令和元年8月30日
表題は外科医からホスピス医になり、現在はケアタウン小平クリニックを開設している山崎章郎氏の著書である。実はこの本は1990年に発売され、終末医療のあり方を考えさせる名著だったのだが、恥ずかしながら読んだことがなくて今回本屋で文庫本を手に取って初めて知ったわけである。
1970年代の初め頃に医師になった著者は、消化器外科医として研鑽を積んでいく過程で、癌のために病院で亡くなっていく人たちを見ていて思うことがたくさんあり、それが貯まってきて1990年に一般の人に考えてもらうためにこの本を書いたのである。当時は癌の告知はせず、最後までだまし通して病院で死ぬのが普通だった。それが患者にとってどんなに過酷で尊厳を傷つけることかを実話に基づいた物語によって著した。そういえば自分が医師になったばかりの頃、どの病院だったか末期の肺癌の患者さんが息をひきとろうとするときに、医師が昇圧剤を打って心マッサージをするのを見て「なんてひどいことをするのだろう、静かに逝かせてあげればいいのに」と思ったことがある。山崎氏は院内外の人々とターミナル研究会立ち上げ、末期ガン患者の延命・ガン告知・ホスピスの問題を提起、ホスピスに深くかかわり現在も続けている。
一方、現在もガン患者に対する過酷な治療は変わらず続いていて、手術・放射線・抗がん剤が通常である。これらはホスピスの考え方と真逆で、人は昔から病んで自然に亡くなっていくのがあたりまえであったのを、無理やり人工的に引き戻すようなものである。安らかに最後を迎えられるとは思えない。ガンと老化は治すことはできないと考えて、少しでも楽なように支えていくことが望まれる。
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「病院で死ぬということ」
健康診断はいらない
令和元年8月23日
職場の婦人科健診で異常を指摘され受診する人が後を絶たない。調べてみても多くは検査する必要のない状態ばかりである。検診する側は、どんな些細なことでも指摘しておかないと後で訴えられたら困ると思うから様子を見ておいてもよいことでも指摘するのだろうし、受ける側は検診するよう職場から言われるので仕方なしに受けてその結果異常を指摘されて受診されるのだと思う。以前にも書いたが健康診断が役に立つという証拠はないにもかかわらず、厚労省の通達1本でいまだに検診が続けられているのが我が国の現状である。
職場検診が行われているのは世界中で日本だけだという。よその国が健診をしない理由は、健診が命を長引かせるかどうか調べた結果、意味がないことがわかったので各国は健診をやめたそうである。我が国も2005年に厚労省が研究班(班長:福井次矢・聖路加国際病院長)を作って健康診断の有効性を調べて報告書を出した。結果は、健康診断の大半の項目に有効性の証拠は薄い、ということであった。しかもマイナス面として①放射線による発がんの増加②病気の見落としによる治療の遅れ③治療不要な病気の発見による不要な検査・治療の副作用④膨大な費用などが指摘された。これで、健康診断を薦める通達はなくなるかと思ったがどういうわけか握りつぶされてしまった。そしていまだに厚労省の通達のために職場検診が行われて意味のない受診させらている人たちがいる。本当に気の毒なことである。
診療報酬の話
令和元年6月7日
健康保険を使って診療所・病院を受診すると必要な検査・治療を受けることができる。その場合、かかった金額の3割を支払うだけでよく、残りの7割は健康保険より医療機関に支払われる。この時に医療機関が行った検査・治療(薬も含む)はレセプトに記載され、健康保険(協会・組合)に毎月集められ、その内容が正当なものだと判断されれば残りの7割が支払われる。そして正当でないと判断されれば支払われない。その場合、医療機関は赤字になるので、再審査を要求することができる。
検査・治療をしていいかどうかは病名によって決まっているので、極端に言えば病名さえあればどんなにたくさん検査してもかまわないことになる。腕のいい医者ほど少ない検査で的確に診断して、薬も最小限で治すので治療費も安く済むが、医療機関の収入も少なくなる。逆に、たくさん検査・治療した方が収入が増えるのでそうする医療機関もあるだろうが、それが正当かどうかはだれにもわからない。全く同じ状態の人が同時に別の医療機関を受診して同じように治った時の検査・治療の違いはどうかを比較しないかぎりわからないのである。
レセプト審査委員をしていた時に山ほど病名が付いていっぱい検査をしている医療機関もあり、そこが結構流行っていたりするとなんだかなあと思っていた。検査をたくさんしてもらう方がいいという人や、薬も多い方を喜ぶ人がいるのも事実である。でも自分としては必要最小限の検査で診断して、薬も必要最小限にするのが当たり前だと思うし、患者さんの負担を少なくしてあげたい気持ちは変わらない。いくら検査しようが治療しようがその人がすこしでも良くならなければ意味がない。医療は「癒し」だと思うからである。
子宮筋腫の薬物療法の新展開
令和元年5月17日
表題は東京大学医学部産婦人科・平池修准教授の講演である。子宮筋腫は最もポピュラーな子宮の疾患であり、昔から様々な治療が行われてきた。過多月経と月経痛は最も多い症状で、以前は手術しかないため開腹・子宮摘出術が一般的だった。その後ホルモンレベルを下げることで症状を軽減する方法が開発され、手術法も腹腔鏡を使った低侵襲手術が広がり、患者さんにとって昔と比べるとはるかに良くなった。それでも治療に難渋することもあり、この病気を克服したとまでは言えないのが現状である。
今回は、ホルモンレベルを下げる新しい形態の薬についての講演が行われたが、出席数が多く椅子が足りないくらいだった。やはり皆さんもこの治療について関心があるのだろう、熱心に聴講していた。新しい知見を得ることは興味のあるところであり、患者さんのためになることなのでこの講演会の盛況は心強いことであった。
「産前産後のメンタルケア」
平成31年3月15日
医療法人愛育会福田病院、河上祥一院長による表題の講演があった。福田病院は熊本市にあるお産を中心にした病院で、100年以上の歴史を誇る。平成30年のお産の数は3900を超えているという。中四国で一番多い施設でも2000ぐらいだろうから、おそらく日本で一番多い病院ではないだろうか。産婦人科の医師は18人、当直の翌日は休めるようにしているそうである。外来は6診まであり、大勢の妊婦さんの診察ができるようにしている。外国にはこのようなメガ施設がたくさんあるけれど、我が国では多いところでも1000ぐらいで、個人の施設ではもっと少ないところも多いがその分、それぞれきめ細やかな対応をしている。ちょうど大きなホテルと旅館のようなものだろうか。
産前産後のメンタルケアであるが、我が国では妊産婦死亡の第1位は自殺である。それだけ産科医療が成熟してきたわけである。つまり、お産が原因で亡くなるのは全国で年間50人ぐらいまでで自殺の方が多くなったのである。つい100年ぐらい前までは300お産があれば1人の母体死亡があったことを思えば隔世の感がある。世界の中ではまだそのような国もあると聞くが、我が国はメンタルケアが最も大切になるほど産科医療は良くなっているということである。その分、産科医に重い責任がかかり、昼夜の別なく働くストレスから、産科志望の医師が減っている現状がある。妊産婦だけでなく産科医のメンタルケアも必要ではなかろうか。
計画分娩の論文
平成31年2月21日
医学雑誌を整理していたら「計画的日中分娩法開発への道程」と題した、防衛医大初代教授、加藤宏一氏の論文が出てきた。これは「産婦人科治療」2009年10月号から3回にわたって掲載された非常にユニークな優れた論文である。
産科医にとってお産を昼間に計画的にできることは、安全性の面からも肉体的な疲労の面からも望ましいことである。もちろん妊婦さんにとっても産む日がわかれば予定も立てやすいし、昼間に生まれれば安全で深夜料金などの加算もなくなる。いいことずくめなのだが問題は安全にちゃんとできるかである。従来から行われている方法では、時間がかかったりうまくいかないこともあり結局帝王切開になるなどいろいろ問題があった。
加藤教授は陣痛開始から分娩終了までのプロスタグランディン(PG)の子宮組織内の変化を調べた結果、子宮頸管を熟化させるのはPGE2でその後PGF2αが陣痛に関与することを突き止め、PGE2座薬→PGF2αによる分娩誘発を試み、分娩までに時間も短く、痛みも少なく安全に行うことができたことを論文にして、氏の在職中すべて計画分娩がうまくいったことを発表した。
PGE2については産科医の間では非公式であるが、局所的使用で非常に効果があることは知られていた。ただ、この薬を製品化する製薬会社がなくてせっかくの研究もお蔵入りになっているのは実に惜しいことである。薬として認められるためには煩雑な手続きが必要で、製薬会社も無理だと思っているのだろう。妊婦さんにとっても分娩施設にとっても素晴らしい方法なのに惜しいことである。
産婦人科研修会
平成31年2月1日
血管エコー検査の専門家、松尾汎医師による深部静脈血栓症についての講演と大阪大学の上田豊講師による子宮頸がんについての講演があった。産婦人科の講演や勉強会は実に多く、毎月何回も行われていて広島の産婦人科医はよく勉強しているものだと感心している。ただ、これだけ回数が多いと話題も限定されてきて同じような話が繰り返されるのは仕方ないことである。
今回の深部静脈についてのエコー検査の話は、血管の専門家によるものなので非常にわかりやすくためになった。子宮・卵巣・胎児などのエコー検査はいつも行っているのでいいのだが、血管については専門でないのでよくわからなかった。深部血管エコー検査のやり方を実際にやって見せてくれたので、後で自分でやってみた医師も多かったのではないだろうか。このように自分にとって新しい知識を得ることは有益で刺激になり、毎日の診療に生かせるのでありがたいことだ。講演会の多くは診療後の夜にあることが多いので、疲れているときは億劫になるけれど、できるだけ出席するようにしようと思っている。
腹腔鏡手術の講演
平成31年1月11日
腹腔鏡手術のエキスパート、倉敷成人病センター安藤正明院長の講演があった。氏は現在、年間1600件以上の婦人科腹腔鏡手術を同病院で行っているが、さらに配偶者の経営している産婦人科医院で年間300件の手術を行っているという。氏の病院には全国から開腹手術でないと難しいといわれた患者さんが、侵襲の少ない腹腔鏡手術を求めて来院しているし、医師たちも紹介しているのでこれだけの手術件数になっているのだろう。難しい手術が多いだろうに、よくぞこれだけの数を的確に行えるものだとその体力・集中力・高度な技術に驚くばかりである。聞いていた他の医師たちもその凄さに心から敬意を表している様子だった。
氏は自分と同門であるが、若い頃に倉敷成人病センターに赴任してから経膣手術のエキスパートになり、その技術の素晴らしさは群を抜いていた。その後腹腔鏡手術という技法が始まってきたら即座にそれを習得し、年々症例数を増やして現在に至っている。国内はもとより世界各地で講演・技術の伝授を行っているし病院に研修に来る医師たちが後を絶たない。心・技・体は充実しているように見えたが、体には気を付けてほしいと思う。
西教授の講演
平成30年10月12日
「婦人科領域におけるロボット手術の現況と展望」と題して東京医科大学産婦人科の西洋孝教授の講演があった。
自分たちが医者になった頃の手術は、術野を見ながらメスやクーパー、鑷子などを使って直接行うものだと思っていたが、30年ぐらい前からお腹を切らずに小さな穴からカメラを入れて中を見ながら、マジックハンドのような器具を使う腹腔鏡手術が始まった。お腹を切ると回復に時間がかかるし痛みも強いので、器具の改良と共にこの方法が主流になってきた。
20年ぐらい前からロボット手術が行われるようになったが、これはロボットを遠隔操作して手術を行うもので、我が国にもダビンチという機械が導入されるようになり徐々に増えている。利点は動きが滑らかで無駄がないことと座って操作できるので疲れないこと、視野がクリアで細かいことがしやすいことなどであるが、問題なのは機械が高額なことと使う器具のコストがかかりすぎるうえに手術時間が長いことである。これらをすべてまとめて考えると今後ダビンチ手術が主流になることはないと思われる。最近の医療費の高額化、特に抗がん剤の異常な値段などを見るにつけ、これ以上医療費を使うと国が立ち行かなくなるのではと心配になる。経済がうまくいってこその医療なので順序を間違えてはいけない。もちろん技術の進歩は必要だけれど。
「黄体ホルモンに関する最近の話題」
平成30年9月13日
岡山大学産婦人科の鎌田泰彦准教授による表題の講演があった。黄体ホルモンは妊娠に欠かせないホルモンであるが、妊娠以外にはあまり役に立たないようである。むしろPMSの原因となっていることもあり困った症状が出ることもある。講演後フロアから「黄体ホルモンは妊娠と子宮保護以外では有用でないのか」との質問に否定はされなかった。子宮保護とはエストロゲンによる子宮内膜の肥厚に対して妊娠しなかった場合は月経で元に戻すための役割のことで、妊娠に関連しているともいえる。
ホルモンに関しては未知の部分がたくさんあり、他にもなにか重要な働きもあるのだろうと思う。生物の仕組みで無駄なものは一つもないはずで、無駄なものを抱えたまま種として生き残れるはずがないからである。地球上の生物は環境に適応したものだけが生き残っているわけで、現在生きている種の背後には数限りない滅びた種がある。
生物学と密接な関係にある医学は未知な部分が多く、今の治療が絶対に正しいのではなく、わからないことが多い中で最善をつくすのだという気持ちを忘れてはならないと思う。