平成28年3月18日(金)
「卵巣癌の新たな治療法開発に向けて」と題した山形大学産婦人科、永瀬智教授の講演があった。BROCA1,BROCA2の遺伝子変異を持つ女性の遺伝性卵巣癌発生率が高いことがわかってきたために、アンジェリーナ・ジョリーさんは乳房切除に続いて今度は卵巣と卵管を切除したという話から始まり、実に興味深い内容の濃い話の連続であった。
卵巣を摘出することによる卵巣がん・乳がん予防効果はあるけれど、女性ホルモンが低下することで冠動脈疾患・脳卒中・肺がんなどが増え、死亡率がかえって増えるという。ただし、65歳以後の卵巣摘出は生命予後に影響しないそうである。卵巣がんの発生機序についても少しずつ新しいことがわかってきて、治療に応用すべく様々な試みがなされている。そうではあるけれど生物学・生命学はまことに奥が深く、現在の知見は暗闇でゾウの尻尾にさわっているようなものなのかもしれない。
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山形大学永瀬教授の講演
西区民音楽祭
平成28年3月12日(土)
先日、西区民文化センターで行われた音楽祭に出演し、10数人の尺八で「アメイジング・グレイス」と「風の色」の2曲を合奏した。この音楽祭は西区民文化センター主催の広島市内で活動する音楽サークルのための発表会で、合唱・ギター・二胡・ハワイアン・フォークなど色々なグループが出演し、日頃の練習成果を一般の人に聴いてもらう会である。尺八でステージに立つのは久しぶりだったが、一人で演奏するわけではないのであまり緊張せずに吹くことができた。
元来、尺八という楽器はピッチを合わせるのが難しく、合奏にはには不向きである。特に半音は、ある程度吹ける人でないと正確に出せない。西洋の楽器は正確な音が出しやすいように改良されてきたのでオーケストラが成立するが、和楽器は楽器の改良よりも技を磨く方を重んじてきたために、普通の器楽曲を合奏するには熟達した技術が必要である。その分、和楽器のために作られた曲には独特の「和」の味わいがある。達人が単管で吹く尺八のしみじみとした響きには魂を揺さぶられる。やはり「和の音楽」も捨てがたいと思う。
うなぎ考(2)
平成28年3月5日(土)
以前にも書いたが、そごうにあったうなぎの店「伊勢定」が撤退して以来ずっとうまいうなぎを探している。広島県内はもとより近県でも美味しいとの評判を聞くと早速出かけて試している。どの店もそれなりに美味しいが、好みの問題だろうが「伊勢定」を凌ぐうなぎにはめったに出会えない。小倉「舎田庵」、今治「うなぎや」、松江「山美世」、福山「なか勝」、奈良「川はら」、京都「まえはら」などに行ったが、「まえはら」のうな重は絶品で私的には最高のうなぎである。
広島では「こだに」、「うな月」、「雲海」、「たこつぼ」が美味しいが、気に入っているのは「たこつぼ」のうな重である。ここは三越の地下にも持ち帰りのうなぎとして出していてよく使うけれど、店で食べるのが一番うまい。
今のような蒲焼きになったのは戸時代といわれているが、なんといっても醤油、みりん、砂糖などで店ごとにたれを工夫して作り、開いて蒸したうなぎにしみこませながら何度も焼いて、あつあつのごはんにのせて山椒をふって食べるのは最高である。これに肝吸いと漬物がついて我が国の食文化「うな重」の完成である。うなぎが焼きあがるまで肝焼きでちびちび飲みながら待つのもいいものである。またうなぎが食べたくなった。
「過剰診断」
平成28年2月26日(金)
表題は米国ダートマス大学医学部教授、H・ギルバート・ウェルチ氏他2名の著書で、副題は「健康診断があなたを病気にする」である。健康診断や人間ドックが当たり前になっているのは日本だけかと思っていたが、アメリカ人も早期診断が好きらしい。もちろん我が国のように職場で強制的に健康診断を受けさせられる制度はないようだが、個人的に健康に気を使って早期診断を望む人は結構いるようである。アメリカでは危険因子の発見、疾患啓発キャンペーン、がんのスクリーニング、遺伝子検査などが行われていてそれをありがたがる人が多いという。
以前は具合の悪い人だけが医者にかかっていたが、高血圧の薬を処方する基準を下げた頃から「将来具合が悪くならないように」という理由で現在なんにも異常を感じない人にも検査を行い、あらかじめ薬を出すようになった。医療パラダイムの変化である。そしてこの流れは、医療経済の拡大と並行して異常の定義そのものが徐々に拡大しているためいっそう悪化しているという。なぜこのようなことが起きるのか、多くの人にとって診断を受け薬を処方されるメリットがない現実を、データを示して説明している。
我が国にもきちんとしたデータに基づいて健康診断のデメリットを示している医師たちもいるが、「健康診断は必要だ」の声にかき消されている現実がある。アメリカにもこのような誠実な医師たちがいることに安堵したことである。
母子健康手帳とマイナンバー
平成28年2月19日(金)
マイナンバー制度が始まり、広島市でも今年の1月1日より母子健康手帳をもらうときに個人番号カードが必要になった。昨日市役所から届いた書類で知って驚いた次第である。個人情報保護法についでマイナンバー制度という悪法?ができて、早速妊婦さんの負担が増えたわけである。今までは母子手帳は予定日さえ言えばすぐに交付されていて、手帳についている無料券などは、医療機関でしか使えないので何の問題もなかったわけである。
法律や制度というものは住民のためになるべきであるのに、かえって負担を増やしてどうするのだろう。今の社会は、いろいろな分野で一部の不届き者のために多くのまともな人の負担を増やす方向に制度が作られているように思う。どんな法律や制度を作っても守らない者や悪用する者はいるので、そのような者には罰則を重くして一般人の負担を少なくするように努めるのが良い社会ではないだろうか。
[母子健康手帳交付について]
手続き:各区保健センターの窓口で妊娠届に必要事項を記入
持参物:①本人の「個人番号カード」「通知カード」「個人番号の記載された住民票の写し」のいずれか ②本人の身元を確認するもの(「個人番号カード」「運転免許証」「パスポート」等、顔写真がないものは健康保険証や年金手帳等2つ以上の書類が必要)
面倒になってしまった。
野風増(のふうぞ)
平成28年2月13日(土)
久しぶりにデュークエイセスのアルバムを聴いていたら、リーダーのバリトン谷道夫がメインで歌う「野風増」に惹かれた。この曲は亡き河島英五が歌って広く知られるようになっているが、元は作曲家山本寛之がリリースしたもので堀内孝雄、出門英(懐かしい)、財津一郎、橋幸夫、レオナルド熊、芹沢博文など多くの人がCDを出している。谷道夫の深みのある声と歌い方は、歌詞のちょっと気恥ずかしいところを補ってピッタリしている。
「のふうぞ」とは岡山の方言で生意気とかつっぱるという意味だそうであるが、自分はこの言葉を聞いたことがないので同じ県でも地域によって違うのだろう。「野風増の会」というのが東京と岡山にあり、母校の医学部教授も参加して毎年新年会・親睦旅行が行われているらしい。
お前が20才になったら 酒場で二人で飲みたいものだ
ぶっかき氷に焼酎入れて つまみはスルメかエイのひれ
お前が20才になったら 想い出話で飲みたいものだ
したたか飲んでダミ声上げて お前の20才を祝うのさ
いいか男は 生意気ぐらいが丁度いい
いいか男は 大きな夢を持て
野風増 野風増 男は夢を持て…!
看取り先生の遺言
平成28年2月5日(金)
表題はフリージャーナリスト奥野修司氏が、末期がん患者のための在宅ケアに邁進していた岡部健医師が進行した胃がんで亡くなるまでの9か月間にわたる聞き取りを、岡部医師の遺言として著したものである。
1950年生まれの岡部医師は宮城県立がんセンター呼吸器科医長、肺がんの専門医として腕を振るっていたが、治すことのできない多くの患者に出会い病院での治療に限界を感じたため1997年に岡部医院を設立、がんや難病患者のための在宅緩和ケアを始めた。設立時は数名のスッタフだった医院も、岡部医師が亡くなる2012年には医師や看護師、ソーシャルワーカー、鍼灸師、ケアマネージャーなど95名のスタッフが宮城県名取市、仙台市などを中心に年間300名以上を看取るようになって、国内でもトップクラスの在宅緩和ケア専門の診療所に育っている。
肺がんの専門家でありながら在宅緩和ケアのパイオニアとして2000人以上を看取った岡部医師が自ら「死の準備」をするかのように9か月間語った内容は非常に重くて深い。死を覚悟せざるを得なくなったときに、死という闇へ降りて行く「道しるべ」がないことに気づき愕然としたという。医療者だけでなく宗教者と共に「道しるべ」を示そうと臨床宗教師を創ろうとした。末期の患者の多くが「お迎え」という不思議な現象を体験することに興味を持ち、グループと専門家で調査をして論文として表している。氏の遺書ともいうべきこの著書は、志を同じくする医療者のためだけでなく、一人ひとりがいずれあの世に旅立つときの道しるべになると思われる。
「談志が死んだ」
平成28年1月30日(土)
表題は立川談志の初期からの弟子、立川談四楼の著書で、著者の惚れぬいた談志師匠が平成23年、75歳で亡くなるまでのあれこれを小説の形で書いたもので、このたび文庫本になったので早速買い求め読んでみた。
立川談志は参議院議員を務めたこともあり、落語界だけでなく政界財界芸能界など幅広い人脈を持った、芸人として魅力的な人物である。売り出し中の頃、紀伊国屋書店主の田辺茂一氏や作家吉行淳之介氏たちとの交友は、中公文庫の「酒中日記」に何度も出てきて、当時の文壇サロンの状況が見て取れる。談志が落語協会を飛び出して「立川流家元」になる前からの弟子である著者は、談志を最も長く見つめてきた弟子であり、ある意味では親子のような関係であった。その「親」である談志の行状の良いところや思い切り理不尽なところなどは、小説の形でなければ書けないだろう。談志についての本はたくさん出版されているが、小説の形で書いたこの本は読後感の良い優れた作品だと思う。
帝王切開瘢痕症候群と不妊症
平成28年1月23日(土)
滋賀医科大学産婦人科の村上節教授の講演があった。帝王切開瘢痕症候群とは最近の概念で、術後に子宮を縫い合わせた部位が瘢痕化して不都合を生じた状態のことである。そのために不妊症になったり、生理痛が増悪することがあるという。
以前は帝王切開は今ほどは行われていなかった。産婦人科医にとって自然に産んでもらうのが腕の見せ所で、帝王切開は最後の手段であった。だから帝王切開率が低いことは産科医の技術の高さの指標でありプライドでもあった。ところが最近はアメリカ訴訟社会の影響なのか、新生児に異常があると産科医の責任になり多額の慰謝料を払うような風潮になってしまった。だから少しでも心配な点があると、ぎりぎりまで自然分娩になるように頑張るよりも、早いうちに帝王切開してしまうのである。逆子は今ではすべて帝王切開になってしまったので、若い産科医は逆子の経膣分娩は見たことがないはずだ。
最近になってやっと帝王切開のやり過ぎについての反省が議論され始めたが、道は遠いと思う。自分が開業するまでの15年間、約3000のお産を行ったが母子にトラブルなく帝王切開率が5%だったことは本当に幸運でありがたいことだと思っている。
超音波研究会
平成28年1月16日(土)
広島県産婦人科医のための超音波検査技能向上を目指して開催されている「広島産婦人科超音波研究会」も今回で18回目を迎えた。この会は広島の産婦人科医有志が立ち上げたもので、主に妊娠中の胎児の状態を正確に診断することを目的としている。中心となるのは正岡病院の正岡博先生で、氏自身もそうであるが毎回日本中の超音波診断のエキスパートを呼んだり、超音波検査についての講義をしたり、我々産婦人科医にとってまことに有意義な会である。
今回も教わることは多かったが、驚いたことは別の施設で画像診断をしながらリアルタイムでネットにつなぎ、遠隔地で同時にその画像をエキスパートの医師が見て、指導・説明するシステムができ始めていることである。このシステムがあれば普段はあまり経験のない稀な胎児の先天異常などが、妊婦さんをその施設に紹介しなくても診断してもらえることで、妊婦さんの負担を軽減できる優れものである。問題は今のところシステムの値段がやや高価なことであるが、いずれ普及すれば安い値段で、あるいはレンタルで使用できるようになるかもしれない。もちろんエキスパートの医師は少ないだろうからその人たちは多忙になるだろうが。