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発想の転換

平成26年10月31日(金)
30数年前、私が母校の産婦人科に入局した頃は、一人前の医師に育てるための優れた教育制度があり、産婦人科医としての基本をしっかり教わった。母校は歴史もあり代々受け継がれてきた「レーゲル集(現在のガイドライン)」に基づいた検査・治療法を先輩医師より丁寧に教え込まれた。このことはその後の医師人生にどんなに役に立ったことか、本当に感謝している。
時代は変わり経膣超音波検査法が一般化してくると、妊娠の診断・予後に対する従来の考え方が大きく変わった。この検査法は子宮の中がクリアに観察できるので、妊娠初期の状態が的確に診断できる。流産するのか子宮外妊娠・胞状奇胎などの異常があるのかが安全にわかるようになった。そして流産は妊卵の細胞分裂の異常によるもので、一定の割合で起きることがわかり、従来の安静・止血剤・子宮収縮抑制剤の投与の効果が疑問視されるようになった。かつては切迫流産という病名で入院・安静・点滴という治療が多くの病院で行われていたが、現在はほとんど見られなくなった。
その当時、治療効果を信じて入院していた人たちは、今から考えると気の毒で仕方がないが、当時は医師も治療効果を信じて行っていたのである。現在行われている色々な病気に対する検査・治療の中にも将来、意味がなかったといわれるようなものもあるはずだ。発想の転換をすればムダと思われるものは容易に見当がつく。その最たるものは老化とがんに関するものだと思う。有害無益と思われる検査・治療をやめるのも大切なことである。

黒鉄ヒロシ著「韓中衰栄と武士道」

平成26年10月24日(金)
「赤兵衛」でおなじみの漫画家黒鉄ヒロシ氏の新刊で、平成12年9月から夕刊フジに連載したものをまとめたものである。以前にも紹介したことがあるが氏の文章は秀逸で、「毎日クローがねえ」という今は絶版になっているエッセイ集を読んで以来注目していた。最近では戦国時代から江戸・明治時代にかけての名だたる武将・著名人を様々な角度から考察した「千思万考」があるが、これも氏のユニークな視点を加味した人物像を浮かび上がらせていて面白い。
表題の著作は近年いっそうギクシャク度を増しているお隣の国との関係を、歴史的考察を中心に的確に述べている。人生の達人である氏の結論は「覚悟して一定の距離を保って隣国と付き合え、覚悟とは武士道である」、一見古臭いと思うかもしれないが、含蓄のある氏ならではの発想で、じつにそのとおりだと納得する。

一進一退

平成26年10月17日(金)
尺八を始めて10年にもなるとさすがに才能がないことがわかるが、なにしろ吹いていて気持ちいいので続けている。先月、南区民文化センターでのささやかな演奏会で2曲、独奏した。琴なしの独奏は初めてで、録画したものをいただいたので自分の演奏を客観的に見る(聞く)ことができた。自分では出来が良くなかったので見るに堪えないと思っていたが、思ったほどひどくなかったので少しほっとした次第である。その後、他の曲を吹いてみてもなんだか音がよくなったように感じて気を良くしていた。
ところが最近、自分で吹いて録音した音を聞いてみたらやはりダメで、自己評価というものは客観的評価よりも常に高く、ときおり思い出したように正しい評価をするものだと思った次第である。スポーツは勝ち負けがはっきりしているし、試験は点数で評価されるので客観性が高いが、音楽は評価が難しい。だからといって常に正しい自己評価をしていたら吹く気がなくなるだろう。これはすべての芸事だけでなく、ヒトのあらゆる行動について言えるのではないだろうか。

半村良ふたたび

平成26年10月10日(金)
かつて注目して新刊が出るたびに読んでいた作家は何人もいるが、ある時を境に興味が無くなった作家も少なからずいる。また、人気作家であっても亡くなった後、あっという間に忘れられた人も多い。一時はまっていてほとんどの作品を読んだ作家に「半村良」がいる。SF、伝奇小説の名手といわれていたが、さらりとした人情ものも上手かった。
初期の作品「石の血脈」「産霊山秘録」の面白さにはまって以来、「妖星伝」「太陽の世界」で半村良は天才だと思い、特に「太陽の世界」は新刊が出るたびに買っていたが、ある時期から中断された。結局、再開することなく氏は他界されたので未完のままである。思い出して読み返してみても決して色あせてなく、当時のわくわくした気持ちがよみがえる。
流行作家となって脚光を浴びていたが、亡くなってしまうとすぐに忘れられてしまう作家が多い中、半村良は自分にとっては心に残る作家である。

天高く馬肥ゆる秋

平成26年10月3日(金)
あいかわらず自転車でクリニックに通っているが、3キロメートルは程よい距離で季節の変化が直接肌に感じられるのが快い。今朝は雲一つない秋晴れの空で気持ちのいい一日になりそうな予感がする。10年前の10月の診療日誌をひも解いてみると、今日とまったく同じような気持ちのいい日であることに触れ、こんな日は尺八を持って山中に分け入り瞑想にふけるのがいいなどと能天気なことを書いているが、確かにそんなことを思わせるような青空である。
わが国はきれいな水と緑に恵まれ、四季の移ろいがさまざまな文化を生んだ世界でも稀な楽園である。鎖国をやめて近代国家に変身した頃に日本を訪れた西洋の要人の中には、日本を「東洋の真珠」に例えてこのような素晴らしい国が存在するのは奇跡であり大切にしなければならない、と本国に伝えた人が何人もいたという。
今年はマツタケも豊作のようだ。豊穣の秋を満喫したいものである。

低用量ピルの副作用について

平成26年9月25日(木)
愛知医科大学の若槻明彦教授の講演があった。低用量ピルは、避妊、生理痛の改善、生理周期の安定化、子宮内膜症の治療、卵巣がん・大腸がん発生の抑制など多くのメリットがある一方、血栓症の発生頻度の増加が問題になっている。そのことについて実際はどうなのか、対策はどうするのかという話で、興味深く聞いた。
ピルはメリットがデメリットをはるかに上回る薬であるが、副作用をなくすよう努めなければならない。静脈血栓症はピルを服用していない人にも発症するが、もっともリスクが高いのは妊娠である。妊娠中と産後3か月の血栓症の発生頻度は非妊時の10倍以上になるという。次いで問題なるのは喫煙である。以下、高年齢、肥満もリスクが高くなる。だから喫煙以下、リスクの高い人にはピルは勧めないのが原則である。血栓症が起きるのはピル内服開始3か月以内が最も多く、その時期を過ぎれば血栓症のリスクは低下する。だからその時期は特に気を付けなければならない。血栓症の発症を予知する方法はないということなので、一層注意が必要だと思ったことである。

ベセスダシステムについて

平成26年9月19日(金)
慶應義塾大学産婦人科、岩田卓講師の講演があった。子宮頸がんの細胞診の問題点を改善しようと、アメリカのベセスダという処に米国の専門家が集まり委員会が組織された。そこで従来の方法を改善すべく考えられたのがベセスダシステムで、現在はアメリカだけでなく世界でも使われるようになった。わが国でも従来のパパニコロウ細胞診から上記の方法に変えてきている。
ポイントは子宮頸がんの原因といわれているHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染を関連付けていることで、従来の検査法より少し精度が上がっているそうである。もちろんこの方法も最善ではなく、今後も改善していくことになるだろう。ただ、感想としては本質的な意味で「がん」の治療ができない以上、検診の精度が上がってもなあと思ったことである。

藤田紘一郎著「人の命は腸が9割」

平成26年9月11日(木)
著者は、寄生虫体内のアレルゲン発見で小泉賞を受賞した東京医科歯科大名誉教授で、サナダ虫の「ハナコ」ちゃんを自らの腸内に寄生させてみたり話題の多い人であるが、一貫して表題の内容を主張している。
生物は栄養を吸収する腸を中心として発達してきており、脳は後付けの器官であるからヒトの体の司令塔は「脳」ではなく「腸」に置くべきだという説はそのとおりだと思う。ヒトの体は60兆個の細胞からできているが、腸内には2万種1000兆個もの細菌が住み着いていて、いわば生命共同体というべきものである。これらの菌が免疫システムを支え、働きを活性化しているのである。生後1年間で腸内細菌の組成がほぼ決定するといわれているが、この時期に「はいはい」していろいろなものを舐めない赤ちゃんは、免疫力が弱くなるという。
腸から健康になる方法として「食事の初めに小皿1杯のキャベツを食べる」「ネバネバ食品をたくさん食べる」「週に2~3回ステーキ(肉)を食べる」などは、わりと簡単にできそうである。広島大学の元学長、原田先生の話題もあり面白く読ませてもらった。

「成人病の真実」再び

平成26年9月3日(水)
久しぶりに近藤誠医師の表題の本を読み返してみた。「成人病の真実」は平成14年(2002年)に出版された本で、近藤医師が平成13年4月より文芸春秋誌に掲載した論文をまとめたものである。
氏の文章は平明でわかりやすく、出典も常に明らかにしており論文として優れたものである。今回読み返してみて、現在の医学の進展?から検証しても内容にいささかの訂正の必要もなく、ほんの一部ではあるがやっと医学界も認めてきたところがある。ただ、医療経済の面からは、全部認めれば医療費が縮小するからその方向にはいかないだろう。
タイトルだけあげれば、「高血圧症3700万人のからくり」「コレステロール値は高くていい」「糖尿病のレッテルを貼られた人へ」「脳卒中予防に脳ドック?」「医療ミス、医師につける薬はない」「インフルエンザ脳症は薬害だった」「インフルエンザワクチンを疑え」「夢のがん新薬を採点する」「ポリープはがんにならない」「がんを放置したらどうなる」「主要マーカーに怯えるな」「定期検診は人を不幸にする」など、なかなか刺激的である。でも著書からは患者さんに不利益を被らせないようにしようという、氏の真摯な思いが伝わってきて、その努力と勇気に満腔の敬意を表するものである。

福田蘭童について

平成26年8月30日(土)
今度、某所で福田蘭童の曲を吹くことになったので、目下練習しているところである。福田蘭童は尺八奏者・作曲家で昭和51年、71歳で亡くなったが、その曲は尺八愛好家の中では好まれていて、今でも折に触れ演奏されている。どの曲も個性的で一度聞けば「これは福田蘭童の曲だな」と感じられる作風である。
蘭童は明治38年、洋画家青木繁と福田たねの子として生まれたが、正式な結婚でなかったので祖父母に育てられた。この生い立ちが後の独特な作風になったのではないかと思われる。腕白で利発な子供で小学校時代はいつも級長だったそうだが、中学校に入ってから尺八にはまってしまい成績は落第寸前だったが、尺八は師にも恵まれて猛練習、めきめき上達した。古風な和楽器をマスターし大成するには西洋音楽の理論も必要だと、音楽学校でピアノとヴァイオリンを学び後に作曲を手がけた。NHKラジオドラマ「笛吹童子」「紅孔雀」のテーマ曲が好評を博した。釣り好きで釣りの随筆など多数あり、飄々と人生を生きた自由人。クレージーキャッツの石橋エータローは息子である。