高見浩氏の名訳「羊たちの沈黙」

平成24年3月29日(木)
トマス・ハリスのサイコスリラー「羊たちの沈黙」は映画にもなった作品であり、その後に続く「ハンニバル」、「ハンニバル・ライジング」と合わせて読むと一層面白い。この本の前に書かれた「レッド・ドラゴン」を加えて4部作となってはいるが、モンスターと言うべきハンニバル・レクターが主人公になっているのは「羊たち…」以降の3作品である。
初めて「羊たち…」を読んだ時には、人物描写の巧みなことやその魅力、物語の流れなど実に面白かったが、翻訳の文章のこなれてない硬さが気になった。明らかに誤訳と思われる文章もあり、日本語としてもおかしなところがあった。その後しばらくして続編「ハンニバル」が発売されたがこれは気持ちよく読めた。翻訳者は前作とは異なっていて高見浩氏とのことであった。日本語としてもすばらしく、まさに名翻訳者であると思った。続いて出た「ハンニバル・ライジング」も同じく高見氏の翻訳で優れていて、連作なのに「羊たち…」だけが明らかに劣っているのが不満であった。
最近、高見氏の翻訳の「羊たちの沈黙」が出たので早速読んで見たが、素晴らしい翻訳で長年の不満が解消された。翻訳とは難しいもので、単に言葉を変えるだけでなく、その背景の宗教・文化・その国の社会常識・考え方などをふまえたうえで変えなければならない。さらにその国のアルファベットなどの文字を使った言葉・文字遊びやスラングも知っておく必要がある。そして最も大切なことは日本語の文章表現が的確にできなければならないことである。高見氏の翻訳はこれらをすべて備えた稀有な一級品であると思う。