名」が刊行された。これは無名の、一市井の人として亡くなった著者の父親の人生の軌跡を、病床の父を見守りながら、幼少時からの記憶を掘り起こして書き綴ったものである。著者の父親に対する心情と父親の息子に対する気持ちが伝わってきて、心が洗われる思いがする。まことに稀有な作品である。