平成23年3月3日(木)
桃の節句。暖かい日が続いていたが、また寒さがぶり返してきた。これをあと2~3回くり返したら春になる。まことにわが国の季節のうつろいは風情がある。昔から季節の節目にささやかなお祝いをして寿いできた。あと数日で啓蟄である。
国会でも、相撲界でも、入試でもおかしなことが起こっているようだが、それらをすべて飲みこむように季節が過ぎて行く。きっと人生もそのように過ぎて行くのだろう。その場その場で懸命に生きているうちに、ふと振り返ると自分の来し方の概要が見えてくる。それをどう感じるかは人それぞれだろうが、どうであれ今この時が現実なのである。
青春期に愛読した「次郎物語」のなかに、やはり思春期の次郎が進むべき道について考える場面がある。人は生まれおちた時から進むべき道、到達点などすべて運命づけられているのではないか。そして「努力」というのは、運命づけられたわずかな道幅のなかの移動にすぎないのではないか、と。さらに、次のようにも考える。生まれた時を円の中心として到達点を円周とすると、考え方や努力などによってわずかな方向の違いでも、円周に到達したときには大きな違いがあるのではないか、と。また、円周に到達すれば、「運命」から解放されて自由になれるのではないか、と。
季節の移ろいを感じていたら、久しぶりに昔の頃のことを思い出した。そしてその考え方は今も変わっていないと思うのである。
カテゴリー 日々是好日
桃の節句
寒い日々
平成23年2月2日(水)
先週末より今週にかけて寒い日が続き、日本海側では大雪で交通の混乱が起きている。広島は今日あたりから普通になってきたが、月曜日の朝、アシスト自転車のスイッチを入れるとランプが点滅する。こんなことは初めてだったが、一応動くので時間もないしそのままクリニックまで乗ってきたが、電池が無くなってしまった。アシストの電池が無くなれば、普通より漕ぐのが重いただの自転車になる。
後で調べたら、寒い日は電池の消費速度が極端に早くなるとのこと。電池をはずして室内に置いておけば問題なかったらしい。アシストを使いだして2回目の冬だが初めての経験で、それだけ寒かったということだ。おかげで帰りの自転車はいい運動になった。
風邪
平成23年1月27日(木)
数日前からのどが痛く、今日は朝からボーッとしてくしゃみ、鼻水が出て風邪のようだ。熱を測ってみたら36,5度と平熱である。それでも午後から休診の日なのでゆっくり休むことにした。スポーツクラブも夜の勉強会も欠席して暖かくして早寝がいちばんである。
昔から自分はめったに風邪をひかない。今から13年前、開業して間もないころクリニックのスタッフ、カミさんも含めほぼ全員が交代でインフルエンザに罹ったことがある。39度以上熱がでてほんとにしんどかったのを覚えている。それ以降はありがたいことに軽い鼻風邪ぐらいで済んでいたが今回は若干しんどいようである。まあ、おいしいものを食べて暖かくして寝れば治るだろう。
初詣
平成23年1月4日(火)
謹賀新年 あけましておめでとうございます
本日より診療開始である。正月は基本的に寝正月だったが、2日には久しぶりに宮島へ初詣に行った。車で行くのは無理だと思い、電車で行ったが車内は鮨詰め状態でフェリーも満員であった。厳島神社の入り口にも長い列ができていて、さすがに世界遺産だと感心した次第である。これだけの人数の願い事をはたして神様は聞く事ができるのだろうか?昼食は予約しておいた「岩惣」であなごをいただく。
今年はどんな年になるかわからないが、「一期一会」の気持ちでやっていこうと思う。今年もよろしくお願い申し上げます。
一年をふり返って
平成22年12月29日(水)
今年最後の診療日である。市内の産婦人科の半分以上はもう休みに入っているようだ。仕事おさめを終えた多くの人たちは新年を迎える準備や、休みを利用した旅行、遊びなどに余念がないように思われる。今日はこの一年を振り返りながら診療をしていこうと思う。
この一年は今までで最も色々なことがおこった年だった。いいことも悪いことも…つくづく思うのは人生は振り子のようなもので、振幅が大きければ大きな良いことと悪いことがおこり、振幅が小さければ小さなそれらがおこるのではないか。もっとも、良いこと悪いことはその人から見たことで、他人から見たらあるいは神の眼から見たら異なるかもしれないが。それでも他人から見たら些細なことでも、本人にとっては重大なことは一杯ある。
毎年、こうした思いを繰り返しながら年老いて行き、消えて行くのだと思う。それでも、その小さな喜びや悲しみの中に人生の味わいがあるのだろう。今年一年、ありがとうございました。
チェロリサイタル
平成22年12月2日(木)
もう師走である。時間が矢のように過ぎて行く。
昨夜は知人の奥様のチェロリサイタルに招待されてカミさんと行ってきた。会場が満席で座る場所を探すのに苦労するぐらいであることに驚いたが、演奏を聴いてそのすごさに一層驚き納得した。すべての曲を暗譜で演奏されたが、音の美しさ、なめらかさ、抑揚、どれをとっても完璧な演奏であった。プログラムが終わってもだれ一人席を立とうとせず、アンコールを何曲も演奏することになったが、すごい人がいるものだと思ったことである。
いい音楽は誰が聴いても心を惹かれる。以前音楽をされていたとは聞いていたが、知人の主婦という認識しかなかったことを恥じた次第である。世界は広い。
アシスト自転車
平成22年10月8日(金)
雨の日を除いて相変わらず自転車で通勤しているが、最近カミさんの自転車が壊れたので、カミさんはあまり乗り気ではなかったようだが説得してオシャレなアシスト自転車を買ってしまった。ハンドルは一文字で色は赤、ちょっと見にはアシスト自転車に見えない。今使っているのより軽いし、バッテリーも長持ちしそうである。
朝、その日の気分で適当に使い分けているが、なかなかいいものである。アシストに乗りはじめたら、もう普通に自転車に乗りたくなくなる。こんなに楽をしていいのだろうかと思わないでもないが、もう年だしまあよかろうと無理やり納得している。
高野山
平成22年9月24日(金)
昨日の秋分の日を境に突然涼しくなった。今朝などは寒くて目が覚めた。前日まではクーラーをつけることもあったというのに。
先日、連休を利用して弘法大師の高野山へ行ってきた。実家の菩提寺は真言宗で、その総本山のある高野山は一度は行ってみたいと思っていた。標高1000メートルの盆地のようなところに一大宗教都市があり、世界遺産にもなっているが、ケーブルカーで急斜面を登るときはさすがに怖い思いがした。奥の院にある弘法大師の廟の前には灯明と線香が絶えることがなく、額づいてお経をあげる人の姿も見られた。廟の前に佇むと敬虔な祈りを捧げたくなり、大いなるものへすべてをゆだねたくなったことである。
翌日は例によって京都に泊まり、観光と食を満喫できたことはありがたいことであった。
畳の生活
平成22年9月1日(水)
立春から数えて二百十日、そろそろ台風が発生する時期になった。まだまだ日差しは強いけれど、雲を見れば秋になったと感じられる。寝室の障子が明るくなって朝になるが、その時間が遅くなっている。四季を感じるには、畳と障子は欠かせない。
農家で育ったからなのか、畳のある生活が一番落ち着く。スリッパをはいてソファーでくつろぐより、畳に座ったり寝転んだりできる方がいい。さらに尺八を吹くのでまさに江戸時代の日本人である。気質というものは簡単に変わるものではないので、自分の中に脈々と続いている先祖からの血がさせることなのだろう。明治以降、欧米から大きな刺激を受けてきたわが国であるが、色々な考え方を取り入れた上で、結局わが国独自の考え方、やり方でいくしかないし、それが一番いいと思う。
夏の終わり
平成22年8月18日(水)
お盆も過ぎて心なしか日差しが柔らかくなったように感じるが、暑さは一層きびしくなっている。夏の終わりはもう始まっていて、秋の気配があることを本能が教えてくれている。子どもの頃、夏休みの終わりに感じていた物悲しさがよみがえってきたようだ。
数学者藤原正彦氏の対談集「日本人の矜持」を読んで、あまりに面白かったので「若き数学者のアメリカ」「遥かなるケンブリッジ」を読み返しているところである。これらを読むと、やはり日本に生まれて本当によかったと思う。昨今のわが国の自信のなさや、首相をはじめ政府首脳の近隣諸国への卑屈なまでの態度に怒りを超えて悲しみさえ覚えていたが、少しほっとしたところである。



