カテゴリー 日誌

裁判員制度が始まる

平成20年12月13日(土)
いよいよ来年から裁判員制度が始まる。知らない間に決まった制度だ。しかも、もし裁判員に選ばれたらほとんど拒否できないそうである。
いったい誰がこんな制度を決めたのだろう。もし国民投票したら間違いなく廃案になるだろう。裁判はプロに任せておけばよい。素人が判断するには無理があるのは、誰が考えてもわかるはずである。我が国には一般人参加の裁判はなじまないと思う。
もし自分が選ばれたら、何日かクリニックを閉めて行きたくもない裁判に行かなければならない。そんなことをしたいと望んだわけでもなく、自分が参加することによって今よりも裁判がよくなるとは思えない。経済的な損失も非常に大きい。いいことは一つもないのである。
こんな制度を作った人たちはいったい何を考えているのだろう。実に不愉快である。

その日の前に

平成20年12月5日(金)
早いものでもう師走だ。
重松清原作の映画「その日の前に」についての大林監督と作者の対談が文芸春秋に載っていた。かなり面白そうな映画なので観たいと思って調べてみたら、広島では今から2週間某映画館でロードショーで上映することになっているようだ。歳の所為か涙腺が緩んでいるので、家で「風の谷のナウシカ」を観て眼を赤くしているのを子供に見られて、ちょっと恥ずかしかったが、この映画は絶対に泣けるようである。上映時間から日曜日しか観られないのが困るが何とか観たいものである。

田中一村展

平成20年11月29日(土)
時間がとれたので、連休を利用して奈良、京都へ行ってきた。目的は、奈良明日香村の万葉文化館で開催されている「生誕百年記念 田中一村展」を見るためだったが、紅葉の季節だしついでに京都をまわってくればいいと思って、急遽計画したのだった。さすがにこの時期は宿がとれず、はじめは大阪のビジネスホテルしかあいてなかったが、出発5日前に奈良公園入り口にあるホテルがキャンセルでうまくとれて幸運だった。奈良は大混雑で、申し込んでおいた奈良観光バスツアーが大幅に遅れたが、おかげで若草山からのすばらしい奈良の夜景を見ることができた。
翌日の京都も大変な人で、清水寺などの有名なところは大混雑なので避けて、午前中に紅葉のきれいな穴場、金福寺、詩仙堂を巡ったが、ゆっくりと紅葉を堪能できた。昼前に雨が降ってきたので、少し早めに予約しておいたレストラン「おくむら」でランチ、秋を満喫できた二日間であった。

福岡伸一著「生物と無生物の間」

平成20年11月22日(土)
分子生物学者の福岡伸一氏の「生物と無生物のあいだ」という著書は「いのち」とは何かを示唆していて興味深い。著者自身が携わってきた最先端の研究を語りながら、世界中の優れた研究者達のエピソードなどを紹介しつつ、「生命とは何か」を考察している。
「生命とは自己複製を行うシステムである」これが、20世紀の生命科学が到達したひとつの答えである。が、著者はさらに「命とは動的平衡の流れ」である」と定義付ける。
生物を生物たらしめている設計図はDNAだが、生物を維持しているたんぱく質などは分子単位で常に入れ替わっているという。昨日と今日では生物というシステムは同じでも中身は変わっているのである。ちょうど砂浜がその形を変えないけれど砂の一粒一粒は常に入れ替わっているように。
これはマクロでは都市とまったく同じではないか。都市というシステムは同じでもビルは少しずつ建て替えられるし、中の人たちも時間とともに入れ替わる。それでも広島の街は街であり続ける。戦争で壊滅しても再び街を創りあげ機能し続けている。先ほどの「生命」の定義である「複製と動的平衡の流れ」とぴったりと合う。

中野孝次著「ガン日記」に思う

平成20年11月17日(月)
中野孝次氏の「ガン日記」は、著者が食道がんになったことが判った2004年2月8日から3月18日までの日記とその後のことを奥様と編集者が記録した著書で、氏の没後出版された。初めは懇意にしている医者から余命1年であることを告げられ、治療を勧められたが、病気の性質上なにもせず経過を見ることにした。他の医者からも入院治療を勧められたが、頑として受け入れなかった。ところが日々体調が悪くなるなかでしかたなく入院することを決め、放射線治療を受けた。1ヵ月半の治療後退院したが体調は良くならず、程なく亡くなられた。
頑として治療をしなかったことは実に共感したが、日々弱っていく中で医者の言うことを聞いて仕方なく治療入院したことがなんともお気の毒であった。こういう場合、なぜ医者はステレオタイプに治療しか考えないのだろうか。中野氏が入院できたのは治療を医者の言うとおりにすることが前提であり、そうでなければ入院できなかったのである。手術、放射線、抗がん剤、どれも過酷な副作用がある。なのに治療の有無に関わらずがんによる死亡数は変わらない。そうであれば、できるだけおだやかに残った日々を過ごせるようにすることが、医師に課せられた使命ではなかろうか。それを実践している医師もいると聞く。
こういう記録を読むたびにいつも同じ事を考えてしまう。

今日は誕生日

平成20年11月10日(月)
アステールプラザでの尺八演奏会が終わってホッとしている。なにしろアガっている上にライトが強烈に暑く、汗が流れ落ちるのがわかるほどだった。何箇所も間違えて、こういう時に日頃の練習がいかに大切か思い知るのである。
今日は誕生日。家族から「おめでとう」の言葉とささやかなプレゼントがあり、クリニックに行くと、スタッフ達が花束をくれた。ありがとう。ストレスがなくなったので昼間はのんびり診療して、夜は会合。そのあとしっかり飲んで帰宅したときはハイテンションだったようだ。ぐっすり眠って翌朝は気持ちよく目覚めた。健康に感謝である。

紅葉

平成20年11月4日(火)
11月になるとさすがに朝夕は寒くなってきた。先日、庄原へ行ったところ紅葉が始まっていて広島市内との温度差が感じられた。この時期、一昨年は臥龍山へ紅葉を見に行ったとこの日誌に書いている。日誌があると結構便利である。
去年はどうだったかというと、9月に京都を訪れていた。でもまだ暑さが感じられ、やはりこの季節に訪れてみたいと思ったようだ。確かに京都はこれからが一番風情のある季節である。でも今年は時間が取れそうにないし、この時期は観光客も多いから、人を見に行くことになってしまうだろう。京都在住の人の著書によれば、12月初め頃が紅葉も見られるし観光客も少なくて穴場の時期だそうだ。時間があれば行ってみたい。

ヒマな当番医

平成20年10月26日(日)
今日は広島市の産婦人科当番医なので日曜日でも一日開院している。前回が5月の連休の中日だったので5ヶ月ちょっとで順番が回ってきたことになる。いつもなら6ヶ月ちょっとなので廻りが早い。市内の産婦人科施設数はほとんど減ってないのになぜだろうか。
こんなことをグチるのも休日診療の日の患者さんが少ないからである。他科はそれなりにあるようだがわが産婦人科は本当に少ない。休日診療をする意味があるのかと同業の先生方といつも話すのである。今回はヒマな時間にCDがしっかり聴けたことがよかった。尺八から落語まで、お気に入りのCDをじっくり聴くことができた(泣)。いずれもすばらしい作品ばかりで、それぞれの芸を味わえたのは唯一の収穫であった。

尺八演奏会が近づく

平成20年10月20日(月)
尺八の演奏会の日が迫ってきた。昨年、初めて参加した演奏会であるが、なにしろ人前で吹けるほどの技量もないのにプロの筝、三弦との演奏である。どういう結果になるかは想像できるだろう。まさに冷汗三斗の状態であったが、こういうものは場数を踏まなければ上達もないので、今年も性懲りもなく出るつもりである。合奏していただくプロの演奏家の方々と、義理で来場される人たちには気の毒なことだが我慢してもらうしかない。
昨日、チケットを頂いたので呉まで尺八の演奏会に行ってきた。これはプロの演奏家三人によるもので、なかなかよかった。会場にはざっと300人ぐらい入っていて、結構尺八を聞きに来る人がいるものだと妙に感心したことである。斯く言う私も自分が始めるまでは興味はほとんどなく、そういう世界があることは関心外だったからわかるのである。どの世界もそうであるが、一旦入ってみると結構面白く汲めども尽くせぬ味があるものである。特に歴史に裏打ちされた伝統芸能は、知れば知るほど奥が深い。しばらくはこの世界を探求してみたいと思う。

初孫誕生!

平成20年10月14日(火)
11日に日付が変わった直後に長女が無事女の子を産んだ。両家にとってまさに初孫なので大喜びである。心配していたが母子ともに元気でこんなにうれしいことはない。今回しみじみと感じたことは、一人の子供の誕生には本人夫婦はもとより、それぞれの両親を始め同胞達の熱い想いがあるということである。自分達の子供の出産の時には思ってもみなかったが、その立場に立ってみて初めて自分達の親の気持ちがわかった。
かつてお産に携わっていた頃は、夜中に呼ばれた時などは正直つらいと思ったことである。でも、一人のお産の背後にはこれだけの人たちの想いがあることを実感すれば、つらいなどと言ってはいられない。その頃この実感があれば、家族の人たちにもっと気配りができただろうにと思う。いずれにせよ天に感謝である。