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産婦人科の薬

平成27年10月2日(金)
先日、いま最も多く処方されている産婦人科の薬のベスト10を知る機会があり驚いた。私が使っていない薬ばかりである。ベスト1は子宮収縮抑制剤(流早産防止の薬)で注射ではプラセンタ製剤だったのである。
つい最近にも書いたが、30数年前に産婦人科教室に入局した時に「切迫流産には止血剤と子宮収縮抑制剤を処方する」という決まりがあった。まだ超音波検査がない時代で、それらの薬が効果があるかもしれないと思われていた時代である。その後、流産の原因は妊卵の細胞分裂の異常によることがわかってきたので、これらの薬の有効性に疑問を持つようになった。流早産は自然の流れで起きるので、薬でどうなるものではない。まして外来で内服薬を出したぐらいでは止められないし副作用もあるので、患者さんが「何か薬を飲んだ方が精神的に落ち着くので出してくれ」と言わない限り処方していない。またプラセンタも薬として認可されてはいるが、生物製剤だし効果については?なので使わない。
他にも突っ込みどころ満載の薬がいっぱいあり、逆に面白かった。厚労省は薬の使用量を減らそうとしているようだが、私みたいな医者ばかりになると薬の使用量は激減して薬屋さんはあがったりになるだろう。

不思議なこと

平成26年1月24日(金)
長いこと診療していると、どう考えていいのか不思議なことが起きることがある。患者さんを診る場合、症状に対してその原因を見つけ治療するが、ストーリーが納得できるのが普通であり、そうでなければ診断も治療もできない。妊娠に関して言えば、排卵があり受精し着床すればHCGというホルモンが分泌され、このホルモンに反応するように作られた妊娠検査薬が陽性になる。正常妊娠ならHCGの分泌量は日ごとに増えていき、受精後3週間経てば子宮内に直径1センチ弱の胎嚢とよばれる袋が見えてくる。4週間経てば心拍が確認できるようになる。一方、受精卵の細胞分裂がうまくいかなくなったらその時点で妊娠の進行が止まり、一定の期間を経て流産が始まる。だから正常妊娠でも子宮外妊娠や流産でもその一連の流れが理解できるように進行するものである。
最近この流れがどうしても理解できないケースがあり、一体どう解釈したらいいのかわからないことがあった。30年以上診療していて初めてのことである。もう少し時間がたてばわかってくることもあるかもしれないが、現時点ではストーリーが納得できない進行である。いつも思うのだけれど生物のしくみはうまくできているが、わからないことだらけである。

心ない言葉

平成22年10月2日(日)
当院でピルを処方している患者さんが、職場の婦人科健診のために健診施設を受診したところ、異常を指摘されたと不安そうに来院された。担当の医師が「腹水がたまっているので詳しい検査が必要だ」、「あなたの卵巣は小さいから妊娠は難しいかもしれない」と言ったという。本人は驚いて「かかりつけの病院があるので」と、あわてて当院に来られたわけである。
分娩歴もあり、婦人科の異常はないことを確認していたので、おかしいと思いながら診察したところ、確かにダグラス窩に少量の腹水は認められた。でも、後屈子宮では構造的に腹水の存在がわかりやすくなるだけで、異常とはいえない。また、卵巣についてもピルを使用していると排卵が抑制されるのでやや小さくなることはあるが、ピルを中止すればすぐに元にもどる。その旨お話したら安心されたのでほっとしたが、こんなことで患者さんを不安にさせた医師に対して思うことがあった。
医療の目的は治療を含めた「癒し」だと思うが、これが本当に難しいことは日々感じることである。それでも少なくとも、患者さんが不安な気持ちになるような言葉は慎んでもらいたい、と強く思ったことである。

人工妊娠中絶術について

平成23年9月5日(月)
人工妊娠中絶術と流産の手術は開業後多件数行っているが、毎回特に注意力を集中して行う手術である。一番大切なのは子宮頸部と子宮腔をわん曲に合わせて拡張するところであるが、この時に注意しないと穿孔の危険がある。さらに内容を排出させる場合、組織が残ってはダメだしかといって必要以上に掃爬しても子宮内膜が薄くなるので、この加減が難しい。鈍匙の指先に伝わる感覚が大切である。麻酔薬の量も人それぞれ微妙に効き方が違うので、その時の状態に合わせて量を調節している。手術を終えたら超音波で確認して終了とするが、それでも組織の一部が遺残することがある。ほとんどの場合は自然に排出されるが、時間がかかる場合はお話して再掃爬させていただく。
この手技は産婦人科医にとっては基礎の中の基礎ともいうべきものであり、ベテランの医師にとってはありふれた手術である。だからこそ30年間この手術をやってきた自分でも、いつも初めての時と同じように気持ちを引き締めて行うのである。

無排卵周期症とピル

平成23年2月23日(水)
先日、ストレスから体重減少がおこり、生理不順になり4年間治療しているという若い女性が来院した。現在は体重も戻り、毎月、排卵誘発剤を処方されているそうである。今月は薬を飲んでないので心配だとのこと。
診察してみると、排卵も済んでおりもうすぐ生理が来る状態になっている。これなら今後、排卵誘発剤は必要ないし、このまま様子を見ていいですよとお話ししたが、不満の様子でもう来院しない光線を出して帰られた。
生理は毎月あるのが当たり前で、なければ治療しなければならないと思っている人が多いと思う。医師でもそう思っている人がいるだろう。
そもそも排卵・月経は妊娠するためにある。体調維持に必要なホルモン量はもっと少なくていいのである。毎月、卵巣は排卵という大きな変化をおこし、排卵出血・卵巣腫脹などの危険ととなりあわせになっている。子宮は、卵巣からのホルモンにより内膜を肥厚させ、受精した卵を受け入れる準備をして、妊娠がなければ剥がれて出血し、これを生理という。生理も生理痛が強かったり、量が多くて貧血になったり大変である。
これらのことはすべて妊娠するための変化である。現在妊娠する意思のない人は、極端に言うと排卵しなくてもいいのである。妊娠したいときだけ排卵すればいいのであって、ヒト以外の哺乳類では発情期にのみ排卵し、妊娠するものが多い。
人類は近年、排卵誘発剤とピルという作用の相反する2つの薬剤を手に入れた。ピルは排卵を抑制し、ホルモンレベルを必要最小限に近い状態にする。それにより上記の危険な卵巣の変化や苦しい月経に伴う症状から解放されるようになった。安全性は非常に高い薬剤である。さらに卵巣がんの発生率が1/2になるという。
上記の人にわざわざピルを飲めとは言わないが、なにも排卵誘発剤を処方する必要はないだろう。経過観察でなにか不都合でもあるのだろうか。

人生いろいろ

平成22年11月18日(木)
開業して14年目にもなると、特にどこも悪くなくても検診なども含め長く来院されている人が増えてくる。お話を聞けば、その間には色々なことがあったことがわかる。いいこともあれば悪いこともあって、まさに人生の縮図を見る思いがする。
やはり悪いことの方が多いようで、ご主人や身内の病気、死亡などの話を聞くたびに本当につらかっただろうなと思って言葉も出なくなる。また、ご本人も婦人科以外の病気になったり手術をしたり色々なことがあったことを聞く。自分自身もこの間に2回手術を受けたが、開業まではまさか自分が患者になるなんて考えたこともなかった。いずれにしてもなるようにしかならないだろうが、たまにある幸運なことを大切にしていきたいものである。

低用量ピルの処方

平成22年7月12日(月)
当院では多くの人にピルを処方しているが、ピル処方のための定期健診は患者さんの負担になるので、できるだけ少ない回数で行うようにしている。
低用量ピルがわが国ではじめて使われるようになった頃は、厚労省の指導で3カ月ごとに検診しなさいということだった。これは諸外国ではありえない慎重さで、どう考えても使用者を心配してというより、何かあったらピルを承認した責任を追及されたくないという厚労省の姿勢が感じられた。これらの負担は全部患者さんにかかってしまう。それで当院では私の責任で1年に1回行うようにしていた。
その後、安全なことがより明らかになったためか、厚労省の指導は1年に1回でよいことになった。その頃、当院では問題のない人はもっと間隔をあけてもいいのではないかと、ケースバイケースで検討していた。その結果、2年以上検診していないケースも出てきたので、検診の間隔が長すぎる人にはこちらから勧める場合も多くなってきた。
ところが検診を勧めると「近くの医院でもう済みました」という人もいて、当院ができるだけ患者さんの負担を少なくしようとしている気持が伝わっていないのだと、なんだかなと感じることがある。ピルを処方しているのだからそれによる効用および副作用を検証する責任があるが、そのための検診をできるだけ少なくしてあげたいという真意が伝わっていないと思うのである。

健診よりも保険証受診

平成21年12月9日(水)
健康診断やドックがかえっていらぬ心配をさせたり、むだな検査を増やしたりで、いいことはないと思っているが、先日健康診断のがん検診で卵巣腫瘍が見つかった人がいた。
自治体の行っている子宮がん検診も、ドックなどの健診も、基本的には内診して細胞を採取するだけで、きちんとした超音波などによる画像診断をするわけではない。文字通り「子宮がん検診」だけである。もちろん、内診で子宮や卵巣に異常を認めれば、詳しい検査をするように勧めるけれど、もしイヤだといわれればそれまでである。内診では診断に限界があり熟練した医師が慎重に診察しても、見逃しはある。今回の場合は、内診では非常にわかりにくく、別の症状があったので詳しい検査をした方がよいとお話して超音波検査をして見つかったのである。
なんらかの症状がある人はドックなどに行かずに、保険証を持って医療機関を受診すべきである。医療は本来、現在良くない状態を少しでも良くするのが使命であり、どこも悪いと思っていない人を無理やり検査して、怖がらせることではないだろう。早期発見、早期治療が本当に生命予後を伸ばしているというデータがないかぎり、これらの健診は不要だろう。

過剰診療?

平成21年4月17日(金)
病気に対する対処の仕方は個々の医師によってずいぶん違うものである。
2年ぐらい前に当科で子宮筋腫と診断した患者さんがおられた。症状も軽度で貧血もなく経過観察で問題ないので、年に1回ぐらい診せてくださいと言っておいたがその後は来られていなかった。ところが最近その患者さんが、他院で手術を勧められたので驚いてMRIの写真を持って意見を聞きに来院された。
他院で子宮がん検診をした時に子宮筋腫を指摘されてMRI検査を勧められ、そのあとで手術を勧められたそうである。聞けば症状はあまりないようなので、筋腫がよほど大きくなったのかと思って超音波検査をしてみたが、2年前と比べてあまり変化はない。そこで、「2年前の状態と現在の状態と比較してみても今手術が必要とは思いません、手術は最終手段であって軽々しくするものではありません、現在症状があって困っているわけでもないのに手術は勧めません、今後は超音波検査でフォローすればいいです」とお答えした。
かつて子宮筋腫といえば手術をするという時代があった。現在はできるだけ保存的に治療するようになっているし、実際ホルモンを抑える薬や低用量ピルなど有効な方法があるので、手術しなくて済むようになっている。実にいいことである。この度は同じ患者さんに対して医師によって検査をどれだけするのか、治療をどうするのかなどずいぶん意見が違うことを痛感した次第である。

急速に進行したがん

平成21年3月11日(水)
啓蟄を迎えすっかり春めいてきた。今年は例年と比べて暖かい日が続いて、コートを必要とする日がほとんどなかった。これも地球温暖化の影響だろうか。
カルテの整理をしていて、数年前に亡くなられた患者さんのことを思い出した。何年かに一度ずつ子宮がん検診に来られていたが、ある時一目でがんとわかる状態で来られ、すぐに病院に紹介して治療を行ったが1年後に亡くなられたのである。その前に診た時は肉眼的にも異常なく、もちろん細胞診にも異常は認められなかった。亡くなられたことは、お母様が来院されてお話を聞いてわかったのだが、まだ三十代の娘さんを亡くされた悲しみはいかばかりかと思うと、お悔やみの言葉もないぐらいであった。若い人に急速に進行するがんは、定期検診の回数を増しても防げるものなのだろうか。治るがんと治らないがんの違いは、近藤誠氏が言うように、医学では現在のところどうしようもないものなのだろうか。
春めいたおだやかな日だけに一層しんとした気持になった。合掌。