カテゴリー 日誌

「山本七平の思想」

平成31年3月1日
表題は自分とほぼ同じ年代のフリージャーナリスト、東谷暁氏の著書である。山本七平といってもピンと来ないだろうが、1970年に「日本人とユダヤ人」という本がベストセラーとなり、そのユニークな内容に多くの知識人たちが賛同し、話題となった。その後も山本氏は、日本人独特の考え方はどこからきてどうなっていくのかをその著作を通じて表し、考えてきた。そしてその思想は死後25年以上経っていても人々に影響を与えている。山本氏のわずか20年の執筆活動がなぜこれほどインパクトがあったのかを東谷氏は検証し、時系列を追って確かめている。
実は自分も当時、山本七平氏の著作に惹かれ、出版されるとすぐ手当たり次第読んでいたので、同じ年代の東谷氏もきっと同じだったんだろうと想像するわけである。東谷氏は山本七平のユニークな考え方のルーツはどこにあるのかを考え、3代目キリスト教徒であったことが日本を客観視できた原因ではないかと記している。「空気の研究」は日本人は「空気」に流され判断を誤りやすいことを警告し、なぜそうなるのかを考えた名著である。東谷氏の著書により当時の熱狂が思い出されて懐かしいことであった。

計画分娩の論文

平成31年2月21日
医学雑誌を整理していたら「計画的日中分娩法開発への道程」と題した、防衛医大初代教授、加藤宏一氏の論文が出てきた。これは「産婦人科治療」2009年10月号から3回にわたって掲載された非常にユニークな優れた論文である。
産科医にとってお産を昼間に計画的にできることは、安全性の面からも肉体的な疲労の面からも望ましいことである。もちろん妊婦さんにとっても産む日がわかれば予定も立てやすいし、昼間に生まれれば安全で深夜料金などの加算もなくなる。いいことずくめなのだが問題は安全にちゃんとできるかである。従来から行われている方法では、時間がかかったりうまくいかないこともあり結局帝王切開になるなどいろいろ問題があった。
加藤教授は陣痛開始から分娩終了までのプロスタグランディン(PG)の子宮組織内の変化を調べた結果、子宮頸管を熟化させるのはPGE2でその後PGF2αが陣痛に関与することを突き止め、PGE2座薬→PGF2αによる分娩誘発を試み、分娩までに時間も短く、痛みも少なく安全に行うことができたことを論文にして、氏の在職中すべて計画分娩がうまくいったことを発表した。
PGE2については産科医の間では非公式であるが、局所的使用で非常に効果があることは知られていた。ただ、この薬を製品化する製薬会社がなくてせっかくの研究もお蔵入りになっているのは実に惜しいことである。薬として認められるためには煩雑な手続きが必要で、製薬会社も無理だと思っているのだろう。妊婦さんにとっても分娩施設にとっても素晴らしい方法なのに惜しいことである。

伊武雅刀のCD

平成31年2月14日
YMOスネークマンショーのCDを聴いていたら伊武雅刀のCDを聴きたくなった。「伊武のすべて」のタイトルの2枚組を持っているので久しぶりに聴いてみた。20代のころ初めて聞いたスネークマンショー「咲坂と桃内のごきげんいかが123」での小林克也との掛け合いの面白さに惹かれ伊武雅刀のファンになったが、氏は声優よりも俳優としての地位を固めていい味を出している。声優としては「宇宙戦艦ヤマト」のデスラー総統、「こち亀」では大原部長、テレビ番組の「空から日本を見てみよう」ではくもじいを担当しているが、声の良さと何とも言えない味はぴか一である。
CDのトップは1983年に発売された「子供たちを責めないで」で、サミー・デーヴィスJrの同名の曲を日本語に吹き替えたものであるが、そのままでは面白くないということで、当時の若手の放送作家に作詞してもらいラップ風にして評判を得たものである。冒頭の歌詞は「私は子供が嫌いです。子供は幼稚で礼儀知らずで気分屋で~甘やかすとつけあがり放ったらかすと悪のりする…」なので初めはシャレのわからない人たちから「本当に子供が嫌いなのか」と言われたらしいが、よく聞くとそうでないことがわかる。一度聞いたら忘れられない名ラップであるが、この若手放送作家の名前は秋元康だった。さすがであるが当時いろいろやって楽しんでいる空気が伝わってくる楽しいCDである。

向き不向き

平成31年2月7日(木)
何事にも向き不向きはある。スポーツでいえば概して運動神経のいい人はなんでもうまくできるけれど、どうしても苦手な分野もあるだろう。ボクシングでは国体に出られるくらいの能力があるのにゴルフは苦手な友人もいたし、他のスポーツはあまりできないのにゴルフはうまい人もいる。学問についても理数系は抜群でも人文系は苦手な人もいるしその逆もある。
楽器の演奏でも向き不向きは当然あるだろう。下手な尺八を吹いているが一向に納得する音が出ない。他の楽器はどれもこんなにとっつきにくいことはなかった。でも始めたからには「石の上にも三年」なのでもう少し頑張ろうと思いながらやってきたが、なかなか上達しない。向き不向きのせいにしたくないので努力してきたけれど最近、自分はこの楽器に向いてないのではと思い始めていることに驚いている。楽しむために始めた楽器であるが、楽しめないのは努力不足なのか向いていないのか。

産婦人科研修会

平成31年2月1日
血管エコー検査の専門家、松尾汎医師による深部静脈血栓症についての講演と大阪大学の上田豊講師による子宮頸がんについての講演があった。産婦人科の講演や勉強会は実に多く、毎月何回も行われていて広島の産婦人科医はよく勉強しているものだと感心している。ただ、これだけ回数が多いと話題も限定されてきて同じような話が繰り返されるのは仕方ないことである。
今回の深部静脈についてのエコー検査の話は、血管の専門家によるものなので非常にわかりやすくためになった。子宮・卵巣・胎児などのエコー検査はいつも行っているのでいいのだが、血管については専門でないのでよくわからなかった。深部血管エコー検査のやり方を実際にやって見せてくれたので、後で自分でやってみた医師も多かったのではないだろうか。このように自分にとって新しい知識を得ることは有益で刺激になり、毎日の診療に生かせるのでありがたいことだ。講演会の多くは診療後の夜にあることが多いので、疲れているときは億劫になるけれど、できるだけ出席するようにしようと思っている。

運動不足

平成31年1月25日
このところ体を動かすことが少なくなっていて運動不足を痛感している。元来、体を動かすことは好きでいつも何かやっていたけれど、腰痛のためにゴルフもテニスもやめてしまい、今は毎日の自転車通勤と3キロの散歩だけである。時々無性に体を動かしたくなるが、なかなか思うようにいかない。スポーツはつい無理をしてしまうので、いまさら新しく始める気はないしスポーツクラブも人工的で嫌だ。今考えているのは農作業のようなことで、野菜作りなどは適度な運動と収穫など結構楽しめそうである。農家の子なので幼い頃から田植え、稲刈り、畑仕事などはあたりまえのようにやってきた。体が覚えているので始めればできるに違いないが、問題は場所である。比較的近いところに手ごろな土地があればいいのだが、こればかりは簡単には手に入りそうにない。農家出身の自分としてはそれぞれの土地は先祖代々受け継いで管理してきたものだから、めったなことでは人に渡さない(売らない)ことがわかる。借りるという方法もあるが、なにかしっくりしない。困ったものである。

ステーキを焼く

平成31年1月18日(金)
ステーキはいい肉が手に入ったときに自分で焼くのが楽しみなのだが、うまく焼くのは本当に難しい。毎回、反省点があり改善しようとするけれどこれでよいと思ったことがない。ネットや料理本などを参考にしてもなかなか思うように行かない。基本は塩コショウをして表面を強火で短時間焼き、後は弱火で蒸すように焼くのだが、火の通り具合の判断が難しく満足することが少ない。プロの焼いたステーキはどれも旨いが、最近食べた中ではメゾンドシェフのステーキがぴか一だった。この店はどの料理も丁寧に作っていて実に美味しいのだが、福山にあるのでめったに行けないのが残念である。
このようなプロの味は望むべくもないが、少しでも美味しいものを作りたいので工夫するわけである。肉専門店のレシピに従って、このところソースを追加するようにしている。焼いた後の肉汁にみりんと醤油を加えて作ったソースはなかなか好評である。酒を加えるともっといいかもしれないとか、もう少し余熱でじっくり蒸らしたらどうだろうとか考えると楽しい。書いているとステーキが食べたくなった。

腹腔鏡手術の講演

平成31年1月11日
腹腔鏡手術のエキスパート、倉敷成人病センター安藤正明院長の講演があった。氏は現在、年間1600件以上の婦人科腹腔鏡手術を同病院で行っているが、さらに配偶者の経営している産婦人科医院で年間300件の手術を行っているという。氏の病院には全国から開腹手術でないと難しいといわれた患者さんが、侵襲の少ない腹腔鏡手術を求めて来院しているし、医師たちも紹介しているのでこれだけの手術件数になっているのだろう。難しい手術が多いだろうに、よくぞこれだけの数を的確に行えるものだとその体力・集中力・高度な技術に驚くばかりである。聞いていた他の医師たちもその凄さに心から敬意を表している様子だった。
氏は自分と同門であるが、若い頃に倉敷成人病センターに赴任してから経膣手術のエキスパートになり、その技術の素晴らしさは群を抜いていた。その後腹腔鏡手術という技法が始まってきたら即座にそれを習得し、年々症例数を増やして現在に至っている。国内はもとより世界各地で講演・技術の伝授を行っているし病院に研修に来る医師たちが後を絶たない。心・技・体は充実しているように見えたが、体には気を付けてほしいと思う。

謹賀新年(平成31年)

平成31年1月4日
明けましておめでとうございます。
いつものように1月4日から診療開始である。クリニックとしては、従来通り患者さんの負担を少なくして必要な診察・治療を的確に行うという姿勢で診療をすることは変わらない。今年もいろいろなことがあるだろうが、皆さんに喜んでもらえるように頑張りたいと思う。
今年はどんな年になるのか、おみくじでは大吉だったけれど何か大きな変化があるのではないかと心配している。特に社会的な出来事(政治・対外的なことも含む)で何かが起きるのではないだろうか。この予感が杞憂に終わればいいのだがどうだろう。いずれにせよその際には、正確な判断と的確な対応ができるように日頃からの準備と覚悟が必要である。
新たな元号が何になるのか期待を込めつつ、今年も良い年になりますように。

平成30年を振り返って

平成30年12月28日
今年ももうあとわずかになった。平成の年は今年で終わり、来年の5月からは新たな年号になっていることだろう。平成9年に開業して21年、ほぼ平成の時代と共に診療してきたが、今上天皇の即位が少し高齢だったので平成の時代は短いだろうと思っていたが、結局は長く続いたのは喜ばしいことである。
明治・大正・昭和の時代は海外との戦争があった。特に昭和時代はアメリカに徹底的にやられて、米国の従者になり下がってしまったが、本来の勤勉さと努力で経済的には安定した国になった。近隣諸国との軋轢はあいかわらずあるが、「戦争」状態にはならずにすんでいる。歴史的にはこのような時代は珍しいことなので、次の元号になったらどうなるかわからない。我々はその覚悟をしつつ日々の仕事や生活をしていかなければならない。
今年一年も多くの患者さんに支持していただき、従来通りの診療ができたのは幸運だった。いろいろなことはあったが、来年も細心の注意を払ってやっていきたいと思う。
今年の仕事納めは12月30日(広島市当番医)です。良い年を!