平成17年8月26日(金)
先日のニュースで、「厚労省の研究班によれば、健康診断にはほとんど意味がないので見直しが必要である」との報道があった。現在行われている健康診断24項目のうち有効なのはなんと!血圧測定と飲酒・喫煙の問診だけだそうである(有効というのはその検査によって本人の寿命が延びる可能性があるという意味である)。飲酒と喫煙は本人の自覚の問題であるからせいぜい「アルコールはほどほどに、タバコはやめましょう」と言うだけであれば本人がその気にならないかぎり意味がない。そうすると「血圧」だけが意味があることになり、血圧は今は簡単に家でも測れるようになっているので「健康診断は必要ない」といっていることになる。
欧米では健康診断などはやってないようで我が国だけの慣例のようである。以前から、この類のことはあまり意味がないからその時間とお金があれば信頼できるかかりつけの医療機関を決めておいて、なにかあればそこに相談して意見を聞いたほうがはるかにいいといつも言っていたのだが、世の中がその方向へ向かうのであれば実にいいことである。そもそも毎日を元気で過ごしている人は医療機関には行かなくて良いのである。どこか具合が悪ければそこで初めて行けばいいのだ。そして信頼できる医師に相談してその人にとって最もいいと思われる医療機関・医師を紹介してもらうか、医師が自分のところで治療した方がその人のために良いと判断したらそうするだろうし無駄なくフォローしてもらえる。かくして患者ーかかりつけ医院ー信頼できる他の医療機関という「良性サイクル」ができあがる。これが逆の方向へ行けばその人にとっては悲惨なことになるだろう。
問題はそのような医者をどうやって見つけるかだが、こればかりは評判を聞いたりして自分で行ってみるしかない。相性もあるのですぐには見つからないかもしれないが、そのつもりでいればいつかは必ず見つかると思う。
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健康診断は無効(厚労省研究班)
HPV(ヒトパピローマウイルス)への対処
平成17年8月9日(火)
細胞診で軽度の疑陽性の場合は、1~3ヵ月後に再検することが多い。ほとんどの場合、同じ疑陽性の状態が続き、精密検査をしても軽度の異型上皮という悪性ではないが正常でもないという結果が多い。特に若い人の場合はHPVというウイルスの感染による細胞・組織の変化のせいであることがわかってきた。そのままにしておくと、ほとんどの場合は疑陽性のままでそのうち正常にもどることも多いが、一部では悪性に進むこともあるので一定の期間ごとに細胞診をしなければならない。これは本人にとっては不安な気持ちになることに加えて、通院の負担も結構大変だろう。異常を見つけても経過を見る以外には方法がないというのは、どう考えても医療側の責任でなんとかしなければならない問題である。
そこで、HPVに効果のある薬を塗ることによりウイルスを殺し、感染細胞が修復されれば細胞診も正常に戻るのではないかと考えた。ちょうど、いくつかの大学で同じ方法の治療をした論文が発表されていたので、軽度の異型性の続く患者さんにインフォームドコンセントの上治療を試みた。細胞診の異常の認められた部位に1~数回薬を塗るだけであるが、副作用はなく患者さんには何の問題もなかった。
その結果は、現在までのところ32例中14例は正常にもどり、13例は変わらず、1例は進行し、4例は脱落例(来院せず)であった。全くの無治療で経過をみた場合と比較しなければならないが、副作用がないことを考えるとなかなか良好な結果だと思う。もう少しこのまま続けてみるつもりである。
ピル普及のためのセミナー
平成17年7月26日(火)
先日医療従事者を対象にしたピル普及のためのセミナーに参加してみた。ピルの会社がスポンサーになっていて、産婦人科の医師とスタッフをターゲットにしてピルを普及させるように啓蒙する試みで、全国各地で何回か行われているようである。会場には結構参加者がいたが、惜しむらくは医師の参加が少なくその大部分はすでにピルを積極的に処方している人ばかりで、頼まれて参加している人たちがほとんどのようであった。私はピルの会社からはいっさい頼まれていなかったが、興味があったので参加したのである。そこで思ったことは、ピルの有効性を認めて処方している医師ばかり集めてもあまり意味はなく、処方していない医師に話をしないとセミナーの目的は果たせないだろうが、興味のない医師はそもそも集まらないから難しいということだ。またいくらピルがいいからとすすめてもユーザーが必要を感じなければこれまた意味がない。なんでも日本は先進国のなかではピルの普及率が最も低く、1,8%で(ちなみに欧米では20~40%だそうである)もっと普及させようということである。
広島で多くのピルを処方している医療機関の一つである当院の感触では、日本でのピルの普及はそのメンタリティゆえに難しいだろうと感じる。最近は若い世代が結構使うようになっているが、ピルは自然に反するとの気持ちの強い世代には論外のようだ。私としては、必要な人には勧めているがこちらから大々的に宣伝してまで出そうとは思わない。
アスベストによる中皮腫
平成17年7月23日(土)
暑い日が続く。午前中は患者さんが多くフル回転で診療する。でも午後は結構ヒマだった。
アスベストによる中皮腫の被害が毎日報道されている。恥ずかしながらここまで危険なこととは知らなかった。学生時代に内科で「アスベストーシス」については習った覚えはあるのだが、塵肺などと同じようなものとしか認識していなかった。アスベストを吸って20年以上経って腫瘍が発生するとは大変なことである。現在は大丈夫と思われていても将来禁止されるものはきっとあるだろう。昔は肝細胞がんの原因の多くがC型肝炎ウイルスであることや、HPVウイルスが子宮がんの原因だとはわからなかった。だから予防接種の注射器の使い回しはあたりまえのことだったのである。小学時代に日本脳炎の予防注射をクラスでならんでうけていたが、一本の注射器で4~5人ぶんの量があった。今は注射針の使いまわしはなくなったが、これに類したことはいつおきるかわからない。
お産は結果
平成17年7月6日(水)
最近は医療ミスについての新聞記事がよくみられるようになっている。増えたわけではなく、情報公開の観点から知られるようになったのだろうが、実際我々も気をつけているが何が起きるかわからないという心配は何時でもある。たとえばある薬を処方した場合、1万人には何も問題なくても1万1人目の人には重大な副作用が発生するかもしれない。こういうのを医療ミスと呼んでもいいかは疑問だが、おしなべて医療は結果を問われるので当事者には医療ミスと感じられるかもしれない。
産婦人科、特に「お産」は結果責任を問われることが最も多い分野の一つである。熟練した医師とスタッフがどんなに慎重に対処してもうまくいかないことがある。一方、何もしなくても問題なく生まれることも多い。以前修学旅行の新幹線のトイレで赤ちゃんを生んだ女子高生がいたが、妊娠は本来何もしなくても順調にいくものである。ただし、一定の比率で重大なことが起こるため昔から新生児死亡率だけでなく妊産婦死亡率も高かったのである。我が国でも昭和20年代までは「産(三)で死んでも苦しゅうない(ばくち場の言い回しー阿佐田哲也、麻雀放浪記より)」というような言葉があったぐらい、妊産婦死亡は多かったのである。経済の発達と医療環境の充実により現在は世界でも最高レベルまでよくなっているのだが、皮肉なことにお産関連の医療裁判は増えているのである。なかにはきちんとやっていたけれど結果的にうまくいかなくて訴えられている場合もあるし、逆にけっこうでたらめでも結果がよくて感謝される場合もあるようだ。前者は気の毒だが後者は今は良くてもいずれ事故をおこすだろう。
我々も日々慎重にやっていきたいと思っている。
医事紛争の本
平成17年6月3日(金)
今日から「とうかさん」である。去年もこの欄に書いたのでもう一年経ったことになる。はやいものだ。天気もいいし人出が多いことだろう。こんな時は流川周辺には飲みに出ない方が無難だろう。
最近手に入れた産婦人科の医事紛争の本によると、大阪府の例であるが半分はお産と新生児にまつわることだそうである。お産は多くは普通に進行して無事に生 まれるが、同時に何が起こるかわからないのも事実である。以前お産をしていた時は、何度も怖い思いを経験した。最初からハイリスクとわかっている場合はそのつもりで準備して対処するが、何も問題なく順調に進行している時は、安心して経過を見ている。そういう時に限って突然危険なことが起こるのだ。一旦危険 なことが起きると母体と胎児の両者の命がかかっている。すばやく的確に対処することが求められる。
中絶に関しての紛争は15%とのこと。いつも注意深く行っているが、危険は常にあると思っている。どんなに安全だといわれている薬でも100%確かものは ないのだ。たとえ百万分の一の確率でも危険が起きる可能性はあるのである。そうは言ってもあまり気にすると何もできなくなるので、今までどおり丁寧にやっ ていくしかないと思う。
治療は慎重に
平成17年4月15日(金)
妊娠中期に子宮の頚管が1,5cm以下の場合早産になる確率が高いことは、以前からわかっていた。それに対して、安静と頚管を縛る手術をすることが行われてきた。ところが最近手術をした場合とせずに経過をみた場合と、早産になる確率は変わらなかったとの論文が発表された。この論文は信頼できる内容であり、 以前に同様の検証をした別のグループの論文と同じ結果となっている。じつは以前に発表された、頚管を縛る手術が早産を防ぐのに有効であるという論文は、症例も少なくたまたまそうなったに過ぎないという意見の方が強くなっているようである。
昔から、その時代時代に流行の治療法や手術が行われてきたが、後になって有効でないとわかって廃れたものはたくさんある。問題なのはその治療や手術が患者さんに苦痛をあたえたり取り返しのつかないようになることである。たとえば切り取った臓器はもう新しくはできず失われたままである。産婦人科でかつて盛んに行われていたが今では全く行われなくなった手術にアレキサンダーの手術というのがある。今から30年以上前まで行われていたが、我々の世代より下の医師はその名前すら知らないはずである。アレキサンダーの手術とは子宮後屈矯正のための手術で、昔は女性の腰痛や生理痛の原因は子宮後屈のせいだと言われていたから、それを治すためと称して行われていたのである。無論当時の医師たちは心からその治療法を信じて、一生懸命治してあげようと努力したのは事実であるが。この治療は有効でないだけで、不都合が生じるわけではないのでまだよいが、そうでない治療はいくらでもある。
我々が子供の頃は一本の注射器で針を換えずに何人もの子供が予防接種を受けていたことを思い出す。ウイルス性の肝炎などの概念のない時代であり、注射針から血液を介してそれらの病気が感染するなどわからなかったのであろう。それよりも子供たちの日本脳炎や結核を防ぐために行っていたのである。血液製剤や輸 血による感染などもそうである。どんな治療法もある程度年月を経ないと、真偽のほどはわからない部分がある。だから一層治療をする時は本当にこれでいいのか何度も考えながら行うべきである。怖れるあまり何もできなくなっても困るが、極力むだなことは検査も含めてしないようにすべきだろう。一生懸命やったからとか、心から相手のことを思ってやったからといって許されるわけではないのである。
乳がんのオープンカンファレンス
平成17年3月18日(金)
外科主催の乳がんのオープンカンファレンスに出席してみた。最近マンモグラフィーを撮るように厚労省がさかんに言っているので、検査法の精度が良くなったのかなど知りたかったからである。実際のところは某新聞の乳がんキャンペーン記事にあおられた厚労省が、対策を立てていることを示すためもあってマンモグラフィーが必要だと言い出したらしい。確かにマンモグラフィーは役に立つ検査法には違いないが以前からある検査法であり、急に有用性が増したわけではなくマイナス面もある。
乳がんの専門家の意見では、昔から行われている視触診法は熟練した医師が行えば見逃すことは少なく有用とのことである。なによりこの方法は検査するための 機械が必要ないからコストがかからない上に、マンモグラフィーのように患者さんが放射線を被爆しなくてすむ。ならば視触診だけでよいのかというと、実際には見逃しもあるために超音波検査やマンモグラフィーも必要なのである。ただし異常を感じた時にすればいいので、私はいつも自己検診法を教えて「乳房の管理 は自己責任ですよ」ということにしている。自己検診でいつもと違うと思ったら受診するようにすれば、むだなコストも省けるし早く見つかるようになる。厚労省も同じ予算を使うなら、自己検診を新聞テレビなどで広めたらどうだろう。その方が本当の意味で効果があり女性のためになると思うのだが。
津田秀敏著「医学者は公害事件で何をしてきたのか」
平成17年2月22日(火)
暖かい日が続いていたが、日曜日から寒さがぶり返してきた。ついにコートが必要になってしまった。まさに三寒四温である。
「医学者は公害事件で何をしてきたのか(津田敏秀著)」という本を読んだ。
この著者は私の母校の後輩であり同公衆衛生の講師であるが、その内容の緻密さと正確な論旨、正義感と学者としての真摯な姿勢など最近読んだ本の中では密度の濃いすばらしい著書であった。こういう人物がいるかぎり、まだまだ日本も捨てたものではないと思われた。著者はまず疫学から語り始め、水俣病は食中毒事件であると看破し、初期発動の時点で食中毒として処理しておれば法律に基づいてマニュアルに沿って対策がたてられ、被害は大きくくい止められただろうことを示したうえで、その後の水俣病に関するさまざまな学者の良心にもとるような、政府・企業を利する事実を捻じ曲げた学者の発言を実名を挙げてきちんと検証して論破している。
さらに「カネミ油症事件」も同じ構造でおこったものであるとして、薬害エイズ事件に至るまでなぜ同じことがくり返されるのかを考察している。そして、学者が本来の真理探究の姿勢を忘れてしまって、保身と自己栄達のために御用学者にならないように「学者ウオッチャー」を立ち上げたらどうかと提案している。一般人、ジャーナリスト、学者、企業人、行政官など立場を問わず発言の場を作り、討論し公開していく。それにより不誠実な学者は淘汰され、能力のある真摯な学者が残っていくのではと期待している。実際はそううまくは行かないだろうが、少なくとも今までよりは良くなるのではないだろうか。著者に満腔の賛意を表するものである。
狂牛病騒動は何だったのか
平成17年2月8日(火)
英国狂牛病(BSE)由来のヤコブ病で日本人患者さんが一人亡くなったとのニュースがあった。非常に気の毒ではあるが、今回はそれほどの騒ぎにはなっていないようだ。以前の米国産の牛肉の輸入中止のときはすごかった。あのときの騒ぎはいったい何だったのだろうか。
そもそも狂牛病の牛が18万頭もいる英国ですら、さらに言うと脳みそを好んで食べる英国ですらそれが原因のヤコブ病は153人しかいないという。一方、狂牛病とは関係ないが同じ症状を示すクロイツフェルド・ヤコブ病では毎年日本で100人前後の人が亡くなっており、全世界では毎年1万人前後の人が亡くなっているとのことである。こちらの方がはるかに恐い。マスコミも騒ぎすぎだし、その流れにのって米国産の牛肉を輸入禁止にした政府もいったい何を考えているのだろう。こういうときこそ専門家がきちんとデータを出して、徒に恐がらせないようにするべきだろう。以前のダイオキシン騒ぎの時もそうだったが、いつも最初にマスコミが煽ってそこに政府のやることは何でも反対する声の大きいひとたちが騒いで、そのことを正しく把握している専門家の意見は無視されていくという構造は変わらないようである。