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受診抑制

令和2年6月6日
武漢コロナウイルス騒ぎも落ち着いてきているが、当院の印象では3月までよりも4月以降の新患数が減っている。6月になって緊急事態宣言もなくなり飲食店なども再開しているところがほとんどになったけれど、まだまだ油断しないという人々の姿勢を感じる。おそらくこの流れは夏まで続くだろうが、不要不急の受診を控え患者さんの激減した医療機関も多いという。もしそうなったのなら不要不急の診療が多かったということになる。検診などはほとんどなくなっていたが、これこそ不要不急の最たるものだろう。厚労省もこれを機会に職場への健診しなさいという通達をなくすべきだ。そしてその医療資源を治療と介護にまわせば充実した医療・介護体制ができる。職場の健康診断を義務付けている国は日本だけだし、健康診断によって寿命が延びたという証拠はないのだから。
当院の患者さんの数は20年間あまり変わらないけれど、流れとしては多少の増減があるので今回の新患数の減りがコロナのせいかどうかはわからない。どうであれいつもと変わらず一人ひとり丁寧に診療していくだけである。

(続)WEB講演会

令和2年5月29日
武漢コロナウイルス騒ぎのために講演会、学会、勉強会などすべてなくなって久しい。年一度の日本産婦人科学会はWEB学会で無事に終わったが、ほかの小規模の会はWEBにするほどでもないのか相変わらず開催が見送られている。最近、いろいろな製薬会社がWEB講演の配信を始めているのはありがたいことである。以前から少しはあったのだが、やはり会場に赴いて直に聞いた方がよいのでWEB講演はスルーしていたけれど、このご時世では役に立つありがたい方法である。どの業界でもそうだろうが、常に新しい発見や流れを見て自分の仕事を見直したりそのまま進んでいったりするものである。医学も同様に、新しい診断法や薬・治療法、新たな知見などが常にあるので、アンテナを張っておかないと取り残される。実際の講演会がなくなっても、WEB講演の配信があれば遅れをとることはないので安心である。武漢コロナウイルス騒ぎが治まっても、WEB講演配信は残ると思うし、一層増やしてほしい。実際の講演会は特別なものを除いてなくすか、親睦会だけにするのがいいのではないだろうか。

懐かしい映像

令和2年5月22日
コロナ騒ぎのおかげでYou-Tubeを見る機会が増えた。最近ハマっているのは吉田拓郎の映像と歌である。高校時代から大学時代にかけて熱心に聞き、自分でもギターを弾いて歌っていた。「旅の宿」「結婚しようよ」「マークⅡ」「おやじの歌」「今日までそして明日から」などはコピーして弾いて歌ったものだ。吉田拓郎の曲はほとんど全部聴いていたし、楽譜もそろえていた。人気が陰り始めてからは、雌伏の時があったようだが心境の変化があったのか、再び我々オールドファンの前に表れるようになった。それらの映像をYou-Tubeで見ることができるのは実にありがたい。広島時代の思い出の場所を中村雅俊と一緒に巡る旅の放送も見ることができた。
はしだのりひこの「沈黙」という歌が一瞬ラジオの深夜放送で流れたことがあり、いい曲だなと気にいっていたがヒットしなかった。でも妙に覚えていてまた聞いてみたいものだと思ってネットで調べたがみつからなかった。最近、誰かが「沈黙」をアップしてくれたので聞くことができた。覚えていたイメージとは少し違っていたが懐かしいものだった。You-Tubeは実に便利でかつてなら「沈黙」を聴くためには、古いレコードを置いている店を回って探さなければならなかったのが、簡単に見つかりすぐに聴ける。ネットのない世界は考えられなくなったが、わずか30年ぐらいのことで驚くしかない。

テイクアウト

令和2年5月17日
昨日は一日中雨だったが今日は一転、さわやかな初夏の日差しになっている。このところランチをテイクアウトにする店が増えたので、いつもの気ままな昼食が難しくなっている。「太閤うどん」「こけもも」「菊屋」はテイクアウトのみになり、「天甲」「讃岐屋」「平和園」「一楽章」「袋町食堂」「千の風」は店内で食事できる。持ち帰って食べるのは面倒なので後者の店に行くようになるが、これらの店は近頃見つけた「千の風」を除いてずいぶん長く通っているので安心感がある。多くの店が店頭で弁当を売っているのを見るにつけ、一日も早い経済活動の再開を願わずにいられない。
新しい店などの開拓で参考させてもらっているブログで、いくつかの店のテイクアウトの内容と感想が良かったので、試してみることにした。笹組の旗艦店「調整」はきちんとした旨い料理を出す店だが、テイクアウトをしているとは知らなかった。去年までは思いもしなかった経験ができるのもコロナ騒ぎのせいで飲食業界は大変だと思う。少しでもお役立てしたいものである。

ソフトランディング

令和2年5月8日
5月6日は広島市の当番医だったので1日中開院していたが、街にはほとんど人通りがなく店も閉まっていて、こんな寂しい光景は初めてだ。7日からは連休明けでさすがに街には人が増えてきたが、まだまだいつもほどではない。幸い広島は市中感染者は新たには出ていないので、このまま感染拡大が収まりさまざまな活動が再開できればと思う。
今回の武漢コロナウイルス騒ぎは欧米が感染の中心になったため、日本でも必要以上に騒がれたのだと思う。死亡者数でいえば全世界で毎年180万人の交通事故死があり、肺炎で亡くなる人は1千万人、マラリアの感染者数は1億人、アフリカでは15~44歳の女性の死亡第1位はエイズであり、エイズの死亡者数は490万人である。東南アジア・アフリカではマラリアや麻疹などの感染症による多数の死亡があるけれど、話題になっていない。マスコミも欧米のことなら一層話題にして危機をあおるのだろう。感染者数からも死亡者数からも、インフルエンザや他の感染症の方が恐ろしいと思う。
5月5日には広島県の最北県境の近くの森の料理屋「ファームノラ」へ行った。今年初めてであるが、ネットで連休中営業していることを確認して喜んで行ったが、石窯ピザや鳥の燻製、ボルシチ、パスタなどのメニューから定番の料理をいただいた。ここは夏でも木々の緑の中、涼しくて広い敷地の屋外の手作りのテーブルや椅子で食べるのは最高である。ここを造ったご主人たちとも話ができたし、御年14歳のごぼちゃん(ラブラドールレトリバー?)にも会えた。いい息抜きになった。

大型連休?

令和2年5月2日
ゴールデンウイークの最中なのに街は静かなものである。車の数も少ない。いつもならフラワーフェスティバルを控えて人があふれかえっているだろうに。自粛要請を受けた多くの店はシャッターをおろして耐えている。連休明けまでは頑張ろうと、日本中の人たちは大人も子供も外出を控えている。
ところが自粛要請が5月末までになってしまった。これでは経済活動はもとより国民の精神的なダメージはすごいものがあるだろう。かつて「欲しがりません、勝つまでは」と国民に耐乏生活を強いて、挙句の果ては国土を焼け野原にされてしまった当時の指導者と同じことになるだろう。当時もマスコミと軍部指導者が一体となって戦争継続に駆り立ててすべてが終わってしまったのだ。国民も薄々わかっていたけれど、勝つのだという思いに騙されたのである。ウイルスに勝つことはできない。経済活動を少しずつでも再開しなければ、それこそ先の戦争の時と同じようになるだろう。
週刊新潮の記事が指摘するように、「交通事故をゼロにするために、自動車を止めてしまうという方策」を行っているのではないか。

WEB学会

令和2年4月24日
武漢コロナウイルスのために日本産婦人科学会がWEB参加のみになり、会員はネットで講演を視聴することになった。この学会は産婦人科の最も大きな学会で、今年は東京で開かれる予定であったが、3密を避けるためにインターネットでの参加になった。例年この学会は東京、大阪など大都市で開催されることが多いのだが、何しろ参加するとなったら1~2日は診療を休まなければならないし、往復の時間がかかるうえに宿も取らねばならず、負担が大きすぎるのであまり参加していなかった。一昨年の学会は広島で行われたので参加できたが、今年は無理だろうと思っていたところ思いがけずWEB学会になった。
早速申し込み、会費を振り込んで、23日から開催されている学会講演を視聴している。経験してみるとこれほど快適な学会はないと思う。いつでも内容を確認でき、途中で止めて用事を済ませて続きが聴ける。わからなければ何回でも聴けるし、本来なら聴きたい講演が同時に別の会場で行われていたらどちらかを選ばねばならないのだが、全部聴ける。これなら全国の医師も参加するために多大な犠牲を払わなくて済むので、これからは学会はWEBでやってほしいと思った。難点をあげれば親睦の機会がなくなることだが、個別に会えばいいわけでなにほどのことはなかろう。これからはWEB学会になることに1票!

灯の消えた街

令和2年4月17日
3月の終わりにはまだ武漢コロナウイルスの感染者は少なかったが、この2週間で広島県で100人を超えた。東京や大阪などの大都市の感染者の増加を他人事のように見ていたが、少し遅れただけで同じように後を追っている。都市の規模に応じた感染者数になるのだろう。そうならないように3密(集まらない、近づかない、閉塞空間を避ける…集・近・閉=シュウ・キン・ペイ)についての注意を呼びかけているが、生きていくためにはある程度動かないとダメなので難しい。経済に与える影響は計り知れず、まさに国難である。阪神淡路大震災も東日本大震災も国民が力を合わせて乗り切ってきたが、今回の武漢コロナウイルスは先が見えないうえに、力を合わせること自体が難しいのである。人は集まってあるいは接触しあって作業し力が出せるのに、互いに近寄ることができなければ力の出しようがない。
広島市内の人の数もめっきり減り、流川は閑古鳥が鳴いている。灯はついていても人がいないのは寒々しい風景である。フラワーフェスティバルをはじめすべての人が集まるイベントは無くなった。こうなった原因が地震や台風などの天災ならあきらめもつくだろうが、人災なら恨みは骨髄に達するだろう。

不妊症について

令和2年4月10日
初婚年齢が上がったので不妊の率もやや増えているが、今のような不妊治療のない時代からカップルの1~2割は不妊であった。原因は男性の場合は精子の数や運動率が悪いこと、女性の場合は最も多いのは卵管の通過障害と卵のピックアップがうまくいかないことである。排卵障害もあるけれど、ポイントは卵管である。さらに年齢が上がるほど妊娠しにくくなる。他にもいろいろな要素はあるが、まず卵管を調べることが大切である。
以前は卵管通過障害に対しては、卵管通気と卵管通水が行われていた。卵管通気とは子宮口よりCO2などの気体を送りこんでふさがった卵管を通そうとすることで、卵管通水は生理的食塩水を使う。通気法は今では行われなくなったが、通水は有効なので行われている。当院でも行っているが、できるだけ痛みを少なく素早くできるようにしている。それでも通過障害が改善しなければ体外受精(IVF)のできる施設に紹介することになる。
生物学はまだまだ不明なことが多く、不妊に関しても原因不明が5割もあるといわれている。不妊専門クリニックで行われているIVFは本来は卵管通過障害の場合に、卵を採りだして体外で授精させ、子宮に戻すことによって妊娠を期待する、いわば卵管の替わりを人工的に行うことである。卵や精子を扱って授精させることは神の領域と考え、IVF黎明期には院内で倫理委員会を開いて体外受精の適応かどうかを判断したうえで行っていた。現在は卵管に異常がなくても妊娠しない場合にはIVFを行っているようであるが、今から思えば隔世の感がある。

人工妊娠中絶術と胼胝(たこ)

令和2年4月2日
人工妊娠中絶術を行う方法に、従来からの鉗子と鈍匙による方法と吸引による方法がある。前者は熟練者にとっては安全で確実な方法であり、後者は比較的やりやすく血液を吸引するのできれいにできる。自分は40年近く前から前者の方法で行っているが、短時間で確実にできるので愛用している。麻酔は短時間で確実に効いて早く覚めるようにしているが、術後は3時間程度休んでから帰宅してもらう。昼から食事もとれるし翌日から仕事もできるようになる。
産婦人科医の基本はお産を安全・確実にできるように修練することと、人工妊娠中絶術を確実に行うことだと大学医局に入った時に教わった。子宮筋腫、子宮癌、卵巣腫瘍、子宮外妊娠などの手術や不妊治療がきちんとできるようになることも必須であるけれど、基本は妊娠にかかわることである。勤務医の時は主にお産に携わっていたが、開業してからは人工妊娠中絶術を行っている。鉗子を使うので、鉗子をつかむ親指と薬指指にいつの間にか胼胝(たこ)ができてしまった。妊娠はうれしいことで女性は産みたいのはあたりまえだけれど、一方でどうしても産めないこともある。その狭間で悩む人にとってはつらいけれど仕方ないことだと思う。右手にできた胼胝(たこ)にはそういう思いが詰まっている。