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ポドフィリンとHPV

平成28年9月30日(金)
コンジローマと呼ばれる小さなイボが男女の性器とその周辺にできることがあるが、これはHPV(ヒトパピローマウイルス)によるもので、性交など接触で感染する。放置しておくと数も範囲も広がってくることが多い。ヨーロッパなど諸外国ではポドフィリンという植物の根から抽出した溶液をこのイボに塗ることで治療してきた。諸外国ではすでに一般薬として薬局で売られているので手軽に使えるようになっている。
ところが我が国では毒性が強いという理由で、一般薬としては使用できないことになっている。現在我が国で行われているのは、イボを焼く・切り取る・硝酸銀棒(かつて)→イミキモド塗布(現在)であるが、ウイルスの感染が原因であるために再発が多い。焼く・切るという外科的処置よりも塗り薬で治るならそれが一番いいだろう。イミキモドクリームはやっと我が国でも承認された塗布薬であるが、やはりポドフィリンの方がキレが良いという印象である。
子宮頸がんの原因とされているウイルスは、コンジローマのウイルスの仲間であり子宮頚部に感染したためなので、ポドフィリンを塗布することで治療する試みがいくつかの大学で過去に行われた。一定の成果は見られたようだが、治療法として定着するほどではなかった。それでも治るのなら手術よりはるかに負担が少ない方法だろう。私自身はハイリスクHPVに限定して試みたらどうかと思っている。

ドック・健診でみつかる異常

平成28年8月26日(金)
ドックなどの婦人科健診で異常を指摘されて来院される人のうち、精密検査・治療の必要な疾患のある人はごくわずかで、ほとんどの人は経過観察か何もしなくていい人ばかりである。ドックなどの婦人科健診では子宮頸がん検診がメインであとは内診による診察のみの施設が大半である。
婦人科健診に限らず、ドックなどの健診制度が始まった頃は、早期発見・早期治療が絶対だとの思い込みがあった。ところがこれらの健診をいくらやってみても寿命が延びたという結果にならなかった。欧米では健康診断の有効性を調べるために集団を無作為に2つに分け、一方は健診を行い、他方は健診をせず何か異常があれば来院するようにして10年以上観察した結果、両者の死亡数に差がなかったので健診を行っていない国がほとんどである。
婦人科健診については経膣超音波検査を行っている施設はまだ少なく、きちんと調べるのならこの検査が絶対に必要だろう。子宮頸がん検診についてはリスクのない人は3~5年間隔になっているのが現実である。有効性を上げようと思うなら毎年の健診はやめて3年毎に経膣超音波検査も同時に行うべきだろう。今の健診体制はどう見ても有用とは思えない。

子宮内膜症治療の講演

平成28年7月29日(金)
慶応義塾大学産婦人科、阪埜浩司講師による講演があった。最近では子宮内膜症の治療は手術よりも薬物療法が中心になっているというが、それは病気の性質上手術しても再発が多いからである。薬物療法のメインは低用量ピルを中心としたLEPであり、リュープリンやディナゲストなどのホルモン療法である。これは子宮内膜症が病気として認識され、病因が解明され、治療法が確立され始めたころからあまり変わっていないようである。
かつて1980年代に「子宮内膜症研究会」が発足し、いまは一学会に昇格しているが、子宮内膜症は不妊との絡みもあり女性にとって重大な疾患に位置付けられていた。私自身も初期の頃から研究会に参加していて治療に関していろいろ試みた結果、十数年前に我が国でやっと低用量ピルが解禁された時から私自身は子宮内膜症に対する第一選択の治療法として皆さんに勧めてきた。つまり、現在のLEPを中心にした治療をずっと前から最も副作用の少ない最善の治療としておこなってきたわけである。また、生理痛が強い女性に対しても、子宮内膜症や子宮筋腫がなくても低用量ピルを勧めてきた。さらに避妊に対して最も有効で副作用の少ない最良の方法であることを話して極力ピルを推奨してきた結果、当院では現在多くの人がピルを服用するようになっている。
今になってピルの連続使用も推奨され始めているが、当院では以前から連続使用しても問題ないと説明している。連続使用というのは、3週間飲んで1週間休むという従来の飲み方ではなく、休薬期間なしで3ヶ月以上飲んで1週間休むことで、生理は休んでいるときに起きるので3ヶ月に1回になり子宮内膜症にはいっそう有効で、避妊が目的の人にも有用である。
今まで私自身が考えた結果当たり前だと思いずっとやってきたことを、遅ればせながら学会が推奨し始めたという印象の話であった。

医薬分業の功罪

平成28年6月30日(木)
院外薬局が隆盛をきわめているが、以前は医者にかかるとその医院で薬を出してもらうのが普通であった。なぜ今、医院で薬を出さなくなったのか不思議に思う人も多いだろうが、これは厚労省が医療費を抑えるために行った政策のせいである。
以前は、薬はそれぞれの医院が製薬会社から購入して患者さんに出していたが、仕入れ値と薬価に差額があり、それが医院の収入の一部にもなっていた。ただし、在庫などの問題もありわずかな収益しかなかった。ところがお役人たちは、薬の使用量が増えているのは医者が差額を儲けるために必要以上に出しているせいだと考え、薬品メーカーに仕入れ値を安くしないよう通達を出した。さらに院内で薬を出すより院外処方箋を出す方がわずかに有利になるように決めた。医者たちは院内で薬を出すと赤字になるので、仕方なしに院外薬局に薬をゆだねることにしたのである。
ところが日本のお医者さんたちはまじめな人が大半で、薬の処方量はほとんど減らなかったのである。つまり、儲けるために余分な薬を出す医者は少なかったので医療費の抑制にならなかった。優秀なはずのお役人たちは大きな間違いをしたわけである。そして誰が得をしたかといえば、製薬会社の一人勝ちになったのである。製薬会社は卸値を下げる必要がない分、丸儲けであり、医者に接待をしてはならぬという通達のため経費がかからない。今日の新聞に某製薬会社の社長の役員報酬が9億円と書いてあったが、うなずける話である。また、院外薬局を増やすための優遇政策により院外薬局はコンビニ以上に増えた。そして一番割を食っているのが患者さんである。患者さんの多くは院内で薬をもらった方が楽だと思っているのに処方箋を持って院外薬局に行かなければならないのである。
このような愚策を行った厚労省は責任を取るべきではなかろうか。

 

藤原教授の講演

平成28年6月17日(金)
「腫瘍と生殖医学における手術アプローチ法の相違点ー生殖機能の再建を目指してー」と題して金沢大学産婦人科、藤原浩教授の講演があった。初めに子宮癌の手術の映像の供覧があり、表題との関連がよくわからなかったが、妊孕性の保存の観点からその意味がはっきりしてきた。受精する場所は子宮の裏側、腸に邪魔されない場所で行われるので腹膜を傷つけないことが肝要でありそのために手術方法を工夫すること。子宮内膜症による癒着がある場合は丁寧にはがし、内膜症組織を取り除くことにより生理痛は改善し、妊孕性も保存されること。受精と着床にかかわる内分泌と免疫の関係では、これらが複雑に絡み合って妊娠が成立することを仮説も含めて腑に落ちるように説明された。
生物学は実に奥の深い学問でわからないことだらけであるが、様々な面からのアプローチにより現在の生物学・医学が成立している。医学は病気を治すために仮説に基づいた治療を試みざるを得ないところがあり、そのために治療がうまくいかないことがある。でも、目の前に病んでいる人がいたら何とかしてあげたくなるのが人情だろう。不完全なことを承知で、負担のかからない意味のあると思われる治療を試みるしかないのが現実である。そのことを改めて思わせてくれた講演であった。

日常診療における子宮内膜アブレーション

平成28年5月20日(金)
表題の講演が島根大学医学部産婦人科の中山健太郎准教授により行われた。子宮筋腫や子宮内膜症により過多月経になることは多いが、その際にピルなどによる薬物治療ではコントロールが難しい場合、筋腫摘出術や子宮摘出術を行うことが一般的である。子宮をなくしたくない人や手術を希望しない人のために、子宮動脈の一部をふさいで筋腫への栄養血管をなくするUAEという技術が開発されている。この方法では子宮は残るけれど良い点も悪い点もあり、それほど一般化していないのが現状である。
子宮内膜アブレーションはマイクロ波を使って子宮内膜を焼くことにより月経の量を減らすか失くすという治療法である。この方法だと子宮内膜は機能しなくなるというか、失われるので女性ホルモンによる変化はなくなる。ただし、子宮筋腫の増大が防げるわけではないし子宮内膜症による卵巣チョコレートのう腫の増大は防げないので、症例を選んで行う必要があるが、子宮内に細いマイクロ波アプリケーターを入れて焼くだけなので、手術のような侵襲はなく当日か翌日退院も可能である。いろいろな治療方法が開発されることにより治療の選択肢が増えるのはありがたいことである。

治験について

平成28年5月13日(金)
「治験」とはその薬が有効か、副作用はどうなのかなどを実際に患者さんあるいは健康な人を対象に使用して調べることで、現在医薬品として使われている薬はすべてこの「治験」という段階を経ている。だから医師はほとんどの薬を安心して処方するわけである。
ここで疑問に思うのは、緊急避妊ピルの治験である。そもそも対象は避妊に失敗したかもしれない女性であるからその人たちに、本物の薬と偽薬を無作為に出すことができるのだろうか。妊娠を心配して病院に行ったのに医師から「あなたは緊急避妊薬の治験に協力してくれますか。本物の薬か偽薬かは私もわかりませんが50%の確率で本物の薬が当たると思います」と言われて、協力してくれる人がいるとは思えないからである。日本以外の国では、貧困層の人たちに無料で薬を提供する代わりに治験に協力してもらうということで成立しているというが、健康保険が世界一充実している我が国でこの薬の治験ができるとは思えない。だからこの薬は外国のデータに基づくものだろうが、どうも疑わしい。
実は、緊急避妊ピルに限らず自分から見て疑わしい薬は他にもある。そのような薬は自分からは処方しないが、患者さんが他の病院で処方されていてその薬を希望する場合には、仕方なく処方することはある。もちろん自分の見立てを言っても患者さんが納得しない場合だけであるけれど。

子宮頸がん検診の間隔

平成28年3月25日(金)
以前は毎年行うことになっていた子宮頸癌検診の間隔が、HPV検査の導入により大幅に延びるようになってきた。米国での30万人の追跡調査では、子宮がんの原因と言われているHPV(ヒトパピローマウイルス)がいなければ、5年間での異常発見率は0,17%であり、従来の細胞診による発見率0,36%より優れていることがわかった。そのため、検診間隔を3~5年にすることが可能と発表している。スウエーデンでも従来の細胞診単独よりもHPV検査単独、あるいは細胞診との併用により検診間隔を5年以上延長することが可能との調査結果を示した。
すでにHPV検査単独法を導入しているオランダでは、30代は5年間隔、40~60歳では10年間隔で子宮癌検診を実施している。オーストラリアでも3年毎だった細胞診を、来年から5年毎のHPV単独検査法に変更する予定だそうである。また、子宮がん検診の年齢の上限も、欧米ではおおむね60~70歳としている。
わが国ではドックなどでは細胞診を毎年行っているし、市町村の検診では2年ごとになっていて年齢の上限もなく、世界の流れからははずれてきている。早急に女性の負担を減らす方向に変えていくべきだと思う。

山形大学永瀬教授の講演

平成28年3月18日(金)
「卵巣癌の新たな治療法開発に向けて」と題した山形大学産婦人科、永瀬智教授の講演があった。BROCA1,BROCA2の遺伝子変異を持つ女性の遺伝性卵巣癌発生率が高いことがわかってきたために、アンジェリーナ・ジョリーさんは乳房切除に続いて今度は卵巣と卵管を切除したという話から始まり、実に興味深い内容の濃い話の連続であった。
卵巣を摘出することによる卵巣がん・乳がん予防効果はあるけれど、女性ホルモンが低下することで冠動脈疾患・脳卒中・肺がんなどが増え、死亡率がかえって増えるという。ただし、65歳以後の卵巣摘出は生命予後に影響しないそうである。卵巣がんの発生機序についても少しずつ新しいことがわかってきて、治療に応用すべく様々な試みがなされている。そうではあるけれど生物学・生命学はまことに奥が深く、現在の知見は暗闇でゾウの尻尾にさわっているようなものなのかもしれない。

「過剰診断」

平成28年2月26日(金)
表題は米国ダートマス大学医学部教授、H・ギルバート・ウェルチ氏他2名の著書で、副題は「健康診断があなたを病気にする」である。健康診断や人間ドックが当たり前になっているのは日本だけかと思っていたが、アメリカ人も早期診断が好きらしい。もちろん我が国のように職場で強制的に健康診断を受けさせられる制度はないようだが、個人的に健康に気を使って早期診断を望む人は結構いるようである。アメリカでは危険因子の発見、疾患啓発キャンペーン、がんのスクリーニング、遺伝子検査などが行われていてそれをありがたがる人が多いという。
以前は具合の悪い人だけが医者にかかっていたが、高血圧の薬を処方する基準を下げた頃から「将来具合が悪くならないように」という理由で現在なんにも異常を感じない人にも検査を行い、あらかじめ薬を出すようになった。医療パラダイムの変化である。そしてこの流れは、医療経済の拡大と並行して異常の定義そのものが徐々に拡大しているためいっそう悪化しているという。なぜこのようなことが起きるのか、多くの人にとって診断を受け薬を処方されるメリットがない現実を、データを示して説明している。
我が国にもきちんとしたデータに基づいて健康診断のデメリットを示している医師たちもいるが、「健康診断は必要だ」の声にかき消されている現実がある。アメリカにもこのような誠実な医師たちがいることに安堵したことである。