カテゴリー news

文芸春秋のオヤジ欄

令和2年2月21日
月刊誌文芸春秋のオヤジとオフクロ欄は、著名人のそれぞれの親に対する思い出が語られていて毎号面白く読んでいる。最新号に医師で作家の久坂部羊氏の父親に対する思いが描かれていて思わず引き込まれてしまうと共に笑ってしまった。氏の父親は「父は医者のくせに医療が嫌いで、こむずかしい医学の知識を信用していなかった」とあるように医療の限界を知ったうえで麻酔科の医療を行っていたようである。若い頃の父親は糖尿病で厳密な食事療法を行っていたが一向に良くならないため、業を煮やして食事制限は一切止めて血糖値も測らないことにした。そのせいでのちに血糖値が700を超え、インシュリンの自己注射をせざるを得なくなったが、甘いものは食べ放題、タバコも吸い放題になった。
モットーは「無為自然」と「足るを知る」で65歳の定年以後は一切仕事をせず自由気ままな毎日を送っていた。父親は超高齢まで生きた場合の悲惨さを熟知していたので、長生きし過ぎたら困ると思っていたらしい。85歳の時に前立腺がんの診断を受けたとき、治療さえしなければ2~3年で死ねるので「これで長生きせんですみますな」と真顔で喜び、診断した医師を唖然とさせた。そして言葉どおりに病院にもいかず87歳で天寿を全うした。久坂部氏のサポートがあればこそだろうが、実に納得できる生き方を身を持って示していて、今のオーバーな医療を笑っているようで面白かった。

第22回オープンカンファランス

令和2年2月14日
広島市民病院産婦人科主催の勉強会が行われた。若い医師から部長まで6人の演者が広島市民病院の産婦人科手術の現況を紹介した。今回は腹腔鏡手術からロボット支援下手術までの低侵襲手術を中心に情報開示された。
昨年の手術件数は1509件でそのうち婦人科手術は1039件、さらに婦人科手術のうち腹腔鏡手術は552件、53%に増えている。手術器具や方法の改良などでより安全で侵襲の少ない手術ができるようになっている。なによりうれしかったのは児玉部長の「広島市民病院は24時間対応しているので、緊急手術が若い医師にもできるように研鑽を積ませている。特に腹腔鏡の手術はどの分野に進もうが覚えておくべき技術なので、積極的にやらせるようにしている。」という言葉であった。
振り返って自分が岩国国立病院(現・岩国医療センター)に研修医でいた頃、上司の部長はどんどん手術をやらせてくれた。部長は手術が上手かったがわざと手術室に入らず、控室にいて時々見に来て難しそうならすぐに対処できるようにしてくれていた。おかげで安心して手術することができて、1年間でたくさん症例を重ねることができた。
広島市民病院の児玉部長のこの姿勢は母校の医局の伝統である。この良き伝統が続くことを切に願っている。

フルートの練習

令和2年2月7日
最近フルートにはまっている。練習する時間がなかなか取れないのが難点であるが、少しでもヒマがあれば吹くようにしている。今は高音域の練習をしているが、指使いを覚えるのが大変で、さらに音楽にするにはどれだけの修練が必要だろうか。それでも少しずつでも進んでいるという手ごたえが快く、練習していても飽きない。小学時代のリコーダー、中学時代のギター、いずれもすぐにものにして飽きなかったがフルートもそうなってほしいと思う。
大学では軽音楽部に入ってフルートを吹こうと思っていたのだが、部室にいつ行っても誰もいない。きっと活動していないのだと思って友人のいた男声合唱団へ参加することになった。それはそれで面白かったし、いまだに合唱曲を聴いているが、フルートをやってみたいという思いはずっと胸の底にあったのだろう。五十の手習いで尺八をやってみたが、結局ものにならなかったのは残念であるけれど、遅ればせながらフルートを始めてよかったと思っている。

産婦人科研修会

令和2年1月31日
広大医学部広仁会館で広島県産婦人科医会研修会が行われた。今回は東京慈恵医大の岡本愛光教授による「卵巣癌治療における最近の話題」と、岡山大学の増山寿教授による「PIHからHDPへ~妊娠高血圧症候群 up to date~」と題した講演が行われた。どちらも今現在の医療水準を教えてくれるすばらしい内容だった。
産婦人科は研修会や講演会が多く、全部出席するとかなりの回数になる。そこでなるべく勉強になりそうな、興味深そうな会を選んで聴きに行くようにしている。この数十年の産婦人科の流れで大きな変化は、なんといっても超音波検査装置ができたことだろう。昭和55年ころから各大学で試験的に使われ出して、機械の改良と相まってみるみる普及した。さらに経膣超音波装置の出現はまさにエポックメーキングだったと思う。ほぼMRIと同等の診断ができ、何より簡便でリアルタイムに動きが観察できる。CTのように被爆することもないので子宮内の胎児の観察には最適である。それまでは胎児の発育の状態は推定するしかなく、子宮の大きさを内診で判断して妊娠3ヶ月(手拳大)妊娠4ヶ月(新生児頭大)などと教えられていたが、その必要はなくなった。不妊治療の採卵も経膣超音波装置が無ければ不可能である。我々はちょうどいい時代に生まれてありがたいことだと思う。

フルートの演奏会

令和2年1月24日
エリザベト音楽大学のセシリアホールでフルートの演奏会があった。フルートの演奏会に行くのは初めてである。広島を中心に活躍している16人のフルート奏者(主に女性)が中心になって演奏会を開いていることを初めて知ったのだが、今回はゲストにNHK交響楽団の首席フルート奏者で桐朋学園大学教授の神田寛明氏を招いての演奏会であった。
初めて聴いたがフルートだけでこれほど素晴らしい音を作り出すことができることに驚いた。圧巻は神田寛明氏のミニリサイタルで、一音もゆるがせにせずそれでいて流れるような演奏はただただ聞き入るのみだった。パガニーニの「カプリス第24番」は重音を駆使しての超絶技巧的な曲で、フルートで重音を使うことを初めて知った。最後のステージは16人のフルーティストと神田氏のコラボでグリーグの「ペール・ギュント第1組曲」、この曲は中学校の音楽の授業でレコード鑑賞で聴いたのが初めてで、好きな曲であったがフルートだけで(ピッコロ、バスフルートも含む)オーケストラに匹敵するような演奏ができることに感銘した。ソルヴェイグの歌のソロメロディを神田氏が吹くのを聴いていると、自分はこの歌が好きだったことを思い出して感慨深いものがあった。いい演奏会だった。

日本統計年鑑

令和2年1月10日
令和元年の我が国の出生数は90万人を切ったそうであるが、日本統計年鑑のデータを見るといろいろなことがわかってくる。昭和40年(1965年)から5年ごとに女性の年齢階級別出生数と出生率を表にしているが、平成2年までは20代後半の女性の出生数が最も多かった。平成2年頃からこの年代の女性の出生数が減り、30代前半の女性の出生数が増えてきて平成17年(2005年)からは30代前半の女性の出生数が最大になった。
最近では20代後半の出生数と30代後半の出生数が同じになっている。これは統計史上初めてのことだと思う。さらに40代後半の出生数については、体外受精という技術が一般化する前までは200~500人ぐらいだったが、平成26年(2014年)からは1200~1400人に増えている。
昭和40年には年間180万人も出生していたのに昨年はその半分になってしまった。広島県のお産をする病院も減少の一途をたどり、新幹線の沿線以外の地域ではお産のできる施設はほとんどなくなった。世界の歴史をみれば民族の興亡は必ずあり、どんなことをしてもこの流れは止まらないだろう。戦後の何もない時代から現在の便利さに満ち溢れた時代までを経験してきた我々世代としては、いい夢を見せてもらったと思うが、まさに「諸行無常」である。