カテゴリー 本

「人体誕生」

令和元年11月15日
表題はブルーバックスから出版された北里大学名誉教授、山科正平氏の著書である。ブルーバックスは日進月歩する科学の分野を一般の人にもわかりやすく紹介するシリーズものである。「人体誕生」は直径わずか0.1ミリの受精卵が猛烈なスピードで分裂・増殖し37兆個からなるヒトになる。その過程をすべての見開きの片側のページにきれいなイラストを載せて、本文と合わせて一般人にもわかるように丁寧に説明してある。かつて学生時代に習ったけれどあまり興味を持てなかった「発生」が実にわかりやすく、当時この本があったらもっと興味を持って学習したことだろうと改めて思った。以前、順天堂大学教授、坂井健雄氏の「解剖学はじめの一歩」でも思ったことだが、優れた講義・解説は内容が難しいことをやさしく興味を持たせる力がある。「発生」も「解剖学」も医療職には必要不可欠のものであるが、無味乾燥な教科書では興味深いどころか試験があるので無理やり覚えなければならない鍛練のようなものになってしまう。それが山科教授や坂井教授の手にかかれば魅力的な講義、すばらしい本になる。「人体誕生」は歴史に残る名著ではないだろうか。

「患者よ、医者から逃げろ」

令和元年11月1日
表題はキズや熱傷(やけど)湿潤療法の創始者、形成外科医夏井睦(なついまこと)氏の近著である。氏は植皮手術が必要とされる熱傷の患者でもほぼその必要がなく、傷跡も痛みも少なくキレイに治療できることを、湿潤療法を通して実践し公開してきた。だが大学病院や総合病院の形成外科や皮膚科では今も変わらずひどい治療が行われているという。氏は一人でもそのような患者が減るようにとこの本を書いた。
「なつい式湿潤療法」とは①創面は水道水で洗うのみ(消毒・洗剤などは一切使わない)②創面は乾燥させない被覆材で覆い、毎日とりかえ、水道水で軽く洗う。外用剤は白色ワセリンのみ。さらに被覆材もメーカーと協力して開発し、安く取り寄せられるようにしている。また、「素人でもできる熱傷治療」としてやり方をくわしく説明、インターネットに公開しているのでだれでも実践できる。熱傷の痛みは人類最大のストレスと言われているが、湿潤療法ではほぼ痛みはなくなる。なぜそうなるかも詳しく説明しているので納得できる。氏は他にも「傷はぜったい消毒するな」などの著書があり、「なついキズとやけどのクリニック」院長として治療を行っている。すばらしい医師だと思う。

「トップ屋魂」

令和元年10月11日
表題は広島県府中町生まれの作家、大下英治氏の自叙伝である。副題は「首輪のない猟犬」2012年発行、散歩の途中立ち寄ったBook Offで見つけたので読んでみると実に面白い。広島大学を卒業して業界紙の記者になり、すぐに週刊文春のトップ屋と称する第一線のジャーナリストとして活躍するようになった。その記事「三越の女帝・竹久みちの野望と金脈」は三越の社長・岡田茂氏の失脚のきっかけになった。この時の取材のありさまなどが書かれていて、文字通り手に汗握るようで、高校時代からジャーナリズムにも興味を持っていた自分としては、氏のたどってきた道を書いたこの本は実に面白く、一気に読んだ。
氏は1歳の時に被爆したが、その時広島市内にいた父親は亡くなってしまい、母親は女手一つで3人の男の子を育てた。極貧の生活で氏は中学卒業後は三菱広島造船所で溶接工として働き、のちに広島大学に進み多感な青春時代を過ごした。元来は作家志望で在学中に広島師範学校出身の梶山季之氏と知り合ったのも、のちにジャーナリストになる伏線だったのかもしれない。氏のように苦労して身を起こしひとかどの人物になった話は好きである。そういえばスタンダールの「赤と黒」も高校時代に読んで印象的だった。最後は破滅するが…

「病院で死ぬということ」

令和元年8月30日
表題は外科医からホスピス医になり、現在はケアタウン小平クリニックを開設している山崎章郎氏の著書である。実はこの本は1990年に発売され、終末医療のあり方を考えさせる名著だったのだが、恥ずかしながら読んだことがなくて今回本屋で文庫本を手に取って初めて知ったわけである。
1970年代の初め頃に医師になった著者は、消化器外科医として研鑽を積んでいく過程で、癌のために病院で亡くなっていく人たちを見ていて思うことがたくさんあり、それが貯まってきて1990年に一般の人に考えてもらうためにこの本を書いたのである。当時は癌の告知はせず、最後までだまし通して病院で死ぬのが普通だった。それが患者にとってどんなに過酷で尊厳を傷つけることかを実話に基づいた物語によって著した。そういえば自分が医師になったばかりの頃、どの病院だったか末期の肺癌の患者さんが息をひきとろうとするときに、医師が昇圧剤を打って心マッサージをするのを見て「なんてひどいことをするのだろう、静かに逝かせてあげればいいのに」と思ったことがある。山崎氏は院内外の人々とターミナル研究会立ち上げ、末期ガン患者の延命・ガン告知・ホスピスの問題を提起、ホスピスに深くかかわり現在も続けている。
一方、現在もガン患者に対する過酷な治療は変わらず続いていて、手術・放射線・抗がん剤が通常である。これらはホスピスの考え方と真逆で、人は昔から病んで自然に亡くなっていくのがあたりまえであったのを、無理やり人工的に引き戻すようなものである。安らかに最後を迎えられるとは思えない。ガンと老化は治すことはできないと考えて、少しでも楽なように支えていくことが望まれる。

「ジャイロモノレール」

令和元年8月16日
今日から診療開始である。例年、休み明けは患者さんが多く、休みから仕事モードに移るのが結構しんどいのだけれど、今年はそれほどでもない。昨日は大型台風が広島県を縦断したが、本当に台風が来たのかと思うほど風雨は少なく、新幹線をはじめ在来線・バスなどすべて予定運休になったがその必要があったのかと思ってしまう。デパートも臨時休業になるし、甲子園も中止になった。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くということわざがぴったりではないか。
表題は工学博士で作家の森博嗣氏の著書である。氏の趣味の模型作りの一環として始めた「ジャイロモノレール」の試作と成果を発表したものである。この装置は100年以上前に開発・実用化されたが、その技術は長く忘れ去られ再現不可能とされていた。氏は理論的には可能と考え、実験と試作をくりかえしついに完成させた。理論については氏の丁寧な解説にも関わらず自分には難しくて理解できない部分もあるが、現に完成され一本のレールの上を安定して走らせているのだから素晴らしい。
あとがきで氏は「趣味」という言葉について、欧米でのhobbyの概念と日本のそれの違いについて語っているが、日本ではレジャーやスポーツは趣味に含まれるが欧米ではそうではないという。hobbyとは紳士の嗜みとして仕事より重視されるもので、品位を形成するものとされているそうである。定年になってあわてて「趣味」を探すようなものではないのだ。そうだとすれば自分にはhobbyはあるのだろうか。

「文豪たちの悪口本」

令和元年8月9日
表題は文豪と呼ばれる作家たちが他の作家、友人、家族、世間に対して愚痴やあてつけ、悪口など書いていて、その現存している文章や手紙、日記、友人や家族の証言を集めたものを彩図社文芸部が編集したもので、作家たちの人間的な一面が垣間見えるのが面白い。
太宰治は芥川賞がもらいたくて選考委員だった川端康成に働きかけたがかなわず、怨念の手紙を川端に書き送っている。青森の大地主の坊ちゃんの太宰治だけれど、よほど賞金が欲しかったとみえる。夏目漱石の妻鏡子に対する愚痴も面白く、妻鏡子からみた漱石についてのくだりも、漱石がかなり気難しい人だったことが伺えて笑える。文芸春秋を発刊した菊池寛への永井荷風の嫌悪は死ぬまで続いて、荷風の「断腸亭日常」には折に触れて菊池寛への非難の文章が残っている。谷崎潤一郎と佐藤春夫の書簡のやり取りも残っているが、谷崎の妻千代に恋愛感情を持った佐藤が、千代に飽きていた谷崎から千代を離縁してもらい受ける約束をしていたのに、一旦反故にされたことを恨んだ手紙のやり取りが面白い。結局、千代は佐藤春夫の妻になるのだが。
当時の作家の地位は高く、文豪と呼ばれるほどの作家はオピニオンリーダーであり、尊敬の対象であり、スターであったが、こういう文章や手紙などをみると我々と同じ凡人の面も見られて面白い。

「やっぱり高血圧はほっとくのが一番」

令和元年7月11日
表題はサン松本クリニック院長、松本光正氏の著書である。前から高血圧の傾向があって7~8年前に降圧剤をしばらく飲んだことがあったし、先ごろの尿管結石やめまいなどで高血圧になっていたので、「高血圧」という言葉に反応するようになったせいもあり読んでみた。氏の主張は、ヒトの体は自分で最もいい状態に調節されているものなので、現在の状態がそのヒトにとって一番よいのである、だから薬で調節しようとせず体重を減らすとか適度な運動をするとかストレスをためないようにするなどで、自然にその状態に応じた血圧、血糖、コレステロールになるようにするのがいいという。確かに体はそのヒトの状態に合わせて最も生きていきやすいように勝手に調節(ホメオスタシスという)してくれるので、化学物質にすぎない降圧剤で血圧だけ下げても何にもならないし、むしろ弊害が生じるかもしれない。
さらに良い医者、普通の医者、悪い医者について解説しているがまさにわが意を得たりであった。こういう人たちがいるのは心強いことであり、我が国の医療もまだ大丈夫だと思った次第である。

「健康生活委員会」

令和元年5月24日
表題は我が国の知恵の象徴ともいえる元東大医学部教授の養老孟司氏と医学界の嫌われ者、でも医師の中にも隠れファンの多い元慶応大学講師の近藤誠氏の対談本である。この二人の著書はいずれも本質をついていることばかりで、読んでいて目から鱗が落ちることが多い。
養老氏は今年で82歳、近藤氏が71歳であるが、お互いに認め合っていて気が合うようで、数年前にはそれぞれのペット(養老氏のネコ「まる」と近藤氏の愛犬「ボビー」)について対談本を出している。今回の対談はお二人の「健康」についての考え方から医療全般、「生きること」まで思いつくまま、気楽に語り合っていて楽しく読ませてもらった。
お二人の著書はほとんど読んでいるので、会話の背後にある考え方やどうしてそのように考えるようになったかなど、腑に落ちることばかりであった。かつて山本夏彦氏は「わかる人には電光石火伝わる」と言ったが、逆に言えば「わからない人には絶対に伝わらない」ということで、近藤氏の言説も医学界では無視されるのだろう。養老氏は近藤氏に対して「医学界からのストレスによく耐えましたね」といたわりを込めた感想を述べているが、そのとおりだと思う。それでも懸命に頑張っている近藤氏を優しく見守っている兄のような養老氏をこの対談から感じた次第である。

「いらない保険」

平成31年4月4日
表題はオフィスバトン「保険相談室」代表の後田亨氏と長浜バイオ大学教授の永田宏氏の共著で、生命保険・健康保険・貯蓄保険などについてこれらの保険が必要なのか、契約者が損をしていないかなどを解説している。生命保険は子供が小さい頃や家のローンが残っているときには必要だが、その心配がなくなれば必要ないものがほとんであることが結論であるが、保険会社が薦める他の保険についても詳しく述べている。
これらの内容は、生命保険に関して自分が思っていたこととほぼ同じだった。著者の後田氏は日本生命で営業職を10年勤めた経験もあり説得力のある内容であった。生命保険は特約の付かない掛け捨てが良い、最強の医療保険は「健康保険」である、貯蓄・運用目的の保険はいらない、介護保険に勝る現実的方策、など不安をあおって売り上げを伸ばしている現在の保険業界への対処法をわかりやすく解説している。不安をあおるのは現代の医療と同じ部分があり、がん検診や健康診断などはまさにそうである。がんの死亡数はほとんど変わっていないのに検査したために発見が増えているのが男性では前立腺がん、女性では乳がんと子宮がんである。多く見つかるのなら死亡数が減るべきなのに変わらないとはどういうことか。医療の世界を念頭におきながら興味深く読ませてもらった。

「孤独の価値」

平成31年3月8日
表題は工学博士で小説家の森博嗣氏の著書である。最近、本屋で立ち読みをしていて見つけた(2014年刊)。氏は名古屋大学で建築の研究と教育をする傍ら、96年「すべてがFになる」で作家デビュー、その後は着実に固定ファンを増やして2010年にはAmazon10周年記念の行事、国内でよく売れた作家20人の中に入りAmazon殿堂入りしている。現在は大学も辞めて山間の広い土地を購入して、趣味三昧の生活を送っているという。
ほぼ2年半電車には乗っていない、毎日ほとんどの時間一人で遊んでいる、家には家族も住んでいるが顔を合わせるのは食事の時と犬の散歩に出かける時ぐらい。仕事で人に会うこともめったになく、ほぼメールで済ませる。買い物は95%は通信販売、電話が鳴ってもでない(ほぼ間違い電話だから)、手紙も来ない(みんな住所を知らない)。年に数回は友人が訪ねてくるが、それはそれで楽しい。一人でする活動は、自分の庭で(林もある広大な庭でレールを敷いて、模型列車を走らせている)工事をしたり、ガレージで工作したり、書斎で読書をしたりで、日曜もなければ盆や正月もない。外泊、外食もせず徹夜もしない。
氏は時間をかけてこのような生活ができるようになり毎日楽しく過ごしているが、周りからは孤独にみえるだろう。でも実際は豊かな満足した生活を送っていることを、「絆」にとらわれてかえって不自由になっている人々に説いているユニークな著書である。