平成21年4月11日(土)
中絶手術をして一番傷つくのは女性だから、すべてが終わって落ち着いた後でピルを勧めるようにしている。でもたまに、一旦ピルを飲みだしたのに、パートナーに反対されてやめる人もいる。
理由を聞いてみるとパートナーが「ピルは体に悪いのではないか」と言うらしいが、中絶と比べてどちらが悪いというのだろう。男性は痛くも痒くもないだろうが、実際に中絶手術を受けるのは女性である。今後は絶対に妊娠しないという自信があるのだろうか。コンドームを使っても妊娠する可能性は結構高いのに、もしまた妊娠したらどうするのだろう。今度は生むようにするのなら何も言うことはないが、そうでないのなら結局傷つくのはパートナーの女性である。
神代の昔から、女性は妊娠を自分でコントロールできなかった。そのために死に至るまでの様々の悲劇がおこってきたのであり、それをなくすために開発されたピルというすぐれた避妊の技術を使わない手はない。まことに残念なことである。
カテゴリー 意見
ピルの使用を妨げるもの
妊婦健診の無料化
平成21年3月23日(月)
妊婦健診の無料化が4月から実施されることになった。といっても、完全な無料化ではなく、全額の7割から8割の援助であるが。それでも今までの2割程度の援助に比べればいいことである。とりあえず2年間の時限立法だそうである。
最近の政府は国民全員にお金を配ったり、高速道路を安くしたり、妊婦健診を援助したりしてせっせとお金をばらまいているが、財源は本当にしっかりしているのか心配である。ただ借金を増やして今だけいい目を見させてあとは知らないよ、としか考えられない政策のように感じられる。真偽のほどはあと10年もすればはっきりわかるだろうが、その頃には責任者は引退していて知らん顔だろう。借金を残されたこれからの人たちがかわいそうである。目先の人気取りより、将来を見据えた政策を行ってほしいものだ。きちんと説明すれば多くの人は納得するはずである。
サクセスストーリー
平成21年2月28日(土)
同門会誌が届いたので読んでいたら、同門の先輩の文章が載っていた。親の後を継いで小さな医院から始めて、今では全部で1000床を超える病院と療養施設群を作り上げたという話である。まさにサクセスストーリーであり余人にはまねのできない素晴らしいことである。考え方の基本は、他の施設がやってない方向に目を向け、政府の医療政策の先取りをして攻める、引くをはっきりさせて、攻めるときは果敢に攻める、借金をおそれない、というものである。
なんだか他国との戦争みたいな話であるが、企業を大きくするにはそういう争いは必要だろう。でも医療はおしなべて個人的なものであり、大量生産のようなやり方にはなじまず、つぶれたら困るけれども儲かるものではないし、自分としては大きくすればいいとは考えられないしそのような能力もない。目の前の患者さん1人ひとりが少しでも幸せになってくれたら、これ以上の喜びはないので今まで通りこつこつとやっていくだけである。
優れたリーダー
平成21年1月26日(月)
今の政治家には2世3世が多い。我が国のリーダーである首相も多くはそうである。2世3世が悪いとは言わないが(言っている?)、地盤もお金もなく自らの才能と努力で政治家になって成功している人達のパワーはなんとすごいことか。故田中角栄元首相、石原慎太郎知事、橋下知事、東国原知事、他にもそれほど目立たないけれども立派な人は結構いる。
このところ2世3世の歴代首相が皆自滅しているので、国民には能力のあるリーダーを求める気持ちが高まっていると思われる。国に対して大統領ほど強い権力を持たなくていいが、せめて知事が県に対して持っているぐらい力を持たせるような制度を作って、納税者による国民投票で選んだらどうだろう。きっと今よりはるかに優れたリーダーが現れるのではないだろうか。
健康診断の(功)罪
平成21年1月17日(土)
先日の新聞の読者欄に、健康診断で大腸の精密検査をするようにいわれ、大いに心配し、さんざん痛い思いをしたあげく「異常なし」の診断で割り切れない思いをした、という投書があった。それに対して今日の新聞に、これらの検査に携わっている医師より、検査したら早期発見治療ができていいのだから大いに検査しなさい、という投書があった。
この医師は、精密検査を指示された患者さんがどんなに不安になり、辛い思いをしているのかを本当にわかっているのだろうか。それよりもまず、早期発見し治療した集団と、健康診断はせずに症状があってはじめて検査治療をした集団との比較で、両者の間に死亡数の差がなかったという数多くの欧米のデータをどう説明するのか。百歩ゆずって、早期発見早期治療が少しでも有効だとしても、1000人の疑いのある人の中から1人のガンの患者さんを見つけるために残りの999人の人に投書したような負担を強いることがよいことなのか疑問である。では100人に1人の割合だったらどうか、10人に1人ならどうか…。
いつも思うのは、どの比率のリスクなら異常のない人にも検査することが許されるか、ということである。保険診療でも、その線引きをいつも意識している。少なくともストレスを与えたあげく「異常ありませんでした」と心の痛みなしに言うことはしたくない。
広島の行政の誤り
平成20年12月20日(土)
広島大学の跡地が使い道がなくて宙ぶらりんになっている。一部はなんと!マンションになり、残りは先ごろつぶれたアーバンコーポレーションが何かを計画していたようだが、だめになってしまった。後を引き受ける企業がないという。
以前にも書いたが、広島市から広大を遠い東広島に移転するという、きわめつけの愚挙を行った責任者および賛同して利益を得た人たちは責任を取るべきである。まったく何を考えてこんなことをしたのだろう。子供が考えてもわかるほどの無意味な、有害な箱物行政である。せっかく最もふさわしい場所にあった広島の知の中心を、わざわざ大金を使って遠くの地に移してしまった。
広島はすでに空港移転という世紀の愚挙を行っているからいまさら驚かないが、広島を大事に思わない政治家や企業家でなければできないことばかりである。何十年か後になってこれらの負の評価が明らかになるだろうが、その頃には責任者達はもういないのである。
裁判員制度が始まる
平成20年12月13日(土)
いよいよ来年から裁判員制度が始まる。知らない間に決まった制度だ。しかも、もし裁判員に選ばれたらほとんど拒否できないそうである。
いったい誰がこんな制度を決めたのだろう。もし国民投票したら間違いなく廃案になるだろう。裁判はプロに任せておけばよい。素人が判断するには無理があるのは、誰が考えてもわかるはずである。我が国には一般人参加の裁判はなじまないと思う。
もし自分が選ばれたら、何日かクリニックを閉めて行きたくもない裁判に行かなければならない。そんなことをしたいと望んだわけでもなく、自分が参加することによって今よりも裁判がよくなるとは思えない。経済的な損失も非常に大きい。いいことは一つもないのである。
こんな制度を作った人たちはいったい何を考えているのだろう。実に不愉快である。
中野孝次著「ガン日記」に思う
平成20年11月17日(月)
中野孝次氏の「ガン日記」は、著者が食道がんになったことが判った2004年2月8日から3月18日までの日記とその後のことを奥様と編集者が記録した著書で、氏の没後出版された。初めは懇意にしている医者から余命1年であることを告げられ、治療を勧められたが、病気の性質上なにもせず経過を見ることにした。他の医者からも入院治療を勧められたが、頑として受け入れなかった。ところが日々体調が悪くなるなかでしかたなく入院することを決め、放射線治療を受けた。1ヵ月半の治療後退院したが体調は良くならず、程なく亡くなられた。
頑として治療をしなかったことは実に共感したが、日々弱っていく中で医者の言うことを聞いて仕方なく治療入院したことがなんともお気の毒であった。こういう場合、なぜ医者はステレオタイプに治療しか考えないのだろうか。中野氏が入院できたのは治療を医者の言うとおりにすることが前提であり、そうでなければ入院できなかったのである。手術、放射線、抗がん剤、どれも過酷な副作用がある。なのに治療の有無に関わらずがんによる死亡数は変わらない。そうであれば、できるだけおだやかに残った日々を過ごせるようにすることが、医師に課せられた使命ではなかろうか。それを実践している医師もいると聞く。
こういう記録を読むたびにいつも同じ事を考えてしまう。
米騒動
平成20年9月19日(金)
我が国の存在の根幹をなしてきた「米」について情けない事件が報道されている。
弥生時代に始まった米作は、農地改革まで政治・経済の基本をなしており、我が国の貨幣の代わりとなっていて、各地の経済、生活、文化は「米」なくしてはありえないものであった。特に江戸時代の各藩の力は収穫される米の量である「石」で表わされ、加賀百万石などと称されてその力の指標となっていた。日本人にとっては「米」は特別な存在であったといえる。その「米」も戦後はずいぶん軽んじられるようになり、農業の衰退とともに脇に追いやられてしまった。それでも「米」には特別の思い入れがある世代もまだまだ多いのではないか。
今回の事件の原因は、上から下まですべてにわたっての責任感のなさである。まず政府・農水省は国際的な取り決めで米の輸入を割り当てられたとしても、汚染米はつき返すよう交渉すべきである。ここが一番問題である。次に、輸入米をろくに調べもせず、はやく目の前から米をなくして責任をなくそうとして、「○○フーズ」という会社(だれが考えても食材を扱う業者であり、この会社に売るということは、食材として流通することは明らかではないか)に引き取らせてしまった。さらに業者も汚染米で儲けようとマネーロンダリングのようなインチキをくり返し、安全な米として末端の業者に転売した。結局被害を受けるたのは知らずに買った業者と、消費者である。
お上の無責任が最も問題であり罪万死に値し、お上の関わった責任者にはきちんと責任をとらせないとこの国はますますダメになると思う。
禁煙して8年
平成20年9月3日(水)
禁煙してもう8年になるが、年に1回ぐらい「今一服したらうまいだろうな」と思うことがある。だいたいは食事のあととかアルコールを摂取している時である。
タバコなんて初めて吸ったときは全然うまいと思わなかったが、大学生になったら吸うのがあたりまえのような風潮があり、カッコ付けの意味もあって吸い始めたのである。動機はいい加減であったが、吸い始めると瞬く間に習慣になってしまった。ハイライト→セブンスター→マイルドセブンと銘柄は変わったが、マイルドセブンの時代が一番長かった。途中では、ロングピース、両切りピース(缶詰)、キャメル、ゲルベゾルテ、キセル(刻みタバコ)、葉巻、パイプなど色々試したが、やはり日本の生んだ傑作のタバコ、マイルドセブンに落ち着いたのである。
以後毎日2箱吸っていたのでかなりのニコチン中毒だったと思われる。それでも開業2年して止めたのは、ひとえに喫煙による体調不良のせいであった。やはり強い動機付けがないとなかなか難しいようである。だから喫煙のいいところも良くないところもすべてわかっている自分としては、禁煙推進論者のようにあまり人に禁煙を勧めようとは思っていない。どうなろうともすべて自己責任であるからだ。