「科学者とあたま」

平成29年7月21日(金)
表題は物理学者で随筆家、寺田寅彦の著書で偶然丸善で見つけた。寺田寅彦といえば「天災は忘れた頃にやって来る」という警句で知られている明治11年生まれの今から言えばはるか昔の人である。なぜ興味があったかといえば夏目漱石の「吾輩は猫である」の主人公苦沙弥先生の愛弟子、水島寒月のモデルが寺田寅彦だということで、作品に描かれている寒月氏の不思議な味のある人柄が面白かったからである。
随筆の内容は「手首の問題」「科学者とあたま」「自画像」「線香花火」「烏瓜の花と蛾」などそれぞれ日常生活、手近なことから始まって、深い知識と音楽・美術を愛する姿勢、緻密な頭脳から紡ぎだされる思考が見事な厚みのある作品になっていて、これほど内容の濃い随筆はこのところ読んだことがない。中でも「津波と人間」は著者55歳の時の作品で、昭和8年3月3日の早朝、東北日本の太平洋海岸に津波が押し寄せて多くの人命が失われたことについてリアルタイムで書いている。物理学者である氏は、その27年前、明治29年に起きた三陸大津波とほぼ同じ規模の自然現象がくりかえされたのも考慮して、昔から何度も繰り返して起きているのであれば住民は備えなければならないはずであるが、実際はなかなかそうならないと書いている。発生時は記念碑を建てて警告していても、いつの間にか忘れてしまうことについてなぜそうなるのかを考えている。まるで3,11東日本大震災による津波とその被害を予言しているかのようで驚いたことである。
いずれにしても寺田寅彦というすばらしい先人がいたことに気づいたので、氏についてもっと著書を集めてみようと思った次第である。