最近の昼食事情

平成27年9月2日(金)
開業して以来昼は外食をすることにして、幸い近くにはいろんな店があるのでいつの間にか行きつけの店ができ毎日ローテートしていた。とんかつ、ラーメン、うどん、鮨、天ぷら、カレー、串焼きなどその日の気分により適当にまわっていた。20年近く快適に過ごしていたのだが数年前からアルコールによる胃痛が起きるようになり、アルコールを控えざるを得なくなった。食事と一緒に飲むのは問題ないのだが、そのあとダラダラと飲むのは良くないようである。この2か月はアルコールを控えて、昼は行きつけの店へのローテートを止め、もっぱら「讃岐屋」のうどんで胃を休めていたが、この頃やっと胃の不快感もなくなったのでぼちぼちローテートを再開しようと思っている。でも年齢と共に基礎代謝も落ちるのでそれなりに控えるつもりである。こんなことを気にするようになろうとは数年前までは想像したこともなかったが、これが歳を重ねるということなのだろう。

ドック・健診でみつかる異常

平成28年8月26日(金)
ドックなどの婦人科健診で異常を指摘されて来院される人のうち、精密検査・治療の必要な疾患のある人はごくわずかで、ほとんどの人は経過観察か何もしなくていい人ばかりである。ドックなどの婦人科健診では子宮頸がん検診がメインであとは内診による診察のみの施設が大半である。
婦人科健診に限らず、ドックなどの健診制度が始まった頃は、早期発見・早期治療が絶対だとの思い込みがあった。ところがこれらの健診をいくらやってみても寿命が延びたという結果にならなかった。欧米では健康診断の有効性を調べるために集団を無作為に2つに分け、一方は健診を行い、他方は健診をせず何か異常があれば来院するようにして10年以上観察した結果、両者の死亡数に差がなかったので健診を行っていない国がほとんどである。
婦人科健診については経膣超音波検査を行っている施設はまだ少なく、きちんと調べるのならこの検査が絶対に必要だろう。子宮頸がん検診についてはリスクのない人は3~5年間隔になっているのが現実である。有効性を上げようと思うなら毎年の健診はやめて3年毎に経膣超音波検査も同時に行うべきだろう。今の健診体制はどう見ても有用とは思えない。

普通の日々

平成28年8月19日(金)
お盆の休みも終わり日常生活に戻っているが、この夏はオリンピックもあり孫たちもいて、あっという間に過ぎてしまっているような気がする。宮島水族館に孫たち5人を連れて行ったり、別の日は川遊びに連れて行ったり結構忙しかった。こういう機会はいつでもあるわけではないので張り切ったわけである。たまたま息子も帰ってきたので我が家には親・子・孫が全員そろったことになる。以前、家族全員が揃うことはそうないだろうと言ったが、思ったより揃う機会が多いのはありがたいことである。
アルコールを控えているので胃の調子は良くなったが、尺八を吹く時間がないのはちょっとつらい。ゴルフと同様あまりこの楽器に向いていないのではと思いながら吹いている尺八であるが、練習しないと一層吹けなくなることがわかるからだ。夏が終わったらまた練習しようと思っているが、こういう普通の日々が貴重なのだと改めて思う。

院内BGM

平成28年8月12日(金)
当院では開院時から院内BGMは有線と契約してどんな音楽でも流せるようにしていた。有線には様々なジャンルの音楽が提供されていて、どれを選ぶか迷うほどであった。結局、面倒なので選んだ一つだけのジャンルをずっと流していたようである。ある時、たくさんの音楽が聞ける有線を契約し続けても流すのは一つだけなので、あまり意味がないことに気づき契約を止めた。代わりにCD30枚を自由に演奏できるプレーヤーを買い、BGMにふさわしいと思われるCDを入れて流すようにした。しばらくは順調に稼働していたが、なにしろ機械によるCDオートチェンジャーであるから、故障するようになった。初めは簡単に修理できていたがとうとう完全に動かなくなった。
エディオンに行って聞いてみたが、この種のプレーヤーはもう製造していないとのことで、いろいろ相談した結果、ウオークマンに音楽を入れて流すことにした。ウオークマンも初期の頃と比べると進化したもので、初めの頃はカセットテープだった音源ががCDになり現在のデジタルメディアプレーヤーになった。標準で3800曲、最高音質で100曲を記録できるようで、CDを一枚ずつ入れ替えていた頃とは隔世の感がある。音質も良いし何よりモーターがいらないので電力消費が少なく、故障しにくいと思われる。便利な世の中になったものだ。

ヨナ抜き音階

平成28年8月5日(金)
尺八の音階は5つの穴をふさいだり開放したりすることで、西洋音階でのドレミソラの5つの音を出すのが基本である。ファとシは穴を少しだけ開けるなどいささか工夫が必要になる。この5つの音階だけを使った音曲をヨナ抜きの曲という。ドレミファソラシをヒフミヨイムナと表していた頃のファとシがヨとナに相当するのでヨナ抜きというわけである。我が国(外来曲も含め)ではこのヨナ抜きの曲が結構あり、それなりにはやり歌になってきた。「丘を越えて」「潮来笠」「港町ブルース」「アメージング・グレイス」「蛍の光」「鳩ポッポ」「箱根八里」「アカシヤの雨がやむとき」「俺ら東京さ行ぐだ」「津軽平野」「アンコ椿は恋の花」こうしてみると新しい歌は少ないようだが、外国でも我が国でも、ヨナ抜きに1音だけヨかヤが入った「星の星座」「おおスザンナ」「おぼろ月夜」「歓喜の歌」などたくさんの曲が親しまれている。 アフリカの音楽でも同じ傾向があるそうで、ヒトが快いと思う音曲(音階)は世界中今日変わらないのだと思う。
沖縄の音階はレとラを抜いた言わばフム抜きであるが、各国にはそれぞれ民謡といえる音楽がありそれぞれの音階で成り立っている。私自身についていえば尺八の音階を順にならすだけで妙に安心し快く感じるのは、自分のDNAの中にヨナ抜きの音階が入っているからだろうかと思うことがあるぐらい自然である。

子宮内膜症治療の講演

平成28年7月29日(金)
慶応義塾大学産婦人科、阪埜浩司講師による講演があった。最近では子宮内膜症の治療は手術よりも薬物療法が中心になっているというが、それは病気の性質上手術しても再発が多いからである。薬物療法のメインは低用量ピルを中心としたLEPであり、リュープリンやディナゲストなどのホルモン療法である。これは子宮内膜症が病気として認識され、病因が解明され、治療法が確立され始めたころからあまり変わっていないようである。
かつて1980年代に「子宮内膜症研究会」が発足し、いまは一学会に昇格しているが、子宮内膜症は不妊との絡みもあり女性にとって重大な疾患に位置付けられていた。私自身も初期の頃から研究会に参加していて治療に関していろいろ試みた結果、十数年前に我が国でやっと低用量ピルが解禁された時から私自身は子宮内膜症に対する第一選択の治療法として皆さんに勧めてきた。つまり、現在のLEPを中心にした治療をずっと前から最も副作用の少ない最善の治療としておこなってきたわけである。また、生理痛が強い女性に対しても、子宮内膜症や子宮筋腫がなくても低用量ピルを勧めてきた。さらに避妊に対して最も有効で副作用の少ない最良の方法であることを話して極力ピルを推奨してきた結果、当院では現在多くの人がピルを服用するようになっている。
今になってピルの連続使用も推奨され始めているが、当院では以前から連続使用しても問題ないと説明している。連続使用というのは、3週間飲んで1週間休むという従来の飲み方ではなく、休薬期間なしで3ヶ月以上飲んで1週間休むことで、生理は休んでいるときに起きるので3ヶ月に1回になり子宮内膜症にはいっそう有効で、避妊が目的の人にも有用である。
今まで私自身が考えた結果当たり前だと思いずっとやってきたことを、遅ればせながら学会が推奨し始めたという印象の話であった。

夏休み

平成28年7月23日(土)
先日届いた広島市医師会だよりに「夏休み」をテーマにした随筆が載っていた。このコーナーは月毎にテーマを決め、会員の医師たちが指名により寄稿することになっているが、お題によっては原稿の集まりが少ないときもある。今回のお題はさすがに皆思い出が多かったと見えて10編の随筆が集まった。
なんといっても多かったのは、子供時代に祖父母の田舎の家で過ごした思い出を綴ったもので、読んでいると「となりのトトロ」を思わせる内容で、宮崎駿監督のアニメにノスタルジーを覚えるのは、あの世界こそが我々日本人の原風景だと思っている人が多いからだと感じた次第である。私自身は田舎育ちなので自然の良さは十分認識しているけれど、生活の不便なことや大変さがわかっているので短期間の滞在なら十分楽しめるだろうが、ずっと住めと言われるともろ手を挙げて賛成というわけにはいかない。
昭和30年代の当時、トイレは水洗ではないし冷蔵庫がないので食べ物の保存が難しかった。家の土間にはカマドがあり煮炊きはカマドと七輪で行っていた。風呂は薪で沸かす五右衛門風呂、クーラーは当然どの家にもなく、夜は暑いので窓を開けて虫が入らないように明かりを消して蚊帳をつって寝る生活である。昼間は農家なので仕事はたくさんあり、いかに手伝いをせずに遊びに行くかが子供にとっては最大の関心事であった。トマト、キュウリ、ナス、スイカなどは庭の畑に植えているので、いつでも新鮮なものが食べられる。川や池で水遊びができるし裏山に行けばセミやトンボ、カブトムシなどはいくらでもいる。「トトロの世界」は半分はそのとおりだったと納得する随筆であった。

「建築家のすまいぶり」

平成28年7月14日(木)
表題は主に住宅建築を手掛けている建築家、中村好文氏の著作で、6年間に24軒の建築家の住宅を訪ねて家と住まいぶりを紹介したいわば住宅見学記である。氏は幾多の住宅の設計をしてきたが、50歳を前にして学生時代に憧れた20世紀の住宅を訪ねてみたいと思っていたところ、それを聞きつけた住宅雑誌の編集者が中村氏に「住宅巡礼」と題したルポを連載したらと勧められ、6年にわたって世界各地に現存する氏の意中の住宅を訪れこの本が完成したわけである。
それぞれの家の正確でわかりやすい設計図(イラスト)と外観・内部の写真・住まいぶりがきちんとまとめられていて、活字を追っているとその家にいるような気持ちになるすぐれもので、住んでいる人の暮らしぶりも垣間見える非常に濃い内容の本である。これらの家の多くは建築家自身が設計し自分で住んでいるもので、建築家の自邸には傑作が多いことがわかる。自宅であれば依頼者の顔色をうかがうことなく自分の思い通りに設計でき、自分の全知識・思想・センスなどを表明できるからだろうとのことである。文章の中に今は亡き住宅建築の星、宮脇檀氏の名前が出てきたりして、ファンとしてはうれしいことであった。

のどもと過ぎれば

平成28年7月8日(金)
昨年の11月には胃痛のためアルコール禁止するつもりでいたが、胃の具合が回復したらまた飲みだしてしまった。夜はビール→日本酒→焼酎のお湯割りという順で、量もいつの間にか復活していたようである。以前とどこが違うのかといえばウイスキーの水割りが焼酎のお湯割りに替わっただけである。こちらの方が胃にやさしいのでつい飲み過ぎてしまう。結果、今週から調子が悪く、なんとか調整して昨日の飲みは何とか大丈夫だったが今日は朝から調子が悪く、今日の飲み会は無理である。しばらくはおかゆとうどんで凌いでいくしかない。アルコールに弱いくせに旨いのでつい飲み過ぎて何度も同じことをくりかえしている。お前はニワトリかと言われそうである。ちなみにニワトリは3歩あるけばもうそれまでのことを忘れるというが、自分もそういわれても仕方がない。まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざ通りで情けないことである。

医薬分業の功罪

平成28年6月30日(木)
院外薬局が隆盛をきわめているが、以前は医者にかかるとその医院で薬を出してもらうのが普通であった。なぜ今、医院で薬を出さなくなったのか不思議に思う人も多いだろうが、これは厚労省が医療費を抑えるために行った政策のせいである。
以前は、薬はそれぞれの医院が製薬会社から購入して患者さんに出していたが、仕入れ値と薬価に差額があり、それが医院の収入の一部にもなっていた。ただし、在庫などの問題もありわずかな収益しかなかった。ところがお役人たちは、薬の使用量が増えているのは医者が差額を儲けるために必要以上に出しているせいだと考え、薬品メーカーに仕入れ値を安くしないよう通達を出した。さらに院内で薬を出すより院外処方箋を出す方がわずかに有利になるように決めた。医者たちは院内で薬を出すと赤字になるので、仕方なしに院外薬局に薬をゆだねることにしたのである。
ところが日本のお医者さんたちはまじめな人が大半で、薬の処方量はほとんど減らなかったのである。つまり、儲けるために余分な薬を出す医者は少なかったので医療費の抑制にならなかった。優秀なはずのお役人たちは大きな間違いをしたわけである。そして誰が得をしたかといえば、製薬会社の一人勝ちになったのである。製薬会社は卸値を下げる必要がない分、丸儲けであり、医者に接待をしてはならぬという通達のため経費がかからない。今日の新聞に某製薬会社の社長の役員報酬が9億円と書いてあったが、うなずける話である。また、院外薬局を増やすための優遇政策により院外薬局はコンビニ以上に増えた。そして一番割を食っているのが患者さんである。患者さんの多くは院内で薬をもらった方が楽だと思っているのに処方箋を持って院外薬局に行かなければならないのである。
このような愚策を行った厚労省は責任を取るべきではなかろうか。