カテゴリー 日々是好日

今日も一日お疲れ様

平成16年7月24日(土)
もう1週間が終わろうとしている。なんと早いことか。光陰矢のごとし。盛年重ねては来たらず、一日再びあした成り難し、時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず。
小学生時代の1日は今の1週間以上の感覚である。このままぼやっとしているうちに年老いてしまうのだろうか。それもいいか、無理してもしょうがないし、という気持ちと、なにをいってるのだ、これからではないかという気持ちが半々である。後者の気持ちが強いのが若い時で、前者の気持ちが強いのが老いた時だろうか。なにはともあれ今日も一日お疲れ様でした。

横浜へ行ってきた

平成16年7月20日(火)
18.19日と連休だったので横浜へ行ってきた。こういう時でないとなかなか出かけられない。実は土曜日に妊婦健診をしていた患者さんが中期で破水したという連絡が救急よりあり、急遽市民病院にお願いして入院治療をしてもらうようにしたので、行くのを中止しようかと思っていたのである。夕方外来が終わって様子を見るために病院に行ってみたが、今回はもう難しいようで病院におまかせするしかないようだった。前回診察した時は異常なかったのに、感染によるもの らしい。こういう時は前回の診察に見逃しはなかっただろうかと考えて、もう一度内容をカルテを見ながら検討する。どう考えても見逃しはない。では事前に予 想する方法があっただろうかと思ってみるが、なかなか難しい。結局、気が重かったが予定通り出かけることにしたのである。ちょうど山下公園で花火大会があり、どこからあらわれたのかと思うぐらいの人の波であった。すべての予定を終えて日曜の夜新幹線で帰宅。4時間でも座りっぱなしは結構疲れる。
今日は非常に暑い日だったようだが、新患が多かった。また一週間が始まる。

予定外の中絶手術

平成16年7月12日(月)
昨夜は参議院選挙の開票結果をテレビで見ていたが、田原総一郎の激論バトルが面白くてつい遅くまで見てしまった。つくづく政治はショーだと思う。魅力的な人物が最もリーダーとしてふさわしいのは、洋の東西を問わないのだろう。見た目、しゃべり方、表情やしぐさ、これらをテレビはあますところなく映すので、私も含めた一般大衆のその人物評はかなり正鵠を得ているのである。
今日は予定外の中絶手術があった。数ヶ月前に当院で手術した人だが、すぐに妊娠してしまい恥ずかしいので近くの他院で手術予定として、今日そこで手術をしようとしたが、手術をはじめた時にその先生から「難しくてできない、前にしてもらった所でしてください」と言われて当院に来ました、とのことであった。しかも紹介状もない。先生それはちょっと無責任ではありませんかいな。本人は今日は仕事も休みそのつもりで準備しているので、原則は来院当日は行わないのだが気の毒なので慎重に行う。特に問題なく終了。

睡眠と老化

平成16年7月5日(月)
なんと日誌が4日も空いてしまった。ここのところ色々とすることがあり、夜は夜でウインブルドンを見ないといけないのでつい書くのを忘れていた。
昔は眠れないなどということは考えたこともなかったが、近頃は眠いのを無理して起きていると逆に眠れなくなることがあるようになった。これは老化によるも のらしい。若いうちはメラトニンというホルモンが睡眠時に一致して増え熟睡するのだが、年齢と共にホルモン分泌量が減ってきて、睡眠力が弱くなるという。 納得した。確かに昔は眠るのが惜しくてできるだけ夜は遅くまで起きていたのだが、眠ろうと思えばすぐに眠れた。今は夜になるとすぐに眠くなりいつもは他愛なく眠ってしまうのだが、いったん無理して眠らずにいると逆に目がさえていくら眠ろうとしても眠れなくなるのだ。年はとりたくないものだが仕方がない。ただ、若い頃はわからなかったことが「あの時あの人はこのように感じていたんだな」などとわかるようになった。もっと年をとればさらに違った見方ができるよ うになるのだろう。いつも、今の見方がすべてではない、もっと大きな視野からの深い見方があるのだろうと考えながら物事を見ていきたいものだ。確かに成熟と老化は表裏一体である。

達磨 雪花山房

6月28日(月)
うっとうしい雨がやっとあがっていい天気になってきた。このまま梅雨が明けて欲しいものだ。
昨日は高橋名人のそばを食べようと、豊平まで行ったのだがどうしても場所がわからず結局あきらめた。実は昨年の9月に一度行ったことがあり、そのそばのう まさに大いに満足していたのだ。基本的にはもりそばのみで、一人前700円。おいしいので最低2~3枚は食べることになる。問題なのは営業日が不定で(ホームページに毎月営業日を載せる)月に5~6日しか営業していないことである。他の日は全国各地へそば打ちを教えに行っているのである。元は東京で 「翁」という店をはじめて、そば好きの人たちから注目されていたのだが、もっとうまいそばを作りたいと考えて、自分でそばを栽培できて水もいい山梨に移り全国からそば好きが集まっていた。その店で修行して店を開いた弟子も多いとのことだが、高橋名人はそれでもあきたらず、いいそばが採れて水もいい豊平に店を開いたのである。
前回行った時は地図を調べて行ったのだが、今回は一度行っているしカーナビに電話番号を入れると場所を表示してくれるのでそれを頼りに行った所、全然違う場所であった。電話しても応答が無いし(実はこの電話番号は高橋名人の自宅だったのだ。だれも出ないわけである)、豊平の役場で場所を聞いたら教えてくれたのだが、微妙に間違えていてどうしても行けなかったのである。後で調べたらどこで間違えたかわかったが、残念だった。おいしいものを食べるのはかくも難しいことなのか。ちなみに店の名前は「達磨 雪花山房」である。

アルコール好き遺伝子

平成16年6月11日(金)
昨夜久しぶりに胃が重苦しくなった。3日連続飲みが続くと良くないのだろう。私はアルコールは弱いけれども好きなのだ。先日新聞に、アルコール好きの遺伝子とアルコールに強い遺伝子は別だという記事があった。そうだろうな。アルコールが好きで強ければ肝臓を痛めるか、アル中になる可能性がある。アルコールが嫌いなら、人生の楽しみの一つを味わえないまま一生を終えることになる。どちらが良いか迷う所である。だから私のように好きであまり強くないのがいいのかもしれない。ちなみに私の父親と長兄は、アルコールを受けつけない体である。次兄は飲めるが嫌いだそうだ。全然うまいと思わないらしい。いとこは好きでかなり強い。
今日は休肝日。尺八でも吹いてみよう。

英語がしゃべれない

平成16年6月7日(月)
場所がら時々外国人が受診する。少しでも日本語がしゃべれればよいのだが、全くしゃべれない人もいる。この時が最も困る。中学高校と英語を習っていて、大学でも英語の授業があり、医者になってからも英論文は読んでいるのに、さっぱりわからないししゃべれないのである。医学用語の単語だけはかろうじて使えるが、普通の会話はお手上げである。そのたびに「アビバへ行こう」と思うのだが、いざとなるとめんどうになりそのままとなる。かくしていつまでたってもしゃべれないままである。
昔、学会でモロッコへ行った時は、現地の人と身振り手振りである程度意思の疎通ができた。そこでは英語はほとんど通じず、アラビア語とフランス語しか通じないので、全くお手上げであったのだが。要は通じ合おうという気持ちが大切なのだろう。今は通じないとカッコ悪いと思っているからいっそう通じないのだと思う。なりふりかまわず頑張ればいいのだろうが、なかなか難しい。

早く帰宅

平成16年6月4日(金)
やはり体を動かすと調子がいい。昨日テニスで汗を流したらビールもうまいし良く眠れる。人間は体を動かすようにできているのだろう。若い頃は狩や漁をして生活し、ある程度の年になったら農業をするのが自然なのかもしれない。
今日からとうかさん祭りだ。昼頃からクリニックの近くの本通りをゆかたの若い女性がちらほら通っている。とうかさんとは三川町円隆寺の稲荷大明神(いなり と読まずとうかと読む)を祭るなんと380年の歴史のあるゆかた祭りのことである。今日から3日間はこの近くもいっそう人が増えるだろう。こういう日は早 く家に帰る方がいい。クリニックが終わったら一目散に帰るつもりだ。

ウイルスチェック

平成16年5月31日(月)
ついに本格的な梅雨に入ったようだ。朝からじめじめして不快だ。さらに「あなたの作成した文書にウイルスがあったので取り除いておいた」という差出人のはっきりしないメールが来て、困ってしまった。どうもインチキメールのようだが、もし本当なら当方からメールを出すと相手に迷惑がかかるのでメールを出せない。朝何通かメールを出していたので心配になる。確認したところ、出したメールにはウイルスは入っていないとのこと。ほっとするが万が一ということもある。そこでウイルスバスターを最新のものに入れ換えてチェックしてからにすることにした。もちろんプロバイダーと契約してウイルスチェックは行っているのだが。そうやって二重三重にチェックしてもすり抜けることもあるだろう。油断もすきもない。
昼にあなご天丼を食べようと近所の天ぷら屋へ行くも、なんとあなごが売り切れとのこと。6年通っているが初めてだった。ここの天ぷらは美味しく値段も手頃。一度食べる価値あり。

のど元過ぎれば

平成16年5月28日(金)
今日は朝からばたばたした一日だった。こういう日にはミスがおきやすいので気をひきしめる。そのせいだろうか夕方には結構疲れてしまった。ただ昔と比べて良いのは夜起こされないことだ。だから昼間少々しんどくても一晩寝れば大丈夫である。夜、しょっちゅう起こされるつらさは経験したものでないとわからないだろう。私ももうほとんどわからなくなっている。20年近く起こされ続けていたにもかかわらず、である。「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」「人の痛みは百年でもがまんできる」などのことわざを思い出す。夜畳の上に寝転んでテレビを見ているうちに眠ってしまっていた。おやすみなさい。