カテゴリー 日々是好日

立秋を過ぎると

平成17年8月12日(金)
立秋を過ぎると暑さもどことなく峠を過ぎたように感じられる。昼間は暑いのだが夕方になると秋を感じさせるような風が吹くようになった。お盆を境にして空が深い青になり秋に移行していくのである。
当院は明日13日(土)から盆休みに入るが、16日(火)までの4日だけなので今年はどこへも行かずのんびり休むつもりである。今日は休み前なので忙しいかと思ったら午前中は逆にヒマだったのでカルテの整理などができてよかった。午後になると結局いつもと同じで夕方忙しくなって終了。

四季を愛でる

平成17年8月1日(月)
もう8月になった。暦の上では晩夏、立秋となる月であるが実際は盛夏といってもいい暑さである。この暑さもお盆の頃になると峠を越して秋の気配が感じられるようになる。日本の季節の変化はダイナミックかつ繊細なので、季節の変化を表す言葉は多彩でありこれぞ日本文化だと感じられる。手紙に書く定型語の豊富さは世界一ではなかろうか。もっともこれらの言葉は最近では中元・歳暮の礼状に使うぐらいであるが。
日本は実に緑の多い国だと思うのは、以前スペイン、モロッコに行った時に実感したことである。思うに東南アジアから日本にかけての地域が世界で最も人が生きていきやすい場所ではないだろうか。豊富な水、温暖な気候など人が生きていく上で一番必要なものがそろっている。人が多いと争いがふえてくるが、日本は島国で他の国からは隔絶していたために独特の文化が生まれたのだと思う。緑が多いのは水が多いわけで気候も温暖、実に恵まれた地域だと思う。この恵まれた地域に住んでいられるがゆえに、四季を愛でずにはいられないのである。

運動不足

平成17年7月16日(土)
このところ雨のせいもあり運動不足である。しばらくじっとしていると動きたくてたまらなくなる。ただ、スポーツクラブなどにある歩く機械は好きになれない。あれはハツカネズミが水車みたいなものを回しながら動いている姿を連想してしまうのでどうもいただけない。やはり歩いたり走ったりするなら戸外だろう。テニスは気持ちよいのだが、汗をかいた後はビールをいつもよりよけいに飲んでしまうので困る。ただしビールをおいしく飲みたいために汗をかいている部分もある。
明日とあさっては久しぶりの連休である。今回は関西方面に出かけてみようと思っている。

気分転換に歩く

平成17年6月15日(水)
運動不足の折からできるだけ歩いて帰るようにしている。
クリニックから自宅まで3キロぐらいなので、歩くにはちょうど良い距離である。季節では春と秋が一番いいが、雨さえ降らなければ今も十分気持ちがいい。その日の気分によっていくつかのコースを変えて歩く。たいていは平和大通り沿いに鶴見橋まで歩いて、そこで橋を渡らずに川沿いを下るか渡って比治山トンネルを通るか考えるのである。歩いていると季節の変化や普段は見つけられない街の姿が見えて、結構楽しい。竹屋町の果物屋の前を通る時は、おいしそうなのでつい寄って買ってしまう。今ならスイカ、びわ、桃などがいい。本来のコースではないのだが、うまい果物を発作的に食べたくなった時に少し回り道して通る。比治山トンネルを通る時はサティの近くにある酒屋でウイスキーなどを買うこともある。
天気がよくて、あまり遅くならずに帰れる時には、歩くのは実にいい気分転換になるのである。

「三」にまつわることわざ

平成17年6月10日(金)
「三」という数字にまつわることわざは多く、けっこう真実をついていると思うことがある。
時間については「三日坊主」「坊主と乞食は三日やったらやめられない」「桃栗三年柿八年」「櫓三年に棹八年」などがあり、数については「三人寄れば文殊の知恵」「毛利元就の三本の矢の話」「三顧の礼」「三度目の正直」「仏の顔も三度」など多数ある。
新しいことを始める時は、まず三日やってみてどうかと考え、つぎは三ヶ月、そして三年やれば一区切りだろう。いずれにしても「三」にまつわってそれぞれ目安がつく期間である。「石の上にも三年」と言うではないか。
私事ではあるが尺八を習い始めた時、あまりに音が出ないので何度もやめようかと思ったが、とりあえず三年はやってみようと決めて練習してきた。それがなん とあと半年で三年になる。今はもう少しやってみようと思うようになっている。つまり少しは音が出るようになったということだ。やはりことわざは正しいよう である。

人と人とのつながり

平成17年5月9日(月)
7、8日は友人の娘さんの結婚式に出席するために神戸へ行った。祝辞を頼まれたのだが緊張して噛むんじゃないかと思っていたら、やはり噛んでしまった。でもいい結婚式だった。同じ年頃の娘がいるので友人に対して共感を覚えて、最後はもらい泣きしそうになってしまった。近頃年のせいか涙腺がゆるくなって困る。
今日からいつもの診療が始まったが、先週一日おきに開けていたので休み明けの感覚はない。用事もありいつもより早めにクリニックに行ったらまだ従業員が来てないのに、患者さんとそのパートナーが来院された。とりあえず待ってもらっているうちに、皆来て掃除して9時より診療を開始した。昼頃に、研修医の時の病院で一緒に助産婦として仕事をしていた人が(助産師、看護師などとは呼びたくないものだ。だれがこんな呼び方に変えたのだろう)、親戚の人を連れて来てくれた。かれこれ20年ぶりだろうか。実になつかしかった。やはり人と人とのつながりが大切だと思ったことである。

二日酔い

平成17年5月2日(月)
昨日の雨から一転して初夏を思わせる日差しの一日であった。田舎の父親によれば今年は筍はあまりよくないとのこと。でも昨日の雨で「雨後の筍」のごとく生えてくるのではないか。
土曜日は飲みだったのでつい飲み過ぎてしまい、二日酔いで昼頃まで気分が悪かった。したがって日曜は休肝日となった。アルコールは弱いくせに好きなのでつい飲んでしまうのである。困ったものだ。でもおいしく飲めるうちが花である。無理せず長く楽しみたいものである。

腰痛は治りにくい

平成17年4月19日(火)
腰痛に悩まされて10年経つが、一旦痛めたところは治らないようである。普段はなんともないが、きつめの運動をしたり腰に負担がかかるような動作をすると、てきめんに翌日から腰痛がおきる。整形外科のドクターによれば、腰痛の原因は二本足歩行であり、他の動物のように四足歩行なら腰痛はないという。その通りだろうが人間がいまさら四足歩行に戻れるわけもない。なんとかだましながら凌いでいくしかない。
元来体力には自信があったのだが、腰痛がおきた頃から体力の衰えを感じるようになった。一番強く感じたのは、深夜お産で起こされることがつらくなったということだった。それまでも夜起こされるのはいやだったが、つらいとは思わなかった。産科医だからあたりまえだと思っていたが、つらいと思うようになったのである。このことは後に開業する伏線になったかもしれない。人間は年を取れば体力が衰えてくるのは仕方がない。あまり無理をせずやっていくしかないだろ う。

M先生の訃報

平成17年4月7日(木)
会うは別れの始まりというが、恩師の突然の訃報を受け愕然とした。私が研修医の時にあるべき医師の姿をその日々の姿勢で教えてくださったM先生である。わずか1年間であったがいろいろ教えていただいたし、ご迷惑もおかけした。M先生を慕う教え子は多く、一度でもその下で働いた人は、医師看護婦を問わず皆敬愛するようになる。それは医師としての技術のすばらしさに加えて先生の愛情に満ちた懐の深い人間性の故であろうか。先生の赴任15周年のお祝いの会には先生を慕う多数の医師、看護婦さんが集まってお祝いをした。私はその頃は小豆島の病院にいたが、大学から留守番の医師を頼んで参加した。皆心から喜んで先生のもとへ集まったのである。
今は心からご冥福をお祈りするばかりである。

うららかな春の一日

平成17年3月31日(木)
早いもので今日で3月も終わりである。以前にも書いたが、月日の経つのが本当に早い。もっとゆっくりさせてくれと言っても容赦なく過ぎ去っていく。青春期に漢詩が好きで、その硬質の語り口を味わって喜んでいたが、あっという間に年を取るというような詩も多かった。その頃はあまり実感はなかったが今になってみると全くその通りと思うのである。こういう感覚は昔の中国の詩人も同じようなので、洋の東西を問わず人間の普遍的なものなのかもしれない。
今日は本当にうららかな春の一日であった。