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WEB講演会(第2弾)

令和8年9月10日
先週に続いて今週は広島大学で広島産婦人科学会総会が開かれた。一般演題と特別講演があったが、今回もWEB参加とした。一般演題は県内の主要な医療機関より12の演題が出され、主に若手の医師たちが発表し、質疑応答がなされた。はるか昔、自分もあんな風に発表していたなと思いながら聞いていたが、皆上手にしゃべるものだと感心した。
特別講演は熊本大学の近藤英治教授で、流れるような名調子の講演で「周産期医療における先制医療」と題して手術を中心にした興味深い話であった。クリニックで一人でやっているとどういしても新しい風に疎くなる。医学雑誌を毎月購入して読んでいるが、生の発表や講演は刺激になる。それにしても新しいことがどんどんできるようになって、ついていくのが大変である。今日は某所でカンファランスがあり、出席するつもりである。

WEB講演会

令和8年9月4日
久しぶりに広島市臨床産婦人科医会の講演会があった。医師会館で行われたので自分はWEB参加である。医師会館は広島駅の北側にあるので夕方は非常に混むのでタクシーでも時間がかかる。ここに1,000床近い病院を作るというが、混雑がいっそう進んで収集が付かなくなるのは火を見るよりも明らかである。計画を進めている人たちは何を考えているのだろう。それはそれとして今回の講演は、富山県立中央病院産婦人科部長・谷村悟氏による「骨盤臓器脱と子宮筋腫治療ー知っておきたいトレンドー」の演題で流れるような名調子で興味深く聞かせてもらった。
子宮脱などの手術は県によってずいぶん件数が違っていて、広島県は少ないそうだ。多いのは岡山県、なぜそうなっているのかわからないが、岡山県には手術に熱心な医師が多いのだろう。メッシュを使うケースも多いようだが、仙骨に固定する際、注意しないと後でいつまでも続く炎症が起き問題になるという。
今回の講演は会場に出席したのは十数人、他は皆WEBだったらしい。いい時代になったものである。

「すべてがFになる」

令和8男8月27日
表題は森博嗣氏が1,996年に著したミステリー小説である。以前にも紹介したが、氏は名古屋大学工学部の助教授時代に、庭園鉄道を作りたいためにアルバイトのつもりで書いた作品のうち表題の作品を出版社が刊行して評判になり、第1回メフィスト賞を受賞したのである。メフィスト賞は出版社がこの作品のために作ったもので、いかに期待されたのかがわかる。
森氏の独特の考えや緻密な頭脳は、氏のエッセイ「お金の減らし方」「作家の収支」「孤独の価値」「集中力はいらない」などの著書を読んで感じていたが、小説を読むのは今回が初めてだった。この作品が文庫本になったのが1,998年、私が買ったのは2,026年3月発行でなんと!97刷である。氏の作品で最も売れ、いまだに売れ続けている。今回初めて読んだが、人物描写も優れているし、なにより理科系の人が書いたんだと思わせる設定で荒唐無稽ではあるが、素直に面白く読みだすと次を読みたくなり、久しぶりに面白いミステリーを堪能した。
氏は結局大学の教官を止めて作家に専念したが、充分収入もあったので広い土地を買い念願の庭園鉄道を作り、毎日遊んでいるようだ。氏の庭園鉄道やラジコン飛行機遊びなどのサイトを見ると、毎日趣味の生活で楽しそうである。世の中にはいろんな人がいると感心する次第である。

元安会

令和8年8月21日
開業前に6年4カ月勤務していた中電病院に「元安会」というOB会がある。この会は元院長のS先生が作ったもので、今年で23年目である。初めの頃は病院を挙げて参加者も多く、盛況であったがコロナ騒ぎで中断した後は参加者も少なくなり、会の存続が危うくなっている。私は2代目会長のF先生に言われて幹事の一人になっているが、皆年々年取ってきているうえに、2,030年には病院統合によって中電病院はなくなることになっていて、会は消滅しそうである。時代の流れとは言え、なんだかなあと思ったことである。以前は病院には医局があり医局長がいて、医局会が毎月開かれ、処々のことを取り決めていたが、それもなくなったという。大学の医局制度も大きく変わって、かつての和気あいあいとした時代はもうないのだろうか。会社なんかも飲み会はずいぶん減ったというが、コミュニケーションの場としては悪くなかった思う。今後どうなっていくかはもう我々にはわからないし、どうしようもなく後任に託すしかないのだ。「若い人たち、頑張ってくれ」と願うしかない。

ラジオ体操第一

令和8年8月10日
このところ体の動きが以前ほど軽やかではなくなり、階段も手すりを使わないと不安になってきた。若い人たちが階段を素早く降りるのを見るにつけ、年取ったなと思う毎日である。体の動きが少しでもスムーズになるようにと「ラジオ体操」をすることにした。朝と夜の2回でもう1週間になるが、なかなかいい感じである。小学生の頃、夏休みに近所の子供たちが集まってラジオ体操をしてハンコを貰って、それを学校に提出していたことを思い出した。当時は朝6時半からだったので起きていくのがイヤだったが、ラジオ体操すれば目が覚めて気持ちよかった。
今、実際にやってみると身体は曲がらないし動きがぎこちないし、どたどたしているが、一通り終えると身体が軽くなったように感じる。以前、独り暮らしになった父が、伯母と電話で話してお互いにラジオ体操をすることにしていると言っていたが、その時の父は80歳を超えていた。父は92歳になる数日前に老衰で亡くなったが、年を取ると身体を調えるのは大切だと思った次第である。

平和祈念式典

令和8年8月6日
今年も8月6日がやってきた。毎年、この日はいつも晴れ渡っていて今年は特に暑く、式典に出席されている人は大変だろうと思う。熱中症にならなければいいが。松井市長の挨拶は素晴らしく、臨席していた高市首相も深くうなずいているように見えた。高市首相の挨拶も聞きたかったが、出勤の時間になったので残念ながら聞けなかった。
参列者は首相を始め衆参両議院議長、外務大臣、厚生労働大臣、国連事務総長、各国代表、国会議員、知事、被爆者代表、遺族代表など、さらに被爆者・遺族席が1,600席一般席が1,200席、自治体席が2500席、外国人席が500席用意されている。加えてフェニックスホールとヒマワリに屋内席が2,200席設けられている。合わせて7,000人以上の人が集まっているわけである。
式典は8時に始まり8時50分に終わるが、周辺の警備は厳重を極めていて、関係者は大変だろうと思う。今年も無事に終わったようで主催者の松井市長をはじめ関係者はほっとしていることだろう。それにしても猛暑が続く。

「爺の流儀」

2026年7月31日
表題は嵐山光三郎氏の著作で、2,025年2月初版発行である。氏は2,025年11月に亡くなっているので最晩年の著書の一つである。
嵐山氏の本名は祐乗坊英昭で父親は朝日新聞社から多摩美術大学教授を務めたデザイナー、母親は107歳で大往生、家族のことはあまり公にしなかったが、氏の著書には母親の「ヨシ子」さんのことがよく出てくる。長男である氏は、両親の住む敷地に家を建てて住むことになったので、父親が87歳で亡くなった後は母親のことをずっと見守っていた。
氏は「素人包丁記」「文人悪食」「頬っぺた落としう、うまい」など食にまつわる著作が多く、また松尾芭蕉の足跡をたどった「芭蕉の誘惑」や「悪党芭蕉」などの作品もあり年の半分は旅先にいる生活だった。
この作品では前半は家族の老いと自身の老いを日常目線で描き、老いていく心構えを説いている。後半では北原白秋の晩年、谷崎潤一郎のこと、陶淵明のことなどを紹介している。最後は自身の老いを楽しんでいるようであるが、なかなか深いことをあっさりと笑い飛ばしているようで面白い。テレビ画面で見ていた氏の顔を思い浮かべながら読んだ。

猛暑が続く

令和8年7月24日
先週から暑い日が続き、他県では40℃越えの所も散見されるほどである。35℃で猛暑、40℃を酷暑と呼ぶのだそうだ。
水曜日の午後は休診なので、市内各場所で用事を済ませるために歩き回ったが、その暑いこと。熱中症になってもおかしくないような猛暑である。本通りは屋根があるし、店からの冷気があるので少しはしのげるが、電車通りに出るとダメである。昔、祖母が「今年の夏は越せるだろうか」と言っていたが、それを実感する暑さである。昼食は外に出て好みの店に行くのが通常だが、歩く時間を減らすためにごく近くの店にしか行かない。
我が国は昔から四季があり春と秋は一番過ごしやすい季節とされていたが、このところ春・秋は一瞬で、酷暑の夏と寒い冬が長く続く。外国からの観光客は多いが、この暑さには閉口しているだろう。日本は安全で、人々は親切、食べ物は安くて美味しい、観光名所も多いので人気の国になっているが、この暑さは異常である。地球、大丈夫かと言いたくなる。

ダイヤモンドプリンセス

令和8年7月16日
水曜日の午後は休診なのでいろんな用事を済ませることができる。昨日は用事を済ませた後、時間が余ったのでポケモンをやりに宇品海岸に行った。ここにはポケモンのジムも多く、ポケストップもたくさんあり、公園になっているので犬の散歩に来る人や、釣りに来る人も多い。駐車場も1時間は無料だし、ブルーライブ広島や店・飲食店などがあり人気の場所である。1万トンバースにはクルーズ船が寄港することがあって、夕方には市内観光を終えた乗客が船に帰って来るので、バスやタクシーがひっきりなしにやって来ることがある。
駐車場に入ると今までにない大きさの船が停まっていたので、近づいてスマホに写したが、大型客船「ダイヤモンドプリンセス」であった。マンションより大きな船が1万トンバースに停泊していた。この船は長崎の三菱重工で建造された1万1千トンの豪華客船で定員2700人、夕方だったのでバスやタクシーがずっと観光を終えた乗員を載せて帰ってきていた。欧米の人がほとんどで日本人はほとんどいないようだったが、この暑い日本にやってきて大変だろうと思った次第である。

八天堂でバーベキュー

令和7年5月9日
連休に松本に嫁いでいる次女が子供を連れて帰ってきたので、息子夫婦、長女夫婦とその子供たち全員で広島空港のそばにある八天堂でバーべキューをすることにした。飲みもの以外は全部そろえてくれるので楽であるが、野菜を切ったり肉を焼いたり切り分けたり結構大変である。総勢14人で行ったが予約できたのは午後1時30分だったので、それまで八天堂のパン作りを孫たちに体験させた。自分で焼いたパンを喜んで食べるのを見るのはうれしいものだ。牛肉の塊3個、鶏肉の塊沢山、ソーセージ、野菜色々を焼きながら飲み食いするのは楽しいものだ。孫たちが一堂に会することはめったのないことなので、このような機会の恵まれたのは実に幸運なことだった。
次女たちは2泊して松本に帰っていったが、長女の子供たちも我が家へ来て次女の子供たちと遊んでくれた。まことに仲良きことはいいことだとしみじみ思った。思い出に残るいい連休になった。